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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2020年09月20日

未来を知る

ヒット商品応援団日記No771(毎週更新) 2020.9.20



ことごとく予測が外れる事実にマスメディア、特にTVメディアは謝罪と反省を繰り返している。先日偶然であったが、TBSの情報番組「Nスタ」を見る機会があった番組でウイークデーの午後夕方の番組である。その中でメインアナウンサーである井上貴博が視聴者に対し、これまでの放送内容に間違いがあったことに対し反省のコメントを伝えていた。新型コロナウイルスについての短いコメントであったが、「2週間後には死者が4万人に及ぶ。あるいはGoToトラベルによってウイルスが全国に拡散する。といった情報を伝えてきたが、間違いであった」とした反省の弁であった。「2週間後には死者が4万人に及ぶ」は周知のクラスター班であった元北海度大学西浦教授による数理モデルに基づくものだが、その後西浦氏は訂正のコメントを寄せているが、こうしたことは報道されてこなかった。また、GoToトラベルによるウイルス拡散説についてもTVメディアや感染症専門家はこぞってその悲惨な結果を予測していた。結果どうであったかであるが、Go To トラベルを利用した宿泊者が8月末までに1339万人に達したと発表されている。そして、明らかに新型コロナウイルスによるクラスター感染が確認された事例は10件に満たないものであった。Nスタはこうした「事実」を背景にした反省の弁であったが、まだまだ少なくなってはいるが、こうした事実を避けて構成する番組もあるようだ。感染が広がった3月には、パチンコ店がクラスター発生の元凶であるが如き報道がなされたことがあったが、こうした報道の反省は半年近くになってなされる始末である。

こうしたことを裏付けるように菅新政権に対する支持率などの世論調査が行われたが、多くの専門家の予測を大きく裏切り、周知のように新聞各紙のほとんどが60%以上で日経新聞に至っては74%の支持となっている。
(朝日新聞6+5%、毎日新聞64%、共同通信66%、日経新聞74%)
実はこうした新政権への世論調査結果の前に、安倍全総理が辞めるに至った背景に世論形成のポイントがある。潰瘍性大腸炎という難病による辞任であり、失政による辞任ではないことが以降の世論形成に作用している。辞任表明後の世論調査では内閣支持率はそれまでの不支持から支持へと大きく変化した。また、次なる総理候補として菅氏、石破氏、岸田氏の3人が候補となったが、その時の世論調査にはこれも大方の予想に反し、菅氏への支持が多い気かった。安倍政権の継承を掲げた菅氏への支持であり、党内野党として政権を批判してきた石破氏には後継者には当たらないという生活者のヒュかである。そして、結果として地方で強いと言われた石破氏を大きく話した総裁選であった。多くの評論家やコメンテーターが「世論」がなんであるかを見ずそれまでの「政治」に依拠した意見によるもので大きく予測は外れることとなる。つまり、こうした経過を見てもわかるように、「世論」は病気辞任による無念ささなど安倍氏への道場と一sた感情で世論が形成され、菅氏への期待は「叩き上げ」「有言実行」といったそれまでの安倍政権にはなかった新しさに期待感情をもったということである。ある意味、世論調査とは人気投票であり、多くのジャーナリストはその「人気」がどういうことであるのか見誤ってきたし、今もその傾向は続いているということだ。勿論、今後菅政権のぁつどうしだいではこれまで支持してきた「感情」が逆転へと向かうということでもある。

ところでこれまでのGo To トラベルの利用内容であるが、1泊3~5万円といった高級ホテルや旅館利用が多く、このキャンペーンを機会に安く泊まる理由が多く、1万円以下のホテルや旅館は少ないとのこと。これはデフレ時代にあって、金額が高い方が「お得感」が得られるからで、1万円以下の施設は独自に回数利用の「お得」を計画すれば良いということである。例えば、、近くの飲食店などとこたぼレーションし、更なる「お得」を創れば良いうということである。あるいは思い切ってそれまでのコンセプトを変えることも必要であろう。言いフル尽くされてきたコンセプトである「泊食分離」もあれば立地がロードサイドであればファミリー向けの格安ロッジといった業態もあるかもしれない。いずれにせよこの機会にアイディア・知恵をもってやってみることだ。
このGo To トラベル利用が今一つとなっているのは前回の未来塾にも書いたが、旅行する側も受入側もまだまだ恐怖心が残っており、萎縮しているからである。それは確か7月上旬に行われた読売新聞による調査で明らかになっていたので、この夏の帰省も激減するであろうことは予測できたことである。
このGo To トラベルが意味するしていることは、「ウイズコロナ」「コロナとの共生」といったことの具体的な「行動」であり、対象となった旅行先は紛れもなく「地方活性」の呼び水としての意味を担っている。それは今までの訪日外国人観光客を対象とした「観光」ではないということである。3月のブログにも書いたことだが、これまではインバウンドバブルであったとし、観光魅力の「原点」に立ち帰ることだと。私の言葉で言えば数年前から描いてきたことだが、全国各地にある「横丁路地裏」観光である。表通りの名所観光ではなく、まだまだ知られてはいないその土地ならではの小さな魅力を観光という表舞台に上げることであると。それは日本人すら知らない魅力で、その魅力に数年前からフランスの観光客をはじめ路地裏にある小さな観光が実は日本固有のテーマになっているということである。別な言葉でいえば外国観光客の「日本オタク」のような楽しみ方である。
今、出かけることに躊躇している都内のシニア世代は盛んに銀座周辺にある地方のアンテナショップ巡りが再燃している。こうした変化を見てもわかるように地方にはまだまだ宝物が眠っているということである。

ちょうど19日からの44連休の最中であるが、8月の帰省期間とは異なって多くの人が移動しはじめている。日本航空と全日空によれば、19日からの4連休では初日(19日)と最終日(22日)の予約数が8万人を超え、日本航空で去年のおよそ7割、全日空で去年のおよそ5割まで戻ってきているとのこと。新幹線の利用客も、去年の2割あまりにとどまったお盆期間に比べ徐々に回復し、JR東日本の新幹線の指定席予約状況は17日時点で去年の5割を上回っているとのこと。
10月からは除外されてきた東京都もTo トラベルに参加できるようになり、こうっした「移動」もさらに活性化されていくであろう。但し、この4連休の移動を見てもわかるように、生活者は極めて慎重であることがわかる。周知のようにトラベル事業は新型コロナウイルスの感染拡大で需要が激減した観光業界の支援策として7月22日に始ま利、宿泊旅行で7300万人分、日帰り旅行で4800万人分の予算を確保している事業である。先日の記者会見では「Go To トラベル」を利用した宿泊者が8月末までに1339万人に達したと発表した。この数字を見て成功・失敗の論議は不要である。何故なら、当初の「正しく 恐る」という命題に対し、その「正しさ」がかなり分かりはじめ、自らの判断で行動しはじめたからである。多くの誤報道や過剰な恐怖心を煽る情報を経験しながら、ロックダウンではなく、セルフダウンという自律した個人へと戻りはじめたということである。

こうしたコロナ禍の顧客を前にしているということである。先日、あるショッピングセンターの顧問の方と話す機会があった。主に出店しているテナントの動向についてであるが、政府からの助成はもとより、金融機関からの借入も膨らみさらなる苦境に立たされているとのことであった。そこでお話ししたのは、今もお元気と思うがヨーカドーの創設者である伊藤雅俊さんが常々話されていた言葉、「小売業は小さな商いで、小さなアイディア業である」を話をした。営業時間を短縮したり、シフトの編成を変え人件費を抑制したり、・・・・・・こうしたことも必要ではある。しかし、社会の変化に即したアイディア商売も必要で、菅総理の地元である横濱橋商店街では菅総理が99代ということから、99円、990円、の売り出しを組んでいる。一見つまらないアイディアのように見えるが、そうした小さなアイディアの積み重ねの中から、一つか二つヒットするものが出てくる。
かってビジネスの師であったP.ドラッカーは次にようにその著書に書いていた。

未来は分からない。未来は現在とは違う。
未来を知る方法は2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる。

つまり、自分で未来をつくらないのであれば、「すでに起こったことの帰結を見る」という方法をもとに予測していくしかない。「既に起こった帰結」とは、次々と起こる変化、消費の変化はもとより社会の変化を観察すること。そして、それら変化は一時的なものではなく、大きな潮流としての変化、生活価値観の変化であることを検証する。更に、この変化は意味あるもの、つまり重要なことであると認識した時、その市場機会をもたらすものであるかどうかを問うこと。
今回のコロナ禍に置き換えていうならば、顧客の中に「未来」をみるということしかない。敢えて、アイディア業であるとしたのもとにかく小さな試み、小さな売り出しを組んで実行することにある。例えば東京十条の商店街に「鳥大」という鳥肉専門店がある。1日1万個売る「チキンボール(1個十円)」が人気の行列店であるが、取材に「ほぼ90%元に戻った」と答えていた。顧客の中に1個10円のチキンボールに「未来」が見えたということである。旅行に関していうならば、Go To トラベルから除外されていた東京が10月から参加することとなった。例えば、苦境のバス業界であるが、1990年代後半倒産の危機のあったはとバスは宮端さんという良き経営者を迎えて再生したのだが、それは現場による再生であった。その再生については10年ほど前に「100-1=0、マニュアルという罠 」というタイトルでブログに書いたことがあった。(是非gポチドクください)その再生着眼の一つが顧客情報の収集と活用であった。ドライバーや添乗員がその日あったお客さまの小さな声、本音をメモし、それを「お帰りボックス」に毎回入れる。そうした小さな声を集め以降多くのヒットメニューを生み出すこととなる。これも顧客の中に未来を見て、次々とアイディアメニューが生まれ再生した良き事例である。東京除外が外され、はとバスはどんな変化を見せるのか注目したい。(続く)
  
タグ :コロナ禍


Posted by ヒット商品応援団 at 13:08Comments(0)新市場創造

2020年09月06日

未来塾(42) もう一つのウイルス (後半) 

ヒット商品応援団日記No770(毎週更新) 2020.9.6.




文化の無い「時代経験」

さて戦後のモノ不足を経て、1990年代初頭のバブル崩壊を受け、以降「豊さとは何か」が問われてきた。当時は「失われた20年」などと豊かさ論議が盛んであったが、「豊かさ」を見極めることなくこの春まで経過して来た、そんな感がしてならない。
思い返せば、バブル崩壊は日本社会・経済全てに対し変わることを命じられたいわば「人生」を見つめ直す時代であった。2008年のリーマンショックについては、年越し派遣村に代表されたように、「雇用」の持つ意味が問い直された。2011年3,11東日本大震災は災害日本列島に立ち向かう人と人の「絆」の大切さを実感させた。
コロナ禍が始まって6ヶ月が経過した。ウイルスは人が運ぶことから、ソーシャルディスタンス、三密、といった言葉が表しているように人と人との「距離」をとることを否応なくしいられて来た。しかも、距離をとるだけでなく、「移動」の抑制をもである。
クラスターの発生は東京では「江戸」を感じさせる屋台船の宴会からであり、大阪では梅田のライブハウスであった。以降、距離をとること、移動を自制する生活となり、多くの文化イベントが休止、あるいは縮小することとなった。それは歌舞伎のような伝統芸能から、プロ野球に代表されるスポーツイベントまで。更に日常においては学生たちのクラブ活動にまで及んだ。つまり、文化イベントに「空白」が生じたということである。その象徴が周知の甲子園を目指す高校野球の中止であり、縮小であった。こうしたメディアの舞台に出てくるようなイベントだけが「文化」ではない。文化の本質は日常当たり前のこととして取り入れて来たものにその意味がある。私の言葉で言えば、「生活文化」ということになる。

「文化」は継続・継承されてこそ文化となる

ところで今年の夏は各地で行われる予定の「祭り」のほとんどが中止となった。隅田川の花火は勿論のこと、「密」を避けるために花火師の勇姿によって全国各地でゲリラ的に行われた。また、夏の風物詩にもなった高校野球は各地方単位での試合となったが、春の選抜高校野球が1試合だけではあるが、甲子園で交流試合が行われた。ウイズコロナとかコロナとの共生、理屈っぽく言えば「出口戦略」として、できることからやってみようということである。未知のウイルスとは言え、かなりわかって来た。このブログのスタートとして、「正しく 恐る」、その「正しく」がかなりわかって来たからだ。

マスメディア、特にTVメディアは競うように「自論」を放映している。3〜4月ごろのメディアの論調は「未知」であることから送り手も受け手も間違いがあっても許されることではあった。あのWHOですら当初はマスク着用の効果はないとしていたが、今や着用を勧めている。「コロナ禍から学ぶ」の第一回でも述べたが、パチンコ店が自主休業しないことを理由に、あるいは県をまたがってパチンコをやりにきた顧客へのインタビューで、あたかも「犯罪行為」であるかのように扱った。確かに、自粛休業要請に従わなかったパチンコ店もあったが、感染者のクラスター発生は起きていなかった。あるいはイタリアや米国NYの医療崩壊を繰り返し放映し、結果として視聴者に「恐怖」を与えて来たTVメディアはやっとその愚に気付き始め、軌道修正し始めて来た。しかし、エンターテイメント、つまり娯楽要素を盛り込むことは否定はしないが、モーニングショーにレギュラー出演している感染症の大学教授はなんと芸能プラダクションである旧ナベプロに所属する始末である。変わり身の速さ、ある意味いい加減さはTVメディアの本質でもあるが、「コロナ禍」をエンターテイメント化する視線には抵抗がある。いや抵抗と言うより、娯楽として提供されるコロナ情報を信じることができるかである。

何故こうしたことを取り上げるかと言えば、TVによる娯楽番組も一つの「文化」である。しかし、こんな情報番組という冠を持った「娯楽番組」はコロナ禍が収束した後まで継続・継承して欲しくはないものである。一言で言えば番組の責任者であるプロデューサーの社会的責任とまでは言わないがその見識を疑う。コロナウイルスを使った単なる視聴率稼ぎだけの番組であると言うことだ。英国の覆面アーティスト、バンクシー(Banksy)は、新型コロナウイルスのパンデミックと闘う医療従事者らをたたえる新作を発表し作品は現在、英国内の病院に展示されていると言う。コロナ禍を娯楽的視点から放送する日本の情報番組とは真逆のあり方である。

「散」の結果はGDP 27.8%減

内閣府は4~6月期の国内総生産(GDP)の速報値を発表した。季節調整値)の速報値は、物価の変動を除いた実質で前期比7・8%減、この状態が1年続いた場合の年率換算は27・8%減となり、リーマン・ショック後の09年1~3月期の年率17・8%減を上回る戦後最悪のマイナス成長を記録した。新型コロナウイルス感染拡大を受けた緊急事態宣言で個人消費が大きく落ち込み、世界的な感染拡大により輸出も急減して内外需ともに総崩れだった。
ちなみに、米国の4- 6月期の実質GDP(国内総生産)成長率(季節調整済み、速報値)は、前期比年率32.9%減と大 幅低下したとのこと(図表1)。また、欧州連合(EU)の実質域内総生産(GDP、速報値)は、前期比で12・1%減となった。年率換算では40・3%減で、前期(13・6%減)に記録した過去最大の落ち込みからさらに悪化したと。米国や欧州との違いであるが、ロックダウン(都市封鎖)」しなかった日本は「自粛」というセルフダウンを採ったことの差であると多くの経済アナリストは指摘しているが、私もその通りであると思う。
そして、以降の見通しはどうかということだが、GDPの50%以上を占める個人消費であるが、夏休み・帰省といった経済活性の状況を見てもわかるように、新幹線や航空機利用も報道の通り前年比20〜40%程度となっている。この先大きくV字回復することはないと考えるアナリストは多い。年末に向けた経済成長としてはL字状態、つまり「散」のままであれば横這い状態というのがアナリストの見方である。

こうした推移を見ていくと当然であるが、「いつ」収束するのかということになる。多くの感染症研究者は今回のコロナ禍の収束にはかなりの時間を必要とするであろうとレポートしている。その収束には周知のようにワクチンと治療薬を必要とするとのことで長期にわたるウイズコロナ、コロナとの付き合いが必要となる。
その収束イメージであるが、季節性インフルエンザを思い浮かべればそれに近いとする専門家は多い。つまり、流行期の前にワクチン摂取を行い、それでもかかってしまった場合は医師の処方によりタミフルなどのよる治療楽をしてもらうと言うイメージである。勿論、季節性インフルエンザとは異なる質の悪いウイルスであるが、ある意味日常となった生活者の対策である。季節性インフルエンザがそうであったように、ウイルスとの共存・付き合い方をイメージしれば良いかもしれない。

さて、このイメージに即して、「日常」となるまでどうすべきかである。
その答えはすでに多くの分野で工夫・アイディアを持って実施されている。その第一は、「蜜」を前提とした発送・考え方から一旦離れてみることだ。結論から言えば、「散」で成立する術を模索し、その精度を上げていくことから始めるということである。また、既にテレワークやリモートによる仕事の進め方についても、週に1日、あるいは2週間に1日ぐらいは出社し、会議などを行うといった「密」と「散」との組み合わせによる方法も取り入れられているようだ。つまり、「散」では得られないリアル感、空気感、一体感といった「刺激」の採り入れである。収束という「出口」に向かう時のc長期戦略は「散」と「密」の組み合わせということになる。

不要不急という概念を変えていくことから始める

長期化に対するスタートはまずこれまで刷り込まれた「恐怖」を自ら払拭することから始めることである。3月時点の新型コロナウイルスの恐怖理解から脱しつつある。その恐怖の裏側にあるのが「不要不急」という自粛の理屈である。この抑制理由から離れていくことこそが重要となる。

そのためには今一度「自粛」とは何かに向き合うことだ。過去持っていた目標ではない。生きるために必要なことだけでは生きてゆけないという自覚から始まるであろう。言葉を変えて言うならば、我慢していくと言う自覚であり、それは「いつまで」とした自覚でもある。
これまで陽性者、感染者などのデータについては公開されて来た。毎日発表される情報のみに多い・少ないと言ったコメントしか報道されてこなかった。自粛とは極めて抑制心理の問題であり、「正しく 恐る」と言うその「正しさ」の理解と共に恐怖の呪縛から解き放たれていく。結果、その心理から「行動」は生まれていく。この未来塾で分析したいことの第一は「コロナ禍」での消費である。それは生活者の心理状態を反映されたものであり、「今」どんな「心理」にあるかを明らかにすることにある。ここ数十年小売業は天候が不順で雨が多い月の売り上げや気温の変動で冷たいものが売れたりアタタライものが売れたり、そんな分析を行って来た。そうした分析をもとに仕入れや人員配置を行なって来たのだが、このコロナ禍にあってそうした分析は未だかってみたことはない。
今回、恐怖心りのほとんどを占める感染者数情報とそれが生活者に与える行動変容を見ていくこととする。勿論、正確な分析ではなく、ある意味仮設としての分析で、多分に私自身の感によるものも含まれている。そして、出来うるならば「不要不急」心理がどのような行動変容となって現れて来たかを解く一歩としたい。

ところで次のグラフは公開されている全国における感染者数のグラフである。




2月から始まったコロナ禍であるが、まず中国武漢に住む日本人の帰国第一便は2月12日であった。2月20日にはあの700名以上の感染者を出したクルーズ船が横浜港に帰港した時期である。次第に感染は広がり3月末には感染のピークを迎える。ちょうどコメディアンの志村けんさんが亡くなった時期である。そして、感染の山が下に入った4月7日に緊急事態宣言が発出され、次第に感染は落ち着いていくグラフとなっている。
この間生活者心理に大きな影響を与えたのは新型コロナウイルスの「恐ろしさ」を実感したのは志村けん散の死であり、生活を一変させたのが3月2日から始まった小中高の臨時休校であろう。他にもコロナ禍は世界の最大課題であることを実感させたのは3月24日に発表された東京オリンピック・パラリンピックの1年程度の延期が決定であろう。また、東京ローカルのことだが、3月23日の記者会見で、小池都知事ははっきりと都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど、強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性があると発言している。勿論、都知事のそのような権限などないのだが、発言の翌日都内のスーパーの棚からラーメンやレトルト食品など巣ごもり商品を買い求める人が押し寄せパニック状態となった。この背景には連日イタリアや米国NYなどの逼迫した医療現場が報道され、最悪の心理状態にあったことによる。
こうした心理から緊急事態宣言の沿って、移動の自粛を始めとしたロックダウンではないセルフダウンが可能となったと言うことだ。




一旦収束に見えたコロナ禍は前述のようにウイルスの変異を伴った新たな発生源が東京新宿で起きることとなる。より詳しいデータは上記の8月の分科会で示された発症日による感染グラフである。これをみてもわかるように
死んだ子の年を数えるようだと表現したように6月後半から次第に感染の拡大が始まっていることがわかる。繰り返し言うが、新宿歌舞伎町に働く人たちを責めることではない。あくまでも東京都、政治の責任による結果である。生活者心理・不安の山はまた上がり始める。新たなウイルスの発生・拡大については前述の通りであるが、ただ3月4月の頃の心理とはその後の情報によって次第に異なったものとなる。生活者の行動は次第に広がっていく。それまで控えていた百貨店への購買や飲食店利用をはじめ、巣ごもりしながら行動範囲を広げていくこととなる。それは2月以降のコロナ経験に基づくものと言える。その基準となるのは唯一の物差しとなる「感染者数」である。実は判断となる物差しは感染者数しかないと言う現実があったからである。もっともらしい感染症の研究者のコメントはあっても生活実感とはかけ離れたものであった。なぜなら、4月にかけて「米国NYのような悲惨状態になる」「2週間後には死者は数万人に及ぶ」といったコメントはTVメディアを通じ繰り返し繰り返し刷り込まれたものが残っていたからである。これは広告業界では常識となっていることだが、記憶は情報の「回数」によって決まっていく。つまり、回数が多ければ多いほど記憶に強く残ると言うことである。

ところで消費という視点でみていくと、6月ごろから徐々に必需消費から選択消費へと向かっていく。ちょうど全国レベルでの制限解除に付合する。それまで閑散としていた通勤電車はいつものように混雑し始める。数ヶ月ぶりの飲み会もまた始まる。それは第一波の収束といった安堵感でもあった。医療現場では冬場に起きるであろう第二波に備えることが盛んに言われていた。
実はこうした中、見えないところで新たな感染、東京由来と言われる変異したウイルスが新宿歌舞伎町で広がっていたと言うことである。その感染の広がりはグラフをみてもわかるように6月後半から7月にかけて伸びていくのがわかる。そして、7月中旬から、本格的な夏休みへと向かって急速に拡大していく。ちょうどGO TOトラベルがスタートした時期である。前回の未来塾で読売新聞による調査にも60数%の人は旅行には躊躇していると言う結果であった。「恐怖」がまだまだ心理の中心を占めていたと言うことであった。そして、残念ながら観光地の中心でもある沖縄で感染が拡大し、医療崩壊の危機に落ちるのだが報道の通りである。

「差別」というもう一つのウイルス

こうして8月の帰省へと向かうのだが、報道されているように帰省する人は例年と比較し極めて少ない結果となっている。移動の抑制は顕著に出たのだが、その心理はどう見るべきなのか、帰省先と帰省を考えている人との間にできた空気感を実感し、何が行動を抑制させたのか明確にすることが必要であろう。
その空気感とは「コロナ差別」であり、帰省先の地方の受け止め方は「コロナを持ち込んで欲しくない」と言うものであり、帰省する側も帰省先実家に迷惑をかけたくない、そんな空気であろう。そうした空気を象徴したのが「帰省警察」と言うキーワードである。自粛警察から始まり、マスク警察、帰省警察と社会正義の仮面を被った心ない差別である。以前、差別の奥底には恐怖があると書いたことがあったが、新型コロナウイルスはいわば現代における穢れ(ケガレ)と考えれば分かりやすい。
「感染」を外から持ち込まれた不確かなもの、それらを異物として不浄なものとして除去する、共同体から排除するムラ意識の現れということである。それは都市と地方ということの違いによって生まれるものではない。実は、「ムラ」は地方に残っているのではなく、都市の中にも存在している。ムラを世間とか仲間という小集団に置き換えればいくらでも経験して来ている。例えば、子供たちの間にある(大人社会にもあるが)「いじめ」を思い起こせば十分であろう。転校生などへのいじめに際し、今は無視・相手にしないといった方法が中心となっているが、私が小学生の頃は「バイキン」と呼んで排除して来たが、今は「コロナ」と呼んでいると聞いている。
理屈っぽく言うならば、いじめといった差別は、仲間や世間といった共同体を維持する上で必要な祭祀の一つとなっているということである。特に人為が及ばない出来事に対し、大いなる神に祈り、穢れを除去するためのお祓いをする。新型コロナウイルスの場合に当てはめれば、ある意味PCR検査は感染の有無を計るものであると同時に、仲間や世間といった共同体に対し安全安心を得るための一種のお祓いでもある。ただこうした共同体の運営に際し、緊急事態宣言以降多くの人が自粛・自制する、私の言葉で言えば「セルフダウン」することによって感染抑制ができた。ロックダウンといった国家による「強制」ではなく、一人ひとりがある意味自主的に行動した国は日本以外ないのではないかと思う。これを称して「同調圧力」の強い国民という表現をする専門家もいるが、「同調」には自粛警察といった排除の論理が潜んでいることも事実である。この「同調」感がどのような場所に発生しているか、どの程度強い同調であるかを見極めることも必要となってくる。例えば集団クラスターが発生した島根の立正大淞南高校や天理大ラグビーにおいても犯人探しは勿論のこと誹謗中傷どころか、天理大の学生であるだけで地域の飲食店アルバイトは辞めてほしいといった「差別」が起きている。

ファクターXを生かしきれなかった日本

このコロナ禍をテーマとしたのも、このパンデミックがもたらす激変もさることながら、第一回目に取り上げたIPS細胞研究所の山中教授の提言「ファクターX」に理解共感したからでもあった。その後、後を追うように東アジアの国々と欧米諸国とではその感染者数、死亡者数が極端に少ないことが報道されはじめた。そして、経済への影響も東アジア諸国と欧米諸国とではこれも極めて軽微であったこともわかって来た。しかし、その東アジア諸国の中、中国、韓国、台湾の中で、ロックダウンしなかった日本が一番経済への影響・損失が大きかった。

それは何故なのか?答えは明確で、「自粛要請」を過度にさせてしまったことによる。勿論、過剰自粛に走らせてしまったのは「恐怖」で、マスメディア、特にTVメディアによる過剰な放送によるところが大きい。恐怖は誰もが持つものである。それが未知であればあるほど大きいのだが、それを増幅させるのが「情報」である。私のブログの多くは山中教授のHP「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」に依拠している。TV曲の情報番組にとって、デマ情報とは言わないが、断片情報をつなぎ合わせて一つの「物語」を作る事ぐらい簡単である。

また、政府の対応も「過剰」であったと思う。それはやっと論議が始まったが感染症の見直しである。現在2類相当と言われながら、それ以上に厳しい1類に近い考え方で実施されて来た。その象徴がクラスター班の旧北大教授の西浦氏による度重なる記者会見・メッセージである。「自粛」を強制させるが如き恐怖を煽る発言が多く、そのほとんどが大きく外れていたことは明白である。ただ、数理モデルの学者としての誠実さは、後にYouTibeにおける山中教授との対談でわかり、少しは納得したのだが、机上の数理モデルであったとは言え、これも過剰な情報であった。

ただ、全てが「過剰」であったということではない。前述の帰省警察ではないが、東京からウイルスを持ち込まないで欲しいといった「気持ち」は「東京差別」として移動を極端にまで抑制させている。その象徴がGO TOキャンペーンにおける東京外しである。先日東京の情報番組に関西のMC辛坊治郎が「何故、東京の人間は外されて怒らないのか。同じ税金を使っているのに」と発言していたが、東京都民としては第二波の震源地であることの負い目と今なお感染者数が高止まり状態でありウイルス拡散の可能性は今なお大きいということによる。
こうした心理も過剰な恐怖心が今なお残っているからである。そして、「差別」というウイルスはデマ情報も併せて持ち込んでいることも忘れてはならない。「感染者が〇〇店を利用していた」「従業員からも感染者が出た」・・・・・・・・こうしたデマ情報は残念ながらSNSには広く流布されている。

「人間由来」のウイルス対策

ところで、保育園や介護施設の人たちへに無料でPCR検査を行う世田谷区の計画については賛成である旨書いたが、問題は検査結果後の運営にある。以前行われた抗体検査によれば、東京都における陽性率は0.1%であり、世田谷区の保育士などのエッセンシャルワーカー2万人に対し実施した場合、20人の陽性者が出てくる計算になる。その後の運営であるが、「安心」を求めて行った検査によって、「噂」「デマ」が飛び交うことは必至である。残念ながら、もう一つのウイルスが蔓延する可能性があるということだ。当然、世田谷区は対策を講じることと思うが、噂の連鎖というウイルス感染が起きた場合、陽性者を出した保育園から預けた子供を引き取るような事態が生まれかねないということだ。「安心」を求めて、逆に「不安」に落ち入る、そんな心理社会に入ってしまったということである。

安全で有効なワクチンや治療薬が開発されていない現在、心の奥底に潜むもう一つのウイルス退治こそ経済復活の鍵になるということである。そして、このウイルスは紛れもない「人間由来」のものである。
この「人間由来」のウイルスを封じ込めるにはただ一つしかない。それは世間・仲間という「社会」の空気を一変させることである。それまで1人の感染者も出すことなかった岩手県から初めて感染者を出した。そのことがわかったと時、匿名の県民は一斉に感染した社員が所属する企業に電話やメールで誹謗中傷や非難が殺到した。しかし、その後達増知事は「県民は自分もコロナに感染する可能性があると共感をもっていただきたい」と表明した。これを契機にその企業への共感、大変でしたね、頑張ってくださいという声が多数届けられたという。リーダーの一言で、県民の「空気」が変わったということである。人間由来のウイルスはその社会のリーダーの声によって変わるということである。


  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:05Comments(0)新市場創造

2020年09月03日

未来塾(42) もう一つのウイルス (前半) 

ヒット商品応援団日記No770(毎週更新) 2020.9.3.

新型コロナウイルスの感染から7ヶ月が経過し、大分その本質がわかって来た。そして、消費傾向も同時に明確になって来た。ただ、消費を阻む「もう一つのウイルス」もまは伝播している。このウイルスを封じ込めることもまた重要な課題となっている。



東京高円寺のライブハウスに貼られた自粛警察/東京新聞より  

コロナ禍から学ぶ(3)
 
「もう一つのウイルス」

「密」から「散」へ
コロナ共存への視座。
そして、止まないもう一つのウイルス。



3ヶ月ほど前に東京で起こっていたことが地方都市へと拡散している。大阪、愛知、福岡、・・・・・・若い世代、飲食街を震源地に、家庭へ職場へと感染の拡大パターンも同じで、まるでウイルスは新幹線で運ばれているかのようだと発言する専門家もいるほどである。しかも、最近のウイルスのゲノム分析によれば、2月頃のウイルスを武漢型、3月から4月に持ち込まれたのが欧州型、そして今回の第二波のウイルス分析でわかったのが5月から6月にかけて流行り始めたウイルスで、それまでとは異なる遺伝子が変異しているとの分析結果が報告されている。変異したウイルスの傾向は無症状者や軽症者が多い結果を生んでいて、弱毒化の可能性があるとも。また、この変異したウイルスは5月の連休明けから6月にかけて東京新宿を中心に発生し、そのウイルスが人を介し地方へと拡大していったとの結果も。

死んだ子の年を数えるようだが、緊急事態宣言が解除され、感染源として東京歌舞伎町、夜の街、ホストクラブなどが都知事の発言もあって一斉にTVメディアは集中して取り上げるようになった。ちょうどその頃、新宿区長はホストクラブの店に問題があるのではなく、まだ売れていないホストの住まいは小さな部屋に数名が同居して暮らしていることにあって、その発生の密な環境に問題があるのではないかと指摘をしていた。ここ数週間注目されている高校や大学のスポーツクラブにおける寮生活の集団感染と同じである。
ところで新宿歌舞伎町には約240店ほどのホストクラブはあるが、その中でも良く知られたローランドのような成功者はごく一部で、ほとんどのホストは固定給のないリスキーな職業である。ちなみに、新宿歌舞伎町にはホストクラブやキャバクラ、ガールズバーなど約3000軒が密集する街である。後にPCR検査が行われるのだが、その結果は驚くべきものでなんと陽性率は30%を超えていた。その集団検査は歌舞伎町で働く人々を対象とした検査結果である。
また、7月末ごろから感染が広がった沖縄では県独自の緊急事態宣言が発せられ危機的状況にあると言う。その感染源であるが、那覇の中心繁華街松山の飲食街を訪れた東京からのホストやキャバクラ従業員の団体であるとの専門家の指摘もある。東京由来、東京問題と言われ嫌な顔をして来た都知事であるが、新宿歌舞伎町で働く人たちには責任はないが、1000名程度の無料PCR検査ではなく、歌舞伎町の街自体の休業要請を行うといったピンポイント施策が必要であった。勿論、保証をつけての休業要請のことだが、東京都をはじめとした政治の責任は極めて大きい。

こうしたことを書くのも感染者に罪はなく、誰でも感染しえる病気であることを踏まえ、課題は人と人との距離、いわゆるソーシャルディスタンスと言う課題である。つまり、社会経済を徐々に戻していくには「密」をいかに解決できるかと言う難題である。
実はこの「密」を別な言葉に替えて表現するならば、それは「賑わい」と言うことになる。未来塾で取り上げて来た多くの商店街や街のテーマそのものである。今回のコロナ禍が始まった最初のブログには「移動抑制」は消費の抑制へと直接影響すると書いたが、その結果は私の想像を超える惨憺たる「消費」となった。

進行する「密」から「散」へ

テレワーク、時差出勤、更には懇親を兼ねた社員同士の会食・集まりなど密になるあり方など多くの企業は対策を実践して来た。それは概念的に言うならば、「密」から「散」への転換であった。こうしたビジネス移動の制限によって経済の影響は多大であった。その代表的な影響の一つが通勤・通学など移動の制限による損失は、例えばJR東日本の4ー6月の決算発表では最終的な損益が1553億円の赤字になるとのことで、四半期決算としては、過去最大の赤字幅になるとのこと。更に。コロナ後の鉄道運賃として「時間帯別運賃」の制度化も検討されていると言う。ラッシュの解消と共に、収益の改善も意図されてのことだと言われている。また、密になることを改善すべく席数を減らしたりした飲食店などの諸施設の赤字は言うまでもない。そして、時間帯別料金ではないが、満席状態になる昼のランチ時には通常料金とし、午後1時半過ぎになると安くランチが食べられるようにする、そんな「散」を取り入れた飲食店も出て来ている。

また、コロナ禍の最中と言うこともあり、具体的な動きは見られないが、中国武漢の都市封鎖によって明らかになったことはサプライチェーンの寸断であった。それは自動車産業だけでなく、他の製造業は勿論であるが、多くの食品輸入も中国依存からの脱却・リスク分散も企業経営の主要課題となった。国内化も含め今までのグローバルビジネスとは異なる組み立ても視野に入ってくるであろう。これも密から散への転換といえよう。

実は蜜を語るには「東京一極集中」を見ていけばその功罪を含め問題は明らかになる。蜜であることによって得られることの第一は集中することによるコスト効率の高さにある。店舗経営に従事された経験のある人間であれば、限られたスペースでどれだけの売り上げをあげられるか、その売り上げは家賃に見合うものであるか、と言う課題である。飲食店であれば「席数」であり、物販であれば棚の数であり、例えばドンキホーテではないが熱帯雨林陳列ではないがその陳列量となる。
現状、ソーシャルディスタンス・密から散へとコロナ対策上進めてはいるが、「散」による経営で収支が取れるかと言う難題である。つまり、コロナ収束の時期とも関連するが、業態にもよるが経営の根本を変えなければならないと言うことである。赤字をどれだけ減らせるか、といった経営から、収支に見合う経営への転換ということである。簡単に言ってしまえば、従来100坪で行われていた経営を50坪で成立させることであり、人であれば100人で行っていた経営を50人で行うということである。そこにはITは勿論ロボットの活用もあるであろうし、今までとは異なるネットワークの組み方による高い効率、高い生産性の経営ということになるであろう。
つまり、「時間」「空間」「人」を分散させて、「新しい価値を創造できるかということになる。今までの延長線上では経営は成立し得ないということからの「発想」である。残念ながら、そうした新しい発想によるビジネスは未だ出現してはいない。

ゼロリスク幻想からの脱却

前回にも書いたが、「出口戦略」は各都道府県単位で既に始まっている。実は2ヶ月ほど前には「自粛、制限を緩めると感染は拡大する。命と経済どちらが大切なのか」と言った短絡した議論が行われていたが、緊急事態宣言による経済のダメージがいかに大きいかを実感するに従って中途半端なまま論議を終えてしまった。ウイズコロナ、コロナとの共存と言ったキャッチフレーズだけで理解したつもりでいるが、「移動」が活発化すれば当然ウイルスも移動する。
こうした社会経済活動に際し、PCR検査を条件とし、現在の検査数の数十倍以上にすべきであるという意見がある。その背景にはあれほどひどい状況であった米国ニューヨークの事例を持ち出してその封じ込めに成功していると。誰でもいつでも何回でも無料で行える検査システムであることは良いことではあるが、陽性者の接触者を追跡する3000名ものメンバーがあってのことであり、更に言えば今なおオープンテラスでの飲食は行えているが、店内での飲食は禁止されているという強い制限下にあるように複合的な対策によるものである。単にPCR検査を増やせば封じ込めるということではない。更に言えば、以前から指摘されていたことだがPCR検査の精度は70%程度で偽陽性が30%近くあるということもあり、絶対ではないということである。現時点での検査ではPCR検査と抗原検査しかないため、必要ではあるが、その限界をわきまえて活用するということだ。例えば、新宿歌舞伎町のように地域を限定した集団検査や世田谷区で計画されているエッセンシャルワーカー、例えば高齢者施設のスタッフや保育士など限定した検査のように活用するのは良い方法ではある。ただ、世田谷区の計画がニューヨークをモデルにしており、「誰でもどこでもいつでも無料」を目指すとのことだが、「安心」を求めての検査であれば、税金ではなく自費で行うべきであろう。また、保健所や病院における体制を含め段階的限定的にお行うべきと考える。つまり、PCR検査は感染防止の目的ではなく、手段であるということだ。
こうした状況は、ある意味ゼロリスクはない、そんな不確かな社会に生きているということであり、そのことを理解しなければならない時代に生きているということである。残念ながら、リスクある行動や場所を避ける努力はしても誰でもかかりえる病気であるという自覚こそが個々人に問われている。

変容する「街」

東京では度々取り上げられる街の一つに吉祥寺がある。”何故、緊急事態宣言の最中にあって、東京吉祥寺に人が集まるのか”という話題で、いくつかの理由がある。その一つは井の頭公園に代表されるように、「光」と「風」を感じられる街だからだ。それは単に公園や動物園、あるいはジブリ美術館があるだけではない。超高層の建物に囲まれただけの街ではないと言うことだ。勿論他にも東京の湾岸に新しく開発された地域、私の言葉で言えば水辺の街、都心から十数分で暮らせる便利な都市リゾートのような街だからである。以前から人気の街である二子玉川も多摩川のリバーサイドであり、都心まで十数分の住宅街である。そこに共通することは「自然」を感じることができる街であると言うことだ。単に都心から地方への「散」ではなく、閉じられた空間・地域という密から、自然を実感できる空間・地域「散」への変化と言った方が的確であろう。
本来であれば活況を見せてもおかしくないのが、屋形船である。周知のように東京で大規模なクラスター発生により、未だ復活途上となっているが、屋形船とは異なる東京ウオータータクシー利用なんかもこれから流行っていくであろう。大阪は水の都と言われて来たが、東京も東京湾に流れ込む河口の湿地帯を造成してできた街である。このように密から散への着眼の一つがこうした自然ということになる。

一方、都心部の商業地域もここ数年再開発によって大きく変貌して来た。その象徴の一つが渋谷の街であろう。少し前に渋谷PARCOを中心に少し書いたが以前の面影はまるでない街となった。各通信キャリアによる街の移動調査では夏休みということもあって、減少することはない。
毎年、夏になると中高生を中心に原宿や渋谷に集まる。こうした傾向は1990年代半ばから始まっていて、例えば渋谷109と東京ディズニーランドは「都市観光」の定番であった。前回のブログで若い世代が感染源となっていることに対し、『「密」を求めて、街へ向かう若者たち 』というテーマで、若者には届かないコミュニケーションについて書いた。その密とは、常に変化し続ける新しい、面白い、珍しい出来事が密となった都市を自由に遊ぶことで、私はそうした行動を「都市商業観光」と呼んだ。
新しい、面白い、珍しいとは生活への「刺激」である。若い世代、特に中高生にとって「都市の魅力」とは学校や家庭とは異なる刺激が溢れる場所であり、規則などに縛られることのない自由な劇場ということになる。面白いことに原宿を歩くとわかるのだが、その多くは3〜4名の友人グループであるが、中には母親と思しき「大人」同伴の女の子もいる。いわば、保護者同伴の都市観光である。
コロナ禍ということから本格的な街歩きをしていないのだが、ドコモなどの通信キャリアによる移動データでは若干の人出の減少はあるものの、若い世代にとってはコロナ禍は「大人」と比較し減少傾向はそれほど大きくはないようだ。勿論、感染しても軽症、もしくは無症状の場合が多く、重症化率が低いことがその背景にあることは言うまでもない。

「ハレ」と「ケ」と言う視座

本格的な感染が拡大し、外出自粛や休業要請など対策が実施されてから約5ヶ月が経過した。その5ヶ月間の「消費」を見ていくといくつかの傾向が見えて来た。前回の未来塾で5月度の家計調査結果について書いたのだが、まずその全体消費の落ち込みの激しさにあり、現実の飲食店における売り上げの極端な減少や観光関連事業者の悲鳴のような状況を表した数字であった。
ところで6月の家計調査結果は前年同月比1.2%の減少であった。6月までの消費の推移は以下である。




3月から始まったコロナ禍の激しさはグラフを見ればわかる。6月に入り消費は持ち直しているかのように見えるが、この3ヶ月間の抑制から少しの解放・反動と見るのが正解であろう。
5月ど同じように主要品ものの増減についてレポートされているので是非見られたらと思う。一言で言えば、飲食代や移動に関する交通費などは同じように減少はしているが、5月度と比較し、その減少幅は若干小さくはなっている。

こうした「減少」の根底にはどんな価値観の変化があるのかを見極める視座の一つが生活の中にある「ハレ」と「ケ」のウエイトであり、どんな消費態度となって現れて来たかである。言うまでもなく「ハレ」の日の消費は特別な日として少し晴れやかなものとして、費用もかける消費のことである。例えば、多くの記念日、正月や誕生日や卒業、あるいは結婚記念日などもハレの日の消費と位置付けられる。一方、ケの日の消費は日常消費のことで、つつましい消費のことである。
こうした視座はより具体的な消費品目を分析することが必要ではあるが、今回はハレの日の流通として百貨店、ケの日の流通としてスーパーを対比させて考えてみた。
その目線としては百貨店は1980年代までは生活者のライフスタイルをリードしていく存在であったが、バブル崩壊後、SC(ショッピングセンター)という専門店を編集した業態にその座を譲って来たが、その規模を祝ししたとは言え百貨店顧客は存在する。コロナ禍にあって休館・休業した百貨店もあったが、再開後の6月度の売り上げは前年同月比-19.1%であった。このマイナスについて百貨店協会は「依然厳しい動向ではあるが、減少幅は前月(65.6% 減)から大きく(46.5ポイント)改善し、業績持ち直しの局面に転換してきた。」と期待感を持って評価している。勿論、インバウンド需要がほとんど無い状態での売り上げであり、比較にはならないが、通常の消費に近い状態まで回復して来たと言える。その消費の中心は既存固定客であり、「購買動向の特徴としては、食料品や衛生用品など生 活必需品の好調さに加えて、ラグジュアリーブランドや宝飾品など一部高額商材にも動きが 見られた。」としている。つまり、「戻って来てはいる」が、ブランド品や宝飾品はまだまだ「一部」であるということである。
「ハレの日」とは気持ちが晴れる日、気分が華やぐ日のための心理消費である。そんな心理には至ってはいないということである。ブランド品、ブランド商材、は極めて情報に左右される商品であり、世の中がコロナ、コロナの合唱にあって「そんな気分」にはなれないということである。更に広げていけば「こだわり」を楽しめる状態には無いということでもある。少し前までの「こだわり」による少し高い価格設定でも売れていたものが急激に売れなくなっている。

わけありの変容

わずか数ヶ月前まで「わけあり」は消費者にとって大きな選択理由となっていた。「わけあり」は低価格の理由・わけの代名詞となっていたが、安さの理由・わけはもはや選択理由の第一ではなくなって来た。コロナ禍はその低価格は選択理由の常識にすらなったということである。常識という言葉を使ったが、「当たり前」という表現の方が当てはまるかと思う。
大きなマーケットではないが、「訳あって、高い」としたこだわりは選択理由の一つであった。いわゆる「こだわり」商品である。全ての諸品であるとは言えないが、「こだわり商品」は次第に売れなくなって来ている。それは単に価格が「高い」という理由だけではない。一言で言えば、経済的というより心理的な「余裕」「ゆとり」がない状態に置かれていると言った方が適切であろう。
今、ネット通販を含め、50%オフセールが消費の活性を図っている。10数年ほど前、消費者の価格心理についてあのインテリアのニトリの似鳥社長は「20%程度の安さでは安いと感じなくなっている。最低でも30%ぐらいの安さでなければ」と語っていたが、今や50%程度の安さでなけれな顧客にとって魅力的には映らないということであろう。ちなみに、そのニトリはテレワークを巧みに取り入れ簡単にオフィス機能を自宅にもたらせるようなマーケティングを行って来た。休館しなかったこともあって好調な売り上げとなっている。


ところであの「こだわり食材」のディーン&デルーカが苦境にある。コロナ禍による客数減少から4月米連邦破産法11条の適用を申請、つまり経営破綻したと報じられた。負債額は約5億ドル(約540億円)で、日本法人についてはライセンスを取得していることから営業は継続している。。そのディーン&デルーカは1977年にマンハッタンのソーホーで最初の店舗をオープンして以来、高級食材のセレクトショップとして、ニューヨークの食文化に多大な影響を及ぼしてきた、ディーン&デルーカ。日本でも、女性を中心に絶大なる人気を誇るブランドだ。
 もともと本家のディーン&デルーカは、希少価値の高い食料品を米国に輸入し、食のブームを巻き起こしてきた立役者でもあった。例えば、当時米国ではあまり知られていなかった、バルサミコ酢である。
日本でディーン&デルーカを運営している ウェルカムは「今後も、創業者のジョエル・ディーン(Joel Dean)とジョルジオ・デルーカ(Giorgio Deluca)が大切にしてきた想いでもある『美しき良質な食はわたしたちの心を豊かにし、生き方さえ変えてくれるきっかけを与えてくれる』という思想のもと、これからも毎日の食するよろこびをお客様へお伝えしていくために、優れた食材のつくり手を守り継続的に安定した取り組みを続けながら、 毎日のくらしに寄り沿うマーケットストアやカフェの運営を通して、『食するよろこび』の場をひろげて参ります」とコメントしている。その後、TV東京のWBSに出演しMCの村上龍との対談で売り上げは伸びず、いわゆる「こだわり」のあり方を再検討しているとし、オリジナル商品の味噌汁の話をしていた。どんな再生「こだわりコンセプト」が生まれるか分からないが、これまでのディーン&デルーカのこだわり・希少性では限界があるということは事実である。

実はこだわり度も規模も異なるスーパー業態の成城石井は好調な売り上げを上げている。5月の月次事業データによると、全店売上高は前年同月比9.0%増となったと。総店舗数135店。既存店は、売上高1.3%増、客数2.3%増、客単価1.0%減であったとも。
一般的なスーパーはそのほとんどは「巣ごもり消費」によって増収増益である。それは単なる食材購入だけでなく、「自分流」の味の捜索を目指して調理道具などの周辺商品の購入も広がっている。
成城石井はその名の通り高級住宅街である成城学園前駅の目の前にあった、輸入食材に特徴をもあせたスーパーであった。隣駅の住民であった私の場合、ハレの日の食材を買い求めた店で、例えばすき焼き用牛肉などは全て100g1000円以上の肉ばかりで、刺身用マグロも本マグロのみと言った具合でどれも高価な食材を扱っていた。他にはない特徴あるMDによって多くのSCに出店することになるのだが、その急成長に在庫管理を含め経営体制が追いつかず一時期危機にあったことがあった。勿論、現在は惣菜工場を含め自社工場による供給が行われコロナ禍にあっても順調に売り上げを伸ばしている。

この2社を比較したのは顧客層の設定の仕方、 ディーン&デルーカと成城石井のブランド戦略の違いにある。ディーン&デルーカのブランド戦略は一種の「観光地化」戦略に現れている。周知のロゴ入りのトートバッグとマグカップ、鍋敷き等のグッズである。いわゆる富裕層のお気に入りの「食」を取り入れたいとした女性たちの憧れのライフスタイル創造を目指したというわけである。一方、成城石井の場合はデフレ時代の価格帯を守りながら小さな違い、個性ある食材を自社工場でつくる方向を選んだ。顧客設定としてかなり幅広く設定されているということである。つまり、ハレの日のディーン&デルーカに対し、成城石井の場合はケの日の消費の中のこだわり食材を目指したということであろう。
選択消費の行方という視座

「必需消費」とは生きて行くことに必要な消費、食品や住宅などの消費のことで、選択消費とは心豊かに生活するための消費で、「文化消費」のようなものを指している。映画や音楽の鑑賞などもそうだが、オシャレのための消費なんかも当てはまる消費である。ある意味で、「豊かさ」の象徴であるような消費である。
ところでそんな消費を象徴するような発表があった。それはアパレル大手のワールドの発表で、今年度中に国内の358店舗を閉店すると。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、売り上げが激減し収益が一段と悪化しているためだ。200人程度の希望退職者も募り、構造改革を進め、収益改善を急ぐというものであった。 廃止するブランドは「ハッシュアッシュ・サンカンシオン(HUSHUSH 3CAN4ON)」「アクアガール(AQUAGIRL)」「オゾック(OZOC)」「アナトリエ(ANATELIER)」などで、いずれもSC・ファッションビル販路のブランド。これらの20年3月期業績は赤字で、「今後の黒字化のめどが立たない」(同社)ことから終了を決めた。閉鎖358店のうち、ブランド終了に伴うものは214店で、残りの144店は継続ブランドの低収益店が対象。中には異なるブランド同士の店舗統合なども含まれる。「現在の収支が黒字であっても、立地の将来性や条件の妥当性などを総合的に検討し、継続か閉鎖か決めていく」と言った内容であった。

敢えて、ワールドを事例として持ち出したのもアパレルファッション市場はその流通のあり方を含め構造的な問題を孕んでいるからで、昨年10月のブログでもう一つの大手企業であるオンワード樫山の100店舗もの撤退に触れて次のように書いたことがあった。
『10数年前ショッピンセンターのデベロッパーに「困った時のワールド頼み」と言われ、持っているブランド専門店を出店した婦人服大手である。結果、ワールドは数年前広げすぎた経営を再建するために数百店舗を撤退するというリストラを行っている。未だ再建途中であると思うが、そのワールドが他社のブランドも扱うアウトレット店の第1号をさいたま市西区にオープンさせたと報じられた。
実はアパレル業界では年に100万トンとも言われる在庫の廃棄が問題になっている。市場に余った服をブランドの垣根を越えて安く販売するのがアウトレットである。ワールドがこうした市場に進出するとのことだが、周知のようにフリマが数年前から急成長し、つまり個人間ネット取引が進み、2018年の市場規模は20兆円にも及んでいる。
更に言うならば、1980年代から1990年代にかけて一時代を創ったビギグループのブランド市場は2000年台以降縮小し続けてきた。そのビギグループも三井物産の傘下に入り、生き残りの道を海外に求めた動きも見られる。
 つまり、市場が根底から変わりはじめたということである。市場とは顧客のことであり、顧客が更に変わりはじめたと言うことだ。ちょうど1年前の未来塾「コンセプト再考 その良き事例から学ぶ(1)」で新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」1号店を取り上げたことがあった。周知のように苦戦するアパレル業界にあって一人高業績を挙げている企業である。この新業態店のコンセプトを次のように未来塾で書いた。

この時のブログのタイトルは「デフレが加速する、顧客が変わる 」であった。こうした構造的な問題を抱えている最中のコロナ禍である。「不要不急」 という言葉が、3月以降盛んにマスメディアを通じ流されて来たが、単に「生きる」ためだけの消費が必要であると言外に込められていた。そのために日本とは比べようが無いほどの外国におけるロックダウンの様子が繰り返しマスメディアを通じ流されて来た。本来の「正しく 恐る」という原則が、「正しく」がどんどん曲解されていく。周知の自粛警察から始まり、最近ではマスク警察や帰省警察まで横行するようになった。こうしたマスコミが報じることの危うさは繰り返すが、あのips細胞研究所の山中伸弥教授の指摘する通りである。そんな心理状況にあって「オシャレ」を楽しむ舞台もなければ、時代の空気感も無い。極論を言えば今は「不要」であると感じている。
唯一売れているのは若い世代に対するブランドguであろう。小さなトレンドを創り、中高校生のお小遣いでも買えるリーズナブルなファストファッションということだ。ハレとケという表現をするならば、デフレの時代にふさわしいケの日を楽しむ選択できる商品となる。そのguが化粧品市場にも進出すると言う。これも同じコンセプトによる新市場の開発ということだ。

不安な時代の気分消費

ブランドの本質は心理価値にある。以前、世界の主要ブランドのその「心理」について分析したことがある。あのシャネルは「時代の変化とともにあるシャネルの生きざま」への共感ブランドであり、ティファニーは「時代と共にある美」を追求し続けるブランドである。他にも、ロレックスやソニーのブランド創造の歴史を分析したことがあったが、全てのブランドに共通していることはブランドは「顧客がつくるものである」ということに尽きる。不安な時代ではブランドは成立しないと考えてしまいがちであるが、それはビジネスマンの態度では無い。
ところで「気分消費」という言葉がある。いや正しくはそうした言葉を使っているのは私ぐらいであるが、「不安」が横溢する時代にどうすればそうした「気分」を変えることができるかを考えて来たからである。
ともすると暗くなりネガティブ発想に陥りやすい中にあって、少しでも明るい気分になってもらうことが極めて重要な時代となっている。まず気分を決める価格という第一ハードルを少し下げ、これならチョット使ってみようか、という気分を創ることから始めることだ。夏休みの過ごし方・遊び方を見てもわかるように、安近短の本質は、全てを「小」という単位に起き直してみることにある。これなら買えるという小さな価格、サービスであれば1時間を30分に、更に10分にする。あるいは顧客接点の現場では、気分醸成のための小さな笑顔、心地よい一言、こうした何気ない小さな気遣いが気分づくりには欠かせない。こうした小さなサービスの原則と共に、店頭の雰囲気づくりも以前にも増して重要となっている。

かなり前になるが、「こころに効く商品」というタイトルで「こどもびいる」を取り上げたことがあった。福岡のもんじゃ鉄板焼「下町屋」が飲料「ガラナ」のラベルに「こどもびいる」に張り替えて出したところ、人気メニューになり全国に広がった、あのヒット商品である。チョットお洒落に、クスッと笑える癒し商品である。一種の遊び心によるものであるが、理屈っぽい、肩肘張った表現は受けない時代だ。
現場ではこうした発想が重要であるが、残念ながら心に効くものは何かといえば、ワクチンであり有効な治療薬ということになる。ただ、大阪大学の宮坂名誉教授による人工抗体の開発が進んでいる。山中伸弥教授のHPで知ったのだが、日本における免疫の第一人者であり、感染者の血液から採取したリンパ液などから抗体を抽出し、製造するものだが、問題なのは2週間程度の持続性しかないということのようだ。ただ、それでも重症化を防ぐには有効な治療薬になるという。山中教授が提言しているように、日本の「知」を挙げ総力で戦っていく一つということだ。(後半へ続く)
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:05Comments(0)新市場創造

2020年07月26日

「密」を求めて、街へ向かう若者たち

ヒット商品応援団日記No769(毎週更新) 2020.7.26.



新型コロナウイルスの感染が拡大し続けている。その震源地は若い世代で次第に中高年世代へと広がっていると報道されている。緊急事態宣言が解除されてから約2ヶ月半近く経つが、一旦治った感染はその後東京新宿から始まり、全国へと広がり始めている。前回の未来塾で5月の家計調査結果についてレポートしたが、今の調査方法に変えてから初めての激しい消費の落ち込みが示されていた。特に観光産業関連は軒並み前年比90数%の落ち込みとなっており、その時にも書いたが政府は持続化給付金が切れる前に計画されていたGOTOキャンペーンを前倒しで行うことを決めたのではないかと。

ほとんどのメディア、特にTVメディアは消費実態、その「数値」の意味については報じない。その極端な落ち込みによる企業破綻、倒産についても同様で、5月の倒産件数は314件で56年ぶりの低水準であったこともあって経済の危機についての関心はなく、記事にすることはなかった。実は倒産件数が少なかったのは、裁判所もコロナ禍によって業務が縮小されており、つまり受付なかったということによるものであった。こうしたことを報じたのは唯一日経新聞ぐらいで、TVのワイドショーなどで取り上げられることはなかった。ところが7月に入り、やっと知っている中堅企業が続々とその破綻が明らかになってきた。例えば、主にSC(ショッピングセンター)などに出店していた「すし常」やエゴイストと共に渋谷109を代表すっるブランドであった「セシルマクビー」の破綻、更にはファッションであれば「ナチュラルビューティー」も事業を廃止した。その背景にはファストファッションの台頭やネット通販業態への転換など多くの要因はあるが、消費増税の壁の先に出現したコロナ禍が破綻に追い込んだことは間違いない。
家計調査にも出ているが化粧品やファッション衣料はまるで売れてはいない。勿論、外出自粛によって着ていく場所、街という舞台を失っているからである。ただ面白いことに化粧品について唯一売れているのがマスクからでも見えるアイラインなどは好調であると。このようにコロナ禍にあって売れている商品もある。また業績は低迷している手芸のユザワヤは都心部の店舗を撤退させてきたが、手作りマスク需要から活況を見せている、そんな事例も見られる。こうした事例はある意味で例外であり、残念ながら、メディアの舞台に上がることのない中小零細企業の破綻は進行している。

私は何事かを決めつけるやり方として、あまり「世代論」が好きではない。俗に言う「今の若者は」と言う言い方に象徴されるのだが、今から10数年前に社会現象となった若い世代のコミュニケーション、KYについてブログに書いたことがあった。それは2007年の流行語大賞の一つに選ばれた言葉、KY(空気が読めないに当時の若い世代の時代感覚のようなものを感じたからであった。当時次のようにその「意味」を書いたことがあった。

『KY語の発生はコミュニケーションスピードを上げるために圧縮・簡略化してきたと考えられている。既に死語となったドッグイヤーを更に上回るスピードであらゆるものが動く時代に即したコミュニケーションスタイルである。特に、ケータイのメールなどで使われており、絵文字などもこうした使われ方と同様であろう。こうしたコミュニケーションは理解を促し、理解を得ることにあるのではない。「返信」を相互に繰り返すだけであると指摘する専門家もいる。
もう一つの背景が家庭崩壊、学校崩壊、コミュニティ崩壊といった社会の単位の崩壊である。つまり、バラバラになって関係性を失った「個」同士が「聞き手」を欲求する。つながっているという「感覚」、「仲間幻想」を保持したいということからであろう。裏返せば、仲間幻想を成立させるためにも「外側」に異なる世界の人間を必要とし、その延長線上には「いじめ」がある。これは中高生ばかりか、大人のビジネス社会でも同様に起こっている。誰がをいじめることによって、「仲間幻想」を維持するということだ。
KY語は現代における記号であると認識した方が分かりやすい。記号はある社会集団が一つの制度として取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のことだ。この「しるし」と「意味」との間には自然的関係、内在的関係はない。例えば、CB(超微妙)というKY語を見れば歴然である。仲間内でそのように取り決めただけである。つまり、記号の本質は「あいまい」というより、一種の「でたらめさ」と言った方が分かりやすい。』

更に、若い世代の常用語である「かっわいい~ぃ」も「私ってかわいいでしょ」という「聞き手」を求め、認めて欲しい記号として読み解くべきだとも書いた。以降、多くの社会現象、例えば渋谷スクランブル交差点に集まるバレンタインイベントも、「聞き手」と言う仲間を求めて集まる出来事であることからわかるかと思う。
記号、つまり絵文字やスタンプを使った即時のやりとりは「反応」という「自動機械」の潤滑油となる。そこには個性はなく入れ替え可能と言うことである。むしろコミュニケーションに遅れが生じると「意識」や「考え」の働きを目ざとく見つけられて叩かれる。それを恐れるから意識や考えを極端なまでに抑制する、「自動機械」に埋没したがる。その結果、今時の若い世代は、文脈を分析して「他者に対して想像力を働かせる」ことができなくなってしまった。私はそうしたコミュニケーションをあいづちを打つだけの「だよねコミュニケーションであると名付けることにしたことがあった。

ところで新型コロナウイルスについて置き換えるならば、最近東京都が言い始めた「感染をしない、うつさない」と言う標語、他者への想像力は働かないと言うことである。勿論、悪気があってのことではない。「大人」がいくら社会的責任の意味を説いてもコミュニケーションは成立しないと言うことだ。自分がうつってしまうかも、という不安はあっても、コロナ禍が始まった3月以降、若い世代の感染者は軽傷者がほとんどであるとの認識が強くあり、街中で行われる多くのインタビューには”自分はうつらない、大丈夫」とだけ答え、他者にうつす危険性についてはほとんど答えがないのはこうした理由からである。

ところでこの若い世代の消費について少しだけ分析したことがあった。それは日経新聞が「under30」という名称で若い世代の価値観、欲望喪失世代として指摘をしたことがきっかけであった。ちょうど「草食世代」などといったキーワードが流行った時代である。そのライフスタイル特徴と言えば、車離れ、アルコール離れ、ゴルフ離れ、結婚離れ、社会離れ、政治離れ、・・・・多くの「離れ現象」が見られた。一方で「オタク」という超マニヤックな行動を見せる世代が社会の舞台に出て来てもいた。周知のようにオタクは過剰、過激さをその特徴としているが、このunder30はオタクの対極にある「バランス」や「ゆるさ」への志向をはかってきたグループ世代で、外見は気のいい優しい「人物」である。
「バランス」が取れた誰とでもうまく付き合うゆるい関係、空気の読める仲間社会を指し「だよね世代」と私は呼んでいたが、もっとわかりやすく言えばスマホの無料通話ソフトLINEの一番の愛用者である。そもそもLINEは「だよね」という差し障りの無い世界、空気感の交換のような道具である。オシャレも、食も、旅も、一様に平均的一般的な世界に準じることとなる。他者と競い合うような強い自己主張はない。結果、大きな消費ブームを起こすことはなく、そこそこ消費になる。そして、学生から社会へと、いわゆる競争世界に身を置き、それまで友達といったゆるいフラットな世界から否応なく勝者敗者の関係、あるいは上下関係や得意先関係といった複雑な社会を生きる時、そうした仲間内関係から外れることを恐れ、逆にそれを求めて街へ出る。今のコロナ禍の表現をするならば、「密」な関係を求めて、東京へ、街へ、出かけるのである。
未来塾の第一回目には「正しく、恐る」をテーマとしたが、この若い世代にとって「正しさ」の認識は「かかりにくい、かかっても軽症で済む」と言うのが彼らの認識である。そして、その「正しさ」を大人の論理で強制するのではなく、まず「聞き手」になることから始めると言うことである。感染症の専門家も、特にTVメディアも伝え方が根底から間違えていると言うことだ。その聞き手とは言うまでもなく「現場」であり、大学も、職場も、夜の街・ホストクラブの大人達である。東京アラートに際し、レインボーブリッジを赤く染めたら、お台場には見物客が多数集まり、つまり東京の新たな観光スポットになってしまった失敗を思い起こすべきである。「正しく、恐る」その正しさが一切伝わっていない証明そのものである。ロックダウンではなく、セルフダウンを選んだ日本は、まずすべきは「大人」が聞き手になるということだ。(続く)
  
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2020年07月19日

未来塾(41)「日常の取り戻し」を学ぶ 後半 

ヒット商品応援団日記No768(毎週更新) 2020.7,19



コロナ禍以前の築地場外市場

「日常の取り戻し」を学ぶ


不安を抱えながらの「日常」

危機からの脱却は「自由時間」の取り戻し、その中でも生活に即して言うならば「日常の取り戻し」となる。多くの自然災害は勿論のこと、コロナ禍も同様である。2008年のリーマンショックによる大不況の時は「年越し派遣村」に見られるように非正規労働者の失業が目に見える危機であった。2011年の東日本大震災の時は大津波によって町全体を失い、福島原発事故では放射能汚染によって住むことができない故郷を失うといったことを生み出した。どの危機も失うものは異なっていても、取り戻したいと願うことの第一は「日常の取り戻し」であった。
その日常の中には個々人全て異なるものであるが、共通していることは、危機の先に「自由時間」を持てることにあった。好きな仕事ができる自由、子供との時間、家族との旅行や外食、実家への里帰り、・・・・・・・個々人の年齢や環境によって大切にする時間の使い方は異なる。その自由こそが日常の本質となっている。ライフスタイルの本質はこの日常にあるということを再認識させた。
今回のコロナ禍の特徴は、「ウイズコロナ」「コロナとの共存」といった言葉に代表されるように、ワクチンや治療薬が開発されるまでの「長期間」不安を押し殺したままの日常になるということである。それは事業を行う人も生活者も同じ思いとなっている。リーマンショック後では特に事業者にとって「事業の立て直し」が社会の主テーマとなり、東日本大震災後では生活者も事業者も「街・故郷の復旧・復興」が主テーマとなった。同じ日常の取り戻しでも危機のあり方によって異なる。

非接触業態へと向かう消費

コロナ禍はこの日常を「移動自粛」によって失ってしまったということである。このブログは「消費」が大きなテーマとなっおり、3月からの3ヶ月間はスーパーなど日常生活に必要な商業施設以外は百貨店をはじめほとんどの商店は休業状態となった。楽しみを求めて多くの人が集まるイベントや娯楽施設は勿論のこと、街の人通りはゴーストタウン化したことは周知の通りである。そのゴーストタウンが象徴するように、ネット通販や宅配ビジネスといった非接触流通が生活を補完するものとして好調に推移している。
また以前からシニア世代の必須業態となっている移動販売が再び注目されている。数年前から地方の山間部のみならず、都市近郊のスーパーなどの無い空白地帯の必需業態となっている。また、周知のようにフードデリバリーに人気が集まっている。更にキッチンカーによる移動レストラン業態も生まれている。しかし、こうした業態がコロナ感染が収束した後まで持続していくかどうか、確かなことは言えないが宅配ピザのように固有の流通となり得るかは提供するフードメニューの魅力、他にはない魅力によるであろう。
非接触の反対は接触であり、簡単に言ってしまえば「賑わい」のことである。コロナへの不安心理の変化はこの賑わいの復活度合いを見ていけばわかる。渋谷や新宿など逐の移動データが発表されているが、これも不安心理を見ていく一つの指標となる。

働き方変化のゆくえ

そして、コロナ禍で売れたものは何かといえば、まず巣ごもり消費の定番、つまり内食の食材であり、子供たちであればゲームとなる。また、在宅勤務・テレワークに必要とされる商品である。周知のように新たなパソコン、あるいはWebカメラといったテレワーク必需品である。更に付帯的なものとしてエアコンといった在宅環境整備商品である。こうしたテレワークの経験はコロナ禍が収束した後もそのまま継続するという企業が多いという調査結果もあるが、テレワークだけで「先」を見据えた合理的なビジネススタイルになり得ることはない。

満員電車の通勤に戻りたくはない、地方で仕事をしたいと願う人が増えてくると考える専門家もいるが、逆で長時間通勤から仕事場により近いところに住まいを移すことの方に向かうであろう。都心に近い江東区など湾岸エリアが一大居住地帯となっており、更には都心まで十数分の川崎市武蔵小杉などのタワーマンション人気を見てもわかるように通勤時間の短縮が数年前からのテーマとなっている。東京一極集中はコロナ禍によって解決されるのではないか、地方移転が始まるのではないかと考える専門家もいるが、逆に都市集中化はこれからも進むと私は考えている。
何故なら、仕事はどんどん専門職化、個人化していくと思うが、それだけでビジネスは成立はしない。仕事はチーム単位で行われ、しかもグローバル化し競争によって高度化すればするほど、「外」からの刺激を必要とし、「人」との直接的なリアルな議論などの刺激が必要とされその専門性は磨かれ高められていく。そんな専門集団を束ねていくのが経営リーダーの役割であり、「人」を束ねる理念・ヴィジョンこそが不可欠となっていく。こうした働き方については、AIの時代を含め別途考えてみるつもりであるが、結論から言えば、AI以上、ロボット以上の働き方が問われる時代に既になっているということである

「危機後」に現れた過去のヒット商品

ここ数週間私のブログを訪れる人が増加している。おそらく過去「何」が売れ、その背景には「何」があったのかをブログ化しているのは私のブログぐらいしかないからと思われる。出口戦略としてどんな「消費」に動くのか、そのための情報収集ということからであろう。

■リーマンショック後のヒット商品の傾向

日経MJによる「2008年ヒット商品番付」を踏まえたものでは、まず注視すべきは自己防衛型商品であった。これはリーマン・ショックに端を発した金融危機により、更に生活全体への危機対応へと進んできたと言える。その象徴例が、商品版付にも顕著に出てきている。

横綱  ユニクロ・H&M      セブンプレミアム・トップバリュー
大関  低価格小型パソコン  WiiFit
関脇  ブルーレイ        パルックボールプレミアクイック
小結  円高還元セール    マックのプレミアムローストコーヒー

東西の横綱には「ユニクロ・H&M」と「PB商品」、大関は「低価格小型PC」と「任天堂DSのwiifit」、関脇には「ブルーレイ」と「パナソニックの電球型蛍光灯」と続く。東芝のDVDレコーダー「ブルーレイ」が入ったのは、HD-DVDレコーダーの市場からの撤退によってシェアーが伸びたもので、それ以外は全て低価格価値に主眼を置いた商品ばかりである。
「お買い得」「買いやすい価格」、あるいは「パナソニックの電球型蛍光灯」のように、商品自体は高めの価格であるが、耐久時間が長いことから結果安くなる、「費用対効果」を見極めた価格着眼によるヒット商品である。そうした自己防衛市場への消費移動を整理し、キーワード化してみると次のようになった。

1、外から内へ、ハレからケへ
この時にも「外食」から「内食」への傾向が顕著に出てきている。しかも、中国冷凍餃子事件により、冷凍食品から手作り料理へと移動が起こり、前頭に入っているような「熱いまま急っと瞬冷凍」といった冷蔵庫が売れたり、前頭に入っている親子料理の「調理玩具」がヒットするといった具合である。ライフスタイル的に見ていくと、ハレからケへの移動、非日常から日常への消費移動となる。遊びも「任天堂DSのwiifit」、あるいは「ブルーレイ」といった家庭内充実商品・巣ごもり商品が売れている。
そして、特に都市ではミニホームパーティがますます盛んになっていくのだが、今回のリモート飲み会にも通じるものである。
2、エブリデーロープライス
リーマンショック後の消費の中心に「消費価格」があった。この時生まれたキーワードが「わけあり商品」である。この「わけあり商品」は小売業態のみならず、サービス業態のホテル・旅館まで広く行き渡り、デフレのキーワードにもなったことは周知の通りである。消費は収入と不可分の関係にあるが収入が一向に増えない中での消費である。ユニクロを筆頭に価格破壊企業が大きく躍進した節目の出来事となった。以降、このデフレ克服が最大テーマとなり、現在は好調の日本マクドナルドも1000円バーガーを発売したり価格戦略の迷走をもたらすこととなった。あるいは大手ファミレス3社ガスト、デニーズ、ロイヤルホストも合計500店舗を閉鎖し、立て直しに入ることとなる。
3、個族から家族へ
個人化社会の進行は1990年代から始まっていたが、次第に家族単位のあり方が変化していく。その象徴が単身世帯の増加で、単身的ライフスタイルである夫婦二人家族を含めると50%を超えるまでになっていた。このリーマンショックという不況危機はこのバラバラとなった個族を再び家族へと引き戻していく。後に触れる東日本大震災の時にも家族回帰が見られたが、危機は生き方としての家族へと向かわせるということであろう。今回のコロナ禍では在宅勤務ということもあり、ウイークデーの昼間に公園で子供を遊ばせる父親の姿が多く見られたが、夫婦共に家族認識を新たにしたと言えなくはない。
4、小さなアイディア、小さなうれしい
日経MJと同じように年度のヒット商品を発表している三井住友グループのSMBCコンサルティングは今年の横綱は該当なしとなっている。社会的注目を集めるような商品力と実績を集めた商品はなかったとし、「横綱不在時代の幕開けか?」とコメントしている。日本は既に不況期に入っているという認識は同じであるが、日経MJはヒット商品が小粒になったと指摘、SMBCは消費支出の選択と集中が始まると指摘している。私に言わせれば、両社共に、生活価値観(パラダイム)がどのように変わりつつあるか、その過渡期の断面を指摘いると思う。
例えば、外食から内食への移動では、内食について言えばヒット商品は小粒になり、納豆の「金のつぶ」のように改良型商品がヒットする。しかし、外食が全て無くなる訳ではない。回数は減るが、ハレの日には家族そろってお気に入りの店を選択して使うことになる。つまり、中途半端な外食には足を向けないということ傾向が見られた。
今回のコロナ禍では移動抑制・外出自粛ということから「外食」に向かうことは心理的に制限され、緊急事態制限解除後も以前のような「外食」には戻ってはいない。その背景にはまだまだ刷り込まれた「恐怖」が残っており、以前のような外食には繋がってはいない。

また、この時代の大きな潮流であるダイエット・健康・美容のジャンルにはヒット商品は生まれてはいない。勿論、誰もが関心はあるのだが、心理的な余裕がない状態であった。
今回のコロナ禍においては「免疫力」をつけるための食品など若干話題になったが、その程度の免疫ではコロナには勝てないことが分かって今や話題にもならない状態となっている。コロナ禍は命に関わることであり、その恐怖はダイエット・健康・美容といったそれまでの関心事を一掃してしまったということである。

■3.11東日本大震災後のヒット商品の傾向

実は2011年上半期には東西横綱に該当するヒット商品はないとした日経MJであるが、年度の横綱をはじめ主要なヒット商品は以下となっている。

横綱  アップル、 節電商品
大関  アンドロイド端末、なでしこジャパン
関脇  フェイスブック、有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)
小結  ミラーイース&デミオ、  九州新幹線&JR博多シティ

2011年度の新語流行語大賞、あるいは世相を表す恒例の一文字「絆」も東日本大震災に関連したものばかりであった。つまり、ライフスタイル価値観そのものへ変化を促すほどの大きな衝撃であったということだ。西の横綱に節電商品が入っているが、例えば扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料が売れただけではなく、暖房こたつや軽くて暖かいダウンが売れエネルギー認識が強まることとなった。震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといった情報サイトの活用。震災復興の応援ファンドにツイッターが使われたこと等、スマートフォンやタブレット端末も震災との関連で大きく需要を伸ばすこととなった。
震災から9ヶ月経った年末商戦では、百貨店を始めほとんどの流通のテーマは世相を表す「絆」ではないが、人と人とを結びつける商品や場づくりとなった。阪神淡路大震災の時と同様に、東日本大震災後婚約指輪が大きく需要を伸ばした。こうした消費は一つの象徴であるが、母の日ギフトや誕生日ギフトなどいわゆる記念日消費に注目が集まった。
あるいは家族や友人といった複数の人間が一つ鍋を挟んだ食事は、家庭でも居酒屋でも日常風景となった。こうした傾向、「絆消費」は一過性のものではなく、以降も続くこととなる。そして、「国民総幸福量」の国、ブータンの国王夫妻の来日は、人と人との絆、その精神世界にこそ幸せがあることを再確認させてくれた。

今回のコロナ禍においては、人との接触の「8割削減」が一つの指針となり、絆という「密」な関係を難しくさせてしまった。しかし、緊急事態解除によって、この「関係」の取り戻しが始まっている。東京をはじめとした首都圏では移動の緩和とともに感染者が増えているが、これもある程度は想定内のことであろう。この日常の取り戻しにあって、旅行と生活文化の2つを取り上げたが、遊びとしての旅行もあるが、今年の夏は実家への「帰省」が多くなるであろう。これも一つの絆の取り戻しである。

文化のある日常生活については、やはり「外食」による取り戻しが中心となるであろう。前回取り上げた大阪の串カツ、「二度漬け禁止」という文化は同じソースを使うことから、つまり感染の恐れがある配慮からソースを個々にかけて食べることとなった。コロナ禍が収束するまで少しの間、二度漬け文化はおやすみというわけである。江戸前寿司の「久兵衛」が巻き寿司やチラシ寿司の宅配を始めたという事例について書いたが、元々巻き寿司などは自宅へのお土産としてあったものだが、コロナ収束後も継続して行うかどうかはわからない。しかし、本業は顧客の前で握り、それをすぐ口へと運ぶのが江戸前寿司の約束事であるから、そうした文化が損なわれるのであれば継続はしないであろう。
こうした事例はまだまだ文化の域には達してはいないが、ホテルなどでの「ブッフェスタイル」なんかも復活するであろう。あれこれ好きなものを少しづつ食べるスタイルであるが、これも今まであった日常スタイルの取り戻しである。こうした日常のスタイルの取り戻しの中の一番は、なんといっても、調理場とカウンターとが仕切られた飛沫防止の透明シートであろう。特に、町中華の場合など、調理場の匂い、炒める音、・・・・・全てが町中華文化である。味もさることながら、文化とはこうしたこと全体のことである。この全体を取り戻して、初めてコロナ禍は収束したということになる。

そして、個々の店舗、個々の事業によってその文化は異なるが、ここでも課題となるのが「何」を残し、「何」を代わりになるものとするかである。大仰にいうならば「ブランドの継承」にもつながることであり、顧客を魅きつける「何か」である。ちょっと唐突かもしれないが、あのシャネルが残した「何か」は「生きざま」、どのように変化し続ける時代を生き切ったか、その魅力である。それがシャネスのデザイン、スタイルに継承されているということである。文化とはそうしたものであり、この文化を失うことは継承することはできないということである。何を残し、何を代えていくのか、これも店舗の事業の生き方であり、顧客を魅きつける本質はここにあることを忘れてはならない。

調査開始以来最悪の5月の消費支出

コロナ禍5月の消費について家計調査の結果が報告されている。二人以上世帯の消費支出は調査が開始された2001年以降最低の消費支出(対前年比)▲16.2となった。ちなみに4月は▲11.1、3月は▲6.0である。緊急事態が発令された最中であり、例年であれば旅行に出かけ、外食にも支出するのが常であったが、当然であるが大きなマイナス支出となっている。ちなみに、旅行関連で言うと、パック旅行▲ 95.4、宿泊料▲ 97.6、食事代▲ 55.8、飲酒代▲ 88.4、となっている。更には映画や・演劇、文化施設や遊園地などの利用もマイナス▲ 94.8〜▲ 96.7と大幅な減少となっている。勿論、外出自粛などから衣料や化粧品の支出も大きく減少していることは言うまでもない。
また巣ごもり消費として取り上げたゲームソフトなどについてはプラスの105.6%と最大の伸びとなっている。言うまでもないが、必需商品となったマスクなどの消耗品は179.5%となっている。これが「外出自粛」「休業要請」の結果ということだ。(家計調査の付帯資料として「消費行動に大きな影響が見られた主な品目」が出ているので是非一読されたらと思う。)

ところで6月末で消費増税軽減のためのポイント還元が終了した。駆け込み需要があるのではないかとの報道もあったが、マスメディアの無知による誤報道となり、ほとんど駆け込み消費はなかった。そんなことは当たり前の事で、ボーナスの減額どころか減給更には失職すらあり得る中での消費にあっては「駆け込み」などあり得ない。「巣ごもり消費」は「消費氷河期」へと向かいつつあるのだ。この氷河期という表現は「何も買わない」ということだ。必要最低限の日常消費は行うが、それ以上のことには消費しないということである。ある意味、「消費の原点回帰」とでも表現したくなる生きるための消費態度のことである。

それは感染症の専門家に言われるまでもなく、長期間の戦いになるということを多くの人は自覚しているからである。最低でも今年一杯、来年の春ぐらいまで心の隅に「恐怖」を抱えながらである。それは例えば東京吉祥寺の町が以前のような賑わいを取り戻したかのように一見見えるが、賑わいそのものを楽しめるところまでは至ってはいない。有効なワクチンや治療薬が使えるまでは誰もが仕方がないと覚悟している。ただ、そんな中で、カラフルでユニークな手作りマスクやクッキングパパのような手作り料理をインスタグラムにアップするなど「巣ごもり遊び」の心があふれているので深刻ではない。こうした遊び心があるかぎり、「出口」戦略の中心となる消費は持ち直すであろう。

こうした消費心理の一端を明確にした調査結果が出てきている。読売新聞社が7月3~5日に実施した全国世論調査で、この夏の旅行について聞くと、「都道府県をまたいで旅行する」が12%、都道府県をまたがず「近場へ旅行する」が15%で、「旅行は控える」が67%に上った。政府は、観光需要を喚起するため、旅行費用の半額を補助する「Go To キャンペーン」事業を8月上旬にも開始する方針を前倒しにしだが、国民の間では依然慎重な人が多い結果となっている。これは新型コロナウイルスへの「恐怖」が残っているだけでなく、収入の減少や先行きの就業不安などが影響しているからであろう。こうした複雑な心理状況にあるということだ。
ところでまだ推測の域を出ないが、政治の世界では解散風が吹き始めている。あまり解散の争点論議はなされていないが、「消費税の減税」になるのではないと思っている。その背景であるが、ドイツ政府は新型コロナウイルスによる経済への打撃を緩和するため、日本の消費税にあたる付加価値税を7月から引き下げる方針を閣議決定した。減税は7月1日から年末までの限定措置となり、税率を現在の19%から16%、食料品など生活必需品に適用する軽減税率は7%から5%へと引き下げるという減税案である。つまり、日本経済の中心となっている消費の立て直しを図る「消費税減税」の是非を問う選挙である。

混乱・とまどいはこれからも続く

今、東京を中心とした感染が拡大している。第二波なのか、第一波の延長なのか、専門家の間でも意見が異なっており、その対策も今だに提示されていない。1日50人単位であった感染者が、ある週から100名単位となり、その翌週には200名単位・・・・・そんな週単位の拡大が続いている。6月19日の東京アラート解除後、ほとんどの制限が解除され東京の街には人出が見られるようになった。移動の制限がなくなれば当然感染は広がることは多くの人は仕方のないことだとわかってはいるが、「大丈夫であろうか」という心配する声も多い。ましてや、新宿のホストクラブなどの集団検査の数値も含まれており、明確な指標がない状況が不安を増幅させることとなっている。つまり、こうした極めて不確かな状況がこれからも続くということである。

移動の活性化を図る「GOTOキャンペーン」が前倒しでスタートする。当然のように時期尚早論が湧き上がっている。前述の読売新聞の調査結果のように生活者は極めて慎重である。新宿や池袋といった感染者を多く出している場所にはホストクラブなどの店への休業補償や PCR検査による陽性者への見舞金など「部分的な封じ込め」が行われるであろう。つまり、生活者にとって行動の「自制」を行う「基準」が得られないままプロ野球観戦やライブイベント、更には旅行へと出かけるということである。混乱と戸惑いの中の日常ということになる。
結果どういうことが起きるかである。新宿歌舞伎町に代表される夜の街イメージは池袋どころか新橋、六本木・・・・・感染ウイルスと同じように周辺の街々に広がっていく。東京は一大消費都市である。観光地など地方へ移動による消費が起きない限り、嫌な言葉であるが多くの事業者は耐えきれず「破綻」していくであろう。マーケティングやビジネス経験のある人間であれば前述の5月の家計調査の結果を見れば理解できる、いやぞっとしてしまったであろう。
そして、こうした混乱と戸惑いは受け止める「地方」も同様で、感染を持ち込んでほしくないとする「東京差別」と観光復興したいという思いが錯綜する。
多くの死者を出した九州から甲信地方にかけての豪雨は「令和2年7月豪雨災害」となった。九州北部豪雨、西日本豪雨、続けざまに起きる豪雨災害であるが、「50年に一度」「想定外」といった言葉が死語になるほどの災害が続き、想定内の災害が起きたと理解しなければならなくなった。嫌な表現であるが、日常と災害とが隣り合わせになった時代を迎えているということであろう。まるで「コロナ禍」と同じように「苦しい夏」を迎える。








  
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2020年07月17日

未来塾(41)「日常の取り戻し」を学ぶ 前半 

ヒット商品応援団日記No768(毎週更新) 2020.7,13




コロナ禍から学ぶ(2)

「日常」の取り戻し

セルフダウンからセルフフリーへ、
危機に現れるヒット商品。
そして、2つのテーマ、「観光」と「生活文化」。



2ヶ月ほど前にこの危機をとにかく生き延びて欲しいとの思いから、歴史からその知恵を学んで欲しいとブログに書いたことがあった。それは公的支援を受けることは勿論だが、例えば飲食店が店内飲食を中断し、テイクアウトの弁当店を行うことによって少しでも売り上げの補填をして経営を持続させていくといったことであった。

しかし、こうした「持続」を断念する老舗が数多く出て来た。その象徴が東京歌舞伎座前の弁当店「木挽町辨松(こびきちょうべんまつ)」の廃業であろう。152年の歴史を持つ弁当店で、歌舞伎座や新橋演舞場などの役者さんや観劇用弁当として愛され続けた老舗である。廃業のきっかけは新型コロナウイルスによる売り上げ減少が大きく影響したようだ。大阪でも今年創業100年を迎える「づぼらや」が9月には店を閉じるとの発表があった。大阪の人には馴染みのある店で、復活した新世界のランドマークにもなっている店である。「食い倒れの街大阪」を代表してきた老舗で、安い値段で気ままに、ずぼらにフグを食べてほしいという願いが店名になったと聞いている。この2つの老舗共に、アフターコロナ、つまり「明日」が見えてこなかったということであろう。こうした現象は巣ごもり消費が続く中、先が見えないことからの廃業で、いわゆる経営破綻・倒産としてのそれではなく、ある時を持って店を閉める幕引きである。

ところでやっと新型コロナウイルスとの次なる戦い、「出口」戦略が始まった。新しい「生活様式」という感染を防ぐ一つのガイドラインが提示されているが、そのまま生活に組み込まれることはない。その意味するところは前回書いたように「ロックダウンではなく、セルフダウン」、つまり個々人の「自制」されたライフスタイルとなる。そして、誰もが数ヶ月前の生活とは「どこか違う」ものになるであろうと予感している。それはテレワークと言った単純な「違い」ではない。今テレワークが注目されているのは、業種にもよるが専門職化の辿る道の一つであり、ある意味フリーランス化でもある。いずれ働き方の変化については取り上げてみるつもりである。
そして、この「出口」戦略は周知のようにベトナムとの往来が始まり、7月にはEUや台湾との間でも往来が解禁される見通しとなった。時期尚早との判断もあるが、国内のみならず限定的ではあるが世界との移動が始まっている。

検証すべきコロナ禍4ヶ月間の意味

「出口」戦略とは当然「入り口」があっての出口で、その入り口は大きく言えば外出自粛と休業要請、つまり移動抑制である。マーケティングを専門とする私にとって、「何事」かを実施すれば、必ずその結果が得られ、それは妥当であったかという検証が必要とされる。出口とはその検証に基づいて行われるべきである。
そして、今見極めなければならないと考えていることは、今回のコロナ禍によって、例えば1990年代初頭のバブル崩壊による大きな価値観の変化と同様のことが起きるかどうか、あるいはその後の2008年のリーマンショック、更には2011年3.11東日本大震災後のように、「今まであった生活」を取り戻すような一種の「生活回帰」のようか変化となるのか、その変化が目指す「先」は何であるのかということの見極めである。勿論、後者の場合でも数ヶ月前の生活とは当然変わってくるのだが、前回の未来塾にも書いたがiPS細胞研究所の山中伸弥教授が提言しているような新しい視点「ファクターX」には、この日本人固有のライフスタイルが他国と比較しその致死率や感染率の低さの原因の一つが潜んでいるのではないかという意味も含まれている。例えば、中国武漢での感染を拡大させた原因の一つとして中国武漢での伝統の大宴会にあったと報じられているが、これは中国における直ばしで食べる大皿料理の文化である。少なくとも日本の場合は円卓の場合は少なく、しかも大皿であっても取り箸が用意され、直ばしということはほとんどない。現在、スーパーなどでの惣菜売り場はほとんどが個包装になっており、過剰なまでの売り方となっている。感染のメカニズムが今だに接触・飛沫感染と言った抽象レベルのものであり、例えば飛沫感染の具体的なメカニズム、発症数日前のウイルス量が多いという報告はされているが、その防止策と言えば医師が使うような仰々しいフェースシールドの着用といった具合である。こうした日常生活においてもっと簡便に生かされる「知見」が求められているのだが、やっと「ファクターX」という視点を含めた新型コロナウイルス制圧を目的としたタスクフォースが5月末スタートした。日本における知性が結集し、連帯して戦うということである。

移動抑制の検証こそが安心産業である観光の一番の担保となる

新型コロナ対策として、旧専門家会議から「8割削減」が提言されてきた。人との接触を8割減らすということで、10のポイントが公表され今日に至っている。この中には周知のテレワークの推進をといったオンラインの活用によってであるが、介護現場のように業種や職種によっては「接触」しないことには先に進めないものも数多くある。
この「8割削減」の延長線で「新たな生活様式」が提言されている。例えば、
・公園はすいた時間、場所を選ぶ
・すれ違うときは距離をとる
・食事は大皿を避けて、料理は個々に
・対面ではなく横並びで座る
・毎朝、家族で検温する
といったものだが、この間4ヶ月半近くにもなるが、この「8割削減」によってどれだけ感染防止に役立ったかその明確な「根拠」は今だに明らかにされてはいない。生活者の多くは季節性インフルエンザの対策の延長線上で自衛するだけとなっている。すでに感染の背景の大きな要素となる移動におけるデータはGoogleやドコモ、あるいは各鉄道会社の乗降データがあり、感染防止の効果がシュミレーションできるはずである。この「8割削減」は欧米のような都市封鎖(ロックダウン)」できない日本をその代わりのものとして目標化されたものであることが後に分かってきている。
ちなみに移動自粛による経済損失については観光バス業界やタクシー業界の苦境は報道されているが、交通産業全体としての損失はほとんど報道されてはいない。専門家の試算の一つでは全国の公共交通事業の損失は年間最小3.5兆円〜最大8.3兆円の減収になると。経営面での医療崩壊が心配されているが、8月には交通崩壊の危機がやってくるという専門家の分析もある。

ところで8月以降観光産業の復興を目的とした「GO TOキャンペーン」が予定されている。これも「出口」戦略の一つであるが、「どれだけの自粛による行動削減」によって、感染が防止されたかと言った数字が必要とされ、その数字を基にした根拠によって、観光という移動における「安心」が担保される。
例えば、大阪のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)」が段階的にオープンされたが、こうした行動の抑制・自制がどの程度感染抑止効果があったかなど検証する視点を持って再開されたことと思う。旧政府専門家会議ではこうした課題に全く答えていないが、大阪府にも独自な専門家会議がある。今回は詳しくは取り上げないが、第二回の会議の議事録がHP上に公開されている。「大阪の第1波の感染状況と今後の方向性」と「K値による大阪のCOVID-19感染状況の解析」には、「自粛」によって感染がどれだけ防止できたかといった視点で分析がなされている。
つまり、今までなかった視点での「検証」である。その中で多くの移動や休業といった自粛要請は感染防止には効果がなかったと指摘する専門家もいる。「過剰な自粛」は不要であったという指摘である。大阪府民にもわかるように分析されたものだが、是非一読されたらと思う。
ところで観光という行動の広がりと感染の広がりとの関係をぜひ検証して欲しいものである。こうした多くの人が理解できる根拠ある検証が観光という安心産業を再開させ活性化させるものとなる。
そして、この先には何があるかと言えば、USJに即して言うならば行動の広がりは近畿圏となり、更には日本全国へと、そしてかなり先にはなると思うが、世界・インバウンドビジネスも視野に入っていくであろう。こうしたUSJの試みは一つの移動モデル、安心観光モデルとなり東京をはじめとした他の都市観光の良き指標となる。

政府専門家会議が廃止され、新たな組織ができることとなった

6月24日、以上のような発表が政府専門家会議の記者会見と並行して行われ「廃止」が発表された。専門家会議には事前に政府から知らされていたようだが、一番大事な国民へのメッセージであるリスクコミュニケーションがうまくなされていないことが今回の記者会見でも明らかになった。専門家会議の座長は政府との役割分担が明確になされず、危機感から「前のめり」になってしまい政策があたかも専門家によって決定されているかのように見えてしまった」と発言。この発言は、厚労省クラスター班の北大西浦教授の発言である「このままだと42万人が亡くなる」「指数関数的な感染の爆発的広がり」といったショッキングな発言が数多く流されてきた。こうした発言のほとんどがクラスター班と専門家会議両者による記者会見であったことを踏まえてのことであった。つまり多くの感染症の専門家がネット上を含め様々な発言がなされ、特にTVメディアの番組出演を通しこの西浦発言を援用して恐怖を煽るようなことすら生まれた。しかも、こうした発言はことごとく現実とは異なる結果となっていることは周知の通りである。その象徴例が、感染のピークは3月末、4月1日ごろと推定されているにもかかわらず、旧専門家会議の提言を受けての緊急事態宣言の発令は、その後1週間経ってからであった。
欧米のコロナとの戦い、特に病院崩壊が繰り返しTVメディアを通じ放映され、今まで何回も書いてきたが、不安どころか「恐怖」へと向かわせてしまった。しかし、日本における現実は旧専門家会議が提言してきたことの本質にはことごとく異なったものとなってきている。報道するメディア、特にTVメディアの報道が大きかったと思うが、手弁当で提言してきた旧専門家会議だけにその責任を問うことはしないが、「何故、予測がことごとく間違ってしまったのか」「本当に休業自粛は必要であったのか」「外出自粛はどの程度感染防止に効果があったのか」を明確にして欲しかった。接触及び飛沫感染が主たることであることから、「密」という概念で予防を説明してきた功績はあり、国民にとってわかりやすく取り入れられてきた。しかし、今問われているのは「出口」戦略であり、情報公開という意味で大阪の専門家会議とは雲泥の違いとなっている。

出口戦略の最大テーマは、「恐怖イメージ」からの解放である

ロックダウン(都市封鎖)」、つまり移動を極端に制限することが、宿主を次から次へと変えて増殖・感染するウイルスの生命のあり方に対する一つの方法であることは多くの生活者は理解していると思う。勿論、季節性インフルエンザの延長線上の経験値・実感ではあるが、「ウイルスをうつす・罹患」させるのは接触であることは十分理解している。その接触であるが、接触のためには近づく、つまり「移動」が全ての前提となる。

緊急事態宣言の最中話題となったのは、他県を跨がる「移動」であった。例えば、他県ナンバーの車には規制をかけるべきであると移動先の地域住民の声を借りて声高にコメントする「専門家」や「行政」も出てきた。その象徴がパチンコ店に対してであったが、補償を行い自粛した方が良かったと思うが、このパチンコ店で大きなクラスターという感染集団が発生したとの報道は一切ない。同じようにコロナ疎開と呼ばれたように首都圏周辺の観光地は「首都圏のお客様は、今はご遠慮いただきたい」としたコメントが行政から出され、TVメディアを中心に繰り返し報道されてきた。これらはいわゆる「自粛警査」と同じように、主に TVメディアによって創り上げられた「恐怖」イメージが根底にある。
ところが緊急事態宣言が解除され、6月19日以降は他県にまたがる移動は構わないとなっているが、当の観光地や行政は観光を含めた移動の解除=ウエルカムメッセージを出してはいない。地方の学生の帰省を自粛して欲しいと、故郷の産品を送った自治体はその後学生にどうメッセージを送っているのか、明確にすべきことの一つである。繰り返しになるが、それら根底には繰り返し刷り込まれた「恐怖」が今なお残っているということである。その鎖を解き放したのが大阪府でありUSJであった。
観光というより、「楽しみ」を取り戻す、鬱屈した我慢の時間からの解放、自由時間を好きに使えるという「日常回帰」の第一歩である。そのためには大阪府の知事が言うように、感染源を追跡できるシステムと十分な病床の用意という「担保」によって、「安心」へ一歩進むことができるということである。

問題なのは「移動先」の施設や観光地である。前々回ブログに書いたようにこれまでの数年はインバウンドバブルであったことを受け止め、観光の原点に今一度立ち返るということだ。良く考えてみればわかるように、国内旅行の需要は既に20兆円を超える産業になっており、インバウンド需要は5兆円弱となっている。まずは足元の国内観光から始めることである。これは飲食でも同じで、「おなじみさん」「御近所さん」に再び来店していただくということである。USJの場合は、年間パスポート顧客で、大阪府民がその対象となっているが、これが「出口」戦略の基本であろう。東京でも6月13日から「はとバス」が再開している。初めの1週間は2階建てのオープンバスを使った1時間ほどの東京観光のみだが、徐々に運行コースを増やしていくとのこと。これも「出口」戦略の基本と言えよう。また、中止となった春のセンバツがこの8月1試合のみではあるが甲子園球場で行われることとなった。選手たちにとって嬉しい復活であるが、高校野球フアンのみならず多くの人にとっても、季節遅れの選抜ではあるが甲子園という「大舞台」のドラマはうれしいいつもの「日常」となる。

「三密」の考え方

「移動自粛」からの解放と共に、もう一つの課題が「三密」である。密閉、密集、密接は、経営の基本である「坪効率」という指標の壁となっており、デフレ時代の経営を更に苦しくさせている。その蜜の根幹にあるのが、「ソーシャルディスタンス」である。飛沫感染を防ぐ距離・空間を必要とするとのことだが、まず経営を成立させる経済性・生産性から言えば、客数を倍もしくは1.5倍ほど必要となる。つまり、従来の「考え方」の延長線上では経営は成立しない。そこで生まれた発想が、飲食店の場合店舗を「調理工場」とする経営で、テイクアウトやチルド化したり、冷凍化してネットを活用とした販売である。既に多くの飲食店はこうした方法を取り始めている。
但し、こうした手法を取り得ない大型飲食店舗、例えばファミリーレストランの場合は店舗を閉鎖して採算の取れる店舗のみの営業となる。つまり、大型店舗に見合うテイクアウト売り上げが望めないという理由からである。その象徴がジョイフルで先日200店舗閉鎖という報道があったが、こうした背景からであろう。但し、ガストのように以前からテイクアウトや宅配を積極的に実践しており、売り上げ減少の歯止めになっていると思われる。また、ファミレスではないが、ドライブスルー業態やテイクアウトを充実させてきた日本マクドナルドなどは逆に大きく売り上げを伸ばし好調である。ちなみに4月のマクドナルド全店の売上高は前年同月比6.7%増。

こうした様々な工夫が採られている中、2つの異なる業態が出てきている。その象徴例が2つの寿司店の生き方である。周知のように寿司は日本を代表する食文化であるが、あの名店「銀座久兵衛」の場合伝統的なお客を前にした「握り」を食べさせるのは店舗内として、少々時間が経っても食べられる巻き寿司やちらし寿司はテイクアウトにするといった2つの作戦をとっている。一方、非接触型業態である回転寿司はどうかというと、結果は同じように苦戦している。ちなみに大手のスシローの4月の売り上げは客単価は増えたものの客数は大きく減少し、既存店売上高は44.4%減、既存店客数54.7%減、既存店客単価22.7%増となった。全店売上高は、42.0%減とのこと。

今、大阪の専門家会議ではこうした接触における「密」と言う概念、「ソーシャルデスタンス」の視点ではなく、問題なのは具体的な密なる感染接点であり、この防疫こそが重要であるという。極論を言えば、一般的な密なる空間・距離を問題にするのではなく、接触するウイルスとの接点、例えば手洗いの励行や飛沫を飛ばさないマスク着用さえすれば十分。つまり、ソーシャルデスタンスなどではなく、感染の接点にこそ注意すべきであるという研究結果が報告されている。ある意味、季節性インフルエンザの自衛と同じように手洗い・マスク、うがいといった習慣と同じであるという説である。こうした仮説が多くの事例で検証されるのであれば、これまで言われてきた2mという「距離を置く」という自衛は過剰であり、不要になるということである。

感染者数の比較は意味がない

更にいうならば、日本全国にあって特に東京における感染者数が極端に多くなっている。今までのPCR検査対象を濃厚接触者から広げ症状のない人を含めたので感染者数が増えたとの説明であるが、その詳細についてはほとんど報道されていない。その象徴例として、夜の街、新宿、歌舞伎町、ホストクラブ、・・・・・こうした陽性者の説明がなされているが、PCR検査数増加についての報道は極めて少ない。おそらく唯一と思うが、読売新聞では次のように報道されている。
『東京都新宿区は、区内在住の新型コロナウイルス感染者を対象に、1人当たり10万円の見舞金を支給する方針を固めた。感染すれば本人だけでなく家族も就労などが制限されるため、生活を支援したい考えだ。区は保健所の調査で、感染者本人と濃厚接触者の家族が、仕事を休まざるを得なくなって生活が困窮している状況を把握。収入が減って苦しくなった家計を助けることにした。」
つまり、狙いはホストクラブなど働く人の検査を促進するための「協力金」の意味であり、ある時点から新宿の感染者が増加した背景の一因となっている。感染者の多くはこうした街から出ていることは既に2ヶ月前からわかっていたことである。緊急事態宣言解除以降、ほとんどの店は営業してきている。すべてが後手後手になってしまった結果である。
そして、連日報道されているが、新宿における感染者の急増についてであるが、このように発見された感染者数を足し上げていく「数字」にどれだけの意味があるのか疑問に思う人は多い。つまり、今までの症状が出たり、家族などの濃厚接触者に対する検査数と現在行われている検査数から得られた感染者数とではその「意味」は異なる。つまり、4月ごろの感染者数と現在とでは異なるということである。極論ではあるが、感染者数の推移グラフにはまるで意味をなさないということである。ただし、全国の自治体も同様のことをやっているのか不明ではあるが、すくなくとも東京都の「数字」はそのような内容となっている。そうした意味において、特に感染ピークを迎えた4月との比較は全く意味をなさない。さらに悪いことには、東京アラートという数値を基にした危険信号がない状態にあってはこの「感染者数」が一種のアラート、警戒信号になっているという事実である。目に見えないウイルスの状況は唯一「感染者数」しかないということである。

TVメディアを中心としたこの間の報道は、新宿歌舞伎町へと視点を移し、今ではホストクラブやキャバクラ関連の従業員・顧客の感染者へと変わってきた。このホストクラブ関連の関係者への集団PCR検査による感染者数の増加ということだが、これも大阪の事例を持ち出してしまうが、大阪においても梅田のライブハウスにおいてクラスターが発生したが、見事にウイルスを閉じ込めた。その成功には行政(府・市、保健所)による努力によるものだが、何よりも大きかったことはライブハウスのオーナーを説得して店名を公表し、ライブイブハウスの顧客に呼びかけ検査を受けさせてきたことによると聞いている。クラスター発生は3月上旬で、今東京新宿のホストクラブなどで行われている事態を見るといかに遅れているかがわかる。
しかも、大阪梅田のライブハウスでは行政の勧めもあって店を閉めライブ配信を行なったとも聞いている。必要なことは、感染のメカニズムをわかりやすく情報公開し協力を得ることしかない。
ちなみに抑え込みに成功しつつある米国ニューヨークでは経済再会のために、誰でも気軽にPCR検査が受けられる仕組みが用意されている。住まいや勤務先近くの見左場所はマップ化され多くの人が検査を受けている。勿論、無料である。新宿や池袋とは大きな違いである。

オープンエアはこれからも続く

既に生活者の知恵から「オープンエア」を求める行動が多く見られるようになった。東京で言うならば、公園の散歩はもとより、河川敷でのジョギングやゴルフ練習、テニス練習、あるいはキャンピング、登山やハイキングなども復活するであろう。

実は緊急事態宣言が解除されて一番の賑わいを見せたのが吉祥寺の街であった。最近はおしゃれなカフェも増え、今までのハモニカ横丁のレトロ観光からさらに進化してきている。こうした背景もあるが、なんと言っても近くには写真の井の頭公園やミニ動物園など散策するには格好の町であると多くの人には映ったことと思う。都市空間にあって、閉じられた街ではなく、まさに街全体がオープンエアとなっていると言うことだ。

こうした傾向は個店の作り方にも採用されるであろう。前々回の未来塾「老朽化から学ぶ」でも書いたが、横浜桜木町ぴおシティの立ち飲み飲食街や大阪駅前ビルの地下飲食街でも取り上げたが、出入り自由な感覚、道草を楽しむにはこうした場の作り方はコロナ共生時代にはふさわしいものである。また、コロナ禍が収束した後もこうしたオープンエアな店づくりは継続していく。

移動のところで少し触れたが、今年の夏の移動・旅行についてはこうした自然を求めた旅行が中心となる。既に予約が入り始めているようだが、交通機関も従来通りのダイヤ編成へとシフトした。もてなし側もこの「自然」をたっぷり味わってもらうメニューが必要となっている。巣ごもり生活で一番失ってしまったのがこの自然で、しかもその季節の「旬」である。夏の風物詩と言えば花火大会と夏祭りであるが、恐らく大規模イベントということで実施されないであろう。ただ、そうしたイベントではない夏らしさがメニューを飾ることとなる。
インバウンドバブルでオーバーツーリズムとなっていた京都も日本人観光客は戻ってくる。どんな「京都」でもてなすか、少し前に書いたように原点に立ち返った京都観光で、今までの「なんちゃって京都」ではなく、本物の京都、いわゆる名所観光地のそれではない京都散策を目指すべきであると思う。日本観光の原点は京都にあると考えているのだが、私の友人がブログで紹介しているが、京都の町筋に残っているかすかな史跡を辿り思いを巡らす歴史散歩、そんな「大人の修学旅行」「大人の京都」も原点の一つであると思う。また、唯一生活の中に「四季」が残っているのも京都であり、祇園祭の山鉾巡行は中止となったが、せめてハモなどの旬でもてなして欲しいものである。

観光という移動を不安視するTV番組のコメンテーターもいるが、今回セルフダウンを選んだほとんどの生活者はこの観光についても賢明な判断をするであろう。セルフダウンからセルフフリーである。勿論、慎重に楽しみを求めた行動となる。他県をまたがる移動が解除され一挙に移動が起こり、感染が爆発する恐れがあるといったコメンテーターもいるが、それほど無知な生活者はいない。セルフダウンと同じように自制したセルフフリーである。


できること、まずは元気な声

社会を定点観測したわけではないが、今やマスク社会となった。アベノマスクに話題が集まった時には既にマスク不足から手作りマスクが盛んに行われはじめていたとブログにも書いた。以降、ロフトなどにはカラフルでお洒落なマスクが数多く販売されるようになった。間違いなく今年のヒット商品になるであろう。このマスク社会はコミュニケーションにも大きく影響を及ぼしている。
その影響とは「表情」が見えないことにある。子育てをした経験のあるお母さんならよく知っていることだが、言葉を理解できない赤ちゃんはお母さんの表情から多くのことを学び受け止めている。この表情コミュニケーションが取りにくくなってしまったということである。特に飲食店などの場合、誰も暗い、陰気な店など利用したくはない。コロナ禍であれば尚更である。前回大阪の心意気、「負けへんで」をキャッチフレーズにした道頓堀の商店のように店頭でその「意気込み」を語ることである。現在は「負けへんで」の次なるキャンペーン「やったるで」が始まっている。店側が元気であることが、何よりも大切である。亡くなられてずいぶん時間が経つが、コラムニスト天野祐吉さんは「ことばの元気学」で”ことばは音だ”と次のように語ってくれていた。

『やっぱり,言葉は音ですよね。
音を失ったら、言葉は半分死んでしまう、とぼくは思っています。
言葉は何万年も昔から音とともにあったわけで、
文字が生まれたのは、ほんの昨日のことですから。』

物理的な「密」ではない顧客との密こそが求められている。顧客の間で言葉でさわりあう、つながりあう、という訳である。言葉も触覚のうちであると私も思うが、さわりあう、つながりあう、という基本の感覚が今一番求められていると思う。
言葉でさわりあうとは、例えばあいさつであり、対話ということになる。互いにさわりあう「あいさつ」とはどういうことであるか。顧客は今回のコロナ禍について十分理解している。そして、こころの片隅に少しの不安を持って来店する。その時大切なことは衛生管理の見える化は勿論であるが、その不安をひとときなくしてくれるのは店側の元気な声と明るい笑顔である。
セルフフリーという生活様式

「セルフルリー」という言葉を使ったが、これはセルフダウンの延長線上にある言葉として私が作った造語である。その意味するところは「自粛」という鎖を解き放つ、今までのように心を自由に解き放つことがコロナ禍における心理市場の原則となる。一部の感染症の専門家は主にTVメディアを通じ、一挙に行動するとまた感染の第二波が起こると発言し、今なお「不安」を煽る発言を行なっている。
しかし、サッカーのキングカズが「セルフダウン」を選ぶと発言し、日本人の戦後民主主義のもとで培われてきた国民性を信じるとした「成果」、感染を押し留め致死率も低くさせてきた「一人」であるとの自覚は多くの日本人が共有していることである。また、今回政府が行った抗体検査も欧米のそれと比較しても極めて低く、感染しにくい「何か」、iPS細胞研究所の山中教授が提言しているようにファクターXの解明こそが「出口」戦略、第二波を防ぐ道であることの理解も進んでいる。勿論、こうした中でのセルフフリーである。
他府県にまたがる移動の規制解除が始まったが、十分自制された行動をとっている。今までできなかった実家の帰省であったり、延び延びになっていたビジネスであったり、一人ひとり賢明な行動となっていると推測される。自らの壁を少しづつ開け放つ「セルフフリー」へと向かったということである。公共交通機関の予約も少しづつ回復し、観光地であれば旅館・ホテルの予約も同様となっている。また、JR東日本は、新型コロナウイルスの影響で減少する需要の回復に向け、東北や北陸など全方面で運賃を含む新幹線や在来線特急の料金を半額にするキャンペーンを実施する。期間は8月20日から来年3月31日まで。営業エリアの全域で長期間にわたるキャンペーンを行うとの発表があったが、これもセルフフリーの切符になるであろう。
また、卑小なことかもしれないが、自粛警察の次に「マスク警察」が現れている。周りに誰もいなければマスクを外すのは当たり前で、それを咎める風評が出始めている。「正しく 恐る」、その正しい理解がないままマスクすることが全て良しとした誤った「雰囲気」が社会を覆っている。卑小なことと書いたが、実はリスクコミュニケーションとして大切なことである。勿論、当たり前のことだが満員電車の中では着用した方が良いとは思うが、アレルギーなどから着用できない場合もある。セルフフリーとは地震のことでもあるが、他者を気遣う想像力を働かすことでもある。まだまだ、刷り込まれた「恐怖心理」が残っている社会ということである。
未知のウイルスということもあり、その「正しさ」も変化していく。山中伸弥教授が明らかにしてくれているように、根拠ある情報から不確定な情報までコミュニケーションされているが、生活者と一番身近にいる自治体のリーダーには「正しい」リスクコミュニケーションこそが「出口」戦略の重要なキーワードとなっている。

信用と信頼があらゆる選択の物差しへ

自然災害の多い日本にあって、少なくとの江戸時代以降3つの助け合いが復活の原則となってきた。周知の自助、共助、公助である。自然災害においては人々を助けた最大の助けは「共助」であった。そのわかりやすい事例は2011年の東日本大震災で、周知の「絆」がその時のキーワードであった。勿論、東北地域の残るコミュニティの存在が前提としたものだが、今回のコロナ禍は異なると指摘する専門家もいる。コロナ禍の市民の受け止め方と対応についてはそのコミュニティの「在り方」の違いが大きく作用していることがわかる。その違いは東京と大阪によく出ている。前者が「寄せ集めの都市」であり、後者は「浪速の文化が残る都市」、コミュニティのない都市とまだまだ少しは残る都市の違いということである。

人は「未知」に向かい合う時、何かを支えにする。今回の疾病は「共助」ではなく、防疫や治療に奮闘する医療スタッフへの「感謝」であろう。周知のように日本は小子高齢社会の只中にある。コロナ禍にあって議論はされてはいないが、公立病院の統廃合の真っ最中である。勿論、増大する医療費を押し留める厚労行政であるが、今年の初めには厚労省は診療実績が少ない病院の統合を検討しているとの発表があった。その統廃合のリスト化が話題になったが、全国440の公立病院の内、統廃合の対象となったのは約30%と言われている。一方、医療機関とは少し異なるが保健所も統廃合が続いている。全国の保健所は平成4年には852か所あったが、平成の大合併などの行政改革によって統廃合され、今年4月には469か所とほぼ半減している。周知のように保健所を中心とした「帰国者・接触者相談センター」に電話してもなかなか通じない状態が問題となったのはこうした背景からである。

ここ1ヶ月ほど医療機関や保健所への尊敬・感謝の気持ちはやっと芽生えてきてはいるが、4月段階ではある意味非難の中心であった。なんとか持ち堪えてきたのは使命感だけであろう。そうした実情に真っ先に支援の手をさしのべたのは大阪府・市であった。それも財政が苦しいことから、例えば府民・市民に防護服が足りないので不要の雨がっぱなどあったら提供してほしい、そんな生活者の力を借りることによって乗り越えてきた。東京都とは大きな違いがこのあたりにもあることがわかる。
今、やっと医療機関などに差し入れ弁当を始め支援が広がってきてはいるが、こうした現実を踏まえてのことである。リスクコミュニケーションとは「リスク」を情報公開、つまり正直に正確に伝えることから始めなければならないということである。

こうした「支援」は救いを求める中小企業、特に飲食店への支援となって広がってきている。個人向けのいわゆる多様な「ファンド」となった支援である。注目すべきは銀行各社のファンドではなく、一般市民が小口で支援するものが数多く現れてきた。その多くは「前払い方式」が多く、運転資金としての利用が多い。そして、ファンドの返礼には数ヶ月先の「飲食利用」という仕組みが多くなっている。
あるいはファンドという形式はとらないが、消費が減少する中で、余剰となった生産物などを今までとは異なる流通によって支援する、いわば生産移動、在庫移動を図る支援の動きも出てきた。ある意味で、コミュニティが無くなった都市における「共助」のあり方の一つとなっている。
実はこうした多くの支援の根底には信用・信頼がある。この信用信頼については少し前に書いたブログ、生き延びる知恵、老舗の生き方から学んでほしいと書いたので繰り返さないが、この「信用・信頼」もまた日本固有の商業文化ということだ。(後半へ続く)






  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:20Comments(0)新市場創造

2020年05月31日

未来塾(40)「正しく、恐る」を学ぶ 後半 

ヒット商品応援団日記No767(毎週更新) 2020.5.31.




「正しく、恐る」を学ぶ


緊急事態宣言を終え、首都圏を含め段階的に社会経済を取り戻す「出口」戦略が始まった。その「出口」には2月から始まったコロナ禍の評価と、それらを踏まえた「次」の日常のあり方を模索し行動することにある。
この4ヶ月間は厚労省・専門家会議からの一方的な「要請」に従ってきたが、それら要請は感染症という疫学からの根拠によるものであった。そして、政府はやっと諮問委員会の組織に拡大し4名の経済学者を有識者として加え「出口」の指針を社会経済からの視点を踏まえたものへと進めてきた。
やっとという感がするのだが、この間観光産業や飲食業、あるいはスポーツや文化イベント業界は経営の悪化は勿論のこと倒産・失業が急速に増加してきている。休業などへの支援事業や給付金の支給など、困窮する事業者や生活者にはほとんどが届いていない状況となっている。こうしたニュースは日々報道されているのでここでは書き留めることはしない。

さて本題に戻るが、これから「出口」とすべき「行動」をどうしたら良いのか、それはとりもなおさずこれから長い付き合いとなるコロナウイルスとの付き合い方、共存のあり方でもあるからだ。そのためには本当に専門家いぎが行ってきた対策で良いのか、それは疫学的な意味だけでなく、生活者が取り入れることのできる物でなければならないということである。
まず専門家会議が予測してきたシュミレーションは尽く外れてきた。その象徴が「このままでは42万人が死ぬ」というまるで予言者のような発言であったが、死者数は700名台で人口比で言うと極めて少ない国となっている。韓国、台湾、タイなども同様で、欧米と比較スレな数十倍どころか数百倍の少なさである。新型コロナウイルスへの対応が遅れ、PCR検査も少ない日本が何故少ないのか逆に世界の注目を集めている状況でもある。ある感染症学者に言わせると、「結果、オーライでいいじゃないか」と。そんな非科学的な考えの感染症学者がいるとは驚きであるが、少なくとも「出口」をどうすべきか、今わかっている「事実」をもとに考えていくことが必要である。

「正しく」理解、そのための第一歩

今、何が正しいのか、新型コロナウイルスの正体は明らかにはなっていない。唯一、国民が疑問に思うことや、専門性の高いことの理解う促すために最新の情報を公開してくれている。専門家会議がよく使う言葉に、実効再生産数がある。人にどれだけ移したか、その感染度合いを図る指標で、1未満であると感染は縮小にあり、1以上であると拡大にあると言うもので世界各国で「出口」を考えるうえで使われる指標である。山中教授は日本の各都市からデータを取り寄せ、自ら計算し、各地域の感染状況を報告してくれている。残念なことに東京はデータが不備であったことからグラフ化されてはいないが、少なくとも国民の多くの理解に応えてくれている。新規感染者の増減で一喜一憂するのではなく、どんな感染状にいるのかを「正しく」理解する第一歩となっている。
こうした理解をしているのだが、最大の疑問は何故日本は各国と異なり、感染者数、死亡者数が少ないのか、その理由についてである。それは「結果オーライ」ではなく、どんな「出口」を目指していくのか、一人ひとりのこれからの行動に直接つながっていくからである。
ちなみに、山中教授はわかっていないことをファクターXと呼び、次のように提示してくれている。
ファクターXの候補
・感染拡大の徹底的なクラスター対応の効果
・マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識
・ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化
・日本人の遺伝的要因
・BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響
・2020年1月までの、何らかのウイルス感染の影響
・ウイルスの遺伝子変異の影響

極めてわかりやすい疑問点である。本来専門家会議が答えるべきことであるが、やむにやまれず提言してくれていると言うことだろう。




山中教授もマスク着用などの生活習慣があることを挙げており、世界に誇れる国民皆保険や高い医療技術も致死率を下げていることは生活実感からもわかる。ちなみにマスクの着用は100年前のスペイン風邪が流行ったときに着用され、以降生活習慣化している。
前述の免疫学者多田富雄さんは多くの対談をしているのだが、その中で免疫をわかりやすく解き明かしてくれている。例えば、私たちは海外へ出かけ、その土地の水や食べ物によって下痢など体調を崩したことがあったと思う。勿論、現地の人にとっては何の問題もないのだが、それは図の左にある「自然免疫」が備わっているからであると。
今回の新型コロナウイルスについても何らかの自然免疫を促すようなものがあるのではないかと言うことである。実は、こうした自然免疫との関係は明らかにしてはいないが、あの山中教授もそうした何かを「日本の感染拡大が欧米に比べて緩やかなのは、絶対に何か理由があるはずだ」と指摘。その理由をファクターXと呼んでいるが、感染症研究者ではないことから具体的には語っていない。これは勝手な推測であるが、日本人の多くには何らかの遺伝子が備わっているのではないか、つまり自然免疫が備わっていると言う仮説である。
何故、こうしたことに言及するのは、医療の世界ではワクチンや治療薬の開発に役立つこととともに、私たちの生活行動のあり方に一つの「視点」を与えてくれるからである。つまり、「出口」への取組につながるからである。
注)東京新聞の解説では次のように解説している。
「獲得免疫とは、感染した病原体を特異的に見分け、それを記憶することで、同じ病原体に出会った時に効果的に病原体を排除できる仕組みです。適応免疫とも呼ばれます。自然免疫に比べると、応答までにかかる時間は長く、数日かかります。」

緊急事態宣言が解除され、全国で「出口」と言う入り口がスタートした

専門家会議からコロナとの共存を図るための「生活様式」が提示されている。とにかくあれもこれもと、大きなお世話であるようなことまで事細かなものだが、内容については具体的なものはほとんどない。当たり前のことだが、唯一確認しなければと思うことは「出来る限り接触」を避けることであろう。
ソーシャルデイスタンス、あるいは三密・・・・・・そんなこと言われるまでもなく、何十年もの間季節性インフルエンザで経験してきたことを横文字を使ったり、欧米で使われている言葉を持ち込んだりしているだけである。




写真を見ていただきたい。緊急事態宣言中の東京の通勤風景である。2mの距離ではないが、少なくとも「密」な距離ではなく、ごく自然に一つの間隔をとって歩いていることがわかる。
しかも、なんと全員がマスク着用である。専門家会議に言われるまでもなく、よくわきまえた「大人」の行動をとっている。こうしたことを話すと、休業要請に従わないパチンコ屋とその開店を待つ行列を非難するTVメディアのコメンテーターがいる。できれば一定期間休業して欲しいとは思うが、行列を作る人たちの多くは「ギャンブル依存症」であり、しかも両替換金と言う違法ギャンブルは黙認されたままである。そして、一番重要なことは、パチンコ屋で大きな感染クラスターが発生したかである。そうした事実を踏まえないで非難することは「自粛警察」と何ら変わらない。
また、出来る限り外出を控えるようにとのことだが、これも山中教授が公開しているのだが、Googleが行っている世界各国の「移動」データについてもロックダウン(都市封鎖)した都市よりも東京の方が移動は小さい。移動についても十分わきまえた行動を一人ひとりとっていることがわかる。

緊急事態宣言下にも、生活者の賢明さが生まれていた

「巣ごもり」要請は守りつつ、専門家会議が提示した感染のリスクが大きい「三密」を巧み避ける懸命さは生活の至る所で見せていた。それは理屈と言うより、東京の場合は屋形船であり、大阪の場合はライブハウスのクラスター発生を実感したことによる。
そうした「密」の逆は何か、それは「オープンエア」であると誰もが考える。公園の散歩やキャンプ好きであれば家族とのバーベキュー。ジョギング好きであれな、東京の場合多摩川の土手沿いのコストなる。休みの日には河川敷のゴルフ練習場もテニスコートもいっぱいとなる。こうした光景をTV曲のコメンテーターはさも心配そうに「自粛」を勧める。まるで「自粛警察」の応援団の如き有様である。




この傾向は街中の飲食店にそのまま取り入れられていく。少し前に大阪梅田や横浜桜木町の「立ち飲み」居酒屋を取り上げたことがあったが、オープンエアの店づくりは今後さらに広がっていく。閉じられた空間ではなく、外の空間と一体のような店づくりである。居酒屋は勿論カフェも食の物販も同様である。ある意味「屋台」感覚の新しい店づくりとなる。冬場はどうするのかと言う横槍が入りそうだが、博多天神の屋台村を参考にすれば良い。既にこうした試みは佐賀県では「ナイトテラス」として一つの実験が始まっている。これは店前の歩道をテラスとして使う許可を与えての実験である。

経営の指標が変わってきた

飲食店の場合、坪効率と言う判断指標がある。経営者であれば熟知しているものだが、「三密」を避けることから、従来の坪効率の考え方を変える必要が生まれる。顧客同士、あるいはスタッフとの間の距離を広くとることが必要であり、結果客数は従来と比較し半分以下となる。同じ売り上げを目指すとなると客単価を上げることしかない。もしくは賃料を下げてもらうことしかない。
出口を目指しすた^としているが、恐怖後遺症は残っており、今までと同じような客数も期待できない。この緊急事態宣言中、多くの飲食店は一斉に「弁当販売」を始めた。ある天ぷら専門店は、お弁当屋さんになってしまったと嘆いていたが、生き延びるためには必要なことであった。
勿論、弁当販売だけでは経営は成立しない。例えば、飲食チェーン店の場合、これから先の生き延びる道は「テイクアウト」や「通販」と言う方法で新たな売り上げ・利益を得ていく方法しかない。その事例は、定食チェーンの「大戸屋」における冷凍食品の通販事業である。このように他の流通チャネルとのコラボレーションや提携によって経営を維持させていこうと言う試みである。
もう一つの試みが、人件費を削減する試みで、「セルフスタイル」の導入である。人によるサービスを減らし、賃料と共に重い負担となっている人件費を、顧客自身によってサーブしてもらう仕組みへの転換である。例えば、居酒屋であればビールサーバーを用意し顧客自身にやってもらうとか、あるいは調理の多くをロボットで行うなど、人件費を抑えた経営となる。

こうした試み以外に専門店としてどう生き延びりかである。先日、東京美々卯6店舗が廃業することを決めたと報道された。少し前には152年の歴史ある歌舞伎座前の弁当店「木挽町辨松」が廃業となった。こうした老舗だけではなく、街中のある中華屋さんも蕎麦屋さんも「文化」はある。特に、寿司店などはどうすべきか悩むところであろう。江戸前寿司の場合、握ってくれる職人に相対して、すぐに食べる、そんな文化である。天ぷら然り、焼き鳥も同じである。顧客は味だけでなく、文化をも楽しんでいるのだ。しかし、そんな文化を少しの間止めることも必要である。職人も顧客も「仕方がない」ものとして理解するであろう。

全国で「出口」を目指した活動が始まった。当分の間、「恐怖」の後遺症は残っており、不安は依然として心の片隅にある。散々煽って来たTVメディア、特にワイドショーは次に秋冬の季節インフルエンザが心配であると視点をずらし不安を増幅させている。
そうした中、「セルフダウン」という成熟した賢明な市民は浮かれることもなく日常に戻っていく。そもそも「自粛」には明確な物差しなどない。一人ひとりの判断に任せられていると言うこと以外にはない。私のブログには過去のヒット商品をはじめ検索する人が多くなっている。次の「出口」模索していることがひしひしと伝わってくる。

1980年代、1990年代初頭のバブル崩壊後、大きな転換期には必ず新たな「何か」によって新たな需要をつくって来た。それは、新しい、面白い、珍しい、「何か」であった。今回の「出口」に必要なことは何かである。まだその次なる「芽」を見ることはできない。しかし、間違いなく「外」からの着眼ではなく、足元にある「内」に眠る何かであろう。1ヶ月前のブログに観光産業、インバウンド事業について少し書いたが、それは「バブル」であったと言う認識からのスタートであると。それは単なる原点回帰としての「何か」ではなく、もう少し奥にある「何か」である。見過ごされて来た何か、当たり前であった何か、小さすぎて大事に思ってこなかった何か、つまり、日常の中に埋もれさせて来たものを今一度表へとテーマにしてみると言うことである。
インバウンド的な見方に立てば、日本人がある意味「無視」して来たことに、多くの海外の人たちが「クールジャパン」としてアニメやコミックが世界の表舞台に上がったように。それは地方の観光地にも必ずあると私は確信している。今は入国制限されているが、次第にコロナ禍は鎮静化していくであろう。いつになるかそれはわからない。しかし、生き延びれた時、その「何か」は多くの人を魅了するはずである。

観光は文字通り平和産業である。その最大の障害が実は「不安」であり「恐怖心」である。いつまで恐怖が残るかそれはわからない。3.11東日本大震災の時もそうであったが、その後の「余震」によって恐怖心が蘇って来た。今回のコロナ禍も新たな感染者報道によって同様の恐怖心が蘇るであろう。
そして、原発事故によってもたらされた放射能汚染。汚染された福島は「怖い」という風評が至る所で起こったことがあった。これもまた同じようにコロナ汚染の巣であるかのように東京人を見る差別があり、しかもコロナと最前線で戦っている「病院」があたかも感染の巣であるかのような根拠のない「うわさ」が流布されている。結果、地域住民の病院利用者が激減し、病院経営が苦しくなっていると日本医師会はその窮状を訴えている。これも「恐怖心」からである。
出口を前にして「正しく 恐る」という原点に立ち返ることが、今問われていると言うことだ。







  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:02Comments(0)新市場創造

2020年05月29日

未来塾(40)「正しく、恐る」を学ぶ 前半 

 ヒット商品応援団日記No766(毎週更新) 2020.5.29.




コロナ禍から学ぶ(1)

「正しく、恐る」
その原点に立ち返る

ファクターXと言う仮説、
恐怖後遺症の行方。


4月7日緊急事態宣言が発令され、街も、生活も、働き方も一変した。その根幹にあるのは「移動」の制限であり、それはウイルスは人によって運ばれるということからであった。既に、2月11日のブログで「移動抑制が消費を直接低下させる 」というテーマで、しかも昨年12月からの季節性インフルエンザの流行は予測を大きく下回る感染であることが報告されているとも。これは1月後半からの新型コロナウイルスに対する自己防衛によるところが大きいと分析する医師も多いと書いた。つまり、海外から持ち込まれるウイルスの防疫強化以前に既に生活者の「自己防衛」は1月末から始まっているという指摘であった。そして、実はのちにわかったことだが、感染のピーク4月1日はちょうど新型コロナウイルスによって急死した志村けんさんと同じ時期であった。その間感染の拡大に対し、政府も専門家会議も感染対策は遅れに遅れたと指摘されてもやむおえないであろう。既に1月23日には中国の武漢は封鎖されていた。




また、最近の研究などから専門家会議によって行われた多くのシュミレーション、「このままであれば42万人が死亡する」といった恫喝・脅しとも取れる発表に対し、その数理モデル計算式が誤りではないかとの他の専門家からの指摘も出てきた。現実はシュミレーションとは大きく異なり、感染者数も死亡者数もある意味世界でも不思議であると注目されているほど少ない。一時期、専門家会議メンバーは「米国NYのようになる、地獄になる」と発言し恐怖を増幅させていたが、これもそんな現実は起こっていないことは周知の通りである。この専門家会議のシュミレーションを鵜呑みにした感染症の大学教授が盛んにTV番組で煽り立てる発言をしていたが、現実は全く異なる展開となっている。専門家会議や鵜呑みにした某大学教授の責任を問う声もあるが、未来塾はその任にはない。
それではその「現実」はどうであるのか、緊急事態宣言後1ヶ月半ほど経ち5月25日全面解除となった。その後新たに分かったことが数多く出てきている。例えば、マスクの効用についてWHOは否定的であったが、その後の動物実験ではうつさないだけでなくうつされない効果が得られたとの研究結果も出てきた。今回は専門家会議が提言した新型コロナとの付き合い方、その生活様式をどのように受け止めたら良いのかを考えてみた。

公衆衛生の始まり

ところで少し前に「不確かな時代の不安」をテーマにブログを書いたことがあった。それは江戸時代の台風・水害などの災害対策についてであったが、次のようにも書いた。

『江戸時代における最大の不安は疾病や病気であった。周知のように最初に隅田川の川開きに打ち上げられた花火は京保18年が最初であった。この年の前年には100万人もの餓死者が出るほどの大凶作で、しかも江戸市内でころり(コレラ)が流行し多くの死者が出た年であった。八代将軍吉宗は多くの死者の魂を供養するために水神祭が開かれ、その時に打ち上げられた花火が今日まで続いている。弔いの花火であったが、ひと時華やかな打ち上げ花火を観て不安を打ち消すというこれも江戸の知恵であった。』

このコレラが日本にもたらされたのは文政5(1822)年で中国(清)経由で沖縄、九州に上陸したと考えられている。しかし、この時には江戸には本格的な感染拡大はしなかったと言われている。当時の花火大会も一種の「お祓い」の意味もあり、それまでの疫病に対しては全て祈禱によって行われていた。
このコレラが猛威をふるったのは江戸から明治へと移行する開国の時期であった。安政5(1858)年。感染源はペリー艦隊に属していた米国艦船ミシシッピー号で、中国を経由して長崎に入った際、乗員にコレラ患者が出たと言われている。そして、江戸の死者数は約10万人とも、28万人や30万人に及んだとも言われている。

日本に衛生観念を植え付けたコレラ

実はコレラの流行まで、日本国内に医学的な感染症対策はほとんどなかった。加持祈禱(かじきとう)に頼り、疫病退散のお札を戸口に貼って家に閉じこもったり、病気を追い払おうと太鼓や鐘を打ち鳴らしたりしたという非科学的なものであった。例えば、今も続いているのが、おばあちゃんの聖地、巣鴨とげぬき地蔵尊のある高岩寺は本尊の姿を刷った御影(おみかげ)に祈願・またはその札を水などと共に飲むなどして、病気平癒に効験があるとされている。
医師緒方洪庵や長崎のオランダ医師ポンペの治療法が一定の効果をみせたこともあり、江戸幕府は文久2年に洋書調所に命じて『疫毒預防説(えきどくよぼうせつ)』を刊行させている。オランダ医師のフロインコプスが記した『衛生全書』の抄訳本で、「身体と衣服を清潔に保つ」「室内の空気循環をよくする」「適度な運動と節度ある食生活」などを推奨している。今日の感染症対策にも通じるものであることがわかる。幕末の1858(安政5)年、安政の五カ国条約が調印されたこの年にコレラの乱が起きる。海外からもたらされた病であることから、当時の攘夷思想に拍車をかけたといえよう。また、コレラは感染すると、激しい嘔吐、下痢が突然始まり、全身痙攣をきたす病であった。瞬 く間に死に至るため、幕末から明治にかけて「三日コロリ」「虎列刺」「虎狼痢」「暴瀉 病 」と よばれた。

清潔な町江戸はエコシステムによってつくられた

120万人という世界で類を見ない都市であった江戸では、その高度技術の象徴として流れる上水道を取り上げたことがあったが、下水道もまた衛生管理されたものであった。例えば、トイレの糞尿は河川に流すことなど禁止されており、定期的に糞尿は汲み取られ近隣の田畑の肥料として使われていた。それら糞尿は農家に売られ町の財源となり道路の補修などに使われていた。他にもゴミ捨ては禁止され汚水をつくらない対策が講じられていた。これが江戸社会が極めて優れたエコシステムであることの一つの例となっている。ちなみに、ゴミの不法投棄を一掃するため、明暦元年(1655年)に「全てのゴミは隅田川の河口の永代島(えいたいじま)に捨てる」というルールを発布している。
面白いことに、江戸の街は東京湾の埋め立てによってつくられたものだが、ゴミの分別もきちんとなされ、埋め立て用のゴミ、燃料用のゴミ、堆肥用のゴミ、に分けられゴミひとつない清潔な町が造られていた。当時の大都市ロンドンなどと比較した資料を見てもわかるように、糞尿に塗れたロンドンとは大違いであった。
銭湯という清潔習慣

日本は火山列島であり、至る所で温泉があり、日本書紀にも記述されている。その効用は泉質により多様であるが、治療をはじめ広く健康のための入浴が行われてきた。
江戸時代には市内で広く銭湯として日常のライフスタイルの重要な一つとなっていた。上水道の水は飲料の他に銭湯にも使われていた。当時の江戸の町は土埃の多い町であったことから、仕事前に朝風呂、仕事終わりに夕風呂と少なくとも2回は入ったようで、1日に何回も銭湯を使っていた。入浴料金は大人8文(約120円)、子ども6文(約90円)とそば1杯の値段の半分とリーズナブルな料金であった。さらにお風呂好きにはうれしいことに「羽書(はがき)」というフリーパスもあり、1ヶ月148文(約2200円)で何度でも入浴することができる仕組みさえ出来ていた。
江戸市民のライフスタイル上、欠かせない習慣となり、町も身体も清潔なものとなっていた。

ところで、感染症の歴史であるが、明治17(1884)年、結核菌の発見でも知られるドイツのコッホによって、コレラがコレラ菌による伝染病であることが突き止められ、その後、パンデミックなどの大流行が見られることはなくなりました。
ペニシリンをはじめとした治療薬が次々と発見され、原因や対処法が判明してきた現在でも、コレラは全滅したわけではない。人類はウイルスや細菌との戦いの歴史だと言われてきたが、ウイルスや細菌と共存した歴史でもあるということである。

昭和から平成の時代へ

江戸時代からいきなり昭和の時代に移ってしまうが、戦後の荒廃した時代の生活は「雑菌」と「ウイルス」の中の生活、今で言うところの雑菌やウイルスとの「共生」であった。食べ物すらも衛生的とは言えない環境にあって、生きるとはそうした共生そのものであった。今、テーマとなっている「免疫」をテーマとした研究者、いや私にとっては作家である多田富雄さんの著書「免疫の意味論」を読んだ記憶がある。覚えているのは免疫の科学的知見ではなく、生活するうえで”ああそんなことなのか”と経験に即した意味論であった。戦後の不潔な環境ではそれなりに打ち勝つために免疫が自然と高まるという理解であった。
というのも1990年代当時問題となっていた過剰な「清潔」「無菌社会」に対する一つの警鐘となった記憶であった。清潔の考えが極端に振れた社会で、同じように「健康」がダイエットにとってかわり、必要カロリーに満たないという現象が起きた。共に、豊かであるが故の奇妙な変換が起きた時代であった。そうした変換のキーワードは何かといえば、「過剰」ということになる。こうした豊かさを背景に、一部生活者はタクシーがわりの救急車を使ったり、病院の待合室がサロン化するといった現象も見られるようになる。こうした意識は今回の新型コロナウイルスのような「未知」に対しても過剰に反応することとなる。その過剰さの先が「恐怖」である。

そして、一方では2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、09年には新型インフルエンザが流行したが、パンデミックのような大きな流行が起こらなかったことから、リスク対策が行われず今回の新型コロナウイルスを迎えることになる。特に、受け入れる病院、あるいは保健所もそうであるが、行革の対象となり、医療現場は削減したまま今回のコロナ禍を迎えることとなった。医療危機が叫ばれているが、その背景はこうした経緯がある。ただ問題なのは行革は単なる施設や人員の削減だけではなく、ITなどを駆使したシステムでなくてはならない。しかし、特別給付金のマイナンバーカードによる給付に見られたように、ITによるシステムがいかに遅れているかが露呈した。自宅での就労、リモートワークはまだまだ一部であり、学校の休校に伴うオンライン授業も同様である。それは大学においても同様で授業を始めた途端サーバーがダウンしてしまう、そんなITとは名ばかりの実情が次々と社会の面へと出てきた。

新型コロナウイルスの迎え方

ところで1月末にはいち早く生活者は認識いていたと書いた。その背景であるが、周知のように季節インフルエンザは例年より早く昨年11月ごろから流行り始めていた。昨年の12月にはマスク姿の人たちが街中に多く見られるようになった。しかも、グラフを見てもわかるように、季節インフルエンザの罹患者は例年より極めて少なくなっている。(東京都)




赤い線が今年の罹患者のグラフである。多くの人は今年のインフルエンザは軽かったなというのが印象であったと思う。ちなみに全国ののインフル患者数は昨年は1210万人であったのに対し、今年は729万人と減少している。
何故、季節性インフルエンザは減少したのか。季節性インフルエンザに代わるように新型コロナウイルスの感染が始まるのだが、その際、生活者のマスク着用や手洗い・うがいといった日常の感染対策は新型コロナウイルス感染を防御し得たのかどうか、実はこうした疑問点について専門家会議も明確な答えられてはいない。極論を言えば、「疫学」という専門研究の世界だけの知見であって、生活者のライフスタイルをどう変えて行ったら良いのかという視点が決定的に欠けている。つまり、専門家会議の提案する「生活様式」が素直に受け止められないのはこうしたことに起因している。




こうした季節性インフルエンザの実態を踏まえ、多くの感染症研究者は単なる季節性インフルエンザの延長線上で新型コロナウイルスを受け止めていた。しかし、冒頭に書いたように既に中国の感染実態に触れ、勿論一部の研究者や医師の間では感染対策をどうすべきかと言った声は1月には上がっていた。

コロナの正体が少しづつわかってきた

新型コロナウイルスの対策を始めその情報のほとんどは政府専門家会議(現在は諮問委員会)のメンバーによるものであった。しかし、海外の情報を始め感染症以外の科学者からの発言が多く見られるようになった。そうした発言の中で、新型コロナウイルスと戦っている現場の医療従事者を始め、多くの国民の支持を得てきたのがあのiPS細胞研究所の山中伸弥教授である。ノーベル賞の受賞研究者ではあるが、多くの国民にとっては難病患者のために努力し続けている誠実で真摯な人物であると理解している。情報の時代、つまり過剰な新型コロナウイルス情報に対し、科学者の目で冷静に「今」わかっている新型コロナウイルスの正体を「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」したうえで、「5つの提言」をHPを通じて投げかけてくれている。

国民が求めていることは新型コロナウイルスとは何かという本質である




山中伸弥教授の発言によって、新型コロナウイルスの姿が少しづつわかってきた。これは政府専門家会議による広報では得られない多面的、多様な情報である。それは本来「正しく、恐る」という理解であるはずの理解を促すべきところを、「恐怖」によって移動の自粛を行う戦略を採ったことへの疑義であると私は受け止めている。山中教授は異なるコロナ理解、つまり冷静に理性的に確認できる「事実」を「正しく」伝えることが重要で、その姿勢が多くの国民の理解を得つつある。
専門家会議によるコロナ対策、クラスターという小集団対策、ある意味もぐらたたき戦略は、一方でコロナの「恐怖」を提示することによってある時までは成立してきた。それはもぐらたたきが可能であった時期までである。既に3月に入り欧米に観光で出かけた観光客が帰国した頃から、主に都市における市中感染が始まっている。これは専門家会議も認めていることだが、PCR検査体制を抑制したこともあり、この感染の防疫の対策を持ち得なかった。残ったのは「恐怖」だけであった。それも何による恐怖なのかという具体性のない、漠たる恐怖であった。

現段階で分かったこと、その証拠が正しい可能性が高いかどうかを冷静に整理してくれている。ここには理性を持って新型コロナウイルスに向き合う態度がある。マスメディア、特に「刺激」ばかりを追い求めてきたTVメディアの態度とは真逆である。こうした「証拠」に基づいた提言こそが必要であり、恐怖による行動変容は一時期的に表面的な自粛が行われても、同時に人と人との間に憎しみや争いを生むことになる。

恐怖による行動変容

ところで社会心理学を持ち出すまでもなく、行動の変容を促すには恐怖と強制が効果的であると言われている。そして、恐怖は憎悪を産み、分断・差別を促す。憎むべきウイルスは次第にルールを逸脱する人間へと変わっていく。少し前になるが、ゼミやサークルの懇親会で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した京都産業大の学生に対し、抗議や意見の電話やメールが数百件寄せられているとの報道があった。抗議どころかあるTV番組のコメンテーターはウイルスを撒き散らした学生にはまともな治療を受けさせるなと暴言を吐く始末である。
あるいは同じ番組であるが、今度は外出の自粛要請の休日に禁止されている区域に潮干狩りをしているとの報道を踏まえてと思うが、感染症学の教授が「二週間後はニューヨークになってる。地獄になってる」と発言したのには驚きを越えてこの人物は大学教授なのか、教育者としての知性・人間性を疑ってしまった。ニューヨークのようになってはならないと発言するのであればわかるが、それにしても「地獄」などといった言葉は間違っても使ってはならない。つまり、恐怖心をただ煽っただけで、しかも専門分野の教授の発言であるからだ、





「自粛」を促すには恐怖と強制が常套手段であると書いたが、「2週間後にはニュ-ヨークになる」「地獄になってる」といった恐怖を煽るようなTVコメンテーターの発言も現実・事実がそのように推移しなくなったことから、その刺激的な発言もトーンダウンしてきた。一方私権を制限することが法的にもできない日本においては「強制」できない現実から「自粛警察」といったキーワードが流行る嫌な現象が生まれている。『自粛警察』とは、例えばクラスター感染のシンボリックな場所・施設となったライブハウスへの中傷で、東京高円寺の街では休業中の店舗などに休業を促す張り紙をしたり、張り紙に文言を書き込んだりすることを指すとされる。他にも居酒屋など休業要請を指定されてはいない店舗への嫌がらせも出てくる状況が生まれている。私に言わせれば、「正義」の仮面をかぶった一種の嫌がらせであるが、憎むべき敵であるコロナウイルスが休業していない店舗にすり替えられての行為が至る所で見られるようになった。「恐怖」はこうした中傷をはじめとした差別を連れてきている。その象徴が『自粛警察』である。また、カラオケについてもあたかも密=クラスターの発生源であるかのような発言をするコメンテーターもいて、勝手なイメージが一人歩きする。

ロックダウンではなく、セルフダウン

東日本大震災の時もそうであったが、「現場」で新しい新型コロナウイルスとの戦いが始まっている。医療現場もそうであるが、マスクや医療用具の製造などメーカーは自主的に動き始めている。助け合いの精神が具体的行動となって社会の表面に出てきたということである。「できること」から始めてみようということである。その良き事例としてあのサッカーのレジェンド「キングカズ」はHP上で「都市封鎖をしなくたって、被害を小さく食い止められた。やはり日本人は素晴らしい」。そう記憶されるように。力を発揮するなら今、そうとらえて僕はできることをする。ロックダウンでなく「セルフ・ダウン」でいくよ、と発信している。そして、「自分たちを信じる。僕たちのモラル、秩序と連帯、日本のアイデンティティーで乗り切ってみせる。そんな見本を示せたらいいね。」とも。恐怖と強制による行動変容ではなく、キングカズが発言しているように、今からできることから始めるということに尽きる。人との接触を80%無くすとは、一律ではなく、一人一人異なっていいじゃないかということである。どんな結果が待っているかはわからない。しかし、それが今の日本を映し出しているということだ。
東日本大震災の時に生まれたのが「絆」であった。今回の新型コロナウイルス災害では「連帯」がコミュニティのキーワードとなって欲しいものである。

大阪らしい戦い方

一足先にコロナ禍からの出口戦略に組み出した大阪は知事を中心に大阪らしい戦い方を見せてくれている。それはコロナ禍が始まって以降大阪が行ってきた対策はどこよりも的確でスピードのあるものであった。中国観光客のバスガイドが感染したことを踏まえ、徹底的にその行動履歴を明らかにして感染拡大を防ぐ行動をとった。その後、周知の和歌山県で起きた院内集団感染拡大に対しても、和歌県の要請を受けてPCR検査を肩代わりする、つまり近隣県とのネットワークも果たしている。更に、ライブハウスで感染クラスターが明らかになったときもライブハウス参加者に呼びかけ、つまりここでも情報公開を行ってきている。更には早い段階で軽症感染者や重症感染者など症状に応じた「トリアージ」の考え方を取り入れ、病院崩壊を防ぐ対策をとってきている。また、病床確保にも動いており、十三にはコロナ専門病院も用意している。・・・・・・・こうした情報公開と準備を踏まえたうえでの「出口」の提示であるということである。大阪府民が支持するのも当然であろう。少なくともPCR検査を含め東京都とは違いデータの収集分析はシステマチックになされている。勿論、他県も同様であるが、東京が正確なデータで「出口」を示せないのに対し、大阪はかなり先へ進んでいる。東京の場合、ロードマップという工程表を提示しているが、4段階のうち、第一段階は進めたとしても、第二段階、第三段階などどんな「目標・数値」が達成できれば次の段階へ進めると言ったことが明確になっていないこと。つまり、数字での判断ではなく、「成り行きまかせ」で、いつになったら「出口」となるのか各業種ごと不明であるという点が大阪と大きな違いとなっている。







こうした対策に呼応するように府民も戦っていることがわかる。それは商売の街・大阪の戦い方によく出ている。東京が休業協力金を出すことができるという財政に余裕があるのに対し、大阪の場合余裕はない。当然戦い方も異なり、府民の「協力」しか武器はないということである。その武器は何か、大阪らしさ、大阪のアイデンティティに依拠した戦い方である。
そのキャッチフレーズは「負けへんで」。臨時休業の告知だけではつまらない、「どうせ耐えるなら楽しく」やろうじゃないかということだ。きっかけはお好み焼きのチェーン店「千房」で、「負けへんで 絶対ひっくり返したる」と書かれたポスターである。お好み焼きのコテにひっかけた、ウイットのある大阪らしい表現である。今やギンザセブンにも出店している串カツの「だるま」は、ソースの二度ずけ禁止」にかけ「負けへんで コロナの流行は禁止やで」と。そして、「二度ずけ禁止」という大阪文化は少しの間お預けして、かけるボトルソースを用意し、少しでも感染予防になればと工夫が凝らされている。
この「負けへんで」死rーずの延長線上に営業再開のポスターが作られている。大阪の友人にお願いしてその大阪らしい「心意気」、商人文化を撮ってもらっtあ一部である。(後半へ続く)


  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造

2020年05月10日

恐怖から自制へ 

ヒット商品応援団日記No765(毎週更新) 2020.5.10.


新型コロナウイルスの衝撃がピークを迎えたのは志村けんさんが亡くなった時であった。後に専門家会議が発表した諸データの中に期しくも感染数のピークであったことがわかった。時代の空気は恐怖によって張り詰めたピリピリとしたものであった。緊急事態宣言はその後に発令されたが、外出と休業自粛の中で新型コロナウイルスに向き合うことによってその正体は徐々にわかるようになってきた。つまり、理性を取り戻し、感情ではなく理解しようとし始めたと言うことである。

ところでツイッター誕生の時に言われてきたことだが、その「つぶやき」は即時性、同時性にあり、「本音」であると。しかし、同時に感情剥き出しの言葉でもある。周知のように、「ツイート」と呼ばれる280文字(日本語、中国語、韓国語は全角140文字)以内のメッセージや画像、動画、URLを投稿できるパーソナルメディアである。その効用は大いに認めるものであるが、同時にその限界もまたある。生活者は明確には意識化されてはいないが、そのメッセージの短さに反応するだけになってしまう。つまり、次第に感情任せになり、深く考える理性判断へと向かうことが少なくなってしまった。その答えが「いいね」の一言に象徴される。どんな「いいね」なのか、「悪いね」はないのか、あるいは「どちらでもない」こころの揺れ動きは表現できなくなっていく。実は、そうした心理の環境の中で、「空気」は作られていく。

若い頃、広告というコミュニケーションを通じて目標とする「イメージ像」を創ることに携わってきた経験がある。外資系企業ということから多くのコミュニケーションの方法を学んだ。その一つがリーチ(到達の広がり)とフリークエンシー(回数・頻度)」というメディアの基本活用について出会った。単純化していうと、リーチという伝えたい視聴者の広がりとフリークエンシーという視聴頻度の関係で、どんなメッセージをどの視聴者層にどの程度の頻度で伝えれば、どんな効果(消費行動)につながるかという理論である。現在は大手広告会社によって、より効率の良い効果的なメディアミックスについて考えられている。横道に逸れてしまったが、こうしたメッセージを送る基本には「頻度」という回数多く送ることで、俗な言葉で言えば「刷り込み」である。
そして、このツイッターの時代はスピードが最大特徴であるが、反面深い理解を求めるメディアではない。それは「反応」であり、感情のコミュニケーションということになる。繰り返し断片的な映像やメッセージによって恐怖は深刻化していく。

今回のコロナ禍の場合、ウイルスの「恐怖」が徹底的にTVメディアを中心に刷り込みが行われてきた。その結果については前回のブログで「自粛警察」に触れ、差別や偏見が広く蔓延し、一つの空気感を創ることへと繋がってきた。その象徴は専門家会議・西浦教授による「このままだと42万人が死ぬことになる」発言であった。繰り返し、その功罪については書くことはしないが、このコロナ恐怖は次第に他の恐怖へと、抽象的な恐怖から身近な恐怖へと変化してきた。それは第一段階の小中高の一斉休校であり、社会・経済への影響がどれだけ甚大なものであるか実感することとなる。次に4月7日の緊急事態宣言による外出自粛という移動制限と休業要請であった。結果、家計はもとより対象となった飲食店をはじめ不安を通り越した恐怖に近い心理へと変化してきた。そうした恐怖を煽るような無自覚な報道から、次第に客観的俯瞰的なものへと変化してきた、その変化の中心には東日本大震災の時と同じように「現場」で苦労している医療スタッフへの感謝と支援があることは言うまでもない。

そして、この心理変化に大きな役割を果たしてくれたのが何回か取り上げてきたあのiPS細胞研究所の山中教授であった。「正しく恐れる」という感染症の基本認識が、その「正しく」が実は極めておかしな現実にはそぐわない結果になっていたことがわかってきたからだ。前回のブログで専門家会議がやっと公開したデータによれば感染のピークは緊急事態宣言の前であったことなど予測と現実がまるで異なるものであることがわかった。そして、感染の実態理解に不可欠である実効再生産数(1人の感染者が他者にどれだけうつしたか)の数値が緊急事態宣言の根拠にはなっていないことなど何のための専門家会議であるが極めて疑念を抱かせるものであった。
そうした誰もが疑念に思えるテーマを実は山中教授はそのHPで試算してくれている。勿論、その計算式を明確に公開し、試算していることは言うまでもない。「問題提起のために、専門外ではありますがあえて計算してみました。」とあるが、大阪をはじめ京都などの指標となる数値が計算されている。
また、もう一つ重要なことがわかりやすく説明されている。それは「The Hammer and the Dance」についてで、日本のコロナ対策の基本方針としていることを西村大臣から発表されているが、勿論専門家会議の主要メンバーである西浦教授の考えであることは言うまでもない。おそらくこの理論に沿って緊急事態宣言の解除、「出口戦略」が作られるものと思う。これはロックダウン(都市封鎖)支持派のテキストとして広く読まれているが、西浦モデルはこの考えに沿ったものだ。ロックダウンという言葉を使わないで、三密を踏まえて「接触率80%減」を目指すという目標設定をしたというわけだ。しかし、実はこの理論とは全く異なる「現実・結果」が日本では進んでいる。つまり、「ハンマーなしでダンス」を目指すということである。こうした西浦モデルの背景は山中教授によって丸裸にされたと私は理解する。
何回も言うが、専門家会議の立てた理論は現実によって破綻宣告されており、そうしたことが徐々に広がりつつある。TVメディアも5月3日TBSの「サンデーモーニング」ではレギュラーコメンテーターである寺島実郎氏は西浦教授の発言を指して「恫喝するような対策は許さない」と語気を強めてコメントしていた。あるいはTBSの午後の帯番組「Nスタ」でもゲストコメンテーターである中部大学教授細川昌彦氏も専門家会議のクラスター戦略に沿ったPCR検査の絞り込みよって生まれた多くの問題に対し、更には正確なデータ不備について、その象徴である東京都の実態について厳しく指摘をしていた。

こうした「空気」を更に変えたのが大阪府知事による「出口戦略」の発表であろう。これはわかりやすい数値目標、つまり府民にとって努力可能なものとして提示したものである。大阪の場合、遡って見てもわかるように、中国観光客のバスガイドが感染したことを踏まえ、徹底的にその行動履歴を明らかにして感染拡大を防ぐ行動をとった。その後周知の和歌山県で起きた院内集団感染感染拡大に対しても、和歌県の要請を受けてPCR検査を肩代わりする、つまり近隣県とのネットワークも果たしている。更に、ライブハウスで感染クラスターが明らかになったときもライブハウス参加者に呼びかけ、つまりここでも情報公開を行ってきている。更には早い段階で病床確保にも動いており、十三にはコロナ専門病院も用意している。・・・・・・・こうした情報公開と準備を踏まえたうえでの「出口」の提示であるということである。大阪府民が支持するのも当然であろう。少なくともPCR検査を含め東京都とは違いデータの収集分析はシステマチックになされている。勿論、他県も同様であるが、東京が正確なデータで「出口」を示せないのに対し、大阪はかなり先へ進んでいる。

こうした「出口」を示す大阪に対し、東京都はロードマップによって感染収束の道筋を示すと記者会見で都知事は説明している。何故ロードマップなのか、それはPCR検査の収集管理が統一されたシステムによって行われてこなかったことによる。例えば、新規の検査者と既存感染者の2回目3回目の検査とが混在してしまっていたり、検査結果と検査日の日数のズレなどがあったり、・・・・・・・・保健所の職員の人たちも苦労しているのだが、今なお手書き情報で収集しているといった超アナログな状態であると聞いている。こうした情報収集の結果から不確かなものとなり、例えば「陽性率」のような重要な指標が出せないでいる状態である。都知事は大阪と比較し東京の規模は大きいからと説明するが、東京都の人口は1395万人、大阪府は882万人である。何倍もの規模ではない。東京都民は新規感染者数のグラフを示されるだけで、感染がどのように拡大しているのか、それとも収束に向かっているのか一つの指標である実効再生産数の数値などはタイムリーに示されないままである。これでは「出口」を数値で提示し、目標とすることはできないということである。大阪は財政に余裕がなく府民の協力を得るしかなく、東京は財政的に余力があり休業補償などへの協力金が用意できることからと、その違いを説明する専門家もいる。こうした違いの象徴ではないが、大阪府が新型コロナウイルスと向き合う医療現場のスタッフを支援する目的で創設した基金への寄付額が10億円を突破したと報じられている。これは入院患者の治療にあたる医師など医療従事者に一律20万円を支給するとのこと。府民・都民の「出口」の受け止め方であるが、やはりリーダーシップの違いにあるとするのが常識であろう。

さて、出口戦略というからには当然「入り口」があったはずである。勿論入り口は緊急事態宣言である。大きくは外出自粛という移動制限であり、その移動先である対象となる業種の休業要請となる。この宣言が出されたのは1ヶ月少し前の4月7日であった。その入り口の根拠となるのが、周知の三密を避ける行動、「接触80%減」という西浦モデルであった。しかし、宣言を行う前に感染のピークとなっており、感染力となる実効再生産数も既に東京は0.5、大阪も0.7と感染収束に向かっている数値であった。何故、緊急事態宣言なのか。宣言など出す必要があったのかという疑義である。特に実効再生産数については専門家会議からはその数式も素データも提示されていないが、前述の通り、山中伸弥教授がすでに試算し公開してくれている。大阪の吉村知事もこの実効再生産数の数値を目標としたかったようだが、そのデータ根拠が既に発表されている政府の数値と異なることもあって出口戦略に組み込まなかったようだ。最終的には政府の責任となるが、その根拠をつくった専門家会議の責任は極めて大きい。

こうした背景から専門家会議主導のコロナ対策から、大阪をはじめとした各地域のリーダーシップによる「出口」への空気が一挙に変わりはじめた。TV局もそうしたことに反応し、面白いことに「2週間後は東京もニューヨークの惨状になる。地獄になる!」と予言した感染症の大学教授も、「脅し・恫喝」から「心配」へと発言のトーンも変化しはじめた。そして、特定警戒都道府県以外の地方はそれまでの規制解除が始まった。そうした動きを加速させたのが、ドイツや韓国など各国の解除である。
解除された地域で感染者が拡大するのではないかという心配はあるが、国民は今までもそうであるがこれからもその懸命さで乗り越えるであろう。その象徴としてサッカーのキングカズの提言である「ロックダウンではなく、セルフダウン」を裏付けるようなデータ「Google行動解析」によって確認されている。これも山中教授のHPにて公開してくれている。ロックダウン、都市封鎖をした各国との比較で「日本は欧米よりは緩やかな制限により、最初の危機を乗り越えようとしていることがわかる。」とコメントしている。ここにも「正しく、恐れる」賢明な成熟した日本人がいることが見て取れる。

また、5月8日の深夜厚労省は記者会見で、新型コロナウイルスのPCR検査について、新たな相談の目安を公表し、「37度5分以上の発熱が4日以上」とした表記を取りやめたとのこと。数ヶ月前から検査の抑制理由を、医療崩壊につながることからと専門家会議も説明してきたが、ここでもやっと検査方針の転換を認め始めた。指定感染症という法律の付けの問題もあるが、相談窓口に保健所の「帰国者・接触者相談センター」とした制度設計自体が既に破綻してきている。既に、江戸川区においては独自にドライブスルー方式のPCR検査センターが実働に入っている。
この厚労省のガイドラインの方針転換についても、それまで「検査の抑制は医療崩壊につながる」とTV番組などでコメントしてきた感染症の大学教授達は今後どんなコメントをするのであろうか。
こうした時代の空気を受けて、恐怖から「出口」に向かっていく。大阪における「出口」戦略は、今後起こるであろう第2波、第3波の「入り口」にもつながるものであり、大阪の動きからも学ぶべきあろう。(続く)
  


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2020年05月03日

問われているのは「出口戦略」    

ヒット商品応援団日記No764(毎週更新) 2020.5.3.


ポストコロナ、あるいはコロナ後の世界といったキーワードが政治・経済をはじめ多くの分野で盛んに使われるようになった。いつの時代も予測好きはいるのだが、コロナ禍は現在進行中であり、少なくともまだまだ続く。そして聞こえてくるのは悲鳴しかなく、特に中小零細の飲食業の人たちの悲痛な声ばかりである。そうしたことを踏まえ、前回のブログでは「生き延びる知恵」を働かせて欲しいと書いた。ここ数日やっと日本経済への影響がリーマンショック以上の深刻さであることが報じられてきた。コロナ感染によって失われる命どころではない深刻なさが差し迫ってきていることにマスメディアもやっと気づき始めた。
ところで、「自粛」を促すには恐怖と強制が常套手段であると書いたが、「2週間後にはニュークになる」「地獄になってる」といった恐怖を煽るようなTVコメンテーターの発言も事実がそのように推移しなくなったことからその刺激的な発言もトーンダウンしてきた。一方私権を制限することが法的にもできない日本においては「強制」できない現実から「自粛警察」といったキーワードが流行る嫌な現象が生まれている。『自粛警察』とは、例えばクラスター感染のシンボリックな場所・施設となったライブハウスへの中傷で、営業中の店舗などに休業を促す張り紙をしたり、張り紙に文言を書き込んだりすることを指すとされる。他にも居酒屋など休業要請を指定されてはいない店舗への嫌がらせも出てくる状況が生まれている。私に言わせれば、「正義」の仮面をかぶった一種の嫌がらせであるが、憎むべき敵であるコロナウイルスが休業していない店舗にすり替えられての行為が至る所で見られるようになった。「恐怖」はこうした中傷をはじめとした差別を連れてきている。その象徴が『自粛警察』である。

こうした社会が生まれないように、新型コロナウイルスに関する「情報」を今確認できる事実に基づき、理性的に抑制的に伝えたいと発言しているあのiPS細胞研究所の山中教授医のHPを敢えてブログに書きリンクまでした。過剰な情報の中で、「何を」信用したら良いのかという直面する課題に対してである。山中教授の最新のHPの中に「新型コロナウィルス感染症対策に関する、研究者・臨床家から報道機関への要望書」が提言されており、その中で米国NYの医療従事者の自死に触れ「このウィルスは未知であるがゆえに、 人々の不安や分断を引き起こし、感染者に対する差別や偏見が高まっています。特に、もっとも感染リスクの高い医療従 事者が、差別や偏見を受けるという残念な状況も起きています。」と報道機関に向けて書かれている。
差別や偏見を助長している一つに報道があり、その根底には未知のウイルスであるが故の「不安」と「恐怖」がある。特にTV番組がそうであるのだが、ワイドショーという名前がそうであるように「ショー」という演出を否定はしないが、過剰なまでの表現・発言が多い。先日もテレビ朝日「モーニングショー」で”東京都の新型コロナウイルス感染者数が39人だったことについて、「(すべて)民間(医療機関)の検査の件数。土日は行政機関の(検査をしている)ところが休みになる」と発言したことについて、誤りだったして謝罪した。”多くの生活者が極度に敏感な中での誤りは極めて重大である。自覚なきTV番組はいずれ淘汰されるであろう。

ところで来週の5月6日には緊急事態宣言が発令されて1ヶ月になる。専門家会議や日本医師会は延長する可能性を示唆し、安倍首相もその方向で検討に入っていると報じられている。前述のテレビ朝日の誤報道ではないが、緊急事態宣言の発令の時、安倍首相は以下のようにその背景・根拠を記者会見で説明している。

「東京都では感染者の累計が1,000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります。」

さて感染の現実はどう推移してきたかである。毎日のように感染者数は報道されてはいるが、東京都の感染者数は4000名ほどで後数日で8万人に至るであろうか。感染症専門家でなくても到底至らないことは自明である。政府は専門家会議の提言を受けての発令であるが、その専門家会議の提言の根拠が示されていないため一定の理解はあっても実感し得るものではない。未知のウイルスであることから予測は当らないとする意見もあるが、現実はまるで異なる結果となっている。
何故、そうした誤差とは言い難い結果となっているのかまるで理解しがたい。多くの国民が自ら「自粛」した結果であるという意見もあるが、果たしてそれで納得できるであろうか。少し前のブログにも書いたが、「理屈」では納得はしない。行動の変容を促すには強制と恐怖であると指摘をしてきた。勿論日本は私権を制限することはできないことから「自粛」という方向を打ち出し、私も賛成するものであるが、「恐怖」を根拠とした政策には同意できない。その根拠であるが、専門家会議のメンバーである西浦教授の説明によれば(YouTube)、感染拡大の数理モデルにはドイツにおける感染率、実効再生産数1.7を使ったとのこと。実はこの数理モデルの鍵はこの一人の感染者が他者何人にうつすかという変数の設定にあることがわかる。実は今回専門家会議からの説明でやっとこの鍵となる数値が出てきた。
その中で注目すべき驚くべき内容が明らかにされた。確か3月中旬時点での感染率、実効再生産数1.7を使ったとのことであったが、やっとこの現実データが明らかになった。ちなみに4月10日時点での全国庭訓では0.71、東京においてはなんと0.53であったという驚くべき事実であった。しかも、安倍首相が緊急事態宣言を発令されたのは4月7日である。実効再生産数は1以下であれば収束に向かい、1以上であれば感染拡大に向かう値される指標であるが、発令の時にはある意味収束に向かっていた時期であった。この実効再生産数は日本の場合、算出するのに時間がかかっているとのことであるが、安倍首相の発令時に説明した理由にあった感染拡大の数しがまるで異なる結果になったのはある意味当たり前のことである。

もう一つ出てきたデータが感染者がいつ発症したかというデータである。TV報道においても繰り返し確認されているが、PCR検査によって確認された日と実際に発症した日にはほぼ2週間ほどの違いがあると。今回やっと発症日という正確なデータが公開されている。このデータ(グラフ)を見てさらに驚いたのは感染のピークは4月1日であったということである。緊急事態宣言の1週間前であったということである。そして、そのピーク時はあの志村けんさんが亡くなった日(3月29日)とほぼ重なっていることに気づく。当時の衝撃について次のようにブログに書いた。

『前回のブログでTV番組出演し感染の恐ろしさを繰り返し話しても伝わりはしないと指摘をしてきた。感染学の講義、つまり「理屈」では人を動かすことはできないということである。数日前に亡くなったコメディアンの志村けんさんの「事実」の方が衝撃的なメッセージとなっている。感染後わずか6日後に亡くなってしまうその恐ろしさ、最後の別れすらできない感染病のつらさ。それらは極めて強いメッセージとして心に突き刺さる。いみじくも政府の専門家会議の主要メンバーが国民に「伝えられなかった」と反省の弁を述べていたが、その通りで志村けんさんの「死」の方が何百倍も伝わったということである。』

専門家会議の提言を踏まえ緊急事態宣言が1ヶ月jほど延長されることになると思うが、コロナ危機の出口戦略についてまるで見出すことができていない専門家会議だけの方針では不十分と言うより経済の専門家の意見をも取り入れなくてはならない。続々と倒産件数・失業者数が増えてきている。企業破綻は即家計破綻であり、社会のシステムをも壊し始めている。その破綻を防ぐ一つの示唆をあのiPS細胞研究所の山中伸弥教授はその更新された一番新しいHPで明確に次のように提言してくれている。

有効再生産数(Rt)が経済活動再開の指標
『武漢での1月から3月までの有効再生産数(Rt)に関する論文を紹介し、アメリカの経済活動再開を決めるための指標として、CDCが全米および各州のRtを毎週発表することの重要性を主張している。活動を徐々に再開してもRtが1を超えないかを確認してく必要があると主張している。科学的根拠に基づいた透明性の高い政策決定が求められる。』

つまり、多くの感染ウイルスがそうであるように、今回も長期化していく。問われているのはその「出口戦略」で、経済抜きではあり得ない。専門家会議の提言にある「新たな生活様式」は単なる戦術レベルの話で、問われているのは社会経済全体への「指標」となるものではない。「三密」を否定はしないが、必要なのは長期に渡ってウイルスと付き合っていく「物差し」である。慶應大学病院や最近では神戸市立医療センター中央市民病院において「抗体検査」が行われている。同病院のチームによれば、4月7日の緊急事態宣言が出る前に、既に2.7%に当たる約4万1千人に感染歴があったことになるという。何故、感染しているのに発症しないのかと言う「免疫」の問題である。ある意味ウイルスと共生していくことになると思うが、その根幹となる「免疫」の解明である。専門家会議も「クラスター対策班」から、「免疫解明班」にシフトした方が良いかと思う。

ところでここ数年個人においても企業においても、ある意味「三密」が求められてきた経緯がある。例えば、「気合わせ会」といった小さな飲み会に会社から援助金が出たり、全社レベルにおいても運動会のようなイベントが行われ職場単位で競争したり、・・・・・こうした個人単位、専門部署単位の仕事の壁からひととき離れた時間や場所が求められてきたことによる。つまり、既にテレワークなどと言わなくても現実は先に進んでいるのだ。「自粛」と言うキーワードに変わるものがあるとすれば、それは「自制」であろう。更に、個々人、個々の企業、個々の団体、が自制すると言うことだが、その自制の中にアイディアもまた生まれる。
コロナ禍の震源と揶揄されたライブハウスがネットを使った「ライブ配信」をはじめたように。飲食では店頭での弁当販売からチルド商品や冷凍食品にしてネット通販を始めているように。つまり、新しい業態の可能性を探っている。これらは「自制」の模索から生まれたものだ。言うまでもなく、この「自制」とは顧客との関係におけることで、「自粛警察」とは真逆のことである。サッカーのキングカズが提言しているように、ロックダウンではなく、「セルフダウン」の意味と同じである。自ら律した行動を取ろうと言うことだ。現場的に言えば、「自制」の先に出口が見出せると言うことである。(続く)

型コロナウイルス感染症対策専門家会議
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000627254.pdf
  
タグ :出口戦略


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2020年04月16日

連帯してコロナと戦う 

ヒット商品応援団日記No763(毎週更新) 2020.4.16。


このブログを始めて15年経つが、始めた動機の一つが周知のP、ドラッカーであった。ある意味、ビジネスの古典になった師であるが、次々と起こる変化に対し常に冷静に真摯に向き合った師であった。その変化は一時期的なものではなく、本質に根ざした変化であるかを根拠を持って問い、そのことに意味と重要性があるのであれば、その変化がもたらしてくれる機会を活用すること、そんな着眼を教えてくれた師であった。今から6年前には未来塾として「町」の変化を観察し、どんな変化が出てきているのかをレポートしてきた。以来39回続けているが、その第一回目は「人通りの絶えた町・浅草」であった。
本来であれば、街を歩き観察したいのだが、勿論自粛することにしている。人はどんな思いで、魅力を感じ集まるのか、つまり「賑わい」はどのように生まれているのかを観察してきた。実は今回の新型コロナウイルス感染の発生源とされる三密(「密閉」「密集」「密接」)と「賑わい」はほぼ重なる街・場所であり、人を惹き付けるテーマを抑制する戦いが求められている。

緊急事態宣言後、東京都は休業要請の業種を発表した。その週末どんな変化が起きていたかメディアはレポートしている。本来であれば、私自身が街を歩き観察したいのだが、公開されている情報を整理すると以下のようになる。
・大型商業施設である百貨店やショッピングセンラーが一部フロアを残し、臨時休館したこともあって、当然ではあるがゴーストタウン化した。特に都心部の百貨店の場合は全館休業としたため人通りはほとんどない状態となった。また周辺の専門店もシャッターを下ろし、東京をはじめとした都市は今まで見たことのない光景であったと。またスマホによる地域別データ(ビッグデータ)によると4月7日の渋谷などでは以前と比較し70%減であった。
・一方、生活圏である都心近郊の商店街あるいはホームセンターには家族連れの人が押し寄せいつも以上の賑わいを見せていたと。以前レポートした砂町銀座商店街や戸越銀座商店街、あるいは吉祥寺の街などが取り上げられていたが、こうした三密の無いと思われる近郊住宅街の業種は通常営業しており、混雑していた。先日のブログにも書いたが、百貨店とは異なり2月のスーパーマーケットの売り上げは前年比大きくプラスとなっており、業種によって全く異なる結果となっている。
・これは報道によるものでその実態は確認してはいないが、三密からは外れたアウトドア場所、近所の公園や別荘、あるいはキャンプ場などは家族連れの賑わいがあった。近所のスーパー以外の移動にはほとんどが乗用車による移動で、休業要請から外れた近県のパチンコ店は賑わっているという報道もあった。

つまり、三密という自粛要請にはある程度応えてはいるが、移動手段や場所は変わっても逆に集中してしまい「賑わい」が生まれているという皮肉な現実があった。東京都は食品スーパーには買い物の代表を一人にして欲しいとの要請を出す始末となっている。どうしてこうした現象が起きるのかは、後ほど述べるが、政府や諮問機関である専門家会議からの情報に沿って、ある意味素直に生活者は行動していることがわかる。その象徴が「三密」で、予想外の賑わいも生活者個々人の理解によって生まれたものである。賑わいを観察してきた私にとって、予想外でも何でもない。

こうした移動を更に抑制するために個々人の行動を変えて欲しいとのメッセージが盛んに発せられるようになった。政府の諮問機関である専門家会議の感染シュミレーションに基づき人との接触を80%削減、最低でも70%削減して欲しいというものであった。このシュミレーションを作成した北海道大学の西浦教授自身もSNSに出演しそのシュミレーションを説明している。新型コロナウイルスを封じ込めるためのものであるが、感染症における感染のメカニズムが理解できない上に、そのシュミレーションの「根拠」が何であるのか、数理モデルの根拠がまるでわからない。
結果、この1週間主にTVメディアはどうしたら接触人数を減らすことができるか、その論議に終始している状態である。つまり、その根拠が「わからない」ということ、しかも実感できないということである。前回も少し触れたが、「理屈」では人の行動は変わらないということである。確か都知事は危機感からであると思うが、「ロックダウン」(都市封鎖)することになると発言した途端、その夜からスーパーに都民が押し寄せ、翌日のスーパーの棚にはほとんど商品は残ってはいなかった。米、インスタントラーメン、パスタ、レトルト食品、・・・・・・巣ごもり生活用の商品である。こうしたパニックが起きたのも、繰り返し放送されるパリやニューヨークのロックダウンした街の光景を見せられての行動である。

ところで社会心理学を持ち出すまでもなく、行動の変容を促すには恐怖と強制が効果的であると言われている。そして、恐怖は憎悪を産み、分断・差別を促す。憎むべきウイルスは次第にルールを逸脱する人間へと変わっていく。少し前になるが、ゼミやサークルの懇親会で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した京都産業大に対し、抗議や意見の電話やメールが数百件寄せられているとの報道があった。抗議どころかあるTV番組のコメンテーターはウイルスを撒き散らした学生にはまともな治療を受けさせるなと暴言を吐く始末である。
あるいは同じ番組であるが、今度は外出の自粛要請の休日に禁止されている区域に潮干狩りをしているとの報道を踏まえてと思うが、感染症学の教授が「二週間後はニューヨークになってる。地獄になってる」と発言したのには驚きを越えてこの人物は大学教授なのか、教育者としての知性・人間性を疑ってしまった。ニューヨークのようになってはならないと発言するのであればわかるが、それにしても「地獄」などといった言葉は間違っても使ってはならない。つまり、恐怖心をただ煽っただけで、しかも専門分野の教授の発言であるからだ、
新型コロナウイルスを「敵」としながら、恐怖と強制に従わない人たちを差別どころか次第に敵とみなしていく。社会の決めたルールを守らない人間は社会の敵であると。恐ろしいのはそうした「恐怖」「脅し」が蔓延していく社会である。そこには寛容もなく、連帯もなく、ただ憎悪だけである。

実は前回京都大学iPS細胞研究所の山中教授のHP「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」を取り上げたが、そのHPには新型コロナウイルス感染の対策としての提言の他にわかりやすく「ウイルの正体」について書かれたページがある。その中に「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」https://www.covid19-yamanaka.com/cont7/main.htmlというページがある。過剰な情報が錯綜し混乱状態にある中で、見事に「情報」の整理・分類をしてくれている。例えば、「証拠(エビデンス)があり、正しい可能性が高い情報」~「正しい可能性があるが、さらなる証拠(エビデンス)が必要な情報」~「正しいかもしれないが、さらなる証拠(エビデンス)が必要な情報」~「証拠(エビデンス)の乏しい情報」、このように分類してくれている。
現段階で分かったこと、その証拠が正しい可能性が高いかどうかを冷静に整理してくれている。ここには理性を持って新型コロナウイルスに向き合う態度がある。マスメディア、特に「刺激」ばかりを追い求めてきたTVメディアの態度とは真逆である。こうした「証拠」に基づいた提言こそが必要であり、恐怖による行動変容は一時期的に「表面的な自粛が行われても、同時に人と人との間に憎しみや争いを生むことになる。

東日本大震災の時もそうであったが、「現場」で新しい新型コロナウイルスとの戦いが始まっている。医療現場もそうであるが、マスクや医療用具の製造などメーカーは自主的に動き始めている。助け合いの精神が具体的行動となって社会の表面に出てきたということである。「できること」から始めてみようということである。その良き事例としてあのサッカーのレジェンドキングカズはHP上で「都市封鎖をしなくたって、被害を小さく食い止められた。やはり日本人は素晴らしい」。そう記憶されるように。力を発揮するなら今、そうとらえて僕はできることをする。ロックダウンでなく「セルフ・ロックダウン」でいくよ、と発信している。そして、「自分たちを信じる。僕たちのモラル、秩序と連帯、日本のアイデンティティーで乗り切ってみせる。そんな見本を示せたらいいね。」とも。恐怖と強制による行動変容ではなく、キングカズが発言しているように、今からできることから始めるということに尽きる。人との接触を80%無くすとは、一律ではなく、一人一人異なっていいじゃないかということである。どんな結果が待っているかはわからない。しかし、それが今の日本を映し出しているということだ。
東日本大震災の時に生まれたのが「絆」であった。今回の新型コロナウイルス災害では「連帯」がコミュニティのキーワードとなって欲しいものである。

こうした戦い方を可能にするにはやはり休業補償であることは言うまでもない。医療というという現場と連帯するには今回休業要請のあった業種の人たちである。特に中小・個人営業の飲食店で、家賃と人件費という固定費への補償である。その多くは日銭商売となっており、それら固定費の支払いは待ったなしである。求められているのはスピードで、例えば福岡における支援のように家賃への補助も一つの方法である。各自治体のやり方に任せることだ。これから補正予算案が国会で論議されることになっているが、その中の地方に交付される資金が1兆円予定されているようであるが、それこそ最低でも5兆円にまで増額し支援すべきであろう。なぜなら、嫌なことではあるが、長い戦いになるからである。
また、公明党の山口代表は安倍首相に一律10万円給付すべきとの提案をしたと報道されている。できれば更に消費税を今年の秋から2年ほど凍結したら良いかと思う。つまり、新型コロナウイルスによって亡くなる人をこれ以上出してはならないと同時に、嫌な言葉であるが、ビジネス現場で自殺者を出してはならないということである。医療・命と経済という二者択一的発想ではなく、両方の世界で戦うこと、ここに「連帯」の道がある。東日本大震災の時は絆をキーワードに国民は復興特別税を引き受けたが、今回は財源として国債の発行も良いかと思うが、「感染防止連隊税」のような法律も良いかと思う。いずれにせよ東日本大震災の時と同じように連帯して戦うということだ。連帯は理屈ではなく、現場で戦う人たちとの共感によってのみつくることができる。どれだけの長期戦になるかわからないが、であればこそ連帯した戦い方しかない。(続く)
  


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2020年04月05日

生き延びるための知恵 

ヒット商品応援団日記No762(毎週更新) 2020.4.5。


1ヶ月半ほど前に「人通りの絶えた街へ」というタイトルでブログを書いた。その通り街の風景は日本のみならず世界へと広がっている。しかも、感染者の多いイタリアやスペイン、フランス、特に危機的状況にある米国のニューヨークは一瞬の内にゴーストタウン化した。
そして、今回の新型コロナウイルス感染が及ぼす社会・経済への影響を考えるにあたり、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災を一つの事例としてブログを書いてきた。しかし、事態は1990年代初頭のバブル崩壊によるパラダイム転換(価値観の転換)を促した視点が必要であるとも書いた。その最大理由はバブル崩壊によってそれまでの多くの価値観が崩壊したが、当時言われていたのは「神話」の崩壊であった。上がることはあっても下がることはないとした不動産神話、重厚長大であるが故の揺るがない大企業神話、決して潰れることはないと信じられてきた銀行・金融神話、・・・・・・・・・神話とは「こころ」のなせるものである。情緒的な表現になるが、神話崩壊とは「こころ」が壊れてしまったということだ。壊れたこころをどのように立て直すのかが平成の時代の最大テーマであった。生活者は勿論のこと、大企業も、中小企業も、街場の商店も。今一度、未来塾の「バブル崩壊から学ぶ」を読んでいただきたいが、学びの根底にあったのが、実は「過剰」であった。例えば、バブル崩壊後日本の産業を立て直すために多くの製造業は中国を目指し、国内産業の空洞化が叫ばれたが、同時に部品メーカーも続々と中国に渡った。いわゆるグローバル産業化である。今回の感染源である中国湖北省の壊滅的感染爆発によってサプライチェーンが切断され経済がストップしてしまったことは周知の通りである。こうした事態を懸念し既に数年前からリスク分散、チャイナプラスワンの必要を指摘した専門家も少しはいたが、日本の社会経済潮流はグローバル化の道を歩んできた。

ところで、2~3年前からブログに訪日外国人市場、インバウンド市場、特に京都観光の実情を書いてきたが、いわゆるオーバーツーリズムのコントロールは議論されないままであった。観光産業におけるグローバル化という課題である。結果どうなったか、中国観光客のみならず、多くの訪日観光ビジネスは今壊滅的打撃を受けている。ウイルスの感染を防ぐために人の「移動」は極端に規制される。このインバウンドビジネスは今年開催予定であった東京オリンピックが後押しし、過剰な期待が生まれ、結果設備投資が行われきた。オーバーツーリズムとは過剰観光のことである。しかも、観光産業の中心顧客であった日本人シニア層へのシフト変更もうまくはいかない。それは新型コロナウイルス感染における致死率が高齢者ほど高いという事実があり、残念ながらコロナショックが終息しない限り好きな旅行には行かないであろう。
つまり、この3年ほどの観光産業の好景気は「バブル」であったと理解し、3年以前に今一度戻ってみるということである。その時、観光ビジネスの「見え方」も変わってくるということだ。その見え方の物差しに「過剰」であったかどうかということである。例えば京都で言うならば、インバウンド顧客を第一とするならばインバウンドバブルによってほとんどの市場は無くなった、つまり混雑を嫌った日本人観光客を第二の顧客として再び顧客を再び呼び戻すこと。それでも経営ができなければ第三の顧客として地元京都や関西圏の近隣顧客に京都観光の深掘りを実践してみると言うことである。足元を見つめ直し、新たな「京都」を発見あるいは創造してみると言うことである。例えば、この「京都」を東京の「浅草」や「築地場外市場」に置き換えても同じである。

別な表現をすれば、過去培ってきた顧客の「信頼」はどうであったかを今一度見つめ直すと言うことである。極論を言えば、”あなた(店)であれば、お任せます”ということ、安心という信頼が築けていたかと言うことになる。最も商売の原点がどうであったかと言うことだ。
ところで商売するうえで接触感染を防ぐことは大事である。デリバリービジネスやネット通販、あるいは高齢者向けの買物代行などの急成長はそれなりの理由は当然である。しかし、今回のコロナショックは最低でも1年間は続く。店舗を構える業態の場合、入店したらアルコール消毒液を使うことは勿論、安心のためのサービスは不可欠である。飲食店であればテイクアウトを始めたり、物販であればセルフスタイル導入も考えても良いかと思う。また、顧客同士の接触を少なくするための「距離」、ソーシャルディスタンシングを考えた席のレイアウトをはじめとした店内レイアウトの変更も必要になるであろう。これはウイルスという見えない敵と戦っていることを顧客の目に見えるようにする。つまり、自己防衛のための「見える化」である。しかし、どんな乗り越える工夫や手段を講じようが、基本は顧客との「信頼」があるかどうか、どの程度の信頼であったかどうかを見つめ直すことも必要であろう。

さて、ここ数週間小売現場で売れているのは生活必需品のみである。しかも、嗜好性の高い選択消費である商品はほとんど売れてはいない。選択的商品の中で唯一売れているのは人との接触のない自然相手のキャンプ関連商品、アウトドア商品のみである。勿論、人と人との接触のない散歩以外の「遊び」である。生活者の楽しみは換気の良い「アウトドア」「自然相手」と言うことになる。また、別荘地へのコロナ避難も始まっている。
このように生活者の心は遊びは自粛され、内側へ内側へと向かう。向かわせているのは勿論不安であり、その不安はいつになったら終息するのかと言うことに尽きる。多くの疫学の専門家によれば「長期戦」になるであろうと報告されている。また、東京・大阪といった大都市において「都市封鎖」といった議論も行われている。そうならないための「自粛要請」が行われているが、その程度の要請でも飲食などの特定業種の売上は通常のせいぜい20~30%程度であろう。人件費も家賃にもならない状況である。
シンクタンクの第一生命経済研究所は先月30日、新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるため東京都でロックダウン(都市封鎖)が行われた場合、1カ月で実質GDP(国内総生産)が5兆1000億円減少するとの試算を公表した。試算は、4月1日から大型連休前の同24日まで、企業が平日の出勤を日曜日並みに抑えたとの仮定に基づいて実施した。封鎖の対象が埼玉、千葉、神奈川の3県を含む南関東全域に拡大された場合、減少額は8兆9000億円に達するという。

そして、緊急事態宣言という国民の主権、特に移動を制限する法律が議論されている。その移動先である流通業に対する要請であるが、例えば今回東京では臨時休館した百貨店や渋谷109のようにより強い要請である。問題なのはそうした「要請」「指導」に対する休業補償である。それは事業主とそこに働く従業員への補償であるが、報道されているような感染防止と経済のバランスといった「一般論」ではない。これは推測はあるが、政府もこうした丁寧な補償という実質的な支援を考えて欲しい。前回ブログで書いたようにこれも「現場」への支援であり、特に経営体力の無い中小零細企業への支援である。この現場の力無くしては危機を超えることはできない。「思い切った、前例に囚われない支援」とは医療現場、ビジネス現場への直接的で具体的な支援である。
今起こっている危機に対し、あの山中伸弥教授は以下のような5づの提言を投げかけてくれている。
提言1 今すぐ強力な対策を開始する
提言2 感染者の症状に応じた受入れ体制の整備
提言3 徹底的な検査(提言2の実行が前提)
提言4 国民への協力要請と適切な補償
提言5 ワクチンと治療薬の開発に集中投資を
詳細はHPを読まれたら良いかと思うが、提言4については「国民に対して長期戦への対応協力を要請するべきです。休業等への補償、給与や雇用の保証が必須です。」と明言されている。あまりにも進まない「現場支援」を求めての提言である。
前回のブログでTV番組出演し感染の恐ろしさを繰り返し話しても伝わりはしないと指摘をしてきた。感染学の講義、つまり「理屈」では人を動かすことはできないということである。数日前に亡くなったコメディアンの志村けんさんの「事実」の方が衝撃的なメッセージとなっている。感染後わずか6日後に亡くなってしまうその恐ろしさ、最後の別れすらできない感染病のつらさ。それらは極めて強いメッセージとして心に突き刺さる。いみじくも政府の専門家会議の主要メンバーが国民に「伝えられなかった」と反省の弁を述べていたが、その通りで志村けんさんの「死」の方が何百倍も伝わったということである。
2週間ほど前にSNSに流されたデマ情報によって、トイレットペーパーが店頭から無くなったことがあった。周知のデマによるパニックであるが、大手のスーパーがやったことはすぐさま大量のトイレットペーパーを山積みして販売した。つまり、目の前に十分商品はあると「実感」することによってのみ不安は解消される。マスクについてはどうであるかと言えば、使い捨てではなく洗って再利用できる布製のマスクを全世帯に2枚宅配するという。それは決して悪いことではないが、少し前に6億枚が3月中に流通されるとアナウンスされたが、その6億枚はどこに行ったのか、医療関係者や福祉関連の施設に優先的に回したと言われていると説明される。つまり、既にマスクにおいてもパニック買いが起こっており、膨大な量のマスクが必要になってしまっているということである。緊急事態宣言などが発表されればそれこそ生活者にはマスクは手に入らないことになる。そこで再利用可能な布製になったということであろう。すべてが後手後手になってしまっているということである。しかも、WHOは布製マスクは効果がないので推奨しないと断言している。費用は200億円以上だというが、少しでも安心材料となる抗体の有無がわかるIgG/IgM 抗体検査キットなどに使った方が良いとする医療専門家も多い。小さな子供を持つ主婦は手製の布製のマスクを作っている。しかも、効果が薄いからとマスクの内側にポケットを作って、そこにティシュペーパーやペーパータオルを入れて少しでも効果を高める工夫がなされているのが現実である。

コロナショックによる業績不振から新卒学生の内定の取り消しや非正規社員の雇い止めも始まっている。既に報道されているように観光産業であるホテル、旅行会社、次いで観光地の飲食店や土産物店。更にはアパレルファッション業界にも大不況の波は押し寄せてくるであろう。また、トヨタが自動車需要縮小を見越して減産態勢に入ったように、製造業である自動車や家電へと広がっていくであろう。そして、4月1日現在で、倒産は13件隣、弁護士一任などの法的手続き準備中は17件で、合計30件が経営破綻している。これはまだ始まったばかりであり、日本の産業全体に押し寄せてくる。
まずは公的な助成金など支援策は全て活用することは言うまでもない。ただ、東京都の場合中小企業支援には多くの申し込みがあり、総額は1300億円近くになったとのこと。当初事業予算の5倍ほどとなり再度検討するという。つまり、それほどの運転資金需要が生まれているということである。
こうした喫緊の課題に対応すると同時に、中期的な視野からのビジネス・商売も考えていく「時」となっている。それはバブル崩壊によって多くの価値観が壊れ、そして生まれてきたように、コロナと戦いながら考えていくとうことである。その視点にはやはりこれから目指すべき新たな「信頼」を考えていくということに尽きる。その信頼とは、顧客との信頼であり、働く人との信頼であり、更には仕入れ先もあれな支払先もあるであろう。そうした信頼とは広く「社会」に向けた信頼ということになる。振り返れば、世界に誇れる日本の第一は何かと言えば、「老舗大国」としての日本である。生き延びる知恵を老舗から学ぶということでもある。

創業578年、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている世界最古の宮大工の会社がある。その金剛組の最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱した時代であった。更に試練は以降も続き、米国発の昭和恐慌の頃、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。また、数年前にも経営危機があり、同じ大阪の高松建設が支援に動いたと聞いている。
今回のコロナショックによって米国の新規失業保険申請件数が発表され、664万8000件という圧倒的な過去最大の数字が出たと報道されている。これは米国の失業数が爆発的に増えていることを意味し、この状況が数ヶ月続くとアメリカの失業率が世界恐慌時のレベルにまで到達することになるとも。
そんな苦難の時代を乗り越えさせてきた金剛組であるが。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。
何故、生き延びることができたのか、それは金剛組の仕事そのものにあると思う。宮大工という仕事はその表面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたということだ。

金剛組という会社は特殊な事例かもしれないが、他にも生き延びる術を知った老舗はいくらでもある。私が一時期よく行った鳥取に、明治元年創業の「ふろしきまんじゅう」という老舗の和菓子がある。賞味期限は3日という生菓子で、田舎まんじゅうとあるが品のある極めて美味しいお菓子である。鳥取県人、和菓子業界の人にとってはよく知られた商品と思うが、東京の人間にとってはほとんど知られてはいない商品だ。ところで企業理念には「変わらぬこと。変えないこと」とある。変化の時代にあって、まさに逆行したような在り方である。いや、逆行というより、そうした競争至上主義的世界から超然としたビジネスとしてあるといった方が正解であろう。人はその世界をオンリーワンとか、固有、他に真似のできないオリジナル商品と呼称されるが、学ぶべきは「変わらぬこと。変えないこと」というポリシーにある。それは「変わらない何が」に顧客は支持し、つまり永く信頼を得てきたのかということでもある。

ところで企業経営における基本であるが、「有用性」という視座に立てば、まず「有るもの」を見直し、使い回したり、転用したり、知恵を駆使して生き延びる。「有るもの」、それは技術であったり、人材であったり、お金では買えない信用信頼・暖簾であったりする。勿論、こうした無形のものの前に、有形の土地や建物、設備といった資産の活用も前提としてある。つまり、生き延びるための重要な戦略は、変えるべきことと、継続すべき、守るべき何かを明確にすることから始まる。老舗にはそうした考えを元に引き継がれてきたということである。日本の観光産業を一種のバブルであったとしたのもこうした理由からである。

4月4日東京の新型コロナウイルス感染者が118人に及んだと発表された。恐らく近い内に緊急事態宣言が行われ、感染度合いの大きい大都市や繁華街が一定期間「制限」されることになるであろう。企業も生活者も「不自由」な活動となる。これからも混乱・パニックは起きる。企業も生活者も生き延びるための試練を迎えるということだ。(続く)
  


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2020年03月25日

間違えてはならない、「現場」によってのみ危機は乗り越えることができる 

ヒット商品応援団日記No761(毎週更新) 2020.3.25。

前回ブログのタイトルは「パニック前夜」であった。そのパニックは日本国内から世界へ、「移動の抑制・制限」にとどまらず、「金融・株式市場」のパニックへと伝播し、周知のようにリーマンショックの時以上の株が投げ売りされている。私のブログに「巣ごもり生活」というキーワードでアクセスする人が増えているが、これは10%の消費増税が実施され、消費経済が大きく落ち込んだ背景を踏まえた予測であった。その消費増税の実際は、駆け込み需要もそれほどみられず、昨年10月以降は周知の通りGDPはマイナス成長となった。
ところで、「巣ごもり」といった少しの消費抑制程度の危機どころではなくなった。1990年代初頭のバブル崩壊の時に使われた「氷河期」というキーワードを前回のブログに書いた。その氷河期が表す意味は、就職時期に重なった世代がどの企業も採用を減らし就職できない若い世代が一挙に増えたことを言い表した言葉であった。以降、就職できない若い世代をフリーターといった言葉や、後に正規・非正規労働といった働き方自体を変えることになった。つまり、単なる就職難といったことが起きつつあることを指摘したのではない。つまり、これまでの価値観を変えなければならないフェーズに向かっていると理解すべきである。

一般論ではあるが、経済ショックは主に需要ショック、供給ショック、金融ショックの3つがある。この一年ほど起きた「事件」に沿って理解するとすれば、例えば需要ショックは増税等によって消費や設備投資が減少し経済が低迷すること、供給ショックは今回の新型コロナウイルスの震源地である中国湖北省周辺にある工場などの供給がストップあるいは製造能力の毀損によって経済が低迷すること、金融ショックは金融機関の破綻等によって経済が低迷することを指す。今回は新型コロナウイルスの感染拡大によって工場の生産能力低下、供給網や交通網の遮断、小売り店舗の一部閉鎖などが起こったこと、つまりサプライチェーンの機能不全である。そして、今回の金融コロナショックである。そもそも中央銀行による利下げは需要ショックに対処する金融政策なので(FRBが緊急利下げを行ったところで感染拡大を抑制(供給能力を回復)できるわけではない)、株式市場が「売り」で反応しても不思議ではない。つまり、3つのショックが日本のみならず、世界中で起きているという理解である。

ところでバブル崩壊によって「何が」起きたか今一度考えて見ることが必要である。まず社会現象として初めて現れてきたのが「リストラ」であった。リストラの舞台については後にベストセラーとなった麒麟の田村が書いた「ホームレス中学生」を思い起こしてもらえれば十分であろう。残業がなくなり「父帰る」というキーワードとともに、外食が減り、味噌・醤油といった内食需要が高まった時代である。現在の夫婦共稼ぎ時代で置き換えれば、半調理済食品やレトルト食品や冷凍食品になる。この内食傾向はスーパーマーケットの売り上げが前年比プラスであったのに対し、百貨店の場合は周知のように大きくマイナス成長であった。また、「リーズナブル」という言葉とともに、「価格」の再考が始まる。これは後にデフレ経済へと向かっていくのだが、注視すべきは流通の変化で百貨店からSC(ショッピングセンター)への転換と通販の勃興である。今回のコロナショックは百貨店の主要な2大顧客であるインバウンド需要と株式投資などの主要メンバーである個人投資家の消費が減少し、百貨店は更に苦境に陥るということである。この2大顧客は勿論のこと観光・旅行産業の中心顧客であり、コロナショックは直撃していることは言うまでもない。

ところで新型コロナウイルス感染症に関する中小企業・小規模事業者の資金繰りについて中小企業金融相談窓口が開設されている。梶山経済産業大臣は、新型コロナウイルスに関する国などの支援窓口への相談件数が、驚くことに6万件近くに上っていることを明らかにした。その内の、9割が資金繰りの相談だということ。いかに経営体力がない状態に陥っているかがわかる。観光や飲食だけでなく、製造業を含む幅広い業種に影響が広がっている。政府はすでに支援策を打ち出したが、中小企業の手元資金は1カ月分程度とされる。
1ヶ月ほど前のブログに「移動抑制は消費経済に直接影響する」と書いた。2月の東海道新幹線の利用者は前年同月比8%減だったが、3月に入って落ち込み幅が拡大。1日~9日の利用者は前年同期比56%減となり、東日本大震災が発生した2011年3月の落ち込み幅(20%減)を大きく上回った。「2月後半からここまでになるとは予想していなかった」と報道されている。
国連の国際民間航空機関(ICAO)は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うキャンセルの増加で、世界の航空会社の売上高が今年第1・四半期に40億ドル━50億ドル減少する可能性があるとの試算を示している。ICAOは声明で、キャンセルは規模でも地域的な広がりの面でも2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時を上回っており、航空業界に与える影響もSARSより大きいとみられると指摘している。
ちなみにICAOによると、70の航空会社が中国に就航する国際線の運航をすべて停止し、これとは別に50社が減便している。これにより、中国に就航する国際線の直行便の旅客輸送能力は80%落ち込み、中国の航空会社は40%減少したとも。そして、この報道を追いかけるように日本のANA海外便の大幅な減少どころか国内便需要も大きく落ち始めている。ちなみにANA、JALともに3月の予約数は前年比で約4割減少とのこと。

消費氷河期とは単なる抑制した「巣ごもり生活」ではなく、残念ながら多くの凍死と言う倒産企業を産み、リストラされる労働者もまた続出する社会のことである。フリーター、アルバイト、非正規労働者にとどまらず正規労働者も解雇される時代ということである。ちょうど30年前のバブル崩壊後の風景に近い。
やっと与野党の政治家からコロナショック対策の発言が見られるようになった。そして、思い切った政策が必要であるとも。そして、論調の多くは2つに分かれる。1つは一定期間消費税を凍結、つまり消費税をゼロにして消費を活性させる案である。もう一つが子育て世代とか、生活困窮者といった従来の考えから離れ直接全ての個人生活者へ例えば5万円あるいは商品券を給付するという案である。共に、凍える生活者の財布を少しでも楽にする大胆な財政政策である。従来のキャッシュレスによるポイント還元などとは根底から異なるもので、こうした政策の進展と共に、「移動の抑制」緩和を徐々に進めていくことである。例えば、小中高の一斉休校のように「一斉」ではなく、感染者のいない地域、市町村では既に始まっているように通常の学校生活をスタートさせる。スポーツ・文化イベントもその規模やクラスター感染が起こる条件などを精査し、ガイドラインを作り徐々に緩和していくということである。ある意味、新型コロナウイルスと徐々に折り合いをつけていく方法である。その司令塔は現場である地域であり、独自な組織を持って対応していく「大阪」のような方法も一つであろう。

マスメディア、特にTVメディアによるPCR検査拡充の是非論議はもう終わりにすべきである。「不安」解消のためにはPCR検査が必要である、一方陽性反応が出れば入院させる病床が不足する、といった論議である。事態はそれどころではなくなってきている。また、大学の感染学の講義であるかのような解説も無用とは言わないがもっとわかりやすく番組構成されるべきである。ウイルス感染における「パンデミック(世界大流行)」程度はまだしも、オーバーシュート(感染爆発)やクラスター(感染者の塊・小集団)あるいは(ロックダウン(外出制限・封鎖)といった用語は使わないことだ。分からなければ、それだけ「不安」を煽るだけになってしまうということである。

ウイルスと戦っている現場の医師や看護士にとって「講義」のような世界とは全く無縁のところで頑張っている。思い起こすのは9年前の東日本大震災、中でも放射能汚染にみまわれた福島県の医療再生に今なお貢献している医師達がいる。その中心となっているのが坪倉正治氏で地域医療の再生プロジェクトを立ち上げ全国から同じ志を持った医師と共に再生を目指している現場の医師である。臨床医であると同時に多くの放射能汚染に関する論文を世界に向けて発表するだけでなく、福島の地元のこともたちに「放射能とは何か」をやさしく話聞かせてくれる先生でもある。ウイルスも放射能も異なるものだが、同じ「見えない世界」である。坪倉正治氏が小学生にもわかるように語りかけることが今最も必要となっている。「講義」などではないということだ。小学生に語りかける「坪倉正治氏の放射線教室」は作家村上龍のJMMで配信されている。残念なことではあるが、これから先間違いなく凍死者、凍死企業が続出する。その前に、どんな言葉で語りかけるべきか、講義などではないことだけは確かである。

こうした危機にあっては「現場」によってのみ乗り越えることができる。阪神淡路震災の時はボランティア元年と言われ、しかも瓦礫に埋もれた人の救出にはトリアージ的な判断が消防隊員は考え行動していたし、ちょうど同じ時期に起こった地下鉄サリン事件の時はバタバタと倒れる人たちのために聖路加病院はサリン被災者を受け入れるために病室どころかフロアを収容病棟にして危機を乗り越えた。そして、東日本大震災の時には、行政も病院も被災する中で、全国から多くの支援を行ってきた。それら全て「現場」によって為し得たことである。
今回の新型コロナウイルス感染による超えなければならない目標はどれだけ死者を少なくするかであるが、もう一つ超えるべきはこの災害による自殺者をどれだけ少なくするかである。厚労省のデータではないが、リーマンショックによる自殺者は8000名と言われている。東京オリンピック2020が1年程度延期になったと報道されているが、TV番組はその裏事情や裏話など感染学の講義と共に終始している。今回の「危機」をエンターティメント・娯楽にしてはならないということである。(続く)
  


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2020年03月21日

未来塾(39)「老朽化」から学ぶ 後半  

ヒット商品応援団日記No760(毎週更新) 2020.3.20。




気になって仕方がなかった大阪「駅前ビル」

2015年にJR大阪駅ビルから三越伊勢丹が撤退しその跡に「ルクア イーレ(LUCUA 1100)」が誕生し、以降地下のバルチカなど注目を集め売り上げや集客など順調に推移してきている。こうしたJR大阪駅を中心に阪急電鉄による阪急三番街のリニューアルや阪急百貨店梅田店のリニューアルなど矢継ぎ早の開発からポツンと取り残され老朽化した大阪駅前ビル1〜4号舘の存在が気になって仕方がなかった。
というのも1970年代半ば大阪のクライアントを担当し、定期的に大阪に行くこととなった。当時は闇市の跡地を大阪駅前ビルへと開発が進行中でまだまだ戦後の闇市的雰囲気を色濃く残した時代であった。ちなみに駅前ビルの完成は以下のようなスケジュールで写真は駅前第1ビルである。

1970年4月 - 第1ビルが完成。
1976年11月 - 第2ビルが完成。
1979年9月 - 第3ビルが完成
1981年8月 - 第4ビルが完成
実は大阪のクライアントの担当者から大阪らしいところに行きましょうと誘われたのが鶴橋の焼肉「鶴一」と梅田の阪神百貨店の地下1階とJR大阪駅とを結ぶ地下道にあった老舗串カツ店「松葉」であった。これは余談であるが、この「松葉」で串カツの二度漬け禁止という大阪マナーを学んだことを覚えている。

地下道の街

ところで大阪に住む人間であれば駅前ビルの梅田における位置関係は当たり前のこととして熟知しているが、そうでない人間にとってはわかりずらさがある。そこでイラストの図解を見ていただくと良いかと想う。

数字の1、2、3、4 は各駅前ビルの位置を表している。阪神百貨店の北側(上)にはJR大阪駅があり、図の右側には阪急百貨店があり阪急電車の梅田駅がある。
大阪は梅田(キタ)と難波(ミナミ)という2つの性格の異なる都市拠点のある街だが、その梅田の中心地を担ってきたのが、4つの駅前ビルであった。もう一つの特徴は南北にJRの大阪駅と北新地駅があり、東西には各々の地下鉄が通っており各駅前ビルには複合ビルとして多くのオフィスがあり多様な企業が入居している一大ビジネス拠点となっている。イラストの図を見てもわかるように、このビジネス拠点を南北東西に巡らせているのが「地下道」である。難波(ミナミ)にも地下道はあるが、これほど広域にわたる地下道は梅田のここしかない。

老朽ビルの特徴の第一はその薄暗さ

駅前ビル地下街を象徴する写真であるが、横浜桜木町ぴおシティと同様一目瞭然薄暗い通路となっている。そして、老朽化は多くの商店街がそうであるようにシャッターを下ろした通りが随所に見られる。この地下商店街は南北東西とを結ぶ大きな地下通路のいわば枝分かれした通路となっており、大通りの横丁路地裏のような存在となっている。

ただオフィスビルの地下飲食街ということから人気のある飲食店は今なお数多い。若い頃であったが、2号館のトンテキの店やグリル北斗星には食べに行ったことがあるが、大阪らしくボリュームのあるメニューばかりでここ20数年ほど食べに行くことは無かった。ただ2年ほど前になるが1号館にあるサラリーマンの居酒屋の聖地と言われる「福寿」という店に行った程度の利用であった。
しかし、この老朽化した駅前ビル、地下の飲食街で小さな変化が出ているという話を聞き、その友人に案内してもらい観察をした。その変化とはシャッター通り化しつつある飲食街に「立ち呑み」「昼呑み」の居酒屋が流行っており、新規出店している場所もあるとのこと。アルコール離れは若い世代の場合かなり以前から大きな潮流となっており熟知していたが、「酒を飲む」業態が人を集めていることに興味を持った。というのもこうした脱アルコールの潮流に対し、新しい「場」をつくることによって、結果アルコールをメニューとして成功している事例が見られてきたことによる。それは同じ大阪の駅ビルルクアイーレ地下バルチカの「紅白」という洋風居酒屋である。このバルチカについては何回か未来塾で取り上げたのでその内容について繰り返さないが、実はもう少し年齢が上になる世代の新しい「飲酒業態」の芽が生まれているとの「感」がしたからである。
老朽化し、しかもあまり目的を持って通行もしていないようなビルの地下飲食街にどんな「芽」があるのか興味を持った。情報の時代ならではの人気店については未来塾で「<差分>が生み出す第三の世界」というテーマで競争市場下の現在について分析をしたことがあった。簡単に言えばどのように「違い」をつくり提供していくかという事例分析である。情報の時代ならではの話題の店づくりとして、次の整理を行ったことがあった。
1、迷い店  2、狭小店  3、遠い店  4、まさか店  5、人による「差」
以上の違いづくり整理であるが、1〜4ではそれぞれ従来のマイナスをプラスに転換した業態である。例えば、「迷い店」とはわかりにくさをゲーム感覚で面白さに変えた店として差別化を図った事例である。この前提となるのは、その違いを違いとして理解してもらうためには「低価格」という入り口が前提となっていることは言うまでもない。

低価格立ち呑みパークの出現

大阪の呑ん兵衛であれば周知のことであるが、以前から駅前ビルの地下を始め数店の立ち呑み店があり、おばんざいなどの肴も美味しく人気の店となっていた店がある。例えば、その中の徳田酒店は大阪駅ビルルクアイーレの地下飲食街バルチカの増床の際にも出店している。
ここ数年こうした「立ち呑み」「昼呑み」スタイルで、価格が安いだけでなく、肴もうまい店が出店し始めている。










こうした小さな立ち呑みパークもあるが、駅前ビル地下街は南北及び東西にある駅を結ぶ地下道に賑わいを見せる居酒屋も多い。
例えば、上にある写真の「七津屋」のような店々である。各店を観察していたところ、案内をしてくれた友人の後輩が写真の七津屋の代表であったので、立ち話ではあったが最近の駅前ビル飲食街について話を聞くことができた。各店メニューは安いことが前提となっており、それは日常的に回数を重ねられる価格であるという。また、経営的には駅前ビルは再開発ビルである、全体の運営会社はあるが賃料については月坪2、3万円から5万円までバラバラで、それは地権者の数が多く、そうした賃料の差が生まれているとのこと。安い賃料であれば、安い価格でサービスできると話されていた。

左の写真は立ち食い焼肉酒場の店頭メニュー看板であるが、焼肉一切れ50円からとなっている。人気となっている立ち呑み処、大衆酒場に共通していることはとにかく安いということであった。2年ほど前に第1ビルの地下にある福寿という酒造メーカーの直営店で飲んだことがあった。大阪のサラリーマンにとっては知らない人はいないほど飲兵衛の聖地となっている居酒屋であるが、その福寿と比較しひと回り安い店であった。また、今から5年ほど前になるが、東京の居酒屋で300円前後のつまみが人気となったことがあった。それらは単なる安さだけでわずか2〜3年で飽きられ撤退したことがあったが、2店ほどしか飲食しなかったが、数段美味しい肴・メニューであった。

オープンエアの店々

オープンエアとは戸外。屋外。野外といった意味であるが、ほとんどの店が地下道の通りと店舗との空間とが壁や間仕切りのない店のことである。見方によれば地下道に並んだ「屋台」である。通りからみれな「何の店か」「どんなメニューなのか」「それはいくらなのか」・・・・・・こうした分かりやすさと共にどんな客が楽しんでいるかすらもわかる。結果、気軽に手軽に入りやすい店作りとなっている。
左の写真の店は通りと店との境目のない店で極端なものとなっているが、他の店の場合でもせいぜい「のれん」程度でまさに屋台感覚の店づくりばかりであった。

1年半ほど前に大阪空堀商店街の外れにある月商一千万円を超える人気店「その田」ものれんを短くして外から見えるようにすることで売り上げが数パーセンアップしたと話している。勿論、予約だけの店の場合は当然閉じられた空間が必要ではある。しかし、老朽化した地下飲食街、しかも表通りから横丁に入ったような地下道の店舗としては何故か屋台風の店づくりが似合っている。しかも、立ち呑み、昼呑みのできる開放感が人を惹きつけるのであろう。そして、店舗にコストをかけていない代わりに、安く提供できるという暗黙のメッセージを顧客も感じ取っているということでもある。



「老朽化」から学ぶ


「老朽化」は、道路も、橋も、ビルも、街も造られた構造物は全て不可避なものとしてある。大都市においては再開発事業が進んでおり、成熟時代の山登りに例えるならば「登山」となる。一方再開発から外れた地域は老朽化したままとなっている「下山」の場所となっている。今回は一時期輝いていた商業ビルの生かされ方に焦点を当て、老朽ビルにあってその賑わいの理由・魅力について考えてみた。
今回観察したのは首都圏横浜桜木町と大阪駅前ビルという1970年代の都市商業の象徴であったビルである。その老朽化した商業ビルの「今」、その新しい賑わいの芽が生まれていることに着眼した。再開発から取り残された地域、街については東京谷根千や吉祥寺ハモニカ横丁などこれまで取り上げてきたが、複合商業ビルは今回初めてである。それは大きな構造物であり、スクラップし再生するには地権者や利用企業・テナント、更には周辺住民の賛同を得るには多くの時間とコストが必要となる。そうした困難の中で、シャッター通り化しつつある場所に、新規出店する店舗と顧客がつくるビジネス、いや新しい商売のスタイルを見ることができた。これも「下山」の発想から見える新しい芽・風景であった。その芽には老朽化ならではの商売と共に、新しい事業にも共通する工夫・アイディアもあった。東京谷根千や吉祥寺ハモニカ横丁をレトロパークと私は呼んだが、誰もが知る観光地となったのは周知の通りである。これらは OLD NEW、「古が新しい」とした新市場である。

都市の中心も、時代と共に変化していく

開発から取り残された横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると10年ほど前から指摘をしてきた。言葉を変えれば、表から裏への注目でもあった。その着眼のスタートは東京秋葉原という街であった。秋葉原がアニメなどのオタクの街、アキバとして世界の注目を集めていること、その後駅近くの雑居ビルをスタートにしたAKB48の誕生と活躍については初期の未来塾で取り上げてきたので参照して欲しい。
実は今回改めて認識しなければならなかったのは、時代の変化とは街の「中心」が変わることであり、それまでの中心を担ってきた多くの「商業」は老朽化していく。それは横浜の中心であった桜木町の変化であり、大阪の駅前ビルにあった中心がJR大阪駅周辺や阪急梅田駅周辺の開発によって、それまで駅前ビルが担っていた中心は移動し変化していく。このことは「街」だけでなく、小さな単位で考えていけば商店街の中心の変化にも適用できるし、SC(ショッピングセンター)においても同様である。もっと具体的に言えば、実は中心から外れた「周辺」にも新たな変化の芽も生まれるということである。

「作用」があると、必ず「反作用」も生まれる

日本の商業を考えていくと、2000年の大規模小売店舗法の廃止により、それまでの中小商店街が廃れシャッター通り化していくことはこれまで数多く論議されてきた。そこで生まれたのが「町おこし」であったが、決定的に欠けていたのが新たに生まれた「中心」(大きなSCなど)に人が集まっていくことへの販売促進策といった対応策だけであった。今や更に小売業は進化し、ネット通販などへと消費の「中心」が移動していく。
実は、中心から外れたところにも「変化」は生まれているということの認識が決定的に欠けていたということである。原理的には、「作用=中心の移動」があると「反作用=外れた中にも変化」が必ず生まれるということである。横浜の中心が桜木町から横浜駅やみなとみらい地区へと移動し、大阪駅前ビルからJR大阪駅や阪急梅田駅へと移動したことによって、外れた周辺にどんな新しい「変化」が生まれてきたかである。つまり、どんな反作用が生まれたかである。

大規模再開発が進む渋谷にも、「反作用」が生まれている

今回の未来塾は渋谷の大規模再開発について書くことが目的ではない。再開発のシュッような目的はオフィス需要を満たすことを踏まえ「大型ビルの建設」「渋谷駅の改良」「歩行者動線の整備」の3つが目的となっている。表向きはこうした背景からであるが、次々と高層ビルが建てられ、どこにでもある、ある意味「つまらない街」へと向かっている感がしてならない。
同じようなビル群、中に入る商業・専門店もどこにでもある店ばかりである。チョット変わった店かなと思えば、店名と少しのメニューを変えただけの従来からある専門店が並ぶ。せいぜい違いがあるとすれば「ここだけ」という限定商品があるだけである。写真はスクランブル交差点から見上げた230メートルの超高層ビルスクランブルスクエアである。
実はこうした高層ビルに象徴される「作用」に対し、「反作用」が渋谷にも現れ始めている。学生時代から渋谷を見てきた人間にとって「渋谷らしさ」を感じる場所もまだまだ数多くあり、道玄坂の百軒店辺りにはこれから「反作用」が生まれてくるかもしれない。

ところで昨年11月渋谷パルコがリニューアルオープンした。1973年以降若者文化の発信地と言われてきたパルコであるが、それまでのトレンドファッションの物販のみならず、パルコ劇場やミュージアムに象徴されるように「文化」を販売する場でもあった。
リニューアルによってどんな変化が見られるか、年が明けて落ち着いてから見て回ったのだが、今一つ面白さはなかった。唯一面白いなと思ったのは地下にある飲食街であった。「食・音楽・カルチャー」をコンセプトにした飲食店と物販店が混在した レストランフロアとなっている。いわゆる飲食街であるがフロアのネーミングが「CHAOS KITCHEN(カオスキッチン)」となっているが、どこが魅力を感じるカオス(混沌)なのか今ひとつわからない。
唯一特徴的なのが「立ち食い店」が3店ほどあるということであろう。うどん、天ぷら、クラフトビール、という業種である。また、「真さか」という居酒屋もあるがパルコならではの居酒屋とは思えない。唯一行列ができていたのが博多で人気の「極味や」という鉄板焼きハンバーグ店だけであった。






ただ写真を見てもわかるように、「レトロ」な雰囲気で、一種わい雑な賑わい感を創り出そういうことであろう。吉祥寺のハモニカ横丁や新宿西口の思い出横町を感じさせる通りとなっている。また、右側の写真を見てもわかるように酒瓶やビールなどのケースを店頭に置いた立ち呑みスタイルの店づくりになっているが、桜木町ぴおシティや大阪駅前ビルと比較しても今一つこなされてはいない。更にMDの内容を見る限り、パルコが持っていた新しい「文化」には程遠い。
パルコらしい「文化」と言えば、これから起こるであろう食糧難がら世界で注目されている「昆虫食」のレストランであろう。ただ、昆虫を食する文化がどこまで日本で広がるかは極めて疑問である。しかも価格が極めて高いという難点を感じざるを得ない。ただ現時点で言えることは、渋谷スクランブル交差点から見える高層ビル群に対する「反作用」であることは間違いない。ただ、桜木町のぴおシティや大阪駅前ビルで見てきたように、「反作用」の世界が十分消化されていないことは言うまでもない。

但し、桜木町のぴおシティや大阪駅前ビルの賑わいが渋谷パルコ地下レストランにないのは、総じて価格が高いということにある。行列のできているハンバーグ店の価格はグラムにもよるが1000円〜1600円程度で若い女性にとって楽しめる価格帯ではある。高価格の象徴例ではないが、串カツのメニュー価格はコースで3500円=4000円で、大阪ジャンジャン横丁で人気となった「だるま」のGINZA SIX銀座店のそれと同じような価格帯となっている。東京という「市場」はそのパイの大きさから経営に見合った集客は可能であると言われてきた。しかし、その集客となる顧客は誰なのか、渋谷パルコというブランド価値を踏まえたとしても、長続きするとは思えない。Newパルコが提案するとすればデフレ時代の若い世代に向けた「食文化」である。

「道草」を求めて

もう15年ほど前になるか、ベストセラー「えんぴつで奥の細道」にふれブログに書いたことがあった。「えんぴつで奥の細道」の書を担当された大迫閑歩さんは”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”と話されている。けだし名言で、今までは道草など排除してビジネス、いや人生を歩んできたと思う。過剰な情報に翻弄されながら、しかもスピードに追われ極度な緊張を強いられる時代だ。当時身体にたまった老廃物を排出する健康法として「デドックス」というキーワードが流行ったことがあった。そのデドックスというキーワードを使って、「こころのデドックス」の必要性をブログに書いたことがあった。人によってその老廃物が、衝突を繰り返す人間関係であったり、極端な場合はいじめであったり、そんな老廃物に囲まれていると感じた時、ひとときそんなこころを解き放してくれるもの、それが道草であるという指摘であった。その後、「フラリーマン」というキーワードが注目されたことがあったが、共稼ぎの若い夫婦のうち、旦那だけが仕事を終え自宅に直行することなく、書店に立ち寄ったり、バッテングセンターでボールを打ったり、そんな時間の過ごし方をフラリーマンとネーミングしたのだが、今回観察した横浜桜木町のぴおシティも大阪駅前ビルにも多くのフラリーマンを見かけた。

テクノロジーの進化、そのスピードはこれからも更に速いものとなっていく。AIは働き方を変え、それまでのキャリアの意味も変わっていくであろう。ましてやグローバル化した時代であり、その変化は目まぐるしい。こうした時代を考えると、この道草マーケットは縮小どころか、増大していくであろう。
2つの老朽化したビルの飲食街に人が集まるのも、リニューアルした渋谷パルコの地下レストラン街も道草のための路地裏横丁である。渋谷パルコのフロアネーミング、コンセプトであると理解しているが、カオス(混沌)キッチンというネーミングは正確ではない。いや、コンセプト・MDのこなし方が上滑りしており、単なるレトロトレンドに終わっている。若い世代にとっても、道草は必要である。つまり、若い世代にとっての立ち呑みも、立ち食いも、店づくりも、勿論価格も、それは東京吉祥寺のハモニカ横丁もそうであるが、大阪駅ビルルクアイーレのバルチカに学ぶべきであろう。もし渋谷パルコが若い世代の「文化」の発信地になり得るとすれば、スタイルとしての「レトロ」だけでなく、過去の「何に」新しさを感じて欲しいのか、過去の「何に」面白さを感じて欲しいのか、デフレ時代の先を見据えたコンセプトの再考をすべきということであろう。それが渋谷パルコの目指す「反作用」となる。


人間臭さを求めて

道草はひとときこころを解放してくれる時間であるが、どんな「場」がふさわしいかと言えば、構えた窮屈な場・空間ではなく、少々だらしなくしても構わない、そんな場である。道草もそうだが、一見無駄に見える時間が必要な時代である。例えば、商品開発など次に向かう方針やアイディアを持ち寄った会議があるとしよう。物事を整理し議論してもなかなかこれというアイディアは出てこないものである。逆に、休憩時間などでの雑談の中から面白いアイディアが生まれることが多い。
ところで歴代の漫画発行部数のNo. 1は周知の「ワンピース」で1997年以降4億6000万部となっている。「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を巡る海洋冒険ロマンで、夢への冒険・仲間たちとの友情といったテーマを掲げたストーリーである。昨年のラグビーW杯における日本チームの「ワンチーム」というスローガンと重ね合わせることができる「人」がつくる世界への「思い」をテーマとしている。勿論そうにはなってはいない現実があるのだが、そうした「人間」を見つめ直したい、そんな欲求があることがわかる。
のびのびとさせてくれる、多くの規制から一旦離れ自由になれる世界が求められているということである。今、静かなブームとなっているのが「食堂」である。大手飲食チェーンによって次々と町から無くなってきているが、ほとんどが家族経営で高齢化が進み、結果後継者がいないことによる廃業である。しかし、食堂の魅力を「家庭の味」「おふくろの味」に喩えることがあるが、少々盛り付けはガサツであるが、手早く、手作りで、しかも安い定食を求めての人気である。そこには「人」の作る味があるからだ。立ち呑み店の多くはセルフスタイルが多く、そこには「人」が介在しないと勝手に思いがちであるが、古びたのれんをくぐれば「いらっしゃい」の声がかかる。メニューは全て短冊に手書きで書かれており、その多さに迷ってしまうほどである。そんな人間臭い店に人は通ってくる。

回数多く利用できる安さとクオリティを求めて

老朽化したビルに生まれていたのは、特別な時、特別な場所、特別な飲食・メニューではなかった。いわば「ハレの日」の食ではなく、徹底した「ケの日」の利用でとにかく安い。5年ほど前、東京の居酒屋でセルフスタイルで、つまみや肴は1品300円という価格設定でかなり流行ったことがあった。しかし、今やほとんどそうした業態は無くなっている。その理由は「価格」だけを追い求めてしまい、つまみや肴のクオリティは二の次であった。つまり、回数多く利用したくなる「クオリティ」ではなかったと顧客がわかってしまったといういうことである。

写真は大阪駅前ビルの立ち食い焼肉のメニュー写真であるが、1切れ50園からとある。少々読みづらいが上はらみは1切れ220円、ハート50円、和牛A5カルビ1切れ180円となっている。ちなみに大阪駅ビル地下のバルチカの若者の人気店「コウハク」のメニュー洋風おでんは180円である。グラスワインは平均400円前後となっている。数年前、西武新宿駅近くの立ち食い焼肉店が話題となったことがあったが、価格は半額〜2/3程度という安さである。

実はなるほどなと思ったのは横浜桜木町ぴおシティのセンベロパークの価格も老舗の「すずらん」に見られるようにつまみや肴、ドリンクはほぼ300円前後であった。そして、「ケの日」の特徴である回数多く利用できる「業種」も多彩である。数年前に新規オープンした中華の「風来坊」はウイークデーにもかかわらず午後3時には満ほぼ員状態であったと書いたが、この店も当然価格は安い。レモンサワー300円、酎ハイ250円となっており、実は肴の中華料理は本格的なものばかりである。チャーシュー350円、ピリ辛麻婆豆腐400円、玉子炒飯350円となっている。
価格だけを見れば、極端に安いということではない。デフレ時代としては「普通」の価格帯となっている。ただ、どの居酒屋もクオリティは数段高くなっていることは間違いない。そのクオリティにはアイディア溢れるものもあって一つの集客のコアになっている。デフレ時代の進化系の特徴の一つである。

出入り自由なオープンエアの店づくり

桜木町ぴおシティも、大阪駅前ビルも、渋谷パルコも、少し前に未来塾でレポートした大阪駅ビルルクアイーレの「バルチカ」も、各店舗の多くはそのスタイルは別にして外の通りから店内が見えるオープンエアなものとなっている。日常回数利用を促進することが目的であり、その前提となる「分かりやすさ」が明快になっていることである。スタイルとしては、屋台、(角打ち)のれん、・・・・・・つまり閉じられた店ではなく、気軽に手軽に入ることができる店づくりである。特に、どんなメニューをどのぐらい安く提供してくれるのか、更に言うならば中にいる顧客はどんな顧客が来ているのか、どんな雰囲気なのか、通りかかっただけで「すべて」がわかる店である。

今回はできる限り多くの店舗のフェースや通りの写真を掲載したが、肖像権のこともあって通行する人たちが途絶えた時の写真となっている。実際にはもっと賑わいのある通りであることをお断りしておく。
上の写真も大阪駅前ビルの飲食店であるが、通りと店舗の境目がほとんどない、そんな店づくりとなっている。店主に聞いたら、管理会社からの要請でもう少しセットバックすることになると話されていた。
日常の回数利用の業態は、何の店なのか、例えばのれんひとつとっても「分かりやすさ」を表現する方法となっている。デフレ時代の回数ビジネスの基本であるということだ。

老朽化を新しさに変える

今回も山歩きの比喩を借りて、再開発ビル=登山、老朽ビル=下山、2つの歩き方を考えてみた。建造物である限り「安全」であることを前提とするが、リニューアルした渋谷パルコのレストラン街は2つの老朽化したビル(横丁路地裏)の雰囲気・界隈性に共通するものが多くある。それを渋谷の大規模再開発という、つまり登山という「作用」に対する「反作用」の事例として位置付けをしてみた。顧客視点に立てば、「老朽化」「過去」を借景とした世界もまた必要としているということである。勿論、経済のことを考えれば賃料も安く済み、その分メニューの「クオリティ」を上げ、しかも価格を抑えることが可能となる。オープンエアの店舗スタイルであれば、店舗の初期投資も軽く済む。ある意味、デフレ時代のビジネスの基本であるということである。4年ほど前、高級素材のフレンチをリーズナブルに提供した「俺の」業態は、今老朽ビルの飲食街で数多く見ることができた。デフレもまた進化しているということだ。

「時代」が求める一つの豊かさ

2年半ほど前に、未来塾において「転換期から学ぶ」というテーマでレポートしてきた。所謂「パラダイム転換(価値観の転換)」についてであるが、第一回目ではグローバル化する時代にあって「変わらないことの意味」を問うてみたことがあった。今回は身近で具体的な「老朽化」という変わらないことの一つを取り上げたということでもある。「老朽化」に変わらないことの意味を問い、その商業の賑わいの理由を抽出してみた。そこには、古の持つ新しさ、道草という自由感、人間臭さ、明確なデフレ価格、費用を抑えた店づくり、分かりやすいオープンエア、屋台風小店舗、立ち食い、・・・・・・・少し前まではどこにでもあった消費文化。今やスピード第一のグローバル化した時代、しかも生活がどんどん同質化していく社会にあって、ひととき「豊かな時間」を求めた、そこに賑わいがあった。金太郎飴のように均質化した高層ビル群ばかりのつまらない街に、老朽ビルの一角に妙に人間臭いおもしろい賑わいを見ることができた。これもまたデフレ時代の楽しみ方の一つとなっている。つまり、「時代」が求める豊かさの一つということだ。

























  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:24Comments(0)新市場創造

2020年03月18日

未来塾(39)「老朽化」から学ぶ 前半   

ヒット商品応援団日記No760(毎週更新) 2020.3.18。

今回取り上げたのは1970年代の高度経済成長期に造られた複合商業ビルに新しい顧客市場の「芽」、すでにあるものを生かし直すビジネスの「芽」への着眼である。今回は首都圏横浜と大阪2つの事例を取り上げ、どんな芽であるかを学ぶこととした。




消費税10%時代の迎え方(8)

「老朽化」から学ぶ

老朽化する街。
老朽化が生み出す新しい「芽」、
デフレを楽しむ時代への着眼。


戦後75年高度経済成長期に造られ整備された多くのインフラ、道路橋、トンネル、河川、下水道、港湾等の老朽化が眼に見えるようになった。そのきっかけになったのは、やはり2012年に起きた笹子トンネル天井板落下事故であろう。9名が亡くなった痛ましい事故だが、実は同トンネルの完成は1975年。完成から37年後という、供用開始から50年に満たない時点のことだった。
こうしたインフラを更新する費用は今後50年で総額450兆円、年に9兆円を必要とするとの試算もある。その更新手法として、広域化、ソフト化(民営化・リースなど)、集約化(統廃合)、共用化、多機能化の5つが考えられている。例えば、少子化による小学校の統廃合によって必要のなくなった校舎をハム工場などに変えていくといったソフト化の事例は今までも数多く見られた。あるいはこうした行政が行う領域のインフラばかりか、「老朽化」は街を歩けば至る所で見られる。こうした老朽化する建物を新たな価値観を持たせたリノベーションは数年前から町おこしなどに数多く活用されてきた。今から5年ほど前になるが、東京の谷根千(谷中、根岸、千駄木)という地域の再生をテーマにして取り上げたことがあった。そして、この地域をレトロパークと名前をつけたが、その象徴の一つが解体予定だった築50年以上の木造アパート『萩荘』のリノベーションであった。若いアーティストのためのギャラリーやアトリエ、美容室、設計事務所などが入居する建物で、HAGI CAFEという素敵なカフェがあり、訪れた観光客の良き休憩場所となっていた。
今回取り上げたのは1970年代の高度経済成長期に造られた複合商業ビルに新しい顧客市場の「芽」、すでにあるものを生かし直すビジネスの「芽」への着眼である。今回は首都圏横浜と大阪2つの事例を取り上げ、どんな芽であるかを学ぶこととした。

「新しさ」の意味再考

1980年代の生活価値の一つに「鮮度」が求められたことがあった。新しい、面白い、珍しい、そうした価値の一つだが、生活の中に鮮度という変化を求めた時代である。今までとは違う、他人のものとは違う、そうした「違い」が差別化というキーワードと共に、ビジネス・マーケティングの重要なファクターとなった。例えば、鮮度を求めて、とれたての魚ならば漁師町で食べるのが一番といった時代であった。
商業ビルも同じで、その新しさに期待を持って行列した時代である。しかし、よくよく考えれば構造物の鮮度であればオープン当日が一番鮮度があることとなる。翌日からは古くなっていくことに思い至るに多くの時間は要しない。
勿論、「新しさ」を求めるマーケットは多くの生活領域に存在している。しかし、自動車で言えば、確か1990年代には新車販売数を中古車販売数が超え、次第に古い中古車はビンテージカーとしてコレクションとして当時の価格を上回る価格で取引されるようになる。あるいは最近であれば、一時期ブームとなった熟成肉、熟成魚などを見てもわかるように鮮度の意味が変わってきた。
大きな時代潮流という視点に立てば、バブル期までの昭和時代の雰囲気を「昭和レトロ」として再現することすら全国各地で行われてきたことは周知の通りである。それらは過去を懐かしむ団塊世代もいれば、その過去に「新しさ」を感じる若い世代もいる、こうした一見相反する街の一つが吉祥寺であろう。写真を見てもわかるように、駅前一等地にあるハモニカ横丁という昭和を感じさせる飲食街と共に、周辺にはパルコをはじめとしてオシャレなトレンドショッピングが楽しめる街並みが形成され観光地となっている。

港の街、横浜桜木町の変化

首都圏に生活の場のある人間にとって横浜桜木町と言えば「みなとみらい」のある街を思い浮かべるであろう。JR京浜東北・根岸線でいうと、横浜駅の次の駅が桜木町駅で、次の駅は神奈川県庁などのある関内、更にその次の駅には中華街の最寄り駅となる石川町、つまりみなと横浜の中心市街地である。
そして、周知のように横浜は明治以降日本を代表する貿易港である。ちなみに、日本で初めての鉄道の開通は初代汐留(新橋)と初代横浜(桜木町)を結ぶものであったことはあまり知られてはいない。このことが示しているように、桜木町は港横浜を象徴する街であることがわかる。首都圏に住む人間にとって桜木町駅というとJR線と東急東横線の2つの駅があり、2004年みなとみらい地区や元町中華街へ東急電鉄が運行するようになり、東急東横線の桜木町駅は無くなることとなる。JR京浜東北・根岸線の桜木町駅と横浜市営地下鉄の桜木町駅の乗降客数は若干減少したものの依然として賑わいのある駅となっている。
この駅前に建てられたのが、写真の「ぴおシティ」である。このぴおシティの前身である桜木町ゴールデンセンターは1968年に建造された商業ビルである。1976年には横浜市営地下鉄桜木町駅が開業、桜木町ゴールデンセンターの地下2階フロアと直結する。そして、1981年三菱地所が桜木町ゴールデンセンターの89%の権利を取得。1982年4月の改装を機に、「ぴおシティ」の愛称が付けられ今日に至る。オフィスとショッピング街の複合施設であるが、2004年10月にサテライト横浜(会員制の競輪場車券売り場)、2010年2月にはジョイホース横浜(会員制の場外馬券売り場)が開場する。

こうした場外馬券売り場などが誘致されたのも桜木町の辿ってきた歴史がある。それは港町、つまり港湾事業の歴史でもある。戦中戦後の横浜港は人力による荷役作業が中心であった。多くの荷役労働者によって街が成立してきた歴史がある。1955年横浜港は米軍の接収が解除され、1957年に職業安定所と寄せ場(日雇労働者に仕事を斡旋する場所)が移転し寿町がドヤ街として発展する。寿町は、東京の山谷、大阪のあいりん地区とならぶ三大ドヤ街で、物流の進化とともに港湾労働が荷役労働からコンテナ輸送へと変わっても、桜木町周辺、特に野毛あたりには当時の雰囲気が残る街である。勿論、山谷やあいりん地区のドヤ街・簡易宿泊所は訪日外国人・バックパッカーの宿泊場所へと変化を見せているが、横浜寿町にはそうした変化はまだ見られていない。
ぴおシティの写真を見てもわかるように、建造されて52年老朽化を感じさせる商業ビルであるが、その西側一帯にある横浜の古い街並を象徴するかのように風景となっている。

みなとみらい線によって、横浜中心街が一変する

ところで、桜木町駅の反対・東側には「横浜みなとみらい地区」が開発される。千葉の幕張と同じように首都圏の新都心として位置づけられ、高層オフィスビルや国際会議場、ホテル、あるいは古い赤レンガ倉庫を改造した飲食施設やイベント会場など新都心にふさわしい「都市開発」が今なお造られ続けている。
写真はJR桜木町駅から見たみなとみらい地区の写真である。こうした横浜みなとみらい地区とは異なる未開発のぴおシティ・野毛地区は昭和の匂いのする労働者の街であった。桜木町駅を境に、東側の海側には横浜みなとみらい地区〜元町中華街という横浜の表玄関・大通りであるのに対し、西側にはぴおシティ・野毛地区があって横浜の裏、横丁路地裏と言える地域となっている。「町の良さ」の一つは、こうした再開発による新しさと開発されずに残った古き時代とが入り混じったところの「おもしろさ」であろう。
ところでみなとみらい線によって大きく横浜の街は変わっていくのだが、その元町中華街に繋がる変化は都市観光の一つのモデルでもあった。当時の変化を次のようにブログに書いたことがあった。
『横浜中華街の最大特徴の第一はその中国料理店の「集積密度」にある。東西南北の牌楼で囲まれた概ね 500m四方の広さの中に、 中国料理店を中心に 600 店以上が立地し、年間の来街者は 2 千万人以上と言われている。観光地として全国から顧客を集めているが、東日本大震災のあった3月には最寄駅である元町・中華街駅の利用客は月間70万人まで落ち込んだが5月には100万人 を上回る利用客にまで戻している。こうした「底力」は「集積密度の高さ=選択肢の多様さ」とともに、みなとみらい地区など観光スポットが多数あり、観光地として「面」の回遊性が用意されているからである。こうした背景から、リピーター、何回も楽しみに来てみたいという期待値を醸成させている。』

老朽ビルぴおシティの地下街

こうした都市観光から外れたのが今回テーマとしたぴおシティを入り口とした野毛地区さらにその先には昔の繁華街伊勢佐木町地区がある。
JR桜木町駅の西口(南改札)を降りるとその先には「野毛ちかみち」「地下鉄連絡口」の表示があり、地下をくぐるとぴおシティの地下飲食街につながっている。後述するがビルの地下街というより野毛地区に向かい「地下道」といった方がわかりやすい。また、まっすぐ降りていくと広場があって横浜市営地下鉄の改札になるのだが、ぴおシティは左側にビルの入り口があり、横丁・路地裏と言った感じである。入り口をくぐると写真のような地下2階のフロア になるのだが、古い地下道に店舗があると言った飲食店街である。
この薄暗い地下道を進むと今回目的となる飲食店街になる。全部で19店舗の内蕎麦店や寿司店もあるが、所謂居酒屋は13店舗に及んでいる。それら店舗には椅子もあるが、基本的には「立ち呑み」で「昼のみ」「せんべろ」酒屋が軒を連ねている。その集積度からこれはテーマパークになっているなと感じた。そして、観察したのは金曜日の午後3時すぎであったが、既に「宴会」は始まっていた。












「立ち呑み」という業態は首都圏にもいくらでもある。例えば、サラリーマンの街新橋のウイング新橋の地下街、上野アメ横のガード下、東急蒲田駅裏、JR南武線溝の口ガード横、神田にはガード下を含め数多くの店がある。あまり知られてはいないが浅草雷門横路地には酒屋がやっている正統派の角打ち「酒の大桝」のような店もある。ただ、ぴおシティ地下2階のせんべろフロアは見事なくらいテーマパークとなっている。
同じような飲食のテーマパークには月島の「もんじゃストリート」があり、町おこしの成功事例として知られているが、月島もんじゃストリートも同様、メニューには各店特徴を持たせている。一般的な居酒屋は一件もない。面白いことにこうした競争が集客を促している。その象徴かと思うが、「風来坊」という中華を肴にした立ち呑み居酒屋で数年前に新規オープンし、観察した日もほぼ満席状態であった。

今またせんべろパーク人気

テーマパークと簡単に言ってしまうが、それほど簡単に顧客を集客できるものではない。「テーマ」は魅力ある何か、その言葉、キーワードで語られることが多いが、実は「実感」そのものである。よく昭和レトロなどとコンセプトを語る専門家がいるが、コンセプトとは実感そのものことであることを分かってはいない。テーマパークの事例として取り上げられる月島もんじゃストリートも、熊本の黒川温泉も、至る所でコンセプトが実感できる。
ぴおシティの「せんべろパーク」は勿論「せんべろ」とネーミングできる要素が明確になっている。まずは気軽手軽に立ち寄れる「オープンエア」の店づくりのスタイル、しかも立ち呑みである。そのオープンエアのオープンは、価格もメニューもわかりやすい、つまり「オープン」なものとなっている。「立ち食い」というと立ち食いそばを想い浮かべるが、気軽さ・手軽さは同じであっても、更にこだわりはあっても基本胃袋を満たす立ち食いそばとは根底から異なる。つまり、食欲ではなく、ひととき「こころ」を満たしてくれる、自由にしてくれる私の場であり、至福の時間ということとなる。そして、そのためにはデフレ時代を踏まえれば回数多く利用するにはやはり「低価格」ということになる。老舗の「すずらん」は店頭で食券を買い求めてオーダーする仕組みで、食券は1枚は300円となっている。そして、ほとんどのメニュー、ドリンクも肴も300円となっている。写真のせんべろセットもそうした「わかりやすさ」のためのものだが、多くの顧客は好みの注文をして「こころ」を満たす。

顧客が「店」をつくる

地下2階のせんべろパークも顧客がつくったテーマパークであるが、もう一つぴおシティには「顧客がつくった店」がもう一軒ある。それは地下1階のフロアにある店で「フードワンダー」というグロッサリーの店である。事前に調べ閑散としていると勝手に思い込んでいたが、まるで逆の光景を目にした。ちょうど3時過ぎの買い物時間ということもあり、地元の主婦と思える人でレジには行列ができていた。
周辺のみなとみらい地区には成城石井やディスカウンターであるスーパー OK、あるいは JR桜木町駅にはCIALに北野エースが出店しており、野毛地区の奥にある京急日出町駅には京急ストアがある。フードワンダーは小型スーパー的な業態であるが価格もリーズナブルなものとなっている。同じフロアには100円ショップのダイソーも大きな面積で入っており、ぴおシティ全体が日常利用しかも安価なデフレ業態の店舗で構成されていることがわかる。
よく生き残るためにはと表現をするが、顧客が「生き残らせる」ことである。ぴおシティにはそうして「生き残った」店ばかりで、しかもせんべろフロアにはメニューの異なる立ち呑み店がここ数年の間に新規出店しており、テーマパークのテーマ性がより強くなっている。つまり、「商売になる」ということである。
いつ解体してもおかしくない老朽ビルも、時間経過と共に顧客支持を得た「魅力」によって新しい価値を生み出す良き事例が生まれている。顧客によって育まれ熟成した生活文化と言えなくはない。(続く)




















  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:43Comments(0)新市場創造

2020年03月05日

パニック前夜 

ヒット商品応援団日記No759(毎週更新) 2020.3.5.


新型コロナウイルス感染及び昨年の消費増税による消費縮小についてブログを書き始めたのは2月11日であった。その時のタイトルは「移動抑制が消費を直接低下させる 」で、マスク着用はそれほどの効果はないとされているが、昨年12月からの季節インフルエンザの流行は予測を下回る感染であることが報告されている。これは1月後半からの新型コロナウイルスに対する自己防衛によるところが大きいと分析する医師も多いと書いた。つまり、「自己防衛」は1月末から既に始まっているという指摘であった。そして、2月23日には「人通りの絶えた街へ 」というタイトルで、賑わいは街から亡くなったと指摘をした。小中高の一斉休校が始まる10日以上前の指摘であった。誰もが心配するのは新型肺炎が本格的に市中感染した時、まさにパンデミック状態となるのだが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である、と指摘もした。

「見えないこと」「不確かなこと」への不安・恐怖はとうとうトイレットペーパー騒動へと向かった。周知のようni
SNSへのデマ情報に端を発したそうであるが、鳥取米子の生協職員の投稿であるが、発生源はどこにあるのか少し調べれば誰が投稿したのかわかってしまうことからHPに謝罪文が掲載されるといった始末である。一人のデマは数人の同調者に拡散されるのだが、その「同調」はマスメディア、特にTVメディアによって増幅拡散する。トイレットペーパーのない棚が繰り返し放映されることによって、デマとわかっている人間も無くなっては困ると考え、行列を作ってしまう。行列は更に行列を生み,TVメディアが更に増幅させる。TVメディアはメーカーの工場現場を取材し、在庫は十分あると放映するのだが、消費心理がまるで理解してはいない。前回の指摘をしたのだが、「理屈」では消費行動を変えることにはかなりの時間を要すると。「空の棚」を払拭するには、トイレットペーパーが十分に積まれた棚」を繰り返し放送することである。

そして、スポーツ・文化イベントの自粛要請と共に、小中高の一斉休校が始まったが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である。この冬眠生活については2008年9月のリーマンショック、2011年3月の東日本大震災という災害時の消費生活を思い浮かべればどんな冬眠生活なのか容易に想像することができる。例えば日本大震災の時には「電力不足」から飲食店では営業時間の縮小・限定が行われたが、今回は移動抑制による「人手不足」と「顧客不足」による時間限定営業もしくは臨時休業の違いだけである。鎌倉市では職員の「夫婦共働き世帯」が多く、出庁できずに行政サービスに支障が出る状態となっている。少し古いデータであるが夫婦共働き世帯は48.8%で、約半数が小中高の一斉休校による生活変更を余儀なくされている。売れているものは何か、過去2回の「災害」と同じで、レトルト食品、冷凍食品、缶詰、お米、・・・・・・つまり、数週間の冬眠生活を送る日持ちするものとなっている。

さて、本題であるが、数週間程度の冬眠生活で治るかどうかである。リーマンショックから生まれたのが「わけあり」でデフレ生活ウを一変させた。東日本大震災においては、やはり自家発電への傾向が生まれソーラーパネルの設置や電気自動車といった自己防衛消費の傾向が強まった。前回も少し書いたが、消費心理の真ん中には何が問題であるか、その「正確さ」がある。それは何よりも新型コロナウイルスが「未知」のウイルルであるからだ。わからない、不確かさ、に対して不安が起きるのは至極当然のことである。しかも、生死に関わることであれば尚更の事で、うわさ・風評の素となる。NHKによれば、感染が疑われる人からの電話相談に応じる専用窓口「帰国者・接触者相談センター」に寄せられた相談は、2月26日までの10日間に少なくとも全国で8万3000件余りに上っていると報道されている。そして、今なお、電話相談が相次いでいるという。恐らく相談センタ^や保健所も人的に対応できない状態、パンク状態になっており、不安を確かめる「正確さ」を得ることができない状態になっている。

この「正確さ」を自己防衛的に確認できるのが「PCR検査」しかない状況となっている。しかし、現実はかかりつけの担当医が保健所などに検査の要請をしても実施してもらえない。こうした事例がTV報道されることによって「不安」は増幅し、このままであれば「恐怖」へと向かっていく。
今、この新型コロナウイルスに関する正体の「正確さ」は6万件近くの中国における感染データがWHOから発表されている。Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)その中で、約80%が軽症で、感染ルートのほとんどが家庭内感染であること(感染の起こった344のクラスタ/感染小集団のうち、78~85%は家庭内の感染だった)。しかも、子供から大人に感染した事例はないとも(18歳以下の子供の感染率は低く、すべて家庭内で親から感染したものだ。逆に子供から親に感染したケースは報告されていない)。他にも中国各地の地域差について書かれており、発生源である武漢については感染爆発しているが他の地域、上海や北京では武漢のような爆発的感染はしていないとも。従来の季節インフルエンザとは異なるウイルスであり、固定概念を捨てなければならないということである。

日本の感染症の専門委員がスタディしているようにクラスターという感染小集団の事例の概要が報告されている。北海道ではそのクラスター(若い世代)が雪まつりや展示会を通じた感染であったと推測され、大阪京橋のライブハウスについても大阪市が調査報告されているようにライブ参加者の中の小集団が自宅に戻り家庭内感染していることがわかっている。中国ほどの正確な疫学データではないが感染ルートのスタディはなされつつある。これらの情報だけでも小中高の一斉休校は愚策であることがわかる。従来の季節インフルエンザの発想から離れることが必要で、クラスター感染が起きている北海道や市川市、和歌山市あるいは相模原市は休校にしたら良いとは思うが、全国一斉ではない。生活者の不安を少しでも減らすことであれば、まず自己防衛の一つとして「マスク・消毒液」を全国隅々に早急に行き渡らせることである。ドラックストアの棚に置かれたトイレットペーパーと同じようにマスクと消毒液を棚に十分置いておくことである。繰り返し言うが、理屈で解決できることではないということだ。

もし感染拡大を防ぐには、感染のクラスター小集団の「場」となっている、あるいは想定される「場」を「休止」することが第一であろう。屋形船、スポーツジム、ライブハウス、カラオケ、・・・・・・こうした場の衛生管理はもとより、休業期間に対しては政府は経済保証すべきとなる。但し、問題なのは「いつまで」という期間の設定である。本来であれば、精度は低いとはいえPCR検査による疫学データがないため期間設定ができないということである。このことは不安心理をストップさせることができないだけでなく、その先には東京オリンピックの開催ができるかどうかという問題まで行き着く。その前に、3月中旬までの順延・休止となっている東京ディズニーリゾートを始め、プロ野球やJリーグ、・・・・・多くのイベントや美術館などの諸施設はそのまま休止を続けるのか、それとも再開するのかという判断である。
いや、東京オリンピックだけでなく、WHOが発表した感染国として注意すべき国々、韓国、イタリア、イランと共に日本も加わったことにある。クルーズ船における防疫の失敗から始まり、「感染国」というイメージが世界に流布されている。推測するに、米国トランプ大統領は日本への渡航&入国制限をかけることになるであろう。そうなった時、中国だけでなく米国も加わった場合の「経済」である。単なるインバウンドビジネスの減少だけでなく、両国との貿易は日本の貿易総額の22%を優に超え、リーマンショックどころの話ではない。(中国11.6%、米国10.6%/2017年)一部の経済アナリストは昨年の10月ー12月に続いて、1月ー3月のGDPはマイナスになると予測されているが、4月から元に戻ることはない。前回「人通りの絶えた街へ」消費氷河期を迎えると書いたが、その先に何が起こるかと言えば、凍死企業、凍死者が至る所に現れてくる。つまり、「日本経済崩壊」に向かうということだ。今どんな時かと言えば、パニック前夜としか言いようがない。

繰り返し言うが、後手後手になってしまった対策を指摘することは容易いが、今は「正確さ」こそが危機をおり超える道である。PCR検査が広く担当医から民間企業に依頼できない理由を明らかにすること、そのできない理由にその後の入院など医療体制を組みことができないパンク状態になる実態、少ない疫学デーアではあるが中国のデータをベースに日本国内の感染実態を明確にした対策を立案すること、地域によっては小中高の休校を解除し通常の授業に戻すこと、クラスターと言う小集団の感染源が想定されたら休止・休業の要請をすること、勿論休止・休業に当たっての経済損失は一定額を政府保証すること、そして、マスメディアを含め従来の季節インフルエンザとは異なる対策を講じなければならないと言う意識転換をし、「正確」に事実をアナウンスしなければならない。その正確さとは科学としての疫学における正確さと共に生活者心理の正確さに基づくものであることは言うまでもない。電車内で咳をした女性への暴言を吐いた乗客に対し、それを見ていた乗客との間で喧嘩が始まった様子がスマホで撮られ報道されていた。トイレットペーパー騒動もそうだが、新型コロナウイルス感染の不安は一種のヒステリー状態を起こしているわかりやすい事例である。ある意味、パニック前夜にあると言うことだ。不安をヒステリー状態に向かわせるのも「情報」であり、特に過剰なTV報道による不安の増幅こそ元凶の一つであり、抑制的に正確な情報公開こそが危機を超える唯一の方法である。(続く)
  


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2020年02月23日

人通りの絶えた街へ 

ヒット商品応援団日記No758(毎週更新) 2020.2.23.


少々おどろおどろしいタイトルになってしまったが、消費経済が危機的状況へと真っ直ぐ向かっている、いや爆発的に突進している状況をパンデミック(感染爆発)と表現した。その背景は勿論新型肺炎の拡大が進行しているのだが、根本には昨年10月に実施した消費増税がある。その紛れもない事実が先日発表された10月ー12月のGDPである。その値が年率で6・3%の下落で、年率6・3%と言えば、1年で35兆円もGDPが縮小したという意味である。その異常さについては京都大学の藤井教授が分析をしている。そのGDPの下落の内訳を名目GDPで明らかにしてくれているが、その中で個々の縮小率について分析してくれている。その内大きい縮小率が「民間投資13・7%」と「消費9・0%」となっている。これまで商業統計など多くのデータ類を見てもわかるように極めて深刻な「病気」になっている。

前回のブログで新型コロナウイルスの感染に関し、「移動抑制は直接消費を落ち込ませる」と書いた。書いた翌週から観光産業をはじめ流通業にも具体的な影響が明確になってきたと報道されるようになった。それは中国人観光客だけでなく、更に訪日観光客だけでもなく、日本人観光客へとしかも「全国レベル」で抑制が広がった。問題なのは「移動の抑制」が東京マラソンをはじめ多くのイベントの中止あるいは規模縮小へと急速に向かった。最近ではサンリオピューロランドも3月中旬まで休館するとの発表があった。移動の抑制は消費経済の縮小へと直接繋がっていく。こうした自己抑制は全国にわたって行われ、それを追いかけるように新型肺炎の陽性反応患者が広がっていく。感染源を追跡できない、いわゆる「市中感染」が日本感染症学会が指摘をしたように散発的な流行が始まっているということだ。

ところで10年数年前になるが、2008年9 月15 日にリーマンブラザーズが破綻して、大不況が押し寄せたことを思い出す。記憶を呼び戻してほしいが、サブプライムローンに関係する証券化商品を保有する金融機関にどのくらい損失が生じているのかが見えず、金融機関同士の資金取引が停止する「市場機能の麻痺」が起きた。この状態を後に疑心暗鬼が伝染したことによると明らかにされた。この「伝染」というキーワードが今また日本を覆いつつある。これまで社会不安について「うわさの法則」を踏まえこれ以上書くことはしないが、伝染の元は「不確かさ」にある。新型肺炎の場合も、「見えない」ことによる不安や恐怖で、よく言われることだが、デマや噂を連れてくる。いや、その不安は今や危機的状況にあり、人のこころにある差別などの潜在意識が表へと出てきている。武漢からチャーター便で帰ってきた帰国者はもとより、クルーズ船から陰性により下船した人に共通しているのは、人に感染の迷惑をかけたくないという不安な思いと共に、例えば近所を歩き回ってうつさないでほしいと言った言われのない差別の眼や声が出てきている。

実はもう一つの大きな出来事を思い出す。それはリーマンショックと比較しより鮮明であるのが、周知の2011年3月11日の東日本大震災である。東日本大震災の時の景気の落ち込みを比較する経済アナリストもいるが、私が思い出すのは福島原発事故による放射能汚染の「対応」である。この対応は政府の対応と共に、消費者・生活者の2つの対応である。当時も多くの風評・デマが飛び交った。その根源には原子力発電所で発生した炉心溶融(メルトダウン)は無いと繰り返し発表されていた。しかし、後に誰の目にも明らかになったように、メルトダウンが実際に起きており今日に至っている。
そして、放射性物質の汚染情況について、「安全です」、「安全基準値以下です」といくらアナウンスされても不安は解消されはしない。パニックを起こさないためという理由から放射能汚染の拡散情報、スピーディのシュミレーション情報の開示を遅らせた政府に対し、不安ではなく不信の塊となっていた。
当時の放射能汚染を今回の新型肺炎に置き換えてもその不安の程度の違いはあっても基本の構図は同じである。この原発事故直後に放射能汚染を計る線量計がヒット商品になるであろうとブログに書いたが、今回は線量計がマスクとアルコール消毒液に変わったというわけである。。

さて、リーマンショックと福島の原発事故の経験を踏まえどのように新型肺炎に「対応」すべきかである。そして、思い起こしてほしい、そこから生まれたのが「見える化」であった。つまり、福島原発事故においては放射能汚染の数値化による「納得」であった。それは専門家の理屈ではなく、明確な数値で示すことによる納得であった。見えない不安や恐怖を明確に数値化すること、いわゆる見える化が消費現場に要請されていた。確かHP上でその数値の公開を率先したのが「雪国まいたけ」であったと記憶している。そして、数年後福島の生産者は米作りであれば、収穫したコメの放射能汚染を正確にするため全数検査の実施に踏み切る。調査という視点に立てば、サンプル抽出で放射能汚染の精度は十分と考える専門家の「理屈」では納得は得られないということであった。実はこうした納得を通じ、次第にデマを含め風評被害は少なくなっていく。

今回のクルーズ船における場合も同じで、初期の段階でPCRによる検査を「全員」行わなかったことから不安は始まる。勿論、後にPCRによる検査の処理能力がせいぜい1日300程度でしかなかったことがアナウンスされる。国民は「後追いの理屈」としか受け取らない。「だったら初めからアナウンスしてくれよ」ということである。しかも、この検査の陰性・陽性の精度は万全ではないことも後にわかってくる。その証明であると思うが、クルーズ船乗客の内チャーター便で自国に帰ったオーストラリア人6名とイスラエル人1名から、陽性反応が出たと報道されている。さらに言うならば、2月5日以降は乗客は隔離されているので船内感染は防御できたとして、陰性乗客の下船の前提とした。確かにデータを見る限りその傾向は理解し得るが、支援のために乗船した官僚から2名の陽性者が出ていることから見ても、果たして精度の高さを持った防疫管理ができていたのか不信に思うのも、これもまた逆の意味での「見える化」によるものである。しかも、下船した乗客の内23名はPCR検査を実施していなかったと、ニスしていたことがわかった。更に、クルーズ船の支援に従事した厚労省職員がPCR検査をすることなく日常業務に従事していたこともわかってきた。こうした杜撰な対応が重なると不安は不振へと変わっていくのだ。

心理市場化と言うキーワードが生まれて20数年ほど経つが、そうした中で生まれたのが「見える化」であった。見えない世界を見えるように、わかりやすいようにと行われた経緯がある。それは過剰とも思える情報社会にあって間違えた判断をしないようにするための知恵であった。しかし、それでも全てが見えるわけではない。
心理とは外からは見えない世界であるが、少しの想像力があればわかる世界でもある。つまり「感じとること」であり、社会には嘘や欺瞞が充満していることから、「感」が今まで以上研ぎ澄まされてきたと言うことであろう。SNSなどで使われる「いいね」の場合も、「悪いね」の場合も、そうと感じた人が圧倒的多数を占める時代になったと言うことだ。それはある意味言葉の裏側にある「何か」を感じ取る敏感社会になったということである。その敏感さに応えるのはものは何か、それは「正確さ」である。福島原発事故の時のそうだったが、パニックを起こさないために敢えて「事実」を隠し、公開を先延ばしたと多くの人はそう感じていた。それが「政治」であると言う意見もあるが、そうした政治に対し「正確」に事実を知らせて欲しいと考える人は多い。確かにパニックを起こす人もいる、差別意識丸出しの人もいる、しかし正確な判断をしたいと考える人もいる。政治はそうした中、その正確さを受け止める「人」を信じることだ。その正確さが「感」を動かし、納得へと向かう。

ところでこの新型肺炎の広がりと収束時期についてである。この2つのテーマに正確に答える専門家は少ないが、感染初期は過ぎ、既に拡大期に入ったとする感染症の専門家は多い。そして、誰もがどうなるのか心配しているのが東京オリンピックの開催である。既に多くのイベントや催し、多くの人が集まる会合などで延期や中止が始まっている。これが前回ブログに書いた「移動抑制」である。観光だけでなく、日常の移動の抑制であり、まるで氷河期生活に入ったようになると言うことである。2011年の東日本大震災直後の東京を「光と音を失った都市」であると書いた。もし同様の表現をするとするならば「人通りの絶えた街」となる。こうした人通りの絶えた街が全国に広がると言うことである。
あと一ヶ月ほどで桜が開花する。花見の季節を迎えるが例年のような賑わいを見せることはないだろう。インバウンドビジネスにおける人気ツアー「花見観光」も限定されたものとなるであろう。

そして、誰もが心配するのは新型肺炎が本格的に市中感染した時、まさにパンデミック状態となるのだが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である。そして、消費増税は中小企業、特にインバウンドビジネス関連企業を凍らせることとなる。嫌なことだが、信用調査会社では既に倒産企業が増え年間1万企業を超えるであろうと指摘をしている。
前回も書いたが、冬眠生活であっても、ご近所消費、利用し慣れた店には行く。消費現場の基本は危機にあればこそ、「正確さ」を失わないことである。それは顧客に対する正確さであり、言い逃れ、言い訳をしてはならないと言うことである。良いことも悪いことも隠さず事実を公開することである。デマも風評も、この正確さの前では力を発揮することはない。東日本大震災の教訓を今一度思い起こすことだ。(続く)
  
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2020年02月11日

移動抑制が消費を直接低下させる 

ヒット商品応援団日記No757(毎週更新) 2020.2.11.



報道されるニュースのほとんどが新型コロナウイルスの感染で埋め尽くされている。ウイルスの正体が未だわかっていないためその「不可解さ」に不安が生まれ、マスメディア、特にTVメディアが不安を増幅させている。毎日のように感染者数や死亡者数が右肩上がりのグラフで図解される。ところが米国での季節インフルエンザによる患者数が1900万人、死者数は1万人を超えたことなど日経新聞以外はほとんど報道されない。挙げ句の果ては例えばクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の寄港地鹿児島でのオプションツアーでどこに立ち寄ったか感染させたか「犯人探し」までいきついている始末である。このことは日本国内ばかりか、例えばCNNなどでは新型コロナウイルス感染のニュースにおいては、中国からの感染の「ハブ」の象徴としてクルーズ船を取り上げている。世界における感染者数の多さについては日本は際立って多いのは事実ではあるが、世界の見方と言えば感染の媒介国であるかのようなニュースさえある状況だ。そこから中国人、日本人を含めたアジア人へのウイルス差別も生まれている。TVメディアをはじめとしたマスコミによる情報の「刷り込み」から自らを守ること、ここでも過剰情報からの自己防衛が必要となっている。

そして、今回新型コロナウイルス感染で明らかになったことは、検疫における法整備と治療体制の不備であった。こうした感染症の専門家ではないのでコメントできる立場にはないが、日本と中国の経済における密接な関係が数字だけでなく「実感」できることとなった。インバウンドビジネスを見ていくと、2019年の訪日外国人は 3,188 万 2 千人、観光消費金額は4.8兆円。内中国人観光客数は959.4万人、消費金額は1.7兆円となっている。
3年ほど前から東京浅草や大阪道頓堀・黒門市場などの賑わい観察結果を未来塾でレポートしてきたが、ここ数日前の浅草も道頓堀も勿論京都においても観光客のいない閑散とした観光地となっていると報道されている。勿論中国政府による春節における団体旅行の禁止によるものでいかに大きいものであったかを実感することとなった。また、こうした閑散とした状況は日本観光が敬遠されていることを物語っている。それは前述のCNNの報道ではないが、新型コロナウイルスの感染媒介国として、つまり武漢から広がる北京や上海などと同じような見られ方をしていることの「実際」ということ実感でもある。少し前に日本感染症学会がコメントしているように、見えないところで小さな感染が国内で続いているとの懸念を払拭できない。

さて、こうしたグローバル化した時代にあって、新型コロナウイルス感染拡大の少し前まではあの「カルロス・ゴーン逃亡劇」が世界の話題の中心であった。マスマスコミ、特にTVメディアの情報で右往左往しないことだ。そして、実はこうした情報から遮断されているのが消費増税による景気、とりわけ消費の落ち込みである。前回のブログにも書いたが、インバウンド市場の落ち込み、百貨店などの小売業や観光地のビジネスに大きな影響を及ぼすであろうと書いた。そうした影響は出てきてはいるが、観光とは「移動」のことである。インバウンドビジネスとはその移動によって生まれるビジネスである。今回の新型コロナウイルスはその移動に乗って拡散するのだが、感染のスピードに対策が追いついていないという現状がある。数日前、長野白馬のスキー客を対象とした観光産業の地元担当者が、白馬は欧米客が中心で中国観光客は少ないので大丈夫であるかのようにコメントしていた。まるで考え違いをしているなと感じたが、つまり、今起きていることの本質は新型コロナウイルスは「移動」そのものにストップをかけるということである。白馬は中国人観光客が来ていないので問題はない、オーストラりアのスキー愛好家は訪日してくれるなどと間違って考えてはならない。パウダースノー好きのオーストラリア客も移動は抑制されるということである。これがグローバル時代のビジネスの前提である。白馬もニセコも浅草や道頓堀ほどではないが、基本同じであるというこだ。

この移動が抑制されるのは何も訪日観光客だけのことではない。問題なのはインバウンドビジネス市場だけでなく、国内の日本人の消費も抑制されるということである。例えば、今までであれば欲しいな、食べたいな、と思ったら長距離の移動もいとわず行動する。デフレ時代にあってはより安いものがあれば、移動にお金がかからなければ長距離でも移動するが、コスパに合わなければ身近なところで済ませる。あるいは我慢するということになる。これが消費における氷河期の特徴、その本質である。
問題なのはこうした移動抑制心理へと向かわせているのが、「消費増税」である。前々回のブログにて危機的状況にあることを商業統計の数字をもとに書いたが、その時にも少し触れたことだが、増税前の駆け込み需要が予測以上に低かったのは「消費体力」が低くなっているからであると。1997年の5%増税時、2014年8%増税時、と比較し、「駆け込める消費余力」がなくなっているからであると推測した。それは消費を牽引するボリュームゾーンである30歳代の収入が上がらず、高齢者も予測以上に消費しないことが主な理由となっているからだ。特に、高齢者の消費は今回のクルーズ船に見られたように「旅行」が消費の中心となっている。勿論、高齢者も「移動抑制」は働く。

また、旅行という移動とは異なる視点ではあるが、「海外へのモノの移動=輸出」は2018年度は順調であったが、2019年度は前年と比較し、マイナスで推移している。これは多くのエコノミストが指摘しているように米中貿易戦争による理由からであるが、今回の新型コロナウイルスによってホンダ・トヨタを始め多くの日本企業の工場が操業中止になっている。そして、周知のサプライチェーンが機能し得ない期間が出て来ている。こうした中国に生産拠点を移動してきた企業だけでなく、中国に農産物などの委託生産・委託加工している大手スーパーや飲食チェーンも多い。つまり、消費生活に密接な関係を結んでいるということである。まだその影響は出てはいないが、新型コロナウイルスの感染が中国各地方都市に拡大し長期化するとなれば、工業製品だけでなく、食品にも影響が出てくる。つまり、内需だけでなく外需もさらに厳しくなるということだ。

こうした内需・外需共に厳しい状況でどうすべきかである。まず顧客の「移動抑制」についてであるが、逆に言えば「近場」「ご近所」利用が増えてくるということである。しかも、日常利用へのウエイトが高まる。例えば、旅行であれば国内旅行で今まで行ったことのない1泊温泉旅行とか日帰りバス旅、といった旅行になる。従来の人が集まる観光地は避ける傾向となる。しかもその根底にあるのは「安全」「安心」が担保されていることが前提となる。それまでのお得な旅、気軽な旅、しかも安全・安心な旅となる。安全な旅とは、まず利用者が安全を自己確認できることが必要であるということである。それは安全の「見える化」の徹底ということになる。しかも、感染対策の見える化だけでなく、避難や危険防止といった旅の「全体」に渡るものとしてある。

デフレといった視点に立てば「お得」も進化していくであろう。政府も6月までのキャッシュレスによるポイント還元が恐らく9月まで延長されることとなるであろう。そして、氷河期における消費の最大特徴は「自己防衛」へと向かう。それは節約といったことではなく、自己抑制消費に向かうということである。今回の新型コロナウイルス対策には手洗いが必要であり、マスク着用はそれほどの効果はないとされているが、昨年12月からの季節インフルエンザの流行は予測を下回る感染であることが報告されている。これは1月後半からの新型コロナウイルス
に対する自己防衛によるところが大きいと分析する医師も多い。増税やリーマンショック、東日本大震災を経験してきたが、その消費の根底には自己防衛意識が大きく働いていた。実はそこから「わけあり」といった新しいキーワードによる商品やサービス。業態も生まれてきた。どんな時代の次なるキーワードが生まれてくるか、まだ始まったばかりであるが、間違いなく生まれてくるであろう。昨年「サブスク」に注目されたが、顧客も提供企業も、共に納得できる「デフレ消費」社会の到来を象徴するキーワードになる。前回のブログに「何があってもおかしくない時代」が始まったということである。(続く)  


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2020年01月27日

何があってもおかしくない時代 

ヒット商品応援団日記No756(毎週更新) 2020.1.27.

年が明け街歩きを始めているが消費の低落傾向は深刻の度合いは増している感がしてならない。その深刻さを表すかのように10月以降の「数字」が出てきている。(百貨店協会、SC協会、スーパーマーケットチェーン協会)12月という年末の最需要期にもかかわらずマイナス成長となっている。特に百貨店業界はその度合いは深く地方の店舗の閉鎖・撤退だけでなく、百貨店自体がMDを進め店づくりにもリーダーシップを持って開発運営してきた事業業態の転換が見られるようになった。昨年リニューアルオープンした大丸心斎橋店は出店専門店にMDや売場づくりを任せる方式、いわゆる売り場を貸す不動産賃貸業への転換である。こうした事例は周知のようにDCブランド、ファッションのマルイとして一時代を画したが2007年に中野本店を閉店する。再び2011年1月にオープンするのだが百貨店型の商業施設から、いわゆる専門店のテナント編集によるショッピングセンター方式への転換が図られた店舗運営とその商業構成となっている。一言で言えばマルイもテナントによる賃料収入によって経営を行ういわゆるデベロッパー型小売業へと転換したということである。大丸心斎橋店が丸井と同じであるか正確な情報がないので断定したことは言えないが、消費の変化を映し出すのが商業の本質であることを考えるとすれば、これも一つの生き残り策であろう。
また、各スーパーマーケットチェーン協会の販売統計によると、軽減税率の対象となっている食品部門がマイナス成長になっている点がこの深刻さを表している。特に、12月は正月を迎える需要が一番大きくなる月である。この時期がマイナスであるということは、何を表しているかである。

そして、今回の消費増税で上手く「売り上げ数字」を残せたのはコンビニ業界であると言われているが、小規模事業主への支援として政府からのキャッシュレスポイント還元策とキャッシュレス企業の導入促進策によるポイント還元策が功を奏し増税後の落ち込みを少なくさせた。しかし、これはポイントという「お得」によるもので今年の6月には終了することとなる。現在、政府与党はポイント還元期限の9月までの延長を考えているようだが、果たしてオリンピック・パラリンピック終了後の10月にはどんな「落ち込み」が出てくるか恐ろしく感ずる経営者も少なからずいるであろう。
今、定額料金制の「サブスクリプション」に注目が集まっているが、顧客の固定化・囲い込み策として意味ある結果が出せているのは極めて少数の事業である。物を持たない、収納スペースも限られている若い女性暮らしには洋服のサブスクは良いかと思う。しかし、食べ放題など変化のない「定額」=「お得」は継続するのは極めて難しい。つまり「お得」の終了が消費の終了になりかねない、「お得終了ショック」を迎えるということだ。

消費増税による顧客離れが心配されていたのが飲食業界であるが、ファストフードチェーン業界にあってその準備の結果が売り上げの数字によく出てきている。牛丼大手三社も売り上げ・顧客数も落とすことなく大きな壁をひとまず超えたと言って良いであろう。特に日本マクドナルドは極めて好調で昨年2019年は連結売上高が前期比3.8%増の2825億円になる見通しだと発表した。2014年に発覚した中国製造の賞味期限切れのチキンナゲット事件以降顧客離れ・店舗閉鎖・売り上げ下落・赤字決算・・・・・こうしたマクドナルド不信からの復活を目指したカサノバ社長の店舗巡り・顧客(主婦)対話による信頼回復が図られたことを踏まえ、積極的な新商品導入が売り上げという数字につながったということである。また、こうした商品導入だけでなく、客が注文商品を座席で受け取る「テーブルデリバリー」や、来店前に注文や決済が終わる「モバイルオーダー」。これら新サービスを全国約2900店の約半数で展開したことも大きく影響している。多くの困難を超えることを可能にしたのは顧客主義の基本に立ち戻ったからであろう。

ところで中国で発生した新型コロナウイルスの感染が海外へと広がり、全世界で2700名を超える感染者が出たと報道されている。日本においても4例の患者が確認されている。中国からの報道によると流行地と言われている武漢の封鎖と共に春節旅行における団体旅行を禁止するとのこと。同じような感染症である2003年の時のSARS(重症急性呼吸器症候群)との比較で日本国内でも報道されているが、すでに中国国内では上海ディズニーランドや故宮などの観光地は閉鎖になっているとも。SARSの時は感染が治ったのは6ヶ月かかったと言われている。中国国内ではデマなど風評被害が指摘され始めているが、日本国内においてもそうしたことが起きないとも限らない。この春節には40数万二んの中国観光客が日本を訪れると予測されていた。しかし、東京や大阪のみならず、観光地においてもホテルやバスをはじめピューロランドといった観光においてもキャンセルが相次いでいる。特に訪日中国客を腫瘍顧客としている百貨店にとって予定された売り上げも望めないということである。
数年前から指摘をしているように、訪日観光は全国至る所へ、いわゆる横丁露地裏観光へと広がっている。SARSについても効果のあるワクチンは開発されておらず、有効な対策は感染源の封じ込めと消毒などによる感染を防ぐことだけである。7月には東京オリンピックが始まる。今回のような新型コロナウイルスだけでなく、他にも多くの感染ウイルスが国内へと持ち込まれる可能性はある。観光立国を目指すとはこうしたリスクを引き受け、防ぐことにある。
米国をはじめ中国在留の米国人に対し、チャーター機による帰国が検討され、日本もまた同様の避難計画が検討されているという。つまり、「感染」のスピードを超えた敏速な対策が急務となっているということだ。グローバル化とはこうした認識と対応が、至る所で必要になるということである。

こうした新型感染症リスクも消費増税という困難さもこの時代ならではのことだ。必要なことは「何があってもおかしくない時代」にいるという認識と対応である。前回の未来塾で書いた「不確かな時代」とは災害日本のことだけではない。
数年前のブログだと思うが、観光地でもない町の飲食店にふらりと食べにくる外国人が現れてくる時代であると。その時の良かった思い出がネット上で公開され、次第に人気店になる。その代表例が数年前の大阪西成のドヤ街にあるお好み焼き屋である。こうした「良き思い出」こそが日本固有のサービスであり、「顧客主義」に立脚した商売である。当初どこまでできるかという疑念はあったが、日本マクドナルドのカサノバ社長が全国を回って小さな子供のいる母親にヒアリングし、その顧客である母親に一つの答えを返したのも「顧客主義」である。その答えとは結果としての新メニューであり、新サービスであるということだ。顧客主義とはグローバル時代の原則であるということを再認識することだ。キャッシュレスポイント還元といった「お得競争」もいつかは終わり、次なる満足競争が始まる。何があってもおかしくない不確かな時代とは、顧客主義という基本に常に立ち戻ることであり、それは古くて新しいテーマであるということだ。(続く)  


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2020年01月15日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.15.



「不確かな時代の不安と感動」に学ぶ


前回の未来塾では五木寛之の著書「下山の思想」の視点を借りて、登山ではなく、下山から見える消費風景を東京中野と門前仲町を題材に学ぶべき点を描いてみた。今回は今日の日本のライフスタイルの原型が形作られた江戸時代の知恵や工夫を下敷きにして、どれだけの進化を成し遂げてきたかを考えてみた。周知のように江戸は当時のロンドンやパリといった大都市に負けないくらい、いやそれ以上に優れた高度な都市機能を有し、豊かな暮らし、文化が芽生えたライフスタイルが存在していた。
例えば、江戸の市中に水が流れていたのは世界の三大都市て江戸だけであった。今でもその名残が残されているのが多摩川を水源とする玉川上水、井の頭公園の池を水源とする神田上水。東京は坂の多い町で、つまり高低差のある町中を「流れる水」をどうして造ったのか、そんな技術は当時あったのか、不思議に思うほどである。水道の専門家ではないが、高低差のあるところに水を流すには、加圧式と自然流下式があるそうだが、江戸の場合は後者の自然流下式であったとのこと。いかに高低差を考えた水路、その土木技術・測量技術の高度さに驚かされる。そうした技術の表れとして「水道橋」がある。東京にはJR中央線の駅名にもなっているが、これは空中を水が流れる「架樋(かひ)」が造られた名残である。
当時の世界で優れた文明国であった江戸においても、常に「不安」と隣り合わせの生活であった。しかし、極論ではあるが、辛いことがあればそれもまた人生、不安を遊ぶ、かわす、生きている時間を大切にし、お金・モノに囚われない、そんな自由な生き方であった。これは推測ではあるが、未来に対する漠とした「不確かさ」「不透明さ」から生まれる不安など意識することはなかった、つまり「浮世」といった一種の割り切りのある人生観では計り知れない世の中にいるということであった。そうした意味で江戸の不安と今日の不安とは異なる不安の世であったと言えよう。

「不信」という不安

戦後の日本にあって不安が社会へと広く拡散していった最初の出来事は、バブル崩壊後の1990年代後半に起きた拓銀や山一証券の破綻に見られる金融不安であった。このことについては未来塾において「パラダイム転換」あるいは「バブルから学ぶ」にて詳しく書いたので今回は省略することとする。
恐らく「消費」という場面で不安が社会へと広がった最初の記憶に残る事件は2005年に起きた「耐震偽装事件」であろう。次いで2007年12月には中国冷凍餃子事件が起き、社会不安が増幅したことがあった。更に2008年には汚染米を使った事故米不正転売事件が起きる。周知の嘘をついた美少年酒造は潰れ、正直に全ての商品を廃棄し再生を掲げた西酒造(宝山)は、逆に今や人気焼酎ブランドとなった。また同年には“ささやき女将”で記憶に残る高級料亭「船場吉兆」による食品偽装事件。全て見えない世界での事件であり、不安の根底には「不信」があった。後に生まれたのが「見える化」であり、小売業の店頭には生産者の写真が貼られメッセージと共に安心づくりが始まった。こうした「見える化」は後に起こる横浜都筑区の耐震化マンションにおける杭打ちという見えない地下の施工不良による事件であった。デベロッパー三井不動産をはじめとした大手企業の「ブランド」信用力は失わレ始めた事件である。信用の回復を踏まえ、「見える化」は立て直しという思い切った対応がなされたのも耐震偽装事件の教訓を踏まえてであった。ある意味不安の連鎖を断ち切ったということであろう。

実は江戸時代にもこの不信を増幅させるような商売もあった。前述した瓦版もそうした側面を持ったメディア・情報源で、江戸の人たちはインチキ・うそも笑ってすませればいいじゃないかと考えていた。「瓦版は話三分」という言葉があって、実感・体験できることを「信用」した。火事などの災害情報については正確な情報であったが、ゴシップどころか競争相手の店の悪口を書いて裏で謝礼をもらうなどなんでもありのメディアもあった。そうした瓦版の作者・販売元はパッと売って逃げる、そんなことも日常的にあったようだ。こうした江戸にあって「信用」を勝ち得た老舗、数百年商いが続けられてきた稀有な国日本であるが、そうした中で信用を得た商売の原型をつくった代表的な店は呉服屋・越後屋(後の三越)であろう。
実は江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、天保時代(1800年代)から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが問屋などっを介した既成流通の「中抜き」を行った言わばSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。江戸時代は封建時代と言われているが、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が実は「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが江戸の女性たちの憧れであった「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。言葉は悪いが、「下り物」を模した偽ブランドと言えなくはない。このように京紅だけでなく、絹製品も清酒も「京都ブランド」として流通していた。ただ江戸時代では盲目的なブランド信仰といったものではなく、遊び心と偽造というより卓越した模倣技術を認める目をもっていたということである。例えば、ランキングという格付けは江戸時代の大相撲を始めなんでもかんでもランキングをつけて遊んでいた。遊んでいたとは、その中身を辛辣なまでに体験熟知していたと言うことである。今日の食べログのような単なる話題という情報だけで消費される時代ではなかったと言うことである。
つまり、偽、うそ、話三分として受け止め、そこには「不信」はなかったということである。そうした意味で不安はなかった時代ということができる。勿論、現在のように不信が生まれ、見える化が必要となるのも、モノも、情報も全てが「過剰」であることによる。過剰が不信を生み、そしてそのまま放置すれば不安もまた生まれ、次第に拡散し社会不安へと向かうということだ。社会心理学ではこの過剰が退行現象を産み「幼児化」が始まるとされている。幼児化の反対後は「大人化」であるが、江戸はptpなの社会であったということである。

「想像」を超える不安とは

こうした辛辣なまでの眼力と遊び心を持った江戸の人たちであったが、それでも遊びには収まらない出来事、前述のような自然災害などが不安を呼び起こしていた。「想定内(外)」というキーワードが流行語大賞になったのは2005年であった。同じ大賞となったのが小泉劇場であった。あ々あの時代であったかと思われるであろう。やはり、記憶に新しいのは2011年,3,11の東日本大震災であり、特に福島の原子力発電所を襲った大津波につけられたキーワードであろう。「想定」とは未来を描く想像力のことである。今回の関東を直撃した台風19号について、周辺の長野県や東北地域の人にとっては「まさか」ここまで河川が氾濫し被害が及ぶとはと、想定外のことと感じる人は多かった。いや、周辺地域だけではなく、都心を流れる多摩川においても浸水被害が出ており、武蔵小杉においては電気設備の冠水により停電となりタワーマンションが機能しなくなるという想定外のことも起こっている。また千曲川の氾濫により北陸新幹線が冠水し、使用不可という被害も想定外であった。つまり、災害被害は想像を超えたものとしてあり、それまでのハザードマップもその都度改定せざるを得ない、つまり不確かな時代を生きているということを実感することとなった。
つまり、想定外から想定外へと想像を超える不安に囲まれて生きているということである。何があっても不思議ではないということだ。
と同時に、江戸の人たちが想定できない事態を常に喚起する河童伝説ではないが、「言い伝え」「伝承」を大切にしてきた。現代に置き換えるとそうした伝承は災害が起こった後初めて気が付くこととなり、防災・減災にはほとんど役に立たないこととなっている。不安を煽ることは間違いではあるが、不安もまた防災・減災への警鐘となることを教育面などで学んでいくことが必要となっている。「伝承」は非科学的であると一笑に付してきたが、そうではなく想像力を働かせてくれるそんな気づきをもたらせてくれるものであると今一度考え直すことが必要であるということだ。

不安を受け止めてくれる身近なお地蔵さんとSNS

平安末期に法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現したと書いたが、戦乱を終え平和な時代の江戸ではより身近な庶民信仰が定着する。それは「お地蔵さん」という仏様であった。お地蔵さんは死者を裁く閻魔様を本尊とする地蔵菩薩であるが、菩薩であり閻魔様でもある。いわば、極楽と地獄とをつなく存在で、慈悲心を持って地獄に落ちた人を裁く、そんな仏様である。

東京都心のビルの片隅にもお地蔵様がひっそりと残されているが、未来塾で取り上げた「おばあちゃんの原宿」、巣鴨のとげぬき地蔵尊にはおばあちゃんが行列するお地蔵さん、「洗い観音」が知られている。この観音像に水をかけ、自分の悪いとこを洗うと治るという信仰がいつしか生まれる。これが「洗い観音」の起源と言わ ている。とげや針ばかりか、老いると必ず出てくる体の痛みや具合の悪いところを治してくれる、そ んな我が身を観音様に見立てて洗うことによって、観音様が痛みをとってくれる。そんな健康成就を願う、まさにおばあちゃんにとって身近で必要な神事・パワースポットとして今なお伝承されている 。
しかし、個人化社会と共に育った若い世代にとって、不安を受け止めてくれる「仏様」は存在してはいない。いやバブル崩壊前までの核家族化まではまだ不安を受け止めてくれる「家族」はあった。しかし、バブル崩壊以降若い世代、特に少女たちは街を漂流することとなる。こうした時代背景については何回かブログにも書いたので省略するが、ネット社会が浸透していくに従って不安の相談相手はSNSへと変化していく。そこには良き仲間や相談相手もいれば、相談を口実に近づき性暴力などの被害者になることも起きている。1990年代のプチ家出は友人宅が中心であったが、今やSNS、特にツイッターを通じた出会いによって家出先は見知らむ人間へと変化した。新しい監禁、誘拐という犯罪が生まれることへと行き着くこととなった。こうした犯罪被害は増加し続け、社会問題となっている。隣りにいるのは大家さんやお地蔵さんといった仏様ではなく、不安につけ込んだ犯罪者であるという現実である。

ひととき不安を打ち消してくれたラクビーW杯

浮世という人生観の無い現代にあって「ひととき」不安を解消させてくれるものの一つはスポーツである。2019年春以降、老後2000万円問題を入り口とした社会保障、あるいは10月に導入される消費増税による景況、こうした多くの生活者が抱える不安をひととき打ち消してくれたのは「ラグビーW杯」であった。日経MJにおけるヒット商品番付や新語流行語対象に選ばれたのはラグビーW杯における「ONE TEAM」というスローガンそのものの活躍であった。この熱狂の時代背景について次のようにブログに書いた。

『経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人ひとりが固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。』
ONE TEAMというコンセプト、いやポリシーはほとんどのスポーツが目指すべき理念となっている。例えば、団体スポーツのみならず、マラソンといった個人競技にあっても、コーチやトレーナー、栄養士に至る多くの専門家がチームをつくっている。ONE TEAMは時代のキーワードということである。

夢中になれることの意味

明日はわからないという意味において誰もが不安を持つように宿命づけられている。江戸の浮世もそうした考えのもとでの人生観である。そう認識した時、少しだけこころのなかの不安を横に置くことができる。不安が占めていた場所に「何」を置くのか、それは夢中になれることだけである。いや、夢中になれることを見つけた時、それまでの不安は少しだけその場所を変えてくれる。
ビジネスの師であるP.ドラッカーは未来について著書の中で繰り返し次のように書いている。
“未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法は2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる
つまり、「好き」なれること、夢中になれることを作ることとは、まさに未来の入り口となる。にわかラクビーフアンもまた心の大きなところに「好き」が占めることだ。しかも、この「好き」は江戸の時代でも「今」であっても、「好き」を夢中にさせる共通は何かと言えば、「ライブ感」である。CDなど売れない音楽業界にあっても、ライブ会場は満員状態であるように、夢中の世界へと向かう。それはデジタル世界が進めば進むほど、リアル感が重要になる。例えば、更に進化していくであろうネット通販における有店舗の意味と同じである。

そして、高齢世代にとっても、若い世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出ることは同じである。限定された時間の違いはあっても、自分で創っていく旅であり、未来である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、何にも増して生活者のなかにあるこの「好き」の発見にある。
こうした市場開発を担当するビジネスに活用されることも、また自らの人生の旅を見直す視座として使うのもまた良いかと思う。ラクビーW杯のようなビッグイベントだけでなく、商品やサービスだけでなく、日常の小さな出来事の中にも「好き」はある。それがどんなに小さくても、こころは動く。不確かな時代のキーワードはこうした共感をつくれるか否かである。

成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような人生観が求められている。エンディングテーマである「終活」ブームは勿論のこと、ベストセラーになった「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)や、最近ではTV番組「ポツンと一軒家」のような人生コンセプトに注目が集まるのも現代の「浮世」が求められているからである。つまり、不確かな時代、不安の時代にあっては、世代に関係なく「どう生きたら良いのか」という人生の時代になったということである。そして、個人化社会が進めば進むほど、「生き方」が求められるということだ。(続く)






  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:11Comments(0)新市場創造