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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2019年03月24日

全体が見えてきた消費増税 

ヒット商品応援団日記No732(毎週更新) 2019.3.24.

値上げラッシュが続いている。新年から小麦粉の値上げを皮切りにアイスクリームをはじめとした乳製品、あるいは冷凍食品、昨年からブームが続いている鯖缶も高騰ししかも品不足となっている。その値上げの背景には人手不足による人件費の高騰や、原材料および包装資材価格の上昇から、製造コストや配送コストが上がり続けているのが理由となっている。特に食品についてはその多くが輸入に頼っており、長引く円安はボデーブローのように経営を圧迫している。こうした背景はわからなくはないが、提供する企業にとっては値上げのタイミングとしては10月の消費増税実施前に実施しておきたいというのが本音である。つまり、消費者から「便乗値上げ」の指摘を受けたくないということだ。

ところで消費増税の影響を一番受けるのは外食産業であると言われているが、今年に入り宅配やテイクアウトの強化が実施されている。あるいは顧客の固定化を図る目的で、定額料金による飲み放題や使い放題といった「サブスクリプション」も進んでいる。また、値上げについてはすき家を始め昨年から値上げが実行されているが、それらは「一部」メニューであり、全体の値上げではない。それは昨年の居酒屋チェーン鳥貴族の値上げの失敗、メインメニューを値上げしたことによる客離れの実態を見ているからである。消費者にとって値上げの意味の理解納得が得られない場合、どんなことが起きるか、企業の側は周知している、そんな現況にあるということだ。価格に対しシビアになっている良き事例がセブンイレブンの朝おにぎり2個二百円というセールである。一見お得に見えるが、過去何回もおにぎり1個百円セールが行われており、何故朝だけなのか、何故2個でないとダメなのか、といった意見が多く寄せられているように、セールひとつとってみても、顧客の反応は極めて敏感である。

その消費増税であるが、全体概要が見えてきた。特に、「ポイント還元事業」という政策についてであるが、還元事業に参加する決済事業者の募集が始まっている。以前ブログにも書いたが、キャッシュレス決済がなかなか浸透しない理由の1つは、加盟店手数料が高いことである。今回のポイント還元事業では、ポイント還元事業の期間中に加盟店手数料を3.25%以下にしなければ、事業の対象にならない。それとは別に加盟店手数料補助事業もあり、対象事業者になると、同じ対象期間中の加盟店手数料の3分の1は、国から補助金が出ることになっている。また、キャッシュレス決済のための端末を中小・小規模事業者が導入する場合、国は導入費用の3分の2を補助する(残り3分の1は決済事業者が負担することが必要)。キャッシュレス決済の端末を導入したい中小・小規模事業者は、対象期間中なら事実上自己負担ゼロで導入できる。

ある意味街場の中小事業者にとってはいたれり尽くせりの支援となっているが、当の消費者にとって、ポイント還元期間はわずか半年間であり、その期間中どれだけのポイント=お得が得られると理解納得できるかである。勿論、期間を超えればポイント還元は失効してしまう。既に、PayPayの導入キャンペーンでわかったことは、家電量販店での使用に見られるように特別な「高額書品」の購入にはお得感はあるが、少額の日常利用にはあまりお得感がなく、使用しないという結論であった。こうしたことはニトリの「お値段以上」ではないが、お得感のあるキャッシュレスは限られたものとなるということだ。確かにこれからの時代はキャッシュレスには向かっていくとは思うが、日本は欧米、特に中国とは全く異なるのはATMがいたるところに設置され、現金決済に不便を感じることが少ない環境にある。ましてや、年金暮らしのシニア世代にとって、キャッシュレスはそれほど使い勝手の良いものではない。さらにいうならば、中小事業者が集まる元気な酒店街、例えば砂町銀座商店街や興福寺松原商店街などポイント還元政策に参加することはないであろう。参加したとしても売り上げにキャッシュレスが大きく影響するとは考えていないであろう。ここ数十年値上げをしないでやってこれたわけではない。そこには店と顧客の間に密接なコミュニケーションがあってのことだ。そうした「納得感」が商店街の元気さを支えている。

ところで予定されているキャッシュレス事業の予算は約2800億円となっているが、予算には加盟店手数料の補助も含まれており、消費者へのポイント還元という目的より、キャッシュレス化の推進にウエイトがかけられ、消費者にとってどれだけ増税軽減を感じることとなるか極めて疑問である。ただ、政府は2025年までにはキャッシュレス化による購買比率を40%まで高めたいと考えているようで、この政策は進んでいくかと思う。増税という課題とは少し離れてしまうが、これまでの共通ポイントとして圧倒的なシェアーを誇ってきたTポイントの市場にも多くの企業が参入し、中でも楽天グループのように従来のネットにおけるポイントとリアル店舗におけるポイントとを結合させた合理的な「お得」を提供し始めている。それまで共通ポイント市場で先頭を走ってきたTポイントは単なる購買データの販売という名簿管理運営企業になってしまい、消費者への合理的なお得に遅れてしまっているのが現状である。昨年からのキャッシュレス市場に多くの企業が参入してきたのは「顧客名簿」を持つ企業がその名簿を元にした「お得」競争に参入してきたということだ。数年先には撤退・統合といった整理を踏まえ生き残り企業が決まっていくが、現段階では混戦状態にあるということである。ポイントについては顧客のお得という視点からキャッシュレス化を考えていく予定である。

なお、もう一つのプレミアム付き商品券であるが1人2万5000円まで 、対象となる世帯は非課税世帯と9月末までに生まれた子供のいる世帯とのこと。この施策はアナログであるが、分かりやすさはあるものの、上限2万5千円で2万円で購入するので5千円のお得となるが、消費を考えると瞬間的に終わってしまうこととなる。
ポイント還元もプレミアム商品券も共に期間は6ヶ月である。どうしても痛み止めの注射のように思えて仕方がない。6ヶ月を過ぎたら軽減税率はあるものの、消費税10%は続いていく。

実は今元気なのはパパママストアといった家族経営の中小事業者で、飲食店で言えば「食堂」であり、業態でいうならば「立ち食い」スタイルやセルフスタイルといったものとなっている。特に、食堂には従来の顧客である、ご近所顧客、サラリーマン、学生といった顧客とは異なる新しい顧客創造の飲食店が出てきている。こうした従来顧客とは別に若い世代向けの新しい居酒屋としてしかも広域に集客できる「食堂」である。昼は前者の顧客、後者は夜の顧客で、行列ができる店の一つが大阪空堀にある大衆食堂スタンド「そのだ」という中華をベースにした飲食店である。月商は1000万を超えていると聞いているが、新しい顧客を創るにはやはりMD,メニューである。こうした一つの店舗で異なるメニュー業態といったほうがわかりやすい。限られた資産、店舗や厨房、人員スタッフをいかに生産性高くしていくかという良き事例である。立ち食いの「俺のフレンチ」や「いきなりステーキ」、あるいは昨年から人気となっている「お一人様焼肉」といったセルフ業態とは異なる既存店をいかに生産性高くする新しいメニュー業態である。現在も「プロント」のようなタイムMD業態はある。既存業態店においてもラーメン店の「朝ラー」やマクドナルドの「朝マック」のようなメニューも作られてはいるが、「そのだ」のようにアルコール離れと言われてきた若い世代の新しい居酒屋」に着眼したことはとても面白い試みである。
勿論、「そのだ」の場合も安さという魅力があってのことだが、その「安さ」がより魅力的になるのは何と言ってもそのメニューそのものにある。看板メニューの一つがラーメンであるが、美味しいことは言うまでもないが、鳥と魚介系のラーメンで、食べ進めていくとあさりが数個入っており、そのスープのうまさを倍加させる工夫がなされている。こうした細部に納得実感させるアイディアが随所にみられる店である。つまり、価格の理由が消費者にとって「わかりやすい」ことが第一となっている。

今、セブンイレブンを始め24時間営業の是非が話題となっているが、この課題については一度私見を述べたいと思うが、セブンイレブンの成功の一つはうやはりそのMDにある。例えば、確か1980年代であったと思うが、そばについている薬味の袋に使いやすくするために切り込みを入れたことに驚いたことがあった。今で言うところのユニバーサルデザインであるが、顧客の視点からの薬味袋の改良、つまり細部に渡った改良の積み重ねが今日のブランドを創っていると言うことである。最近では健康トレンドの一つとなっているタンメンにおけるスープの改良が行われており、日々進化している。おにぎり2個二百円というプロモーションの失敗もあるが、コンビニは顧客とともにある良き事例を提供してくれている。

今回の消費増税について消費者は「価格・お得」に対し極めて敏感な反応を見せるであろうと指摘した。そのことは価格だけでなく、メニューの内容に対しても同様であることを忘れてはならない。まず既存店舗、既存メニュー、既存サービス、・・・・既にあるものの細部への見直し改良を行うことだ。以前にも書いたが、増税について求められるのは公平性とこのわかりやすさである。軽減税率の分かりにくさに加え、あれもこれも盛り込めば盛り込むほど増税への理解はなく悪感情だけが積もっていくこととなる。そして、「細部」には目が届かない、わかりにくいどころか、逆に気づきは細部にまで及び満足感を醸成する主要なものとなっていく。「増税対策」の一つとして、価格だけでなく「細部」を磨くこともまた忘れてはならない。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:33Comments(0)新市場創造

2019年03月20日

パラダイム転換から学ぶ 「概要編)後半 再掲

ヒット商品応援団日記No731(毎週更新) 2019.3.20.

概要編の後半では、大きな時代変化を受けて、どのように受容してきたのか、その根底には江戸時代の長屋生活にその源があった。



『類聚近世風俗志』より



パラダイム転換から学ぶ


生活という大きな意味での転換期として、バブル崩壊を境に昭和から平成へと、日本社会、経済、働き方や消費までグローバル化という強力な波が押し寄せてきている。この潮流は世界全体の趨勢でもあるが、今回の英国のEU離脱に象徴されるように、ローカルという言葉に内包される「歴史」「伝統」・「文化」・・・・もっと消費生活に即して言うならば「慣れ親しんだ」「心地よさ」あるいは「懐かしさ」を求める希求が表へと出てきている。そうした現象を「回帰現象」と呼んでもいるが、生活者価値観そのものの変化が根底にはある。今回はそうした根底にある価値観はどのように消費という表面に出てきているか、今回はその概要について学んでいくこととした。
こうしたグローバル化の波を直接受けているのが東京、いやTOKYOである。表紙に渋谷のスクランブル交差点の写真を出したのも、世界のあらゆるもの、ヒトも、モノも、おカネも、もちろん情報も「交差」している場所がTOKYOである。私はエスニックタウンと呼んでみたが、東京を分析すればグローバル化とその揺れ戻し変化が見えてくる。

TOKYO(グローバル都市)と東京(ローカル・江戸)

今、東京で進められているのが日本橋を中心とした「江戸」400年のルーツを楽しむ街歩きが盛んである。主に今なお残って商売をしている老舗で山本海苔店、にんべん、千疋屋、包丁の木屋、室町砂場、洋食のたいめいけん、・・・・・さらには人形町にかけて老舗の名店が数多く残っている。例えば、元祖親子丼の玉ひで、江戸前蒲焼の梅田、日本料理のかねまん、といった江戸あるいは明治時代の風情を残した老舗がシニア世代の人気スポットになっている。さらに、中央区には銀座があり、周知のように世界のインポートブランドショップとこれも銀座の老舗名店が集積している。この銀座も2012年にはユニクロの旗艦店がオープンし、さらにファストファッション専門店もH&Mを始めオープンし、あらゆる商業がまさにスクランブル交差点のように「老舗」と「トレンド」が混在したエリアとなっている。そして、やはり、大手百貨店が集積しており、特にいち早く訪日外国人へのアプローチをした銀座三越には専用の免税売り場が用意され、中央通りには観光バスが並ぶ光景が日常となっている。
古い老舗が残る江戸東京と訪日外国人が日本の「今」をショッピングする街、まさに消費都市そのものとしてある。しかし、その消費傾向もこの1年ほど前から変わってきている。それまでの炊飯器やトイレから薬や化粧品などのドラッグストアへ、そして体験型商品へと。今まで遠い裾野から見る富士山観光から、実際に登ってみるという体験。あるいは書画から始まりお茶、さらには握り寿司体験まで。そうしたことを指してのことだが、実はその本質は日本の文化観光、もっと簡略化して言うならば東京は「江戸文化観光」であり、京都は「貴族文化観光」である。

つまり、文化観光都市であり、以前から指摘してきているのだが、浅草も雷門・浅草寺観光ではなく、銀座も同様に表通り観光ではなく、横丁路地裏観光にこそ「クールジャパン」という文化に出会うことができる。グローバル化はこうした表通りから裏通りへと、表層からコトの本質に向かわせる。そこに新たなビジネスの芽が生まれているということである。余談になるが、グローバル企業日本マクドナルドが「裏メニュー」キャンペーンを行っている。定番バーガーにトッピングがチョイスできる期間限定のサービスキャンペーンであるが、以前から世界各国ではトッピングはチョイスできるのだが、「裏メニュー」という表現を取り入れたこと。更には期間限定ではあるが、「1971炙り醤油ジャパン」というモスバーガー並みの「和風味」のバーガーを発売したが、これもローカルマクドナルドジャパンとしては当然のことで、やっとマクドナルドも気がついたということであろう。
ところで、このクールジャパンは訪日外国人だけのキーワードではなく、実は日本人にとっても同様である。それまでの「洋」の世界からの揺り戻しであり、前述のシニア世代の老舗めぐりも、吉祥寺ハーモニカ横丁のような若い世代の昭和レトロな街人気も、その根底にはローカルジャパンに今なお残っている和文化へと興味関心が向かっているということである。時代的に言うならば、平成から昭和へ、明治へ、そして江戸へ、大仰に言うならば「日本とは何か」というルーツ探しである。

逆流するローカルジャパン化、日本探しの潮流

クールジャパンというキーワードが広く知られるようになったのはここ10年ほどであるが、アニメやコミックばかりでなく、以前から盆栽もまた欧州、特にフランスでは人気となっている。アニメ・コミックの聖地であるアキバと同様盆栽は大宮へと訪日外国人がやって来ている。サムライ、忍者しかり、以前からクールジャパンの象徴であると一部の専門家が指摘されてきた禅も同様である。歌舞伎も、相撲も、それらすべてが日本の精神文化の表れであり、ある意味「日本とは何か」を見つけにやってくる。
こうした「訪日」という逆グローバル化の波は、実は多くの失敗を含めた試みの結果であったことは認識すべきである。平成25年「和食」がユネスコの無形文化遺産となり、海外での日本食レストランが注目されるようになったが、はるかそれ以前の昭和50年代に北米を始め欧州、アジアに進出したのが、“Soy Sauce”のキッコーマンであった。今や世界の至る所で日本食ブームとなっているが、当時はなかなか受けいられなかったことは言うまでもない。和食、醤油文化、を売っていくことはなみたいての努力ではない。今、広島のおたふくソースが同じように海外へと進出し、お好み焼きと共にソース文化を普及させ始めている。ラーメンも同様で、訪日外国人がまず食べるのがラーメンで、コミックオタクがアキバに行くのも、盆栽オタクが大宮に行くのも、ラーメンであれば横浜のラーメン博物館に行くのも、すべて日本文化の「聖地巡礼」である。

多くの人を惹きつけるもの、それは日本の精神文化であり、そのことは文化が経済を牽引する時代を迎えたということである。実はそのことを一番理解していないのが日本人である。ただ、個人にあっては、NHKの番組「ファミリーヒストリー」ではないが、自分自身のルーツ探しは10年ほど前から「自分史」の出版、あるいは「家系図」作りとなって静かなブームとなっている。こうした過去へと向かう眼差しはシニア世代だけでなく、若い世代にとっても同様である。いきものがかりが歌うYELLの冒頭の歌詞のように”私は今どこに在るの”という問いかけのように。世界が境界のないボーダレス化になればなるほど、若者のみならず「自分探し」は社会の底流としてある。そして、大人になればなるほど、自分探しから生まれ育った故郷へ、街へ、世界へ、日本へ、そして、再び故郷へ、自分へと。少し理屈っぽく言うならば、外へ、内へ、また外へ、行ったり来たりの中に新しいビジネスの芽もまた生まれてきている。

和から洋のライフスタイルへ、そして、「和」の取り入れ へ

「日本探し」における一番大きな変化は、高度経済成長とともに物質的な豊かさとして取り入れてきたのが、住居における洋のライ フスタイルであった。その象徴であった「団地」も住人の高齢化ばかりでなく、建物自体も老朽化してきている。こうした背景も含め過疎化が進む郊外団地については若い世代向けにリノベーションが進んでいるが、それらを含め現在のライフスタイルの基本は「洋」のスタイルである。そうした住居を見てもわかるように、畳の和室はなくなり、フローリングとベッドになったように。また20数年前にはコンク ートの打ちっ放しという建築デザインの デザイナーズマンションが人気にもなった。そして、東京の郊外には写真のようなマンション群が次々と開発されてきた。
しかし、一方ではここ10数年の戸建・マンションの傾向を見ていくと分 かるが、和の素材である木や紙を使った内外装が増え、もちろん和室も増え、戸建の場合ではあ の懐かしい縁側を造る新築も増えてきている。勿論、こうした和への共感ルーツはというと10数年前からの古民家ブー ムや田舎暮らしへと繋がっている。最近では新国立競技場が和コンセプトに基づく緑に囲まれた 競技場として計画されるように。
こうした「和」の取り入れ方については、 日常身近なインテリア小物のようなものを入り口としている。これもいわゆる洋とのバランスであるが、小物であれば安価であることからも、気軽に「和」を取り入れることになる。最近では小さなミニ盆栽のようなものをインテリアとして取り入れる傾向も出てきている。あるいは和紙を使ったランプシェードなど癒しの空間づくりも人気となっている。こうしたインテリア小物をうまく使った「和」の取り入れである。

新しい「和」の暮らしへ

ところで住宅市場に関し、野村総研が面白い市場予測レポートを出している。(「2025年の住宅市場」2014年7月)
周知の通り、すでに人口減少時代に入り、空き家が社会問題となっているが、実は世帯数も2019年をピークに減少に転じると予測されている。つまり、世帯という「住まい」が減少に転ずることから、住宅需要の変化、特に新設・リフォームがどのように変化していくかの予測である。その予測の結論であるが以下のような数値となっている。

2013年(実績)  新設住宅着工(98.7万戸)約15兆円  リフォーム6.7兆円
2025年(予測)  新設住宅着工(62.3万戸)約10兆円  リフォーム6.1兆円
*2025年(予測)  新設住宅着工(62.3万戸)約10兆円  *リフォーム20兆円

*印のリフォーム・中古市場の数値については政府の政策目標であるが、着眼すべきはその20兆円という大きな数値に表れている意味である。このままでは衰退する第一次産業と同じように国内産業のコアとなっている住宅産業も右肩下がりの典型的な衰退産業になると誰もが予測している。こうした中、住宅産業を活性化するために中古住宅の流通を改革させていく方向で考えられており、他業種の参入も考えられているようである。こうした中古住宅の流通については、以前から指摘されてきたように高齢者住宅では「広すぎる」ことが問題であるのに対し、子育て世代にとっては「狭すぎる」といった課題から、若い世代にとってのシェアーハウスまで、多様な問題解決に向かうということであろう。
高度経済成長期に建てられた問題多き団地である東京高島平団地では部分的には始まってはいる。このレポートから見えてくることは、「リノベーションのある暮らし」であり、今までの「洋」のライフスタイルに、部分あるいはインテリア小物といった「和」の取り入れといった暮らし方から、本格的な今の「和」住宅、洋の合理性を生かしながら、和の持つ歴史・文化性が生きる住宅が生まれてくるという予測である。地震国日本であり、木造造りに於ける耐震性、あるいは洋の合理性ではないがIoTを駆使した新しい電化型住宅で、和テイズトの新しい心地よさのある暮らしである。しかし、最大の課題となっているのが木材などのコスト高であり、解決し得るのであればクールジャパンのさらなる構想の一つになり得るであろう。そして、コンセプト的に言うならば、まさに「和モダン」となる。

こうした取り入れが本格化していくのは、前述のハロウィン世代が自らの好みで「暮らし」を考えていく時の美意識の物差しになるのではないかと私は仮説している。ベッキーの不倫騒動の一方である「ゲスの極み乙女」のステージ衣装を見た時、ああこれは彼ら若い世代が好む「和モダン」の一つなんだと理解した。著作権の問題があるのでビジュアルは掲載できないが、「DOUBLE MAISON」という着物のやまとのブランドである。そのブランドのHPには”着物と洋服を「身につけるもの」という大きな視点をもって従来のルールに制約されない生きたコーディネートを提案していきます。年齢や時代、場所といった境を超え洋服と着物の垣根から自由になっておしゃれが大好きな永遠の女の子たちの夢を共有するクローゼットでありたいと思います。”とある。
こうした若い世代のファッションについては、例えばきゃりーぱみゅぱみゅのアーティストデビュー時からライブの演出・美術デザインを担当している増田セバスチャンも含め、日本の美意識についてこれからも取り上げてみたい。

垣根のない時代は江戸から始まっていた

ところで、ローカルからグローバルへというパラダイムの転換という変化の只中に今もいるのだが、その反作用を「揺り戻し」と書いた。普通であれば外からの新しいパラダイムと衝突し、ハレーションを起こすのが常であるが、日本の場合激しい衝突に至ることは少ない。訪日外国人が必ず渋谷のスクランブル交差点を訪れるのも、交差しても誰一人ぶつかることなく横断している、その「不思議さ」に驚くのである。最近はスマホしながら横断するのでぶつかることはあるようだが、互いに器用に避けながら横断する。

こうしたマナーやルールは小さな頃からの家庭での教育によって育まれてきたものだが、そもそも江戸時代では垣根のない「長屋社会」で暮らしていた。長屋には鍵というものがなく、ある意味開けっ放しであった。そして、互いの生活がわかっているので、当然助け合うようになる。そうした町コミュニティを成立させるには「大家」の存在が大きかった。大家は長屋の管理人ではなく、町の治安から店子の世話まで幅広く行う江戸にはなくてはならない存在であった。長屋には開けっ放しで垣根がなかったと書いたが、実は大家の活躍を含め、人と人との垣根がなかったのである。
勿論、現代ではそのままとしては考えられない社会ではあるが、発想としては一部シェアーハウスやタウンハウスに生かされている。このように日本人にはDNAとして「垣根」のない生き方、生活が今なお残されているような感がしてならない。
江戸から明治という大転換にあって、例えばそれまで共存してきた神仏習合が神仏分離、神道尊重を背景に、廃仏毀釈という寺院や仏像などが壊されたことがあった。しかし、これも仏教の持つ特権を無くすことが目的て、既に江戸時代からあった運動でもあった。
そして、「外」の世界との衝突があるとすれば、互いに衝突し壊れるのではなく、その交差点に火花が起き、まるで化学反応のように新しい「何か」が生まれてくる、そんな面白い日本の面白い時代に今もいる。

今回は「概要編」ということで、ローカルからグローバルへ、そうしたパラダイム転換を、洋から和へ、その変化を暮らし、特に住居を中心に考えてみた。そして、既に「転換」によってどんな現象が生まれているか、以下のようなことがテーマとなると考えている。例えば、

■消費生活に現れた回帰現象の「今」
■和と洋、その雑食文化の未来
■日本の美意識、「わびさび」から「カッワィーィ」まで
■老舗とトレンド、その市場の「今」
■日本語と英語、日本人って「何」

ところで上記はあくまで例えであり、「交差」という化学反応によって新しい「何か」が生まれてくると感じたものについては順次取り上げていくつもりである。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:24Comments(0)新市場創造

2019年03月17日

パラダイム転換から学ぶ 「概要編)前半 再掲

ヒット商品応援団日記No729(毎週更新) 2019.3.17.

英国のEU離脱が迷走している。その離脱について2年半ほど前に未来塾で「パラダイム転換から学ぶ」というタイトルで、時代の転換期に入っていることをブログに公開した。「グローバリズム」という巨大な波による変化についてだが、勿論日本にも及んでいることは言うまでもない。その揺れ戻しについて今尚続いており再掲することとする。


渋谷のスクランブル交差点


「パラダイム転換から学ぶ」

グローバル化する世界
その揺り戻し始まる
(概要編)



未来塾というタイトルでブログを書き始めてから2年3ヶ月ほど経つ。第一回目は「街から学ぶ」というテーマで浅草という町を選んだ。その理由として次のように書いた。
『街は時代と呼吸すると言われているが、呼吸することによって街は常に変化し続ける。この変化をどう読み解くのかというテーマこそビジネスの未来を見いだす芽となる。そうした意味を踏まえ、明治維新以降いち早く西洋文明を取り入れたのが浅草である。その後、どんな変化の波が浅草に押し寄せ、そして「今」があるかそんなマーケティングの視座をもって、観察した。』
こうした観察は「街」や「商店街」、あるいは「テーマ」を持って人を惹きつけているエリアへと、そこに表れている「変化」について書いてきた。
そして、今回はそうした観察の背景にある「パラダイム転換」という意味ある価値観の変化を見出し、そこから生まれる生活者のライフスタイルについて学んでみることとする。あるいはそこに起きつつある価値観変化が他の生活の中へと浸透していくのか、否かをも同時に見ていくこととする。

折しも英国ではEUからの離脱が国民投票によって決まるという「大転換」の地震が突如として発生し、日本も過去大きな転換を経験してきたことを思い起こさせた。そして、その転換から生まれる変化の痕跡は今なお街のいたるところに残っている。そうした痕跡を抽出し、それがどんな転換期のマーケティングとしての意味があるのか、無いのかを読み解いていくシリーズとする。

その巨大地震から生まれる転換を引き起こしているのが「グローバル化」である。ローカルからグローバルへ、そうした価値潮流は経済的利益を背景に日本のみならず世界のメガ潮流として戦後続いてきた。しかし、今回の英国のEU離脱に見られるように、統合から離脱・独立へという内向きな精神的価値観が強く見られた。場合によっては、当の英国はイングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズといった連邦が分離・解体していく可能性すらある。日本のマスメディアは離脱を決めた国民投票をポピュリズムであると揶揄するが、投票結果に後悔する人もいると思うが、少なくとも感情的であれ、半数以上の人が離脱に賛成した事実に変わりはない。
こうした国単位の政治経済統合からの離脱といった大きな変化だけでなく、個人単位の生活においても外の世界にある新しい「何か」を取り入れる傾向から、忘れ去られたものの復権、内に眠るものの掘り起こし、といった「内」に「過去」に向かう眼差しが起きている。これは新しい、面白い、珍しいといった外にある「変化」を取り入れる価値潮流から、慣れ親しんだ心地よさのある「安定」を求める価値潮流への「揺れ戻し」であると見なければならない。

変わらないことの意味

ところでこうした外からの「変化」の取り入れ方についても当然国によって変わってくる。マクドナルドの代表的メニュ-であるビッグマックの国別価格を取り上げ、その購買経済力の指数としてきたことがあったが、それはマクドナルドが世界の至るところに均質な商品を持って進出しているグローバル企業であるからに他ならない。
そのマクドナルドであるが、1980年代半ば、 イタリア・ローマの名所の1つであるスペイン 広場にマクドナ ドが開店したことをきっかけにイタリアのスローフード運動が誕生する。 ファストフードにイタリアの食文化が食いつぶされる、と いう危機感が生まれ、「スローフード」運動に繋がったと言われている。こうした危機感がイタリア の郷土料理を育て、ミラノのように「食」の観光地にもなった。面白いことに、いやスローフードの本質を突いているのだが、スローフード運動は「アルチ・ゴーラ」という美食の会を作ったのが始まりである。アルチ自体は、120万人以上の会員を擁する、草の根的なイタリアの文化復興運動組織である。 ある意味、「ファストフード」に対する「スローフード」の逆襲と表現しても構わない、そうした事例の 一つであろう。

そのマクドナルドの日本における進出はイタリアより早く1971年に銀座三越の1階にオープンした。身近にそのオープンを見てきたが、銀座という話題メディアのオープンであり、その後も順調に出店数を伸ばしていった。このファストフードに対抗するようなスローフード、日本の郷土料理の動きはほとんどなかった。逆にその専門業態、早い安い美味いビジネス手法、規模の経済は学ばれ、その後の多くのチェーンビジネスに応用されてきた。

このように「外」からの取り入れ方、その根底に横たわる価値観については日本固有のものがある。まずその「パラダイム(価値観)転換」とはどんな転換として「生活」に表れているか、生活を構成する「食」や「衣料」「住まい」・・・・・・・・よく言われるようにライフスタイルを構成する衣食住遊休美知にその変化を観察し、その変化が意味あるものである場合、読み解いてみることとする。
パラダイム、価値観の変化を促す要因、特にバブル崩壊後の20数年間どんな変化を促す外からの「力」が日本に、企業に、とりわけ消費生活に及ぼしてきたか、今回はまず概要編として、その構図から考えて見ることとする。

パラダイム転換と変化の構図

生活という視点から見る新しいパラダイム(価値観)への転換点は、その転換の時期、境目は明確に線引きされるものではない。しかし、敢えて転換点の時期はいつかと言えば、やはり昭和から平成という元号が変わった時期であろ う。 国内では1989年末の株価が38000円を超え、その数年後には周知のバブル崩壊が始まる。よくバブルという言葉が使われるが、1986年から1991年までの期間をバブル期としている。
それまでの戦後の高度経済成長期を経て、バブル期へと、日本経済の構造、あり方が大きく変わった時期である。世界を見れば、1989年ベルリンの壁が崩壊し、それまでの米ソの冷戦・イデオロギー対立の構図が消滅した時期でもある。

昭和と平成、その産業構造の変化

戦後の日本はモノづくり、輸出立国として経済成長を果たしてきたわけであるが、少なく とも10年単位で見てもその変貌ぶりは激しい。例えば、産業の米と言われた半導体はその生産額は1986年に米国を抜いて、世界一となった。しかし、周知のように現在では台湾、韓国等のファ ウンド リが台頭し、メーカーの ランキングではNo1は米国のインテル、No2は韓国のSamsung である。世界のトップ10には東芝セミコンダクター1社が入るのみとなっている。 あるいは重厚長大産業のひとつである造船業を見ても、1970年代、80年代と2度にわたる「造船大不況」期を乗り越えてきた。しかし、当時と今では、競争環境がまるで異なる。当時の日本は新船竣工量で5割以上の世界シェアを誇り、世界最大かつ最強の造船国だった。しかし、今やNo1は中国、No2は韓国となっている。
こうした工業、製造業の変化もさることながら、国内の産業も激変してきた。少し古いデータであるが、各産業の就業者数の 構成比を確認すればその激変ぶりがわかる。

第一次産業:1950年48.5%から1970年19.3%へ、2010年には4.2%
第二次産業:1950年15.8%から1970年26.1%へ、2010年には25.2%
第三次産業:1950年20.3%から1970年46.6%へ、2010年には70.6%
*第三次産業におけるサービス業に分類されないその他は含まれてはいない。

食料自給率の低さにも表れているが、農林漁業の就業人数は激減し、「青森大間のマグロ漁」の ようにその珍しさからTV番組の取材対象になるような状態である。また、バブル崩壊後は製造業 の衰退とともに「リストラ」という言葉が新聞紙上に頻繁に出てくるようになった。また、それまでの 残業がなくなり、「父帰る」という言葉と共に味噌や醤油が売れるようになる。お笑い芸人の麒麟 の田村が書いた「ホームレス中学生」が225万部というベストセラーになったのもこの頃のことをテーマとしている。こ の「ホームレス中学生」の冒頭のシーンは象徴的である。差し押さえられた住居に戻ってきた父親からは「家族の解散」宣言がなされる。そして、ホームレス中学生が生まれるのであるが、こうした 転換を更にドラスティックにさせたのがインターネットの登場であった。製造業においても製造拠点を中国へと移転させるという産業の空洞化を生む一つの役割、高度情報化をも果たした。日本においても身近な目に見える分かりやすさで「グローバル化」を感じた時期である。
ただ最近では第一次産業の農業においては「攻める農業」として農産物の輸出が積極的に進められ、7000億円を超えるまでに成長してきている。エネルギーと共に自給率の低い食であるが、輸入は7兆円となっている。しかし、輸出は1兆円を目標としており、輸入も5兆円ほどを目指しており、農業の改革・転換も進んでいるようだ。

昭和と平成、その働き方の変化

このように産業の構造が変わるとは働く内容・働き方が変わるということである。そうした変化の象徴が「リストラ」であろう。それまでの昭和にはなかった言葉である。確かバブルが崩壊し不況に突入した1993年以降多くの企業で残業カットあるいは解雇が行われた。そして、同時にインターネットの普及と共に、いわゆる新しいIT産業が勃興する。こうした新たな産業が生まれるのと並行して、新たな世界、グローバル世界が企業のみならず生活者個人の目の前に広がった。そして、グローバル化の波は経済ばかりでなく、社会も、仕事も、消費もあらゆるものへと浸透していく。
昭和までの潰れない大企業主義、金融機関、年功序列型働き方からの転換。また、企業への生涯就職から、次のような価値観の転換が進行し、働き方においても「個人労働」=多元価値、多様な時代へと向かっていく。
○平均値主義(年功序列)     →  □能力差主義(個人差、キャリア差)
○永久就職(安全、保身)   →  □能力転職(自己成長)
○肩書き志向(ヒエラルキー) →  □手に職志向(スペシャリティー)
○一般能力評価        →  □独自能力評価
○労働集約型労働         →  □知識集約型労働
○就職(他者支配)      →  □天職(自己実現)
○総合能力(マイナス評価)  →  □一芸一能(プラス評価)

こうしたパラダイムの転換は、ローカル日本からグローバル日本への進化であり、従来の国際化という概念とは異なる巨大な波であると言える。国際化とはその語に表れているように、国の際(きわ)がある時代から、インターネットに象徴されるように情報はもとより、ヒトも、モノも、カネも「際」を超えて自由に行き来する時代への転換である。
こうした転換に対し、今回の英国のEU離脱のように、「統合に反対する」潮流もまた生まれてくる。「際」を超えてもなお残すべきもの、大切にすべきものがあるとする考えである。こうした視点に立つと日本の戦後における復興から高度経済成長期を経て、失ってしまったもの、忘れ去ってしまったもの、そうしたものへの取り戻しも生まれてくる。そうした転換、ローカルからグローベルヘという潮流を表すとすれば次のように整理することができる。

転換の構図




まずここで着目すべきがローカルとグローバルが「交差」することによって、どんな変化、特にライフスタイルや消費に意味ある影響を及ぼしているか、またその意味は何かを明らかにすべきあるということである。

主要なパ ダイムの転換と揺り戻し始まる

実はこうした「揺りに戻し」の中に新たなビジネスの芽がいたるところで生まれている。勿論、単純に「元」に戻ることでもなければ、「過去」に戻ることでもない。昭和から平成への転換において生活や消費の表舞台に出てきた最大のものを「キーワード」とするならば、やはり「回帰」となる。回帰の世界は歴史や文化のみならず、自然までの広がっている。例えば、ここ数年注目されている古い建物などのリノベーションがそうであるように、残すべき「古」と新しい「何か」を組み合わせ編集する極めて創造的な試みのことである。EU離脱によって、どんな英国になるのか、その国家像、社会像は未だ明らかになってはいない。こうした創造的な試みとなるのか、単なる復古・先祖返りとしての英国となるのか未だ分からない。しかし、このようにローカルとグローバルを「行ったり来たり」することによって、結果未だかってなかった「何か」が誕生すると考える。

グローバル化とは「多様化」

日本の場合、最初の「グローバル化」は明治維新であった。その新しい政治的統治についてはこのブログの任ではないので書かないが、西欧化・文明開化という「外」の世界の取り入れはどのように行われたのか、特に生活という視座から見ていくと、日本人の「外」の取り入れ方が分かる。
未来塾の第一回の浅草編ではそうした取り入れ方が今なお残っている場所、交差する浅草について次のような観察をしてきた。

『神谷バー  :創業明治13年、浅草1丁目1番1号にある日本で一番古いバーである。神谷バーと言えば、その代表的メニューの一つである「デンキブラン」であろう。「庶民の社交場」として明治以降今日に至るまで変わらぬポリシーで運営されているが、「デンキブラン」というカクテルはデンキ(電気)とブランデーの合成されたネーミングである。電気がめずらしい明治の頃、目新しいものというと”電気○○○”などと呼ばれ、舶来のハイカラ品と人々の関心を集めていました。さらにデンキブランはたいそう強いお酒で、当時はアルコール45度。それがまた電気とイメージがダブって、この名がぴったりだったのです、とHPに紹介されている。』

浅草は横浜と同じように西欧文明をいち早く取り入れた町であり、グローバル化の第一歩としてその痕跡が今なお残されている。ところで江戸時代の「四大江戸前」と言えば、蕎麦、寿司、鰻、天麩羅で浅草にはそれら名店が一つの観光名物となっている。余談になるが、この江戸前とは江戸の町の前に広がる東京湾の事ではなく、江戸スタイルのことで、上方の食と違うことを意図した言葉である。明治維新によってこうした江戸前の食の中にもたらされたのが、「洋食」である。神谷バーのデンキブランのように文明開化と共に、舶来という新しさ、ハイカラメニューの代表が洋食である。
その数多い洋食店にあってユニークな店としてヨシカミがある。写真の店であるが、店頭の看板には「旨すぎて申し訳ないス!」とある。こうした「下町の洒落」も浅草ならではであろう。他にもリスボン、グリルグランド、あづま、東洋、大宮、こうした洋食店以外にも多く洋食の集積度は群を抜いている。
江戸前というそれまでの食と西欧から取り入れた洋として食が浅草の町には混在・集積しており、私は食のエンターテインメントパークと呼んでいるが、その中でも一番集積度が高いのがオムライスに代表される洋食である。食べログに掲載されている洋食店は40数店あるが、食堂や喫茶店などで出される洋食メニューを入れると100店を超す集積となる。しかも、観光客があまり足を運ばない歓楽街であった六区周辺の横丁・路地裏に数多く点在している。
勿論、浅草以外にも洋食文化は残っている。その代表的な店が創業明治元年の横浜の元祖牛鍋「太田なわのれん」であろう。仏教の影響もあってそれまで肉食文化のなかった日本において、外国人の風習を真似て和洋折衷料理としたのが牛鍋で、当時大人気となった。これも新しい、面白い、珍しいもの好きな日本人の精神世界をよく表している事例である。

「外」の新しい、面白い、珍しいものの取り入れ方

大きく西欧化に踏み切ったのは明治であるが、実は江戸時代から「外」の世界とは活発に交流していた。江戸時代=鎖国=閉鎖的、という図式は意図的に明治政府が行ったもので、基本的には長崎の出島を窓口に交易はきわめて活発であった。1716年にはあの象が渡来し、浮世絵にも描かれている。ラクダ、ダチョウ、オランウータンまで渡来している。植物の輸入も多く、チューリップ、ひまわり、アロエなど裕福な町人の間で流行っていた園芸ブームをさらに広めたと言われている。また、あまり知られてはいないが、吉宗の時代には洋書の輸入が緩和され、「イソップ物語」や「ロビンソンクルーソー」などが読まれていた。ある意味、西欧化の素地は既に江戸時代からあったということである。




そして、日本の場合特にそうであるが、「外」にある新しい、面白い、珍しいモノの取り入れ方としては、ライフスタイルという視点に立てば、過去からのものとの「バランス」を考えた取り入れ方となっている。<視座-1>のように、西洋の持つ「科学性」と、その対比から言うとすれば東洋の「精神性」とのバランスを考えての取り入れとなる。神谷バーの「デンキブラン」ではないが、デンキ(電気)という科学性を積極的に取り入れてきた歴史がある。
明治維新以降は大きくは西欧化という近代化が政治経済のみならず、生活の隅々まで浸透していくのだが、危機、あるいは長く続く停滞、そうした「時」には、それまでの西洋の科学性という「理屈」から離れ、過去そうであった日本の精神世界、「感覚」や「感情」が生まれてくる。そうした戦前の精神世界の傾向を先祖帰りとして解き明かしたのが政治学者の丸山真男であった。現代においてもそうした「洋」から「和」への回帰傾向は生活の中の至ることに出てきている。その取り入れ方には一方に偏らないバランス感覚があり、生活すべてを「和」に回帰させる訳ではない。後の事例にも出てくるが、コンセプト的に言うとすれば「和モダン」となる。



そして、生活のどんなところから取り入れるかといえば、<視座-2>のように、「既成」にとらわれない自由な行動として始まる。浅草神谷バーの「デンキブラン」もそうであるし、牛鍋の「太田なわのれん」もまさにそれまでの慣習やしきたりからの「自由」である。そのためには、まず「日常」「小さい」「部分」を取り入れることから始まる。興味・関心は高いが、未知のことであり、チョット取り入れてみようということである。昔からそうであるが、いわば「お試し」と同じである。生活の中でこうした「お試し」を「日常」「小さい」「部分」として取り入れる最初のものはと言えば、それは「食」である。ライフスタイル変化の芽、兆候はどこから始まるかと言えば、その多くは「食」からである。

そして、「誰」から始まるかと言えば、一般的には既成から自由である若い世代からと言えよう。時代の変化に敏感で、その良し悪しより、「それがどこにもない新しい」かどうかである。例えば先日ビートルズ来日50周年を迎えたが、今やシニア世代となっている団塊世代も、その新しい音楽に熱中した。当時の「大人」は胡散臭さと共に、ロックやその源流となったブルースとの比較など理屈で評論していた。このように興味関心事は年齢世代や性差、さらには都市と地方といった育った環境によっても異なる。若い世代にとって大きな関心事となっているのが、昨年大騒ぎのあった「ハロウィン」であろう。東京ディズニーランドのイベントから始まったものだが、まさに「外」から取り入れた若者の祭りでその経済効果は1400億円と言われている。日本には古来京都の祇園祭や浅草寺の三社祭、あるいは博多の天神祭りなど大きな祭りだけでも全国で1500以上もの祭りがある。そんな「祭り」を知らない、あるいは参加できない若い世代が唯一祭りを体験・知っている「大人」たちに対抗できる新しい「祭り」がハロウインであった。その祭りの舞台が渋谷のスクランブル交差点であったことは、異文化が交差するという意味で象徴的ある。

変化は興味関心事の中にある

実は1990年代初頭大阪梅田の高架下SCで調査したことがあった。当時、月坪売り上げが全国No1のSCで若い世代のファッションアイテムを集積した商業施設であった。大阪ミナミのアメリカ村などと共に若者文化を受発信していたが、そのSCの中で特徴的なテナントの一つが古着ショップであったことと、売れているファッションを調べてみると、いわゆるそれまでの洋服のブランドのタグが内側ではなく外についた見せる服であった。今では当たり前のこととなっているが、一部のファッションに敏感な若者のトレンドスタイルとなっていた。これも「既成」から離れ、他者とは異なる自由な服を着て表現したいとしたチョットしたアイディアから生まれたものであった。世代的に言うならば、団塊ジュニア世代で、「セレクトショップ」という自身の好みを第一とした購買スタイルを創ったことへとつながるものであった。当時、韓国製と共に中国製の洋服や雑貨が輸入されセレクトショップで販売されていたが、デザインを中心にした「好み」を第一とする団塊ジュニアにとって、どこで製造されたかは二の次三の次であったということだ。それまでの消費が国産もしくは輸入品の場合はブランド品であり、勿論新品で購入場所の中心が百貨店であったのに対し、平成の消費は「好み」であれば中国製であろうが、ノンブランドであろうが、中古であろうが構わない。購入場所も「好み」という多様な個性を集積したSC(ショッピングセンター)へと変化してきた。これもローカルからグローバルへ向かう価値潮流の一つである。(後半へ続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:12Comments(0)新市場創造

2019年03月10日

創られる母性ー子を愛せない親たち 

ヒット商品応援団日記No728(毎週更新) 2019.3.10.

相次ぐ児童虐待事件のなかで東京都は子供への「しつけ」と称した虐待防止に関する条例が4月1日施行を目指し議会で検討されている。その条例には問題となっている保護者による体罰禁止などを盛り込んでいるのが特徴となっているが、児童相談所(児相)が警察と虐待に関する情報をすべて共有する「全件共有」までは踏み込んでいないものの、やっと一歩踏み出した。また国レベルにおいても児童福祉法などの改正案も検討され始めた。
一方、こうした子供を守る社会の動きがある中で、東京港区南青山に児童相談所を始め子ども家庭支援センターや母子生活支援施設の複合施設である「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)建設について一部周辺住民の反対があり、その反対理由を含め話題となっている。建設への住民説明会における反対意見ではあるが、児童相談所の必要性は認めるものの、「なぜ南青山なのか?」「青山のブランドイメージをしっかり守ってほしい」「土地の価値を下げないでいただきたい」といった意見がTVメディアを通じ報じられている。住民エゴといってしまえばそれで終わってしまうが、南青山というブランドをまとった反対住民はこの程度の認識なのか唖然とする。街は住民によって創られるのだが、こうした反対住民が大半を占める南青山であったら、そのブランド価値を下げていくことは間違いない。それは住民が街の価値をつくるのだが、それを「価値」として評価するのは「社会」である。

ところで2月10日のブログ「想像力を失った社会 」で栗原心愛ちゃんの虐待事件に触れ、躾などといった価値観に囚われ虐待する両親自身に問題の本質があると書いた。それは我が子を愛せない両親自身の悲劇によることが多い。育て方と言うより、「愛し方」を知らない親に生まれた子の悲劇でもある
この点について子を愛せない場合、どうすれば良いのかかなり前に考えたことがあった。そして、それは「母性」の歴史へと向かった。そして、それは母性の発露についてであり、母性は「創られるもの」ということに辿り着いた。結論から言えば、母性は本能の世界でもあるが、実は社会という「周り」によって創られるという事実であった。その母性の究極の形として「捨て子」があるのだが、江戸時代の「捨て子」がどうであったか、興味深い社会のあり様が見えてきた。今から12年ほど前に熊本の「赤ちゃんポスト」のニュースに触れて、「新しい母性」というタイトルで次のようにブログを書いたことがあった。その一部を再録しておく。

『江戸時代はいわゆる「捨て子」がかなり多かったようである。世界に例をみない自然との共生社会であった江戸時代にあって、捨て子に対する人間としての引き受け方は一つの示唆があると思っている。その共生思想の極端なものが、江戸中期の「生類憐れみの令」である。歴史の教科書には必ず「生類憐れみの令」について書かれているが、多くの人は犬を人間以上に大切に扱えというおかしな法律だと思っている人が多い。生類とは犬、馬、そして人間の「赤子」であることはあまり知られてはいない。その「生類憐れみの令」の第一条に、捨て子があっても届けるには及ばない、拾った者が育てるか、誰かに養育を任せるか、拾った人間の責任としている。そもそも、赤子を犬や馬と一括りにするなんておかしいと、ほどんどの人が思う。江戸時代の「子供観」「生命観」、つまり母性については現在の価値観とは大きく異なるものだ。生を受けた赤子は、母性を超えてコミュニティ社会が引き受けて育てることが当たり前の時代であった。自分の子供でも、隣の家の子供でもいたずらをすれば同じように怒るし、同じように面倒を見るのが当たり前の社会が江戸時代である。

私たち現代人にとって、赤子を犬や馬と一緒にする感覚、母性とはどういうことであろうかと疑問に思うことだろう。勿論、捨て子は「憐れむ」存在ではあるが、捨てることへの罪悪感は少ない。法律は捨て子の禁止よりかは赤子を庇護することに重点が置かれていた。赤子は拾われて育てられることが前提となっていて、捨て子に養育費をつけた「捨て子養子制度」も生まれている。つまり、一種の養子制度であり、そのための仲介業者まで存在していた。
私たちは時代劇を見て、「大家と言えば親も当然、店子と言えば子も当然」といった言葉をよく耳にするが、まさにその通りの社会であった。あの民俗学者の柳田国男は年少者の丁稚奉公も一種の養子制度であるとし、子供を預けるという社会慣習が様々なところに及んでいると指摘をしている。江戸時代にも育児放棄、今で言うネグレクトは存在し、「育ての親」という社会の仕組みが存在していた。この社会慣習とでもいうべき考え、捨て子の考えが衰退していくことと反比例するように「母子心中」が増加していると指摘する研究者もいる。(「都市民俗学へのいざない1」岩本通弥篇)』

今、多発する児童虐待事件の論議の中で、「懲戒権」という法改正の論議が巻き起こっている。実は私はこの法律について知らなかったのだが、民法(第820条<監護及び教育の権利義務>)の中に、親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる、とある。この懲戒とはいわゆる「しつけ」と称した体罰を誘発するものだとし、その法改正が始まっている。私は法改正の専門家ではないが、この民法第822条は明治以降問い直されることなく承認され続けてきた事実に驚くと同時に、ある種の納得が得られた。明治憲法の残滓がここにも残っていたという意味である。
少し短絡的になってしまうが、江戸時代にあった「社会」と明治以降の「社会」とはその政治経済といった価値観の変化のみならず、社会、ひいては「母性」をも大きく変えてきたのではないかという仮説である。

「生類憐れみの令」の誤解もそうだが、例えば「三行半(みくだりはん)を叩きつける」という言葉がある。これは夫婦間での言葉で愛想が尽きたので別れる時に使われることが多いが、この言葉は女性が男性に突きつけるとき使われた言葉である。別れる時の「再婚許可証」のようなもので、夫の権利ではなく、義務としてあったものである。妻は夫に突きつけて、次の再婚相手を探すということで、現在使われている三行半とは真逆な使われ方であった。更に付け加えるならば、「浮気をする不安」があれば、「先渡し離縁状」という三行半をあらかじめ預かって結婚する場合もあった。このように江戸時代は今風に言えば「女性ファースト」の社会であった。家事や子育ても時間があるものがやり、専業主婦などという世界とは無縁な平等な社会、パートナーシップ社会であった。こうした背景には、江戸は単身赴任の男性が多く、女性はいくらでも再婚できたという背景があり、幕府も再婚を奨励していたほどであった。ただ、こうした一種自由な恋愛・結婚社会は庶民の場合であって、武家社会においては、家同士の結婚として本人同士の恋愛より、家の格などといったことが重視され、大名や旗本であれば将軍家の許可が必要であった。

こうした女性中心の社会にあって、時に未婚女性が子を産んでしまい、子を捨て家を出てしまうこともあった。そんな時は町役人を兼ねた大家が同じ長屋の経験を積んだ女性を指名し、指名された女性を中心に長屋全体で子育てをしていた。こうした庶民の社会は明治以降も「捨て子」(=養子・もらいっ子)の習慣は昭和初期まで続いた。しかし、昭和に入るとこうした習慣は廃れていき、「母子心中」が急激に増加していると岩本通弥氏は指摘している。
詳しい歴史の評価は後日行うつもりだが、ちょうど明治以降の近代化は一つの行き詰まりに符合している。それは世界大恐慌の波が日本の農村社会にも押し寄せ、それまでの家父長制という家制度が崩壊していく時期と重なっている。この時期、新たな家制度のコアとなったのが「母性」であった。例えば、5月の第二日曜日の「母の日」であるが、赤いカーネーションを贈ることから米国から取り入れたように勘違いしているが、その誕生は1931年(昭和6年)の大日本連合婦人会の発足から始まった。いわゆる国策としての「母性」で、明治政府の富国強兵政策・産めよ増やせよといった考えの延長線上に「母性」は置かれていた。実はこの「母の日」運動は長続きしなくなり、消滅するのだが、家制度の歪みは戦後の今尚続いているといっても過言ではない。勿論、今日行われている米国に習った感謝の日としての「母の日」はこれからも進めていくべきと思うが、その根幹にある「母性」は明治憲法の残滓を引きずっており大きな価値観転換の時を迎えている。

ところで2007年子どもの生命を守ることと、中絶や育児が困難といった社会的に孤立した状況にある女性が殺人や遺棄などの犯罪を選択することを防ぐことを目的に「赤ちゃんポスト」は誕生する。いわば慈恵病院が長屋の大家さんになるという仕組みだ。赤ちゃんポストという名前は良いとは思わないが、小さな共生社会として、「新しい母性」を病院が一部代行してくれる一つの知恵であり進歩だと思う。
また、こうした社会的養護として、里親制度や特別養護制度などあるが、その施設も担当者も極めて少ないのが現状である。その中核となるべき児童相談所の体制はここ数年の虐待事件を見ても分かるように、受け入れ体制の質も量の拡充・充実が急務となっている。

昭和30年代の東京を舞台とした映画「ALWAYS三丁目の夕日」には、物的には貧しくても豊かな生活、優しい母性・父性が描かれ忘れていたことを思い起こさせてくれた。また、少し前には日本テレビ系「水曜ドラマ」の枠で『Mother』(マザー)では母性をテーマとしたドラマとして放送された。幼い子供が虐待を受け、その子供を助けるために誘拐をするというあらすじで、今日の事件を想起させるドラマである。泣かせるドラマとして回を重ねるにしたがって視聴率を上げていったドラマである。子役の芦田愛菜のデビュー作であり、その演技に多くの視聴者を驚かせたドラマといったほうがわかりやすい。こうした母性・父性をテーマとした映画やドラマに共感はしても、江戸時代のような大家・長屋コミュニティの再創造は極めて難しい。しかし、母性を超えた「共生」という価値観を持った社会は赤ちゃんポストを始めまだまだ残っている。

そして、前述のように法整備を含め児相の拡充など急務であるが、個人の問題として考え直すことも重要である。周りを見渡してみていくと、仕事をしながらの子育て中、いうことを聞かない子にイライラし感情に任せて子を叩こうとした経験があると答える知人は多くいた。子供は悪戯もするし、時に嘘もつく。そんな時、子供とどう向き合ったらよいのか一つの答えがあるかと思う。それはかなり前になるが、糸井重里氏による「ほぼ日刊イトイ新聞」に、夏休み特集として、読者からの質問に詩人の谷川俊太郎さんが答えるという企画が載っていた。その中に「ことば」の本質を生きる詩人である谷川さんが、お母さんの質問に次のように答えていた。これも以前書いたことだが、大切なことなので一部再録する。

【質問六】
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)
追伸:これは、娘が実際に 母親である私に向かってした
   質問です。目をうるませながらの質問でした。
   正直、答えに困りました~
   
■谷川俊太郎さんの答え
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

素敵な、なおかつ本質を踏まえた答えだと私は思う。「アタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」と答える谷川俊太郎さんの温かいまなざしに多くの人は共感すると思う。アタマという言葉を理屈という言葉に置き換えても、ココロを素直にと置き換えても、カラダを行動すると置き換えてもいいかと思う。子供と向き合うとはこうしたことの積み重ねであると思う。子供を愛するとは正面から向き合うことで、共に生きることであり、一緒に食事をし笑い、時に怒ることもあるが、一緒に泣きもする、そんなカラダでふれあう、抱きしめてあげることが子の愛しかたである。
こうした個々の行動は少しづつではあるが、「社会」へと広がっていくであろう。以前、伝統は創られると書いたことがあったが、「母性」もまた「社会」によって創ることができる。その際江戸時代の知恵もまた活用すべきであろう。そして、そうした意味で東京南青山に建設予定の「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)建設もあるべき「社会」が試されているということだ。(続く)
  
タグ :児童虐待


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