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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2019年07月28日

大いなる家族経営の崩壊 

ヒット商品応援団日記No745(毎週更新) 2019.7.28.


ほぼ1ヶ月前のブログで「お笑いの街が揺れている」というタイトルで吉本興業の不祥事を取り上げ、吉本興業という会社がどんな会社であるかを元吉本興業常務であった木村政雄氏の著書「笑いの経済学」を通じて問題の所在を書いた。その後、宮迫・田村亮の記者会見、そして、吉本興業の岡本社長の5時間半に及ぶ記者会見と大きく急展開した。それは反社会的勢力への闇営業という問題から、吉本興業という企業が持つ経営、特に経営者と芸人との関係、私が長年テーマとしてきた「人の生かし方」「生かされ方」という企業経営の本質へと急展開した。

ところで7月20日の宮迫・田村亮二人の会見を見て、それはそれなりに謝罪記者会見の「意味」を感じたが、翌々日22日に行われた吉本興業岡本昭彦社長の5時間半に及ぶ会見を見て、「なるほどな」と吉本という会社が実感できた。翌日のTVやスポーツ紙の報道は2者の対比をしながら前者2人の「覚悟」との違いを指摘し、岡本社長の回りくどい、くどくどした意味不明の釈明に批判が集中したが、危機管理の無さや会見に「芸」の無さを指摘してはいたが、私にとっては吉本という企業の本質がよく見えて、それなりに意味ある2つの会見であった。

それは吉本興業元常務の木村氏が書いた「笑いの経済学」に書かれていた吉本興業の「牧場型経営」の意味、今日的な限界についてである。まずその牧場には6000人ものNSC(養成所)卒業生がいるが、「吉本は柵の低い出入り自由な牧場で、所属する芸人は遊びに行ってもいいし、色恋沙汰をしてもいい。会社は何をするかというと、おいしいビジネスチャンスという牧草と快適な寝倉を用意する。会社はその牧草と寝倉を徹底して良質にする。良質な牧場を作れば、出て行った牛も必ず戻ってくる」そんな会社(吉本)と芸人の関係について書いた。先日の岡本社長の記者会見ではそうした吉本流経営をファミリー・家族であるとリーダー自ら答えている。岡本社長と芸人四人との面談で、「テープ回しているんとちゃうやろな」「記者会見やってもかまへんけど、そうしたら全員首やからな。わしにはそうできる力がある」・・・・・・・・・こうしたパワハラまがいの発言も、親が子をしかるようなものだという。岡本社長は親・家長で宮迫・田村亮は子という関係の経営である。この1週間元吉本のプロデユーサーや柵の低い牧場から3回も出たり入ったりした島田洋七までTV出演しており、さらには柵の外で暴力団と付き合っていたことから吉本を解雇された島田紳助まで週刊誌にコメントを寄せている。全て「家族」の中の騒動であるという認識のもとである。勿論、家族の中にあって他人行儀な「契約書」などあろうはずはない。

こうした自由度の高い「家族経営」は人の生かし方としてあるかと思う。勿論、多分に大阪的ではあるが、他にも創業期の自動車メーカーのホンダも親父と子の経営であった。小さな町工場で油まみれで働く親父(本田宗一郎)と子(従業員)で、少しでも手を抜くと殴られたという。そして、従業員という子をとことん愛したが、本田宗一郎は実子を決して後継者には選ばなかった。油まみれになった従業員の中から後継者は生まれた。昨年、宗一郎の「夢」であった小型航空機市場に本格参入したと話題になっていたが、「世の中にないモノを作る」という宗一郎の哲学、いや夢を受け継いだ開発であった。実は宗一郎の夢は小学校低学年の頃に学校をさぼり、親に内緒で自宅から20キロメートルほど離れた浜松練兵場へ飛行機を見に行った時からの夢であった。小型ジェット機の開発者はそんな夢を今も受け継ぐ、ホンダはそんなファミリー経営である。ファミリー的企業風土はこの「夢」にあり、宗一郎の生き様こそが今なお一つの求心力となっている。

前回のブログで吉本が大きく転換し成長したのは競争相手である松竹芸能との競争を終え、東京への進出であったと書いた。勿論、「お笑い市場」は大阪と比べ東京は極めて大きい。しかし、東京進出は一つのきっかけにすぎない。吉本急成長の第一は、「芸人」という商品を仕組み・システムとして顧客に笑いを届ける方法を完成させたことにある。それまでの「芸」は師匠と弟子という関係の中から生まれ磨かれてきた。当然、師匠一人で見れる弟子の人数は限られる。しかし、吉本の場合、牧場の柵を低くし、誰でもが40万円払い、NSCを卒業できれば吉本芸人になれる。そして、大阪の心斎橋二丁目劇場のような小劇場で競争し合いながらそこで人気を得た芸人を東京という最大市場に供給するシステムを完成させた。ヒット商品を探し、インキュベーション(孵化)するシステムということである。私の言葉でいうと、「お笑い」のマスマーチャンダイジング、大量生産するシステムということである。そして、「笑い」は時代の変化とともに、常に変わる、だから安定した商品を供給するには、その芸人候補の裾野を広くし、売れない芸人を含め多ければ多いほどヒット商品が生まれるいうことになる。結果6000人にまで膨れ上がったということである。

東京市場への進出はきっかけに過ぎないと書いたが、実は1990年代その東京市場、マスメディア市場は大きく転換する時期にあたる。いわゆるパラダイム転換、価値観の転換がメディア産業にも起きる。詳しくは未来塾で「働き方も変わってきた」として、電通の過労死事件から見えるその「ゆくえ」の中で、日本のメディア事情を書いているので参照していただきたい。概略を言うと、1990年代後半日本のマスメディア、特にTVメディアもその広告取り扱いを主要業務とする広告代理店も大きな転換を迎える。バブル崩壊後のデフレの波は当然マスメディアにもそれを使う広告代理店にも押し寄せる。中小の広告代理店は統合再編もしくは消滅していく。マスメディアもデフレにより「価格競争」、低価格へと向かう。その象徴であるが、TVメディアの主要な収入源であるスポット広告の価格は、外資系クライアント及び広告代理店主導の「価格コンペ」の導入によって、TV曲は従来の収入を得られなくなっていく。2000年代に入り、更に追い討ちをかけたのがインターネットメディアによる価格低下の圧力であった。結果どのようなことが起きたか、例えばリストラ・配置転換であるがTV局の場合それまでの社内制作スタッフを外部企業へと業務委託する、あるいは社員を解雇させその委託会社に勤務させる。新聞社の場合はそれまで社員が取材していた情報源を提携したメディアからもらい受けることによって記事が出来上がるといった具合である。

こうしたはメディア市場の背景にあって、吉本は単なる芸人の提供だけでなく、政策丸ごと請け負う方向へと向かう。次第に番組編成にも入り込むようになっていく。田村亮が岡村社長との面談において、謝罪会見など行っても大丈夫、在京・在阪5社のTV局は吉本の株主だからと説明され、どういう意味なのかわからなかったと会見で発言していたが、こうした背景からである。
実は吉本は現在非上場であるが、それまでは上場企業であった。今回の反社会的勢力への闇営業問題において多くのマスメディア関係者、特に芸能関係者が不思議だと指摘したのが「非上場」の件であった。吉本は当時ソニーの元会長であった出井氏を社長とした「クオンタム・エンターテイメント」(在京民放、ソフトバンク、ヤフー等13社が240億出資)を中心に三井住友銀行の融資などにTOBさせて、2009年上場廃止する。
さて問題は何故買収に向かったかである。それは吉本の歴史を遡ればわかってくる。戦後の吉本興業は創業者吉本せい(林せい)を支えてきたのが林正之助で、その家系図を見れば明確になってくるが、芸能ブログではないので省略するが、つまり「創業家」が経営を行ってきた。しかし、次第に吉本も大きくなり、笑いいの質も変化していく。実は吉本が1980年東京進出を始め漫才ブームを創ったのだが、その東京事務所の所長であったのが、前述の「笑いの経済学」の著者である木村政雄氏である。今日の吉本を創った人物として現会長の大崎洋氏の名が挙げられるが、実は東京事務所開設は木村氏と部下の大崎氏の二人であった。当時の週刊誌などによれば木村氏は創業家経営陣と考えが合わずサラリーマン社会によくある「左遷」であったようだ。
これ以上人事に関して書くことはしないが、2002年木村氏は吉本を退社する。当時の社長であった林裕章氏と考え方が合わなかったという理由であるが、こうした事情を傍で見ていたのが現会長の大崎氏であったと当時の週刊誌は書いている。そして、2005年林裕章氏は亡くなる。以降、吉本内部から様々な不満が噴出するが、現場でそうした声を聞いたのが大崎会長であった。ここからは私の推測の域を出ないが、そうした背景を踏まえ、大崎会長は吉本の近代化、創業家との縁を切る行動、つまりTOBを仕掛け上場廃止へと向かったと思われる。つまり、表向きは安定株主による経営の安定が非上場理由としたが裏には創業家排除という露骨な方法ではなく、民放各社の株を持ってもらうという方法をとったと思う。

そして、吉本興業の近代化」は、林正之肋の時代から脈々と息づく「興行とヤクザ」の関係にも、ピリオドを打つことをも意味していた。現在では、興業、今でいうイベントなどで、今回のような暴力団や半グレのフロント企業との関わりは複雑かつ分かりにくい世界となっている。
しかし、兵庫県警内部資料『広域暴力団山口組壊滅史』には検挙年月日とともに「山口組準構成員 吉本興業前社長 林正之助」と記されている。もちろん警察側の視点であり事実はわからない。ただ、興行とヤクザの結び付きが当然の時代でもあったことは事実である。そうした歴史・慣習を背負った企業であることは忘れてはならない。
勿論、であればこそコンプライアンスが叫ばれているのだが、牧場型経営においては柵の外へと出入り自由な経営システムのもとで果たして「外」の活動を規制することはできない。柵を高くし、牧場内に留まることは自由が制限されることでもあり、クリエイティブな笑いは半減してしまう。しかも、6000名もの芸人とは雇用契約ではなく、事業主との契約であり、ほとんどの芸人は「外」でのアルバイトなどによって生活を維持させている。初期の吉本興業は安いものの月給制という革新的発想を持った会社であった。しかし、私の言葉で言えば、マスマーチャンダイジングのシステムによって成長というより、膨張してしまったということである。大いなる家族経営の限界であり、このままであれば衰退へと向かうであろう。前回私が「臨界点」を迎えていると指摘したのはこうした背景からである。

「マスマーチャンダイジング」は決して悪いことではない。多くのチェーンビジネスが取り入れる手法であり、低コストで大量生産、安定供給することができる。しかも、ITの活用によって少量生産が低コストで可能になったことである。例えば、現在は見事にV字回復した日本マクドナルドもあのチキンナゲット問題で一挙に赤字転落し、多くの店舗を閉鎖したことを思い起こしてほしい。今日の日本マクドナルドを創ったのは顧客であり、特に小さな子供を持つ若い母親の信頼を回復したことによる。その中心には周知のサラ・カサノバ会長のリーダーシップのもと、全国の現場店舗を訪れ母親たちにヒアリングした結果によるものであった。
吉本に置き換えるならば、TV局という現場はあっても、その先にいる「視聴者」には届く方法を持たない。つまり、「公開」という原則をどう保持するかである。敢えて、吉本の歴史、人事を含めた「お家騒動」の歴史を書いたのも、「家族内」「内輪」の問題として処理してきた歴史であった。芸人にとっては低い柵に囲まれた牧場ではあるが、外に広がる顧客への公開は成される方法を持たない。「大いなる家族経営」の限界であり、最大問題としてある。

吉本の歴史の中で特筆すべきは、その良さは「笑い」は常に時代・顧客と共に変化する、その変化に素直に会社も芸人も従うことであった。問題はその「変化」の捉え方が、会社と芸人、大阪NSC所属芸人と東京NSC所属芸人、古い芸人と若い世代の芸人、各々バラバラ状態で、これもまた「お家騒動」を増幅させている。つまり、こうした混乱はマスマーチャンダイジングのシステムが機能しなくなってきているということである。いわゆるガバナンスの喪失、大いなる家族経営の崩壊である。
牧場の中に従来の上質な牧草だけでなく、例えばNTTグループと組んで、教育関連のコンテンツを配信するプラットフォーム「ラフ・アンド・ピース・マザー」の立ち上げを発表している。この事業には官民ファンド・クールジャパン機構の出資も決まっており、最大100億円もの巨額がつぎこまれる可能性もある。勿論、大阪の会社であり、2025年の大阪万博の民間企業体連合体のトップになっている。あるいは吉本を念頭に置いてだが、公正取引委員会の山田事務総長は『契約書がない』ということは、契約内容が不分明になることにつながることがございますので、独禁法上問題になる行為を誘発する原因になり得るとコメントしている。
最早、大いなる家族経営、経営システムの根幹を変えていくことが急務となっているということだ。今回もまたお家騒動をきっかけとしてはいるが、コトの本質は深刻である。(続く)  
タグ :吉本興業


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2019年07月21日

歪んだ「怒り」  

ヒット商品応援団日記No744(毎週更新) 2019.7.21.


また、凄惨な事件が起きてしまった。京都アニメーションへの放火殺人事件であるが、第一報の報道からピンとくるのに少しの時間がかかってしまった。数分後、京アニの代表作が「涼宮ハルヒの憂鬱」であると聞いて、あああのアニメ会社であったのかと理解した。原作の「涼宮ハルヒの憂鬱」は2003年から涼宮ハルヒシリーズとして主に中高生に広く読まれたライトノベルである。売れない出版業界にあって、唯一売れた本で、「ライトノベル」という日本独自の新しいジャンル(イラストや挿絵を多用した小説)の代表的作品である。ちなみに、2017年10月時点の累計発行部数は全世界で2000万部である。
実は2007年に、秋葉原が観光地化するにしたがって、オタク文化のラストシーンを迎えたとブログに書いたことがあった。勿論、1980年代に生まれたオタクのことでその流れを受け止めた真性オタクについてである。その真性の意味であるが1995年から始まっ庵野秀明監督によるアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』までの熱烈なフアンのことを指す。当時次のようにブログに書いていた。

『オタクという言葉も健康オタクから始まり様々なところでオタクがネーミング化され市民権を得ることによって、その「過剰さ」が持つ固有な鮮度を失っていく。市場認識としては、いわゆる「過剰さ」からのスイングバックの真ん中にいる。真性オタクにとっては停滞&解体となる。つまり、「過剰さ」から「バランス」への転換であり、物語消費という視点から言えば、1980年代から始まった仮想現実物語の終焉である。別の言葉で言うと、虚構という劇場型物語から日常リアルな物語への転換となる。』

庵野秀明監督も周知の「シン・ゴジラ」で新しい映画へと向かうのだが、京アニが創った「涼宮ハルヒの憂鬱」は1980年代からのオタクの言わば受け皿のように新たなオタク文化を創った会社ということができる。そんな経緯を『勿論、真性オタクがいなくなったわけではない。例えば「涼宮ハルヒ」オタクは今なおそのオタク世界に生きている。』とも書いた。ジブリ作品とは異なる幅広い分野でコアとなるフアンを創ったということである。そのオタクの世界の象徴が「コスプレ」であり、見事に新しい市場を創造、しかもマスマーチャンダイジングした会社が京アニであった。つまり、身近で、しかも世界へとアニメ世界を広げたクールジャパンの一つの潮流を創った会社ということだ。

ところで本題であるが、放火事件の犯行内容については大分わかってきたが、41歳の放火犯青葉容疑者の動機については入院していることもあってまだまだ分からないことが多い。ただ、犯人が京アニの玄関から入りいきなり「死ね」と言いながら液体状のものを撒き火をつけたこと。更には、犯人確保の際、住民が聞いた犯人が発した言葉に「ぱくりやがって」と恨みの言葉に動機の一部があると思われる。その後の警察の発表ではパクった発言の裏付けとも取れる「小説を盗まれた」との発表があった。
死傷者60数名という平成以降最悪の放火事件であるが、犯行動機の対象が不特定多数、つまり「無差別殺人」であることがこの時代の特徴となっている。少し前に起きた川崎の殺傷事件も無差別であったが、特定の個人や事柄を対象としない。嫌な言葉だが、「テロ」ということが思い浮かぶ。

時代のキーワードという表現を使ったが、「無差別」というキーワードと共に鮮明になったのが「過剰」である。数年前から、いやかなり以前から社会問題となっていたのが、1990年に起こった「桶川ストーカー殺人事件」であろう。被害相談を認めす杜撰な対応をした警察に批判が集中した事件として今なお記憶にあるが、犯人の「思い込み」という執拗で、過剰なストーカーの行動の本質にもあい通じるものがある。
私が以前から指摘してきた個族と呼んだ社会からある意味必然として起こる事件でもある。それまでの共同体、家族を始めあるいは時には企業、地域社会、もっと小さな単位で言えば趣味のクラブやご近所のママ友、更にはネット上の各種コミュニティまで、多様な共同体はあるが、どこにも属さない個族が増えている。少し前の川崎殺傷事件のときの「80 50」問題のように、社会との接点を失った「引きこもり」もそうした共同体から外れた個人がいかに多いか。これ以上書くことはしないが、「居場所」のない個人が見えないところでいかに多く存在しているかである。居場所とはある意味自分だけの居心地の良い場所のことだが、実は時代の変化と共に居場所から「出たり入ったり」している。そうした傾向は消費にも多く見られかなり前になるが日経MJのヒット商品番付を次のように読み解きブログに書いたことがあった。

『個族から家族へ
5~6年前、個人化社会の象徴として若い世代に「マイブーム」が起きた。ある意味、「自分確認」=「自分探し」として、マイ○○という商品に自分を置き換えたブームであった。実はこうした私生活主義が少しづつ変わり始めている。書籍卸しのトーハンによる2008年のベストセラーランキングでは「ハリー・ポッター/最終巻」が第1位(185万部)であったが、今年ブームとなった「B型自分の説明書」(3位)をはじめ、O型、A型、AB型全てがベスト10入りし、シリーズ累計では500万部を売り上げた。10年ほど前から始まった個族の自分探しという占い依存型から自己確認型へと変化してきている。自分の居場所を失い都市漂流する若い世代に社会的な注目が集まり、バラバラになった個を家族という単位へとつなぎなおす動きが始まっている。消費面でいうと、上記の家庭内充実型商品、家事であれ、遊びであれ、家族一緒という単位変化が出てきている。象徴的な例であるが、5~6年前の隠れたヒット商品であった「一人鍋」は、カレー鍋のように家族一緒の鍋へと変化してきた。つまり、上記傾向を踏まえると、家族割り、夫婦割りといったプロモーションは、携帯電話や映画鑑賞、旅行(交通・ホテルなど)、ゴルフのみならず多くの業種・業態へと広がるであろう。』
(2008年12月に発表された2008年ヒット商品番付を読み解くより抜粋再掲)

2008年は周知のリーマンショックがあった年である。消費は全て内向きに向かい、低価格を始め今日のデフレ基調の傾向が強く出た年である。結果、それまでの個族から家族へと揺れ戻しが強く出た年であった。以降、低価格を軸に多くの業界でリストラ&再編が行われた。例えば、ファミリーレストランは大手三社の店舗数は500店舗が閉鎖しファミレス市場は縮小する。ファッション業界で言えば、ファストファッションが主流となり、世界のスーパーブランドが集積する銀座にも、多くのファストファッションが進出する。こうした激しい再編にあって、それまで属していた家族などの居場所から外れてしまう人も出てくる。上記にも書いたが、血液型による自分確認の本が売れた時代は実は今なお続いていると考えた方が良いと思う。

この「自分確認」「自分探し」を目的に外へと向かうことは意味あることであるが、内に向かう場合その視野はどんどん狭くなり、つまり「思い込み」がこころの全てを占めるようになる。思い込みは深い洞察を得ることにもつながるが、時として独りよがり、排他的な「考え」へと向かう。よく言われることだが、アーチストの多くは思い込みの激しい人物であるが、思いの対象が社会にとって意味あるものとして評価される場合もあるが、そうしたアーチストたり得る人物は極めて少ない。多くの場合、社会という表舞台に上がることは少なく、結果として内に「思い」が淀むこととなる。例えば、その淀みとは初めは鬱屈した「妬み」であったが、次第に「恨み」へと。それがあるきっかけによって外へと暴発する。人間の心理はそのように図式化できるものではないが、多くの人が感じられるのが「キレる」光景である。ある意味、日常化してしまっている光景だが、「キレる」とはこころの「淀み」が表へと出てきた現象である。

「キレる」という言葉がマスメディアに登場したのは2000年代からであったと思うが、最初は子供(幼稚園児)が新たな幼稚園という新しい社会に馴染めず情緒不安定になり暴れる様子を「キレる」という言葉で表現したと記憶している。(確か品川区の幼稚園であったと)それまでの家庭という小さな社会から幼稚園という新たな社会に馴染めない子供の心理を明らかにした言葉である。変化の激しい時代とは、常に新しい社会に向かい合わなければならないということである。それをストレス社会と私も認識してきてはいたが、耐えられない人間もまたいるということである。そして、時代という視点に立てば、思い込みが過剰となり、外へ向かって無差別に鬱屈した「思い」が怒りとなって暴発する、そんな認識が必要ということだ。
青葉容疑者の回復を待って動機は解明されていくと思う。ネット上では京アニが公募している小説に盗まれたとの
「怒り」が放火の動機であると指摘している。勿論、推測の域を出ないことばかりであるが、報じられているように近隣住民とのトラブル、つまりキレる状態が常態化していたようだ。脳科学者である中野信子氏は〝キレる人〟や〝キレる自分〟に振り回されず、〝キレ上手〟になることだと指摘してくれているが、それを可能とするのも「外」との交流によってである。何がきっかけとなったかという指摘もあるが、問題なのは鬱屈した怒り、歪んだ怒りがあったことは事実であろう。刑法犯が年々減少へと向かう治安の良い日本ではあるが、その裾野には「キレる」社会が存在していることもまた事実である。

最後になるが、私は冒頭書いたように「涼宮ハルヒの憂鬱」という一つの転換点となる作品を通してしか京アニを知らない人間であるが、その後のアニメ世界の一つの潮流を創った会社であり、それに携わった若い人たちの会社である。60数名の死傷者に対し、海外からも寄付や支援メッセージが数多く届いているという。多くの専門家が指摘をしているが、日本のアニメ界に貢献してきた、つまり新しいクールジャパン市場を創ってきた会社であり、人々である。亡くなられた34名を悼むと共に、負傷している34名の方々のご回復を心からお祈りいたします。合掌。(続く)
  


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2019年07月14日

街が変わる、消費が変える  

ヒット商品応援団日記No743(毎週更新) 2019.7.14.


ブログを始めてから町歩きはしていたが、2014年2月からは主に「未来塾」というタイトルでその変化をレポートしてきた。その第1回目は文字通り「街から学ぶ」というテーマを選び、その背景として街は時代と呼吸することによって常に変化し続ける。この変化をどう読み解くのかということこそビジネスの未来を見いだす芽となる、そうした仮説をもとに多くのレポートを書いてきた。

主に観察する街をどう選んできたかと言えば、良い変化が街に現れその街の商業が活力あるものとなっているところを選びレポートしてきた。勿論、例えば「人の手」が入ることを止めた耕作放棄地のように、草木が生い茂りイノシシなどの野生動物の棲家へと変化した街もある。それは地方ばかりか、首都圏にもまだら模様として残っている。敢えて、そうした街を題材としなかったのは「人の手」が及ばない状態になっているからであった。つまり、役に立たない、活用できない事例ということであった。但し、唯一衰退への警鐘を鳴らしたのは東京スカイツリーの計画に盛り上がった地元押上商店街に対してであった。東京スカイツリー景気にのったいわばコバンザメ商法によって押上商店街も潤うのではないかということへの警鐘であった。案の定、開業2年後に残ったのは押上食堂と稲荷寿しの味吟ぐらいで、東京スカイツリーのソラマチ(商業施設・専門店)に負けない特徴を持った店である。TVメディアに踊らされた店々はことごとく閉店し、シャッター通りから寂れた住宅街へと変貌した。

一方、東京スカイツリーのような「外的要因」による衰退への道をたどることなく、逆に活況を見せている江東区の砂町銀座商店街やハマのアメ横と呼ばれる興福寺松原商店街のように何故活況を見せているのか、その理由を学んだ方がお役に立てるのではないかと考えたからである。こうした事例は地下鉄の開通を機にテーマを持って一大観光血となったもんじゃストリートもあれば、衰退の街を辿ろうとした吉祥寺にあって、北口駅前にある昭和レトロな一角ハモニカ横丁が若者に新鮮なおしゃれ感覚、OLD NEW古が新しい、そんな世界を提供し、住みたい街NO1という独自な街へと変化させた。また、3年ほど前から新しい活況の芽を見せている大阪の街を題材に、見事に再生した新世界・ジャンジャン横丁や黒門市場を取り上げてきた。100の街があれば、100通りのコンセプト・活況法があり、アーカイブから目的に沿った街やテーマを取り出して今一度読み解いて欲しい。

また、街の変化と共に、街の商業を構成する主要な企業・専門店の変化も併せてスタディするとより鮮明に「変化」が見えてくる。その一つが日経MJの「ヒット商品番付」を独自に読み解いた視点・着眼である。このヒット商品番付の分析については2007年から行なっているのでリーマンショック前からのヒット商品の特徴を見ていただくことができる。ここ数年の特徴というと、大きなヒット商品は極めて少なくなり、小型化し、しかもデフレ時代ならではの商品、日常利用商品がほとんどとなっている。
あるいはビジネスにおいて注目話題となった事例、例えばユニクロの値上げの失敗や同じように値上げで業績を落としたラーメンの幸楽苑における改革とV時回復、つまりデフレ時代における「価格戦略」をテーマとして取り上げてきた。売れない出版業界にあって唯一売れている雑誌、おまけ付き雑誌などにも言及しているので是非。

さて本題に入るが、10月の消費増税によって「街」にどんな変化をもたらすか考えてみたい。実は、2014年の消費税8%導入に際しては、砂町銀座商店街については導入前と導入後の変化を見ることができた。その時のブログを今一度読んでいただきたいのだが、商店街の多くの店舗に共通していることは「生業の良さ・強み」であるということに尽きる。つまり生きていくための工夫がここでは行われており、結論から言えば「売り切る力」を持っているということであった。今風の言い方であれば「ロス率0経営」ということである。結果、どういう変化となって現れてきたかというと、賑わいに「変化」はなかった、ということである。わかりやすく言えば、閉店する店はほとんどないということである。また、ハマのアメ横と言われる興福寺松原商店街については年末恒例の大売り出しは年々盛んになり身動きが取れないほどの混雑が見られるようになっている。
売り切ることができる商店とは、消費者にとって他にはない魅力を有しているということで、既に消費税10%時代を乗り越えることができる「何か」があるということである。私の言葉で言えば、顧客が求める「デフレ自体を楽しませてくれるお店」ということである。それは単なる低価格商品の品揃えのことだけではない。むしろ価格が問題となるのはチェーン店の場合であろう。チェーン店が価格面で失敗した多くの場合、「顧客が見えなくなってしまった」ことにある。この程度の値上げは十分行けるであろう、といった安易な思い込みによる失敗が多い。街場の商店の方が顧客と日常的に接していることから「顧客は見えている」ということである。但し、街場の商店の最大課題は後継者がいないということである。

ところで東京への人口集中が止まらない。この集中を支えているのが住宅事情である。周知のタワーマンションという容積率の緩和による都心部での居住を可能としたことによる。しかし、中央区をはじめ多くの自治体でタワーマンションの規制へと向かってきている。地方にとっては嬉しい悲鳴と受け止められるかもしれないが、「過剰人口」になってきたということである。既に10年ほど前から東京湾岸地帯の建設ラッシュは始まっており、小学校のクラスを増やすなどが始まっている。最寄駅の勝どきでは通勤時間帯にはホームに人が溢れる状態になる。つまり、過剰人口によってバランスのとれた社会インフラを失い始めている。ちなみに、地下鉄大江戸線勝どき駅の1日の乗降客数は、開業当初の平成12年度は約3万人であったが、周辺地域の開発事業により利用者が増加し、平成29年度には約10万人へと急増した。現在はホームの新設工事を行なっており、来年2月にはしようとのこと。こうしたタワマンによる過剰人口は東横線とJR線がクロスした川崎の武蔵小杉においても同様のことが起こっている。都心にも横浜にもきわっめて便利な街であるが、ここにも過剰人口の現象が現れてきている。特にJR線のホームは人が溢れ危険極まりない状態になっている。
思い起こしてほしい
大江戸線の勝どき駅の隣駅が月島であのもんじゃ焼きのテーマパークとなった街の隣である。古い裏通りの商店街はもんじゃ焼きの店々となったが勝どきへとつながる表通りである晴海通りは高層ビル群になっている。しかし、思い起こしてほしい。大江戸線開業を機に、駄菓子屋の軒先で売られ廃れてしまった「もんじゃ」を再生させ、70数店舗が個性を競ったもんじゃストリーを作り、一大観光地へと生まれ変わったことを。つまり、「もんじゃ焼」というテーマが無ければ、耕作放棄地のように荒れ果てた地になっていたということである。
また、前述の武蔵小杉駅の先西南には港北ニュータウンという郊外ベットタウンが広がっている地域である。その主要駅となっている田園都市線沿線は武蔵小杉と同様混雑の激しい地域である。武蔵小杉が最近開発されたタワーマンションの街であったのにたし、港北ニュータウンは当初は急増する横浜市の人口への受け皿として計画されてきたが、1990年代に入り、都心へのアクセスの良さから百貨店やSCなど多くの商業施設が競争しあう郊外ベッドタウン地域となる。少し前のブログにも書いたが極めて激烈な価格競争が行われている地域で、食品スーパーにおける2大ディスカウンターであるオーケーとロピアがしのぎを削っている地域でもある。ちなみに武蔵小杉駅裏にはいくつかの古い商店街があったが、その多くは廃れてしまっている。
一方、少し前の未来塾で取り上げた東京高円寺には新宿から10分もかからない交通至便な地域にも関わらずほとんどタワーマンションはない。しかも、駅を中心に10もの古い商店街が今尚活力ある街を作っている。大阪の友人に言わせると東京は広いな、まだまだ開発する余地があると感想を漏らしていた。勿論、タワーマンションを作れば儲かると行ったことではない。戦後商店街を中心に育てられてきた阿波踊りや演劇に象徴される「文化」が居心地の良い街を創ってきており、そうした庶民文化を土台にしたまちづくりのことである。

つまり、「消費増税10%」を機に「何」を「どうする」のかである。押し寄せる変化には地下鉄の開通や大型商業施設の開業といった「外的」なものと、高円寺のような「内的」なもの、時間をかけて創られてきた文化力のようなもの、どちらに軸足を置くかである。今回の消費増税は、街にも個店にも等しく変化を求めてくる。そして、今回の消費増税は前科のような「駆け込み需要とその後の落ち込みの回復」といった程度の変化ではない。中小企業の場合、高齢化による後継者不足が最大の課題となっているが、事業の承継や再生について中小企業振興公社を始めいくつか相談窓口があるので、検討すべき「変化要請がきているということである。
冒頭の写真は中央区月島の表通りである晴海通りに林立する高層ビル群と裏通りにあるもんじゃストリートである。開発は裏通りであるもんじゃストリートにも及びその計画が懸念されていたが、ストリートに面した1階には今まで通りのもんじゃの店が営業し、上には高層ビルへと変化しているという。つまり、高層ビルが全てダメであるということではなく、それまで培われてきた歴史や文化とどう調和させていくか、何を残し、何を変えていくのか、そうした街の編集力が問われているということである。(続く)  


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2019年07月07日

消費増税前のドタバタ劇 

ヒット商品応援団日記No742(毎週更新) 2019.7.7


10%の消費増税まで3ヶ月を切った。お得なポイント還元を入り口としたキャッシュレス決済が身近な流通企業で始まった。周知のように、クレジットカード、電子マネー、そしてスマホなどによるコード決済にコンビニ各社が続々と参入し始めてきた。その矢先最大手のセブンイレブンのセブンペイに不正アクセスがあったと報道されている。どの企業も請求支払いという経済関係以外に、顧客と直接コミュニケーションできるポジション獲得を目指す競争が激しくなってきたと言うことだ。それまでのポイント市場の先頭を走ってきたTポイントが顧客へのポイントの他に、加盟した専門店などへの顧客データ情報を提供してきたが、今や顧客接点のある流通企業自ら顧客と直接コミュニケーションし、ポイントというお得をキーワードに継続した顧客単価アップ戦略へと大きく舵を切ったということである。当然、それまでのPCにおける不正アクセスなどの問題はスマホに及び、不正使用のみならず、顧客自身の情報が抜き取られるということも起きてくるであろう。

ところで2008年のリーマンショック以降の消費をキーワードとして整理すると、まず「わけあり」が物販のみならず、ホテルや旅館なといったサービス業にまで広く生活に浸透した。そのわけあり競争の最大眼目は「低価格」であった。その後2014年には消費税8%が実施されるのだが、記憶を辿ればそうだったなと思い起こすように、「駆け込み需要」とその反動による「極端な消費の落ち込み」となり、デフレ消費は加速する。この時も5兆円規模の経済対策を実施したが、成長軌道に乗せることはできなかった。そして、安定した消費期に入る一定の時間経過を踏まえ、多くの企業は値上げに踏み切るのだが、ユニクロを始めほとんどの場合失敗する。こうした「お得」競争の中で、一方では新たな業態に注目が集まる。その代表事例が「俺のフレンチ」のような立ち食い業態で、しかも食材は本格であるが店舗はリノベーションによる低コスト。つまり、従来のビジネス投資概念を変える経営が始まった。その経営の先にあるのがネット通販やメルカリなどのCtoCといったネット上で顧客同士が売買するといった新しい流通も始まっている。また、以前2017年度の「ふるさと納税」における返礼品の「お得度合い」についてブログにも書いたことがあるが、すでに寄付という善意ではなく、デフレにおける「お得」市場にふるさと納税も入ってしまったという時代にいる。ちょうど10年ほど前のわけあり市場という概念が実質的なものとして日常化してしまったということと同じ構図である。

そのお得市場であるが、昨年注目されたスマホ決済PayPayが昨年12月に100億円キャンペーンを実施した。このキャンペーンについてはその広告効果については大きなものが得られたと思うが、一部家電量販店や高額商品などでの使用に偏ったものとなり、わずか10日間で終了してしまった。しかし、利用頻度を高めるために、利用限度額を制限してしまった結果はどうであったか?このPayPayの事例を見ても分かるように、20%という「お得」は利用額が小さければ利用しないということであった。今回の7pay導入の意味合いは電子カードnanacoからの切り替えの意味が大きく、7payへと統合されていくであろう。その後不正アクセスが起こるのだが、被害顧客は約900名で被害金額は5500万円であると記者会見で報告されている。ところで、運営会社の記者会見で不正アクセスの防御法として二段階認証をなぜ取らなかったのかという質問に答えることができなかっただけでなく、その意味を知らなかったことが明らかになり、最大手のセブンイレブンとしてはなんともお粗末な決済サービスであることが露呈した。この程度の理解で、顧客データを基にしたプロモーションなど果たして可能なのか御門に思える。しかし、それ以上に深刻なのは、犯人にはSNSを通じて複数のIDとパスワードが送られている事実である。個人データの中でも最も重要なセキュリティを必要とするIDとパスワードである。情報化社会という便利さの裏側には、過剰な情報によってどんどん見えなくなっていく時代の象徴でもある。
SNSに対する個人情報の保護が世界的な問題となっているが、それはAIと共に次代のキーワードとなっているいわゆるビッグデータの問題でもある。かなり前になるが、「なりすまし」が社会問題化した時があった。簡単に言ってしまえばい、パスワードさえ分かれば他人のPCに入り込んで本人になりすますといった悪意あることが問題となったことがあった。今は同じようにスマホに簡単に入り込んで本人の知らないところで、クレジットカードからスマホにお金を移動させ買い物をするといった犯罪も当然起きてくる。

ところで先日全国の路線価が発表されたが、ここにきてマンションをはじめとした不動産市況に暗雲が立ち込めはじめている。その市況であるが不動産経済研究所によれば、首都圏5月度のマンション市場動向であるが、発売は10.4%減の2,206戸。都区部が36.3%減と大きく落ち込む。また価格は戸当たり6,093万円、単価89.4万円で単価は5カ月ぶりに下落。近畿圏のマンション市場の6月の動向は、発売は6.2%減の1,388戸。5カ月連続で前年同月を下回る。m²単価は2カ月連続のダウン。契約率は67.7%、12カ月ぶりに70%を下回るとのこと。
ここ数年、首都圏をはじめとしたマンショッ価格は上昇し、2017年にはバブル期以来の高水準であった。しかし、2018年の首都圏の新築マンションの平均価格は6年ぶりに下落へと転じ、前述の不動産経済研究所のレポートのように2019年に入っても低水準で推移している。背景には建設工事コストの増大からマンション価格の引き下げに踏み切れないという事情と共に、高層タワーマンション人気の価格設定に下支えされているとの専門家の指摘もある。中古マンションのリノベーション市場に消費移動は見られるが、それも消費者の眼は多様な選択肢へとシビアに向けられているということだ。但し、不動産不況になるかと言うとまだそんな状況にはないようだ。その指標となるのが新規発売戸数に対する契約戸数で、3月は2,410戸で月間契約率は72.2%と好調であったとのこと。ちなみに、前月2月の契約率は低く65.5%とのこと。
一昨年当時はオリンピック特需もあり、2021年ごろまでは旺盛な建設需要が見込まれると多くの専門家は予測していた。しかし、これから数ヶ月の動向を見ていかなければならないが、これまでの「考え方」wp変えていく必要が生まれてくるかもしれない。

こうした不動産市場の状況を見ていくと、いつか辿った道ではないかと危機感を覚える。ユニクロの失敗からどう立て直し順調へと転換したかは以前にもブログに書いたので重複はしないが、結論から言えばユニクロならではの固有の世界を見つけたからであるということに尽きる。その固有の世界とは「ライフスタイルに沿った服」のMD開発であり、他の企業より先駆けた「素材開発」によるものでいわば独走状態にあるということである。競合するGAPともH&Mとも異なるコンセプトポジションをとっており、唯一遅れているのはネット通販の世界となっている。
言葉で言うとなんだと言うことになってしまうが、オンリーワンを目指していると言うことである。そうしたオンリーワンコンセプトとそれを可能とした開発力を持たない企業・事業は極論を言えば現時点においては「値上げ」をしてはならないと言うことである。主にメーカーであるが、今年に入り値上げが相次いだのは、物流コストや原材料の高騰によるものとその理由を説明しているが、実は消費増税後は勿論のこと、真近であっても値上げできないと考えているからである。値上げ時期は多くの場合3月か4月であり、3ヶ月を切った7月以降はおそらく皆無になるであろう。
また、メーカー以外にも3箇所程度の観察にす過ぎないが、SC(ショッピングセンター)のリニューアルに際し、食品や飲食の導入テナントのメニュー価格を上げているところと、逆に下げているところとに二分された状態が見られた。今のところ、値下げしたSCの専門店は順調であるが、値上げしたSCの専門店は思ったような売り上げが取れず苦戦しているという実情となっている。

何故、こうした増税前の主要な企業の「動き」をブログに書いているのかも、大きく言えば日本のGDPの60%近くにもなった消費国、成熟国の今後のあり方を左右するのではないかと言う「感」がするからである。仮説や推測というより感に過ぎないのだが、「お得」に企業も消費者も、過剰に反応し過ぎているのではないかという認識からである。一人ひとりの消費が日本経済の進路を決めていく時代にある。であればこそ、もっと俯瞰的に全体を見ていかなければならない。
今回のセブンpayのドタバタ劇についてもそうだが、「お得」の本質を理解していないと私は考えている。余裕のない国、企業も個人も見えなくなってしまった感がしてならない。消費増税前の「お得」に右往左往しているが、キャッシュレスにおけるコード決済のポイント還元競争も10月になれば終わる。新聞報道程度の理解でしかないが、トランプ大統領の発言のように、8月になれば日米通商交渉の内容、どんな要求がなされているかが表面化するであろう。そして、米中における貿易戦争は長期化するうえに、日韓においても出口の見えない経済摩擦が起き、更に「余裕」のない空気が社会を覆ってくる。少し前のブログに「80 50問題」を入り口に日本の社会構造それ自体が新たなフェーズに入ってきており、社会の空気は一層澱んだものとなっている。「お得」競争はこれからも続く。そして、10月以降の消費市場は縮小していくであろう。こうした状況にあっては基本に忠実であることが問われている。その基本とは何か、言うまでもなく顧客主義以外にはない。(続く)  
タグ :セブンpay


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