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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2009年10月28日

巣ごもり消費とコミュニケーション

ヒット商品応援団日記No414(毎週2回更新)  2009.10.28.

ここ数年、顧客の変化によって多くの業界の再編・統合が行われてきた。その根幹には市場、顧客の変化があり、そのライフスタイル変化を映し出している流通の変化について多くを書いてきた。ところで、マスメディアは自分自身のこともあって、ほとんど取り上げてこなかったテーマの一つに広告がある。私自身若い頃広告代理店でマーケティングに携わり、自らの変化を語らなければという思いがあったが正直難しいことでもあった。書店には10年前に較べ、マーケティングの本は少なくなり、広告に関する本はほとんど無いに等しい。そうしたなかで、正面から向き合ったのが書籍では「明日の広告」(佐藤尚之著)と、確か「週刊東洋経済」(1/31号)ぐらいである。広告代理店においても、既に何回かの再編統合を終え、TV局も少なからず数年先には再編が行われると思う。巣ごもり消費の影響は広告代理店にも大手マスメディアにも多大な影響が及んでいる。特に昨年秋以降、TV局のCMに番宣(自社番組の宣伝広告)が急増し、いかに空き枠が多いか誰でもわかる。

周知のように、マスメディア広告は、顧客がマスとして市場形成されていた時代には極めて有効で効率の良いマーケティング手法であった。しかし、大量生産大量販売の時代から少量生産少量販売へと移行する時代には、逆に広告という大きな投資の効率を落とし、無駄を産むことへと変化した。好みも多様化し、メッセージを伝えるメディアも多様化する時代、つまりマスメディアが相対的に情報価値を失っていく時代にあって、いち早くパーソナルマーケティングへ、ネット広告を含めたメディアミックスへと転換したのが広告代理店であった。しかし、今なお、こうした変化に向き合う、広告を唯一の収入とするビジネスモデルの転換をはかれていないのが、日本のマスメディアである。

1990年代半ば、セントラルバイイングという考え方が米国からもたらされる。マスメディアの購入を一社に集中させ、安く仕入れる方法で、クライアント(広告主)はそれを複数の広告代理店に競争入札(コンペティション)させる仕組みである。今で言う、一括大量仕入れによるコストダウンである。メディア売買において、激烈な価格競争が始まった。マスメディアの売上に大きく依存してきた広告代理店はそのビジネスモデルを転換させるが、転換できなかった広告代理店は再編・統合へと向かった。
また、広告主は広告メディアの購入と広告内容(クリエイティブ機能)を分離させ、従来の一貫性あるトータルサービスを変える。商品開発のための各種調査は、既に広告主自身が直接専門調査会社に依頼をしている。つまり、広告主自身が市場創造というマーケティング機能を持ったということである。
そして、昨年のリーマンショック以降、未曾有の不況により広告は激減する。マスメディア広告の中心は車、家電、食品、住宅といった業種であるが、大企業だけでなく、広告産業の裾野をつくってきた中堅企業や地方企業の広告出稿はほとんど皆無に近い情況となる。

しかし、広告代理店も広告制作に携わっている人も原点に帰ればよいのだ。何故、広告やコミュニケーションを必要としたのかを。想定する顧客のメディア接触に従ってメディアを選び、「明日の広告」を書いた佐藤尚之氏のように顧客に向けてラブレターを書けば良いのだ。思いは通じる、そう信じてラブレターを書いた筈である。勿論、ふられることもある。何が原因でふられたか、本人(商品)であれば気に入られるように手を加える提案をすれば良い。何年か前に、「地方ビジネスはおもしろい」と書いたことがあった。それは素材としては極めて良いのに、一工夫、一手間がないために商品になっていない、という指摘であった。例えば、地方の例ではないが、サントリーウイスキー角瓶の復活を思い起こせば良いかと思う。右肩下がりの典型であったのが、ウイスキー市場である。嗜好の傾向としてはソフトドリンク化の中で、いかに強い度数のウイスキーを売っていくかであった。サントリーがメニュー化したのがハイボールで、その直営店として昨年東京青山にショットバーをオープンさせた。単純化してしまえば、ウイスキー(素材)+炭酸(素材)=ハイボールをメニューとし、若い世代にとって新鮮な飲み物とした。私のような世代にとっては古くからある飲み物であるが、若い世代にとってはOld New、温故知新である。そして、ショットバーばかりでなく、居酒屋などの料飲店にもハイボールが浸透してきたことは周知の通りである。

全てを小さな単位で見ていくことだ。少量生産少量販売の時代に沿って、広告代理店も、広告制作会社も変わることである。もう少し分かりやすく言えば、小売業的発想で商品を見ていくことだ。顧客の目が厳選から減選へと進化しており、逆に多くを売るのではなく、減選しやすいように小さく売ることである。巣ごもりする生活者の小さな消費欲望に対し、ていねいに小さく応えていくということだ。発想はこうだ、一人ビジネス、一坪ビジネス、一コーナービジネス、一商品ビジネス、一時間ビジネス、一テーマビジネス、あるいはワンコインビジネス、「一(いち)」という最小単位でビジネスの可能性を追求していくことだ。
サントリーウイスキーにはオールドもあれば山崎もある。しかし、一番価格の小さい角瓶を選び、ハイボールという商品化をした、これが巣ごもり生活時代のマーケティングである。

広告を始めとしたコミュニケーションも饒舌な世界から、生活実感の伴った”自分のことをよく理解してくれているな”という世界へと変化している。その代表的事例が、隙き間市場、ニッチ市場という小さな市場を掘り起こしているのが”あったらいいなをカタチにする”小林製薬である。小林製薬の広告を担当しているのは小さなハウスエージェンシーである。小さな市場に対する商品を明確にブランドとして育てる、業界用語でいうとブランドマーケティングを採用し実行している会社である。各種の消費者調査を始め、広告は勿論のこと流通に対するプロモーションから店頭のPOPに至るマーケティングの全てをサポート&実行している数少ない会社である。
小林製薬の”あったらいいなをカタチにする”は困っている顧客に対するラブレターである。それは単なるコミュニケーションだけでなく、商品そのものがラブレターとなっている、そんなことを必要としている時代にいる。

過剰な情報の時代とは「知っているようで何も知らない」時代のことであり、広告も過剰な情報の一つである。サントリーのハイボールも小林製薬の”あったらいいな”商品も、小さな特定マーケットを対象としたものだ。そのためには、生活者研究、ライフスタイル変化への気づき、そんなアンテナを常に張り巡らしていなければならない。いつかこのブログにも書いてみるが、2〜3年前には「女性にとって、一駅電車に乗ってでも買いたいパン屋さん」、そんな現象が至る所で見受けられた。今、美味しいと言われた大手パン専門チェーン店の売上がかなり落ち込んでいる。厳選から減選という消費傾向を表している業態の一つであるが、価格以外の要因であるか否か、また明らかになったら報告したい。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:41Comments(0)新市場創造

2009年10月25日

知っているようで知らない時代

ヒット商品応援団日記No413(毎週2回更新)  2009.10.25.

前回、「モノを売るのではなく方法を売る」、いわば発想の転換について書いた。それは何よりも、過剰な情報が飛び交う時代とは、常に断片・部分情報だけで、つなぎ直し、編集し、物語とするには素人の生活者には極めて困難である、という認識を背景にしている。そして、つなぎ直し、編集し、物語とすることこそプロの仕事であるとも。
以前、消費のプロである生活者はどんどんセミプロ化し、店頭に現れる顧客を生半可な知識で対応してはならないと書いたことがあった。何か矛盾するような表現となっているが、セミプロ化しているのは得意領域と知識情報についてであって、修行し得られた経験に基づく技、ある意味言葉では表現しえない世界は未知のものとしてある。実はそうした技や世界は応用力や転用力となって表れる。プロの料理人とセミプロの人間に、食材3種を渡し、どんな料理の広がりと奥行きが可能か実際に作ってもらえば分かる。セミプロの場合はせいぜい10種類に満たないのに対し、プロの料理人であれば数十種類のどれも見事な料理に仕上げられる筈である。若い修行中の料理人にまかない料理を作らせるのも、基本の習得と共に応用力や転用力を学ばさせる訓練としてある。あるいはプロのスタイリストとオシャレ大好き人間に、一枚のスカーフを渡し、どれだけ素敵なコーディネーションができるか、これも料理の世界と同じである。プロとセミプロを分けるもの、勿論技術もあるが、やはり想像力の有無、想像を働かせる訓練の有無、私の言葉で言うと編集力の有無であろう。

既に、知らないこと、複雑で理解するに難しく使いこなせないことを背景に、市場が分かれたのがPCや携帯電話である。周知の単機能PCや携帯と多機能PCや携帯の分化である。こうした傾向はデジタル家電の領域にも広がると思う。今、買い換え需要商品となっている薄型テレビも同じで、画面サイズに準じた価格帯となっているが、次第に単機能と多機能といった市場が現れてくることが予測される。
ところで、大変便利な調理器具の一つに圧力鍋がある。しかし、使いこなせない主婦が多く、圧力鍋を使いこなす教室が流行っていると聞いている。あるいは、電子レンジを巧く活用した煮物のように組み合わせ調理法に関心が集まっているとも。こうした道具類は常に技術進化し、新製品として導入されてゆくが、便利さとは裏腹に使いこなせない「道具難民」、特にシニア層において増加している。少し前にも巣ごもり生活について書いたが、便利さとは何か、必要とは何か、という問いかけが始まっている。

このような市場の動きを価格の2極化と呼んでいるが、それは結果であって、内実はセルフ・自己方式(低価格)とプロ診断・プロ指導式(プロに見合った価格)の2つの市場に分離し始めていると理解すべきである。今、市場を席巻しているのが、ユニクロに象徴される前者であるが、実は後者、プロの仕事の在り方の転換が促されていると理解した方が良い。このことは「低価格競争を超える方法」でもある。
プロは方法を売る。料理であるとレシピが方法化の一つではあるが、そこには応用力や転用力を引き出す想像を促すレシピとなっているものは極めて少ない。TVの料理番組の多くはレシピ本を出しているが、半歩進んだとは思うがプロの仕事に触れることにはならない。
ちょうど柿のシーズンになってきたが、昨年隠れたヒット商品の一つに通販の干し柿セットがあった。生柿と吊るす縄とその干し方ガイドをセットにした通販商品である。いわゆる手作りセットのニッチ商品であるが、これも一つのプロ指導による商品で前回書いたひととき農業と同じである。

断片・部分情報からは決して得られないプロの世界とは、ああこんな使い方もあるのだ、この発想にはまいったな、と、期待通り半分、期待を裏切ること半分、結果一つの想像世界を触発させてくれる世界のことである。
そして、プロは何よりも、自分が好きな世界、自分が食べたい、使ってみたい、着てみたい、他に見当たらないから自分でやってみる。ファッションであれば、アニエスbもそうであったし、古くはシャネルもそうであった。日本にも古くは北大路魯山人のように書家を目指すが、その食道楽から自ら包丁を握り、器を作り、顧客にふるまう料亭星岡茶寮まで作ってしまう人物もいる。そんな後世に名を残すような人物でなくとも、街の至る所にいるプロも原則同じである。

以前、スイッチ族というキーワードで便利さによって5感が失われてしまう時代のことを書いた。少し違う視点で言えば、生々しい現実を見なくても済んでしまう時代のことでもある。見ているようでまるで見ていない、知っているようでまるで知らない、これが情報の時代の一側面である。繰り返しになるが、スピードや効率故の断片・部分情報しか与えられていないからだ。しかも、それら情報は全て無料である。無料の断片情報を使って消費してきたのだが、生活者は情報とは何かについても気づき始めている。どんな情報でも瞬時に手に入る、そう勝手に思い込んできた。しかし、手に入らない情報も厳然としてあることに気づき始めたということだ。結果、生活者は数年前から急速に体験学習、リアルな現実に向かい合うことにシフトしてきた。
ある意味、新しいプロの時代に向かおうとしている。生活者の体験によるつなぎ直し、生活の再編集、新たな生活物語に手を貸すことがプロの仕事になる。もっと具体的に言えば、店頭・売り場に立つのは販売のプロではなく、顧客に実技指導を行うプロに変わるということだ。飲食店であれば、料理人自らが顧客をもてなすということであり、ファッションであれば顧客のスタイリングを指導するということである。つまり、極端な表現になるが店頭・売り場は学習の場、教室になるということである。勿論、プロは専門とする領域を常に学ばなければならない。プロの学習とは、顧客に先んじた未知の世界への冒険であり、挑戦である。そうしたサジェッションを受けて、顧客は生活の再編集へと向かう。(続く)  


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2009年10月21日

モノを売るのではなく方法を売る

ヒット商品応援団日記No412(毎週2回更新)  2009.10.21.

ここ数ヶ月、巣ごもり消費生活のなかで、どんな新たな価値観が熟成しているか、そればかりを考えている。消費傾向、消費実感の実態指標の一つとして東京ディズニーリゾートの集客傾向があるとブログにも書いてきた。それは極めて優秀なマーケティング&マーチャンダイジングが行われていてそれでも集客を落としているか否かが一つ。もう一つが物語消費というテーマパークビジネスの良きビジネスモデルになっていて、今後の物語マーケティング、特にブランドの再生につながるからである。

周知のように、東京ディズニーランドは1983年3月に浦安にオープンするのだが、そのディズニーワールドとは歴史を持たない移民国家米国が物語として創造した故郷としてつくられている。簡単に言えば、民俗文化を持たない米国人が人工的に創った疑似フォークロアである。過去、多くの民俗学者が指摘しているように、「ピノキオの冒険」や「不思議の国アリス」を始め、その多くが移民の故郷ヨーロッパの昔話しに素材を得ている。テーマパークビジネスの多くはこうしたディズニーの考え方や手法を学び、日本の至る所にテーマパークを創ったが、しかしそのほとんどがバブル崩壊と共に失敗・破綻に終わっている。

何故、東京ディズニーランドだけが成功し続け、他のテーマパークの多くが失敗に終わったか、その理由を明らかにしなければならない。ところで、先日NHKの「クローズアップ現代」で最新の「絶叫マシン事情」を取り上げていた。いわゆるジェットコースターを始めとした絶叫マシンであるが、利用回数を重ねるにしたがい刺激が薄れていく、結果スピードや回転などををどれだけ上げていくかが集客のポイントとなっていた。しかし、最新の絶叫マシンはスピードや回転は遅いが、予測できない動きへと変わる絶叫マシンであるという。乗る人の位置や重量によって、マシンの動きがまるで変わってしまう、予測不可能な恐怖感が創出できると、これが恐怖快感の今であると。まるで、一時期流行った激辛ラーメンやカレーがその辛さ=刺激をエスカレートさせ、単なる話題に終わり以前のラーメンやカレーに戻ったことを想起させる番組内容であった。テーマ集積は必要ではあるが、例えば激辛ラーメンブームの後にどんなラーメンを用意したら良いのか、ということである。

ところで、ディズニーランドにも「スペース・マウンテン」のようなジェットコースター的乗り物はある。しかし、アトラクションのほとんどが歩いたり、ゆっくりとした乗り物による移動である。小部屋のような区切られた世界を巡るのだが、そこに展開されるエピソード、小さな物語をじっくり見る間もなく、次へと移動する。ここに、ディズニーならではの高いマーケティング&マーチャンダイジングが行われている。つまり、一種の断片的情報(エピソード)を次から次へと与える。つまり観客=顧客に物語を想像=創造させる仕組みが構造化されているということだ。観客=顧客は断片と断片をつなぎ合わせ一つの物語を創っていく、そうした再編集することを構造化させているということである。この構造、観客に想像させ創造に向かわせるには、情報遮断、日常を忘れさせる空間、異空間が不可欠となる。だから、お弁当の持ち込みを禁止したり、パーク内清掃すらもアトラクション的なディズニースタイルを創ったのである。つまり、新規アトラクションや季節イベントの導入という変化=鮮度を常に提供するマーケティングと共に、そのアトラクションというメニュー構造それ自体に、リピーター経営、商品を顧客自身が育てる仕組みが内在化されている。つまり、観客が主人公、ディズニーランドという劇場の主役はミッキーでもミニーでもなく、観客=顧客であることを徹底して実現している。これが、他のテーマパークビジネス、テーマを決めその集積をすれば良いとしたビジネスと根本異なる点である。

もう一つディズニーランドと同じ構造をもつ商業施設がある。それは若い女性達にとって憧れのファッションの聖地渋谷109である。渋谷の再開発ビルという制約条件から、細長い円筒形のビルとなっている。中央にエスカレーターがあり、それを取り囲むように小さなショップが圧縮して配置されている。各ショップは思うがままの店づくり行い、光と音が交差し、日常からは遮断された、まるでジャングルの中にいるような異空間となっている。あのエゴイストもわずか16.9坪、こうした小さなショップばかりである。ショップの天井にシャンデリアを最初につり下げたのはエゴイストであったと代表の鬼頭さんは話してくれたが、まさにショップは劇場化している。こうした小さな劇場を巡る異空間体験こそ、ディズニーランドにおける物語を想像=創造させる仕組みと極めて酷似していると言える。更に、ディズニーランドにおけるキャラクターグッズのお土産も、渋谷109でのショッピングも、同じ物語体験から生まれたと言えなくはない。

さて、こうしたマーケティング&マーチャンダイジングのケーススタディから何を学ぶかである。絶叫マシンのように最新の技術によって消費欲望を刺激する方法も無くはない。今、「低価格」というテーマ刺激が大きな波となって押し寄せているが、こうした差別化競争の先に何があるのか、生活者・消費者は見極めようとしている。ディズニーランドも渋谷109も、想像し、創造する主体は顧客の側にあるということを徹底した。インターネットの世界もそうであるが、作り手は顧客の側に既に移っており、消費物語の再構成、再創造に向かっている、これが巣ごもり生活の実体であると私は仮説している。
しかし、生活者は消費のプロではあっても、作り手としてのプロではない。一つの事例であるが、ブームという一過性を超えて日常化しつつあるのが家庭菜園である。都市周辺の農地を農業指導付きレンタルビジネスが流行、荒れ果てた休耕地をレンタル農園にする試みすら始まっている。そして、ヒット商品になったのが小型耕運機である。劇場は自然溢れる農地、日常を忘れさせてくれる農作業。いくら学習してもプロではないので断片・部分情報しか持たないのが顧客である。農業のプロ、指導員がそれをサポートしてくれる。また、例えばプロ農家になれる道、農家レストランへの道筋も用意されていたらなお良い。勿論、育てた農作物はこれもお土産となる。これが都市生活者にとっての「ひととき農村劇場」。テーマの進化という視点に立てば、自然志向、ナチュラルライフスタイルにおけるレジャー農業の進化系である。話題先行型で若干危惧しているが、秋田大潟村に渋谷ギャルが出かけ米づくりをしているが、リーダーの女性は新しい農作業ファッションをつくってみたいとコメントしていた。これも農村劇場における舞台衣装の一つであろう。

自然志向、ナチュラルライフスタイルをテーマとする学習の旅にエコツーリズム、あるいはグリーンツーリズムがある。そうした学習の旅にいつもモノ足らなさを感じるのだが、実はビジネスになっていないという点である。自然は保護されるべきものであるが、その保護をするためにも継続・回数化できるビジネスにしなければならない。
一つ良きヒント、発想を変えるためのケーススタディとなるのが閉鎖寸前であった旭山動物園の再生である。従来の動物園は珍しい動物をどれだけ導入できるかが集客方法の全てであった。例えば旭山動物園では、シロクマの行動展示では、最大の好物であるアザラシ(=観客)がさもいるかのような仕組み、見せ方が構造上作られている。アザラシ(=観客)をめがけてシロクマが飛びかかる、観客はその野生にびっくりするといった、野生のもつ行動を興味深く展示する考え方で全ての動物が展示されている。従来は観客が動物を見る発想であるが、旭山動物園の場合は動物も観客(人間)を見ており、その野生を引き出したことにある。そして、私たちが知らなかった野生の一面、不思議さがどれだけあるかを教えてくれた。子ども達は驚き、そして野生の物語へと想像し、創造へと向かうであろう。絶叫マシンではないが、その正反対にある自然こそ予測し得ない出来事という刺激を与えてくれるものだ。少し飛躍するかも分からないが、ある意味旭山動物園の行動展示は東京ディズニーランドの構造と良く似ている。

何故、単なるテーマ集積では駄目なのか、簡単に言ってしまえば、例えば、10年後のご当地グルメMー1グランプリはどうなるであろうか、と問うてみれば分かる。もし、劇場化というキーワードを使うとすれば、どんどん日常劇場になり、体験劇場へと向かっている。東京ディズニーランドや渋谷109は非日常体験劇場として希有な成功事例である。発表された「ミシュランガイド京都・大阪2010」があまり話題にならないのも、大不況下と言うことと共に非日常的であることによる。テーマの進化は日常テーマ、体験テーマへと向かっている。ただ、日常物語、体験物語の想像・創造主体は生活者であるが、実はプロの手助けを必要としている。何故なら、過剰な情報が飛び交う時代とは、常に断片・部分情報だけで、つなぎ直し、編集し、物語とするには素人の生活者には極めて困難であるからだ。仮に、消費刺激という言い方をするならば、プロはプロの商品やサービスを提供するだけでなく、つなぎ直す方法、編集する方法、それをプロ固有の裏技といっても、プロの基本といってもかまわない。つまり、東京ディズニーランドや渋谷109のようにハードもソフトも構造化させることが無理であるならば、プロは顧客が思い描くテーマの進化に合わせ、「方法」を売っていくということだ。例えば、今年もボージョレヌーボーを迎えるが、今年のワインの味はどうであったかではなく、家庭での楽しみ方、お金を使わずに済むホームパーティ法、プロが自宅で楽しむワイン料理、といった時代に合った日常物語づくりを手助けすることだ。あるいはファッションの売り場であれば、販売員ではなく顧客のスタイリングを売り、美容であれば美容法を売っていくということである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:48Comments(0)新市場創造

2009年10月18日

おらは死んじまっただ

ヒット商品応援団日記No411(毎週2回更新)  2009.10.18.

前回に続き、「テーマ集積」において、この時代どんなテーマがふさわしいか書いてみたいと思っていた。しかし、昨日「ザ・フォーク・クルセダーズ」のリーダーとして活躍した音楽家加藤和彦さんが亡くなったと報じられた。「ザ・フォーク・クルセダーズ」というバンド名も、デビュー作で大ヒットとなった「帰って来たヨッパライ」という曲も、若い平成世代にとってはほとんど知らないことと思う。1965年京都の学生3人によるバンドであるが、まだラジオが力を持っていた時代で ♪おらあーしんじまっただあ……という曲は繰り返し放送され一つの時代の空気感をつくっていた。その空気感であるが、既成や規制という常識や体制に対し、Noを冗談で笑い飛ばす痛快なフォークソングで、私もそうであるが団塊世代の共感を得た音楽であった。内容はYouTubeで聞いてもらいたいが、飲酒運転で事故死したオラがこわい神様からお仕置きを受ける、そんな歌詞によるストーリーである。演奏には音を早回しさせたり効果音を入れるといった技術を取り入れ、まさに革新的なパロディミュージックであった。その発想の斬新さ、新しさの衝撃は「サプライズ」どころではなかった。そして、メンバー3人が学生ということから、わずか数年先の1968年には解散する。

おらは死んじまっただ おらは死んじまっただ
おらは死んじまっただ 天国に行っただ
長い階段を 雲の階段を おらは登っただ ふらふらと
おらはヨタヨタと 登り続けただ やっと天国の門についただ
天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだ
おらが死んだのは 酔っぱらい運転で (効果音)

おらは死んじまっただ おらは死んじまっただ
おらは死んじまっただ 天国に行っただ
だけど天国にゃ こわい神様が 酒を取り上げて いつもどなるんだ
「なーおまえ 天国ちゅうとこは 
        そんな甘いもんやおまへんや もっとまじめにやれ」
天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだ
毎日酒を おらは飲みつづけ 神様の事を おらはわすれただ
「なーおまえ 
      まだそんな事ばかりやってんのでっか ほなら出てゆけ」

そんなわけで おらは追い出され 雲の階段を 降りて行っただ
長い階段を おらは降りただ ちょっとふみはずして (効果音)
おらの目がさめた 畑のど真ん中
おらは生きかえっただ おらは生きかえっただ (効果音)

帰って来たヨッパライ/ザ・フォーク・クルセダース
 作詞・ザ・フォーク・パロディ・ギャング 作曲・加藤和彦

この時代、高度経済成長期という急速な近代化、工業化によって公害が象徴するような社会問題が多発し、更には米国によるベトナム戦争が激化し、政治に対し学生だけでなく、ミュージシャンを始め、作家も、知識人も、勿論多くの市民が政治や社会に向かい合っていた時代であった。インディーズという言葉が無かった時代、ザ・フォーク・クルセダーズや、少し前に亡くなった忌野清志郎さん、あるいは「ガンバラないけどいいでしょう」を最後に表舞台からは去った吉田拓郎も同様に、政治に、社会に向かい合い言葉を発していた時代であった。

報道によると、加藤和彦さんの死は自殺の可能性が高いと言う。そして、確かなことではないが、複数の人宛に遺書が書かれ、遺書には仕事への悩みがつづられ、「音楽でやることがなくなった」と。30年以上、一緒に音楽制作に携わってきた友人は「自分の思うようなものができないと悩んでいた。若い時には当たり前のようにできたことができなくなり、精神的に追いつめられていった」と言う。
亡くなった作詞家阿久悠さんは、晩年「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念した。歌の本質は応援歌である。応援する相手の心が見えない以上歌づくりは困難である。

作家五木寛之は鬱状態の自分に対し、『人は「関係ない」では生きられない』とし、「あんがと(ありがとう)ノート」を書き、鬱状態から脱したと著書「人間の関係」(ポプラ社刊)で書いている。人間の成長は4つの段階で変わっていく。幼少期から少年期には「おどろくこと」で成長し、やがて「よろこぶ」時代を過ごす。そして、ある時期から「かなしむ」ことの大切さに気づき、しめくくりは「ありがとう」ではないかと。そして、鬱の時代はこれから先も続くとも。
自殺という心の闇は、誰もうかがい知ることはできない。加藤和彦さんには、「ありがとう」を言い続け、しめくくりをしてもらいたかった。でも、天国の神様へ、どうぞ追い返さないでください。加藤和彦さん、ありがとう。(続く)  


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2009年10月14日

テーマ集積と進化

ヒット商品応援団日記No410(毎週2回更新)  2009.10.14.

前回、B級グルメのイベントである「B-1グランプリ」について書いたが、マーケティングという視点で見ていくと、一つのテーマ集積イベントとなる。1店では集客力としては弱いが、50〜70店になればそれなりの集客パワーを持つという手法である。「ワンコイン商店街」もそうであるが、売上が唯一伸びているアウトレットモールもまさにアウトレットというテーマ集積された商業施設である。こうしたテーマ集積は商業施設ばかりでなく、観光地にも、ごく普通の街にも既に存在している。札幌のラーメン横丁や博多天神の屋台村、あるいはバブル崩壊直後の東京には空き地を利用した屋台村が至る所に出現した。それら屋台村は空き地利用の一過性のもので、今はコインパーキングに変わっているが、時代の変化を見ていくには良きケーススタディとなっている。

私は数年前まではよく札幌に行っていたが、地元の人が札幌ラーメン横丁に食事に行きましょうとは聞いたことがない。10年近く前のことであるが、美味しいラーメンならここにしましょう、それもあるが今地元で注目されているのがスープカレーなのでどうしますか、そんな話しであった。一時期、観光客が行列していたラーメン横丁はもはやそんな面影は全くないと聞く。実は、テーマ集積という手法に必ず付いて回るのが、テーマ進化という視点である。テーマ進化を促すのは、勿論顧客によってである。多くの体験によって、目も肥え、舌も肥え、店の雰囲気やサービスはどうか、結果それらは価格に見合ったものか、いわばどんどん専門化・セミプロ化していくということである。
もう一つは選択肢が多様化し、ラーメン店の競争相手はスープカレーであったり、コンビニ弁当であったりする。つまり、顧客のセミプロ化と共に、際立つ位の進化を遂げていかないと駄目だということである。例えば、一時期新しいテーマに基づいた努力によって観光集客をはかってきた大分湯布院温泉も映画祭やアートイベントを行っているが、次なる進化の道を探らなければならないということである。

ところで、消費氷河期に入ったかどうか、その指標の一つが東京ディズニーリゾートであるとブログにも書いてきた。ある意味、他に類を見ない優れたエンターテイメントテーマパークであるからでもある。その上半期の経営の結果の概要が発表された。昨年は25周年イベントの効果もあって集客数を大きく伸ばし好決算であった。今年の上半期とは比較できないとコメントされていたが、上半期は12,301千人(前年同期比94.3%、▲746千人減)と発表された。この数字をどう読むかであるが、上半期には5年ぶりに新規アトラクション「モンスターズ・インク”ライド&ゴーシーク”」をオープンさせたが、この新規メニューを導入したにもかかわらずである。2008年度のデータであるが入園者のプロフィールは18歳以上の大人が70.1%と一番多く、しかも女性が71.6%、更には関東地域は66.3%となっている。東京ディズニーリゾートの経営を支えている中心顧客、良く言われているリピーター客の実態である。まあ、20歳代のご近所の女性客の消費動向もさることながら、その他の地方客や外国人客の減少に、消費氷河期まではいかないが、やはり陰りが明確に出ていると思う。

今、経済の専門家の間で「デフレスパイラル」論議が盛んである。いわゆる需給ギャップ、供給過剰というモノあまりが相変わらず続いている。そうした過剰さは物価引き下げへの圧力となり、企業はその利益を減少させる。それらは雇用や賃金へと影響し、解雇や賃金の引き下げへと向かい、消費は更に冷え込み過剰な供給は解決されない、という悪循環が始まったという論議である。私は既に1年半ほど前から、生活者は生活の見直しを始めており、不用不急なものは削ぎ落とし、ある意味生活実感という感の鋭さが今日の巣ごもり消費を決めていたと書いたことがあった。当時はエネルギーや穀物のコストが上昇し、物価へと反映した時期であった。川上ではインフレ、川下ではデフレといった表現をしていた。そうしたことから物価指数などの数字上からも明確なデフレとは言えなかっただけである。つまり、消費心理としては、巣ごもり生活への準備に入り始めていたということである。

さて本題であるが、こうした巣ごもり消費に対し、テーマ集積マーケティングは有効であろうか。答えは有効であるが、課題はテーマ設定とその進化をどのように見ていくかにかかっている。私は沖縄によく行くが、青い海と白い砂浜のリゾート観光の島から、琉球という異文化交流が色濃く残る生活文化観光の島へとテーマ進化をしなければいつしか観光それ自体も廃れてしまう、と会う人ごとに話をしている。お手本は千年の寺社仏閣観光から、千年の生活文化観光へと脱皮した京都である。ここ1〜2年仏像ブームもあって、寺社仏閣に新たな目線が注がれているが、観光の裾野を広げたのは生活文化へとテーマ(顧客興味)が進化し、それに京都が応えたことによる。生活文化観光とは、そこに住み生活している人達の街の空気や臭いを肌で感じ取る旅のことである。そのためには「歩くことを楽しめる」、「歩いて絵になる」、「疲れたら休む場所のある」、「地元の人達が美味しいと思う、それらが食べられ、話が出来る」、・・・・・沖縄観光で必ず一度は行く那覇の国際通りでこんな旅ができているであろうか。店は異なるが、同じような土産物ばかりを売っている街並は一度経験すればそれで十分である。トイレは勿論のこと休める場所もない。観光の主役は若者からシニアへと移っているが、車いすで国際通りは歩けるであろうか、ホテル以外のところにバリアフリーの施設やタクシーなどはあるのか。文化は食からと言われるが公設市場には地元の人達はほとんど行かない場所となっている。沖縄の生活は市場通りの奥や桜坂に一部残っているだけで、ほとんどの観光客は知ることすらない。

テーマ集積という方法は良いマーケティングであるが、こうした都市生活者が求めるテーマと地元の人達がよかれと思うテーマとでは、時間経過と共にどんどんギャップが生まれる。沖縄の例であるが、国際通りから少し入った三越裏に沖縄そば博物館が出来て、やっとテーマメニューが一つできたなと喜んでいたが、デベロッパーであったゼファーの倒産により、那覇から遠く離れた豊崎に移転してしまった。昨年9月、沖縄県内の4つのオールデーズバンドの競演がコザのミュージックタウンで行われ、コザの街起こしには良きメニューになったと思っていたが、1回で終わってしまった。ただ、国際通りから沖映通りを入ると破綻したダイエーがある。クローズしてから何年も経つが、今年の春ジュンク堂書店が入った。そのジュンク堂書店2階には沖縄関連のコーナーがあり、沖縄の歴史から今の書籍や雑誌がほとんど全て集積されている。沖縄の生活文化に興味のある人間にとっては極めて素敵な場所となっている。沖縄土産にふさわしい写真集などもあり、シニアの観光コースに入れても良い位である。テーマメニューは育て、継続し、しかも顧客の変化に合わせて進化させていくものである。
テーマビジネスは最初の一人が手を上げ、賛同する人達が一緒にやろうと行動する。そのために諸団体や行政は支援する。大不況であればこそ、自助、共助、公助の3つによって、育ち、継続が可能となり、そして顧客と共に変わる、そんな時代に私たちはいる。(続く)  


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2009年10月11日

未来は創るもの

ヒット商品応援団日記No409(毎週2回更新)  2009.10.11.

「消費氷河期へ」というタイトルでブログを書いたのが8月23日であった。以降、約1ヶ月半嫌な話であるが着実に向かっている話しか書くことが無い状態である。日経MJを始め経済誌も、注目すべき新しいテーマを失ったかのように「価格」に関することやその象徴である「ユニクロ」といった業態について、あるいはその逆の象徴として百貨店の苦戦について取り上げるだけである。
低価格の波はユニクロのようなSPA業態として、あるいはわけあり商品のようなアウトレット化商品として、衣食住遊休美のあらゆる領域まで浸透した。私が書いたブログを1年半ほど遡ってみればそのほとんどが書かれている。

先日、駅商業施設のデベロッパーの方と話す機会があった。勿論、いま何(どんな専門店)が売れ、何(どんな専門店)が売れなくなっているか、その傾向と課題についてである。昔はテナントミックス、今ではテナント編集という言い方をするが、要はどう専門店(商品)を組み合わせたら全体の売上が上がるかと言うことである。商圏分析を踏まえコンセプトづくりをするのだが、集客の中心となるコア・テナントをリーシング(招聘)するのがまずもってデベロッパーの主要な仕事であった。その他の専門店もそうした吸引力のあるコア・テナント次第で出店の是非や出店条件(特に賃料)を決めていた。小売業で言えば、目玉となる商品をどう仕入れたり、作るかである。コア・テナントの集客力によって他の専門店への波及効果を期待したテナント編集ということであった。小売業でいうところのついで買いを促すという戦略である。しかし、ここ1年ほど、その集客による波及効果はほとんど無くなった。小売業では特売日しか商品が売れないという情況になったということである。分かりやすく言うと、出店しているユニクロには顧客は来て買うが、周辺の専門店での購買はほとんどないということである。つまり、必要とするもの、必要とする量しか買わない、ついで買いはしない、というのが巣ごもり生活における消費実態である。

今、M-1グランプリをもじった「B-1グランプリ」に話題が集まっている。町起こしを目的とした、ご当地自慢のB級グルメ全国一を決めるイベントである。ご当地自慢のB級グルメには既に宇都宮餃子を始め、B-1グランプリを勝ち取った富士宮焼きそばは既に商品化されスーパーに並ぶようになった。3年ほど前、「今、地方がおもしろい」と私はブログに書いたが、東京銀座・有楽町に地方のアンテナショップが集積し、アンテナショップ巡りをするためのマップができるほどとなった。地方に埋もれた、地元の人達が美味いと思う自慢の食が表舞台へと上がってきた。こうした地方の日常が注目されているが、全て一つのテーマに共同で参画することによって成し遂げられたものである。今や当たり前となった「ワンコイン商店街」は価格がテーマである。B級グルメは日常がテーマで、全国至る所に存在する。私が良く行く鳥取ではこれから松葉ガニの季節になるが、高価なカニで大きいと数万もする。当然、地元の人の食卓には上がらない。しかし、雄ガニと一緒に雌ガニも捕れ、小さな安い雌ガニはみそ汁にして一般家庭の食卓に上がる。従来は数万円の雄ガニを更に高く売ることばかりを考えてきた。しかし、数年前から日常を楽しむ時代へと変わってきたのだ。日常という足下に小さな宝物が埋まっている時代である。

最近、私のブログに「未来予測」というキーワード検索で訪問する人が増えてきた。大不況下で消費への価値観が見出せないということからと思うが、結論から言えば、「未来は予測できない、しかし未来は創ることができる」というP、ドラッカーの言葉を伝えたい。ただ、確かな予測はできないが、どんな方向に向かうか、ある程度は可能である。3年ほど前、次のように未来予測の原則を書いたことがあった。

未来について確実に言えることは2つしかない。
未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法も2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる。

つまり、自分で未来をつくらないのであれば、「すでに起こったことの帰結を見る」という方法をもとに予測していく方法しかないと私も思っている。3年前、「今、地方がおもしろい」と書いたのも、「既に起こった帰結」の結果として書いた。詳しい背景についてはここでは書かないが、「都市」が失ってしまったものを取り戻す動き、例えば和回帰や自然回帰、あるいは昭和回帰、日常回帰といった回帰の芽を辿っていくと、そこに「地方という宝物」にいきつくということであった。

こうした地方の芽が育ち、全国の舞台に上がるようになった理由は大きくは2つある。1つはB-1グランプリがそうであるように、「なんとかしなければ」と、ほんの少しの有志が集まって行動したことに始まる。今回のB-1グランプリに入賞した「厚木シロコロホルモン」も数名の居酒屋や飲食店の店主が立ち上がり、今や類似品が出るほどとなっている。そうした小さな力がグランプリイベントという一つのテーマに集まる、つまり一種のテーマ・コラボレーションによるものだ。
もう1つの理由がやはり競争から生まれた顧客研究=メニュー研究である。ある意味、街・村自慢が全国自慢になるための都市生活者研究ということである。私は鳥取や沖縄へよく行くが、「良き素材はあっても、メニューがない」と繰り返し話をしている。メニューづくりと言うと、必ずパッケージデザインのことばかりとなる。勿論、それも必要とは思うが、その前に誰を顧客とするのか、その顧客に合った商品のサイズや量、どのように食べてもらったら良いかというガイド、その結果どんな便益(効果や楽しさ等)を提供できるか、そして価格。こうしたいわばスタイルとしてメニューはある。更に、物流・梱包や店頭陳列の在り方を踏まえデザイン化される。

結論から言うと、都市の主要な役割は消費である。その消費をまかなうのが地方である。未来は分からない、でも小さい未来であれば創ることができる。また、消費都市は東京や大阪だけではない。山陰の人達にとって韓国ソウルは昔から消費都市であり、今も交流は盛んである。最近では農産物をロシアのウラジオストックのスーパーにも営業している。大不況であればこそ、顧客の未来を思い描き、小さく行動することから始めることだ。(続く)  


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2009年10月07日

ひとり応答歌

ヒット商品応援団日記No408(毎週2回更新)  2009.10.7.

前回、希望は自ら灯すもので、痩せてしまった歌が再び蘇るかもしれないと書いた。それというのも、作詞家阿久悠さんが亡くなる前に「日本人が失ったものを探し出すには2つの方法がある。1つが昭和の秋の最後を語ること、もうひとつが平成の春を語ること」という言葉を思い出したからである。
今、大変な氷河期の入り口にいる訳であるが、「平成の春」はポツンポツンとではあるが歌われ始めている。今年の春はそれほどではなかったが、周知のコブクロによる「蕾」や「桜」、あるいはブログにも書いたがアンジェラ・アキの「手紙」なんかは平成の春への応援歌であろう。

今、新政権による政治が動き始め、公共工事の是非を始め多くの論議がなされ始めた。それは阿久悠さんの言葉を借りれば「昭和の秋の最後を語リ始めた」ということだ。
政治とは、極まるところ、税金を何にどう分配するかである。結論から言えば、新政権の戦略は、公共工事より生活重視へ、経済成長重視から格差の是正重視へと、分配の転換を計ったものだ。
ところで、昭和戦後世代、その中心であった団塊世代は私もそうであるがこの「分配の歴史」を生きてきた。

映画「Always三丁目の夕日」に描かれているように、昭和30年代「集団就職」が行われ、地方から都市へと大きな人口移動が行われた。これは池田内閣による「所得倍増計画」によるもので、いわゆる成長重視政策であった。その成長の象徴が東京タワーや東京オリンピック、高速道路などの「公共」であった。高度成長期、いざなぎ景気と呼ばれた時代で、所得も右肩上がりとなり、三種の神器(白黒TV、洗濯機、冷蔵庫)から3C(カラーTV、クーラー、自動車)へと、消費が旺盛な時代であった。
しかし、都市に人やモノ、お金が集中することによって地方は疲弊していく。そうした時代とは、都市に生活し故郷に思いを馳せる応答歌、歌謡曲の時代であった。都市と地方、私と父母、男と女、離れてしまった間を埋めるかのように歌われた。演歌、艶歌、怨歌、縁歌、多くの歌謡曲が歌われた時代であった。この時代、応答する相手がまだいたということでもあった。

1972年、こうした都市と地方の格差是正へと分配の転換を行ったのが、田中角栄による「日本列島改造論」であった。一斉に各地方の道路を始めとした社会インフラが整備される。人(雇用)やお金(工事)が産み出され、結果モノ(消費)も促され、格差の是正がなされてきた。この分配の仕組みは小泉構造改革まで続くのであるが、日本全国経済的には平準化され、経済的豊かさを手に入れた。1960年代うさぎ小屋と言われた住居も子には個室があてがわれるようになり、反面いままであった家族団らん的世界は崩壊していく。個人化社会が生活の隅々へと浸透していく。1985年、お化け番組と言われたドリフターズの「8時だよ!全員集合」が終了し、1986年、阿久悠さんは「時代おくれ」という曲を書き、河島英五に歌わせる。そして、次第に歌謡曲に代わって、トレンドという言葉と同じように歌はJpopとなっていく。そして、バブル崩壊を迎えるのである。

バブル崩壊後、内向きであった列島改造計画はグローバル市場へと向かうために、日本改造計画として実行される。日米構造協議という外圧を受けて、内需から外需への転換が行われる。製造業の工場等は中国を始めアジアへの移転がはかられ、空洞化現象が起きたのもこの頃である。税の分配という視点に立てば、輸出産業へ、経済成長重視へと転換がはかられる。金融をはじめとした自由化、グローバル化の洗礼を受け、破綻する企業も出てくる。一方、IT技術を駆使し、従来の流通発想を変えたデフレの旗手といわれた新しい企業も誕生する。
度重なる赤字国債発行を抑えるために橋本内閣によって行財政改革が行われるが、実施に向かわないまま、最終的には小泉構造改革によって、財政再建を名目に地方交付金や医療など社会保障費の削減がはかられる。更に、一部の輸出産業を除き、景気は低迷したまま平均年間所得は10年で100万円減少し、いわゆる多くの経済格差が生まれる。歌は、応答する相手を失い、痩せ細り、拡散してしまう。

こうした成長重視から格差是正重視へと方針転換を行ったのが、2年前行われた参議院選挙前の小沢民主党であった。過去、新自由主義的発想を持っていた小沢一郎が、いつから方針転換を果たしたのか分からないが、恐らく小泉構造改革の総括をした結果ではないかと思う。その総括の根底にあったのが、格差がもたらす生活実感であったと思う。その象徴が「生活が第一」というスローガンに現れている。そして、今回の衆院選挙結果へとつながっていくのである。
税の分配という視点に立つと、格差是正の方向を、都市から地方へ、公共工事から生活へ、世代間的には高齢者から若い世代(子ども達)へ、外需から内需へ、もっと分かりやすく言えば建造物から人へ、ということになる。田中角栄による「日本列島改造論」は社会インフラの整備であったが、今回の新政権は生活インフラの整備・再建ということになる。ただ、こうした価値観転換にとまどい、更には旧来の延長線上でビジネスを考えている人達にとって混乱・衝突は不可避となる。今、論議されている群馬八ッ場ダムや沖縄泡瀬干潟の問題もそうした衝突としてある。ただ、心配なのは補正予算の執行停止によって、予測されている二番底という更なる不況の深化だ。

失われた世代、ロストジェネレーションという言葉があるが、バブル崩壊時の就職氷河期世代を指した言葉である。今また、第二の失われた世代が生まれようとしている。いや、既に生まれている。バブル崩壊当時、就職できないのは「自己責任」という一言ですまされた世代だ。恐らく、出口の見えない社会を創ってきたのは誰だ、という思いがあったと思う。そして、歌を口に出せないまま今日に至っている。
ところで、アンジェラ・アキの「手紙」は、未来の自分に宛てた手紙なら素直になれるだろう、だから「未来の自分に手紙を書いてみよう」と呼びかける。そして、生まれたのが「手紙」という曲だ。飛躍するかも分からないが、出口の見えない時代だから、せめても自分宛に手紙を書こう、歌おうということだ。そんな相手のいない、応答することのない社会、時代である。であればこそ、中学生達が「手紙」に共感したのだと思う。私の言葉でいうと、自ら明かりを灯す自明灯(じみょうとう)となる。自分に対し、言い聞かせるように歌うひとり応答歌。相手が見えない歌ではあるが、その歌は次の歌を必ず生むと思いたい。自明灯の例えでいうと、灯々無尽、一人の歌が一人の歌へと伝播し、大きな合唱になっていくということだ。(続く)  


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2009年10月04日

自明灯(じみょうとう)

ヒット商品応援団日記No407(毎週2回更新)  2009.10.4.

この春のユニクロ・guから始まったジーンズの価格競争に西友(ウォルマート)が850円という最安値で参入した。いち早く300円を切る弁当を発売してきた西友であるが、やはり参入してきたなというのが私の素直な実感である。顧客の倹約・節約意識に応えるにはやはり低価格帯商品を用意しなければならない。ただ、日本の場合はどうであるか分からないが、米国のディズカウント業態の内、リーマンショック以降ウオルマートが抜きん出て好調であるという。その背景には、ウォルマートの顧客のほとんどが低・中所得層であったが、年間所得1000万円前後の高所得層もウォルマートに足を運ぶようになったという。勿論、高所得層向けの商品MDを拡充したことによるもので、低・中所得層の購入単価と比較し、40%ほど高くなっていると聞く。おそらく、日本の場合も同様の傾向が、例えばOKストアなどで見られるのではないかと思う。つまり、高所得層を含め幅広く不況感が蔓延しているということだ。

不況時にはディスカウント業態が売上を伸ばし、高所得層を主要顧客とした百貨店やハイブランドなどの専門店は売上を落とす。好況時にはその逆の現象が起きると言われてきた。ここ2年ほど消費傾向と流通変化を見ていくと過去と同じような情況となっているのが分かる。しかも、その動向を左右するのがやはり高所得層の動向ということである。
ところで、今回の大不況は経済の専門家だけでなく、ごく普通の生活者にとっても等しく中長期にわたることを理解・実感している。この根底には「これから何で飯を食べていくのか」という産業構造の転換が不可欠であり、そのためには多くの時間を必要とすることを理解しているからである。1970年代、2度にわたる石油ショックによって銀座の街のネオンが消えた。以降、日本は産業の高度化をはかり、大きく輸出内容が変わっていく。今回はネオンが消えるどころではなく、銀座の街並それ自体が変わり、それがグローバルな変化であることを理解しているからだ。

一昨日、9月の米国新車販売が政府の助成が打ち切られたこともあり、前年比26%減と大きく落ち込んだと報じられた。消費刺激策という助成抜きでは惨憺たる情況であることが分かる。少し前に日本の場合のエコカー助成も需要の先食いであり、どこまで販売できるかと問題指摘をしたが、小売業的に言えば「バーゲンセール」「特売日」だからという理由と、HV車の燃費を中長期で考えたら「お得な買い物」だから売れているのである。しかし、誰もが感じているように、この時だけのバーゲンプライスはエブリデーロープライスへと向かっていく。LED電球においても東芝が発売した価格はシャープやパナソニック等が参入したこともあり、1万円を超えた価格はわずか半年で6000円台(実勢小売価格は勿論更に安いが)へと下がった。こうした量産できる家電製品や自動車は特にそうであるが、エブリデーロープライス心理は生活のあらゆる商品へと広がっている。

先日8月の完全失業率が5.5%と前月と比較し改善されたと報じられた。しかし、新規求人数は逆に前月比1.1%減少したとも。雇用環境は悪くなることはあっても良くなるとは誰も考えてはいない。この冬のボーナスは下がるどころか、正規社員ですらリストラの不安を抱えているのが現実だ。消費心理として、氷河期の入り口に来ていると私はブログに書いたが、恐らくブログを読んでこられた読者の多くはそんなことは分かり切ったことだと思っているであろう。産業構造を転換するには多くの時間を必要とし、それまでは耐え忍ぶしかないということだ。

「これから何で飯を食べていくのか」という転換すべきビジネスの困難さについて、一つの事例があるので書き得る範囲で紹介してみたい。鳥取県という日本で一番小さな人口60万人に満たない県であるが、その小さな県を象徴するように、大企業はほとんどなく中小零細企業、しかも農業、水産業で食べてきた県である。3年前、県の委員として産業の内容について多くの情報を受け取った。その中に、境港という全国で有数の水揚げを誇る漁港があり、本マグロの水揚げ量全国NO1であるという。当時、いやいまでもそうだが、高値で取引される魚である。地球温暖化で海水温が上がり、想定外の高価な本マグロが驚くほど捕れたと。しかし、その多くは20〜30kgの小型のマグロで青森大間のマグロのようには取引できないとも。漁の方法は巻き網漁で、船にも漁港にも大型の冷蔵&冷凍設備をもたないため、関西や下関方面へそのまま鮮魚として販売するしかない情況である。一定の品質を保持し、安定供給することが「産業化」への前提としてある。地球温暖化すらもチャンスにしようとしても、相手は自然であり安定供給するには冷蔵&冷凍設備は不可欠である。しかし、億単位の投資を必要とするため、中小零細企業ではほとんど不可能な資金である。また、500億円ほどの税収の鳥取県では行政が支援するにも限度がある。農水産業という一次産業をベースにおいた二次産業化、三次産業化へと転換していくにはかなりの時間を必要とするということだ。
更に付け加えると、瀬戸内海では春の代名詞となっている鰆(サワラ)が山陰沖や岩手の三陸沖で秋から春にかけて大量に捕れている。海水温上昇に依る海流の変化だといわれているが、農業の分野でも米作地域が北上していることは周知のことと思う。更には、農業法人の改革も進んでいく。地球温暖化を是とすることではないが、つまり製造業だけでなく第一次産業の生産地図が大きく変化し、この変化の時をチャンスに変えようと地方は頑張っている。

話を元に戻すが、減税やエコポイントといった助成措置、しかもLED電球がそうであるように長期間使え耐久性があり結果お得であるような商品の売れ行きを見ていくと、どうやら消費氷河期の準備に入ってきたという感がする。冬眠のためのストック消費、備蓄消費ということである。また、数年前からの傾向である内側への消費、「家庭内での遊び」、ドラクエ9といったゲームから親子が一緒に作り楽しむ調理器具といった商品、あるいは薄型TVも売れるであろう。ただ、そうした消費の根底にある価値観の変化であるが、「便利さ」に慣れ過ぎてしまったという消費への内省、逆に不幸すら感じている人も出てきている。その価値観が「不便さ」や「我慢すること」を楽しむ、幸福とする価値観へと変化していくのではないかと仮説している。身の丈消費という言い方があるが、身の丈生活を楽しむ、小さな幸福観に向かうのではないか。草食系世代、under29の若い世代の「買わない消費」は、こうした価値観の未来の芽としてあったのではないかと思っている。但し、私が「20歳の老人」と名付けたように情報的老人としての意味である。

寒い冬に向かい暖かさが求められている時代だ。バラバラとなった個人化社会にあって、家族や職場、多くのクラブなど社会の単位でのつなぎ直しがはかられてきた。そのつなぎ直しには象徴的な人物像が必要となっている。生活においては「平成のがばいばあちゃん」であり、経済では「平成の澁澤栄一」、政治では「平成の坂本龍馬」といったところであろうか。勿論、希望は与えられるものではなく、自ら灯すものである。自明灯(じみょうとう)ではないが、氷河期であればこそそんな小さな灯りに力づけられるものだ。そうした中、新たな歌が生まれるかもしれない。それが歌謡曲であっても、Jpopであってもかまわない。痩せていってしまった歌が、再び生まれ変わって登場して欲しい。(続く)  


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