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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2018年08月16日

顧客のいない「騒動」  

ヒット商品応援団日記No719(毎週更新) 2018.8.16.

「消費税10%時代の迎え方」というテーマで未来塾を展開しているが、こうしたテーマ設定の背景には次の時代をどう見据えるか、どう次のフレーズへと進むことができるかという避けて通ることができない課題がある。消費税10%とはよりシビアな消費になることは間違いないし、生半可な形ばかりの改革あるいはプロモーションなどでは解決できない。新しい価値観に基づく計画が問われているということからである。


実は日経ビジネスオンラインにをきっかけに、今IDC大塚家具の低迷についてその身売り騒動を面白おかしく「お家騒動」「骨肉の争い」が報道されている。3年前IDC大塚家具の経営が娘の久美子社長に移ったことをきっかけに、IDC大塚家具創業者の勝久氏がつくった匠大塚も共に赤字続きである。一方、家具インテリア業界は周知のニトリや良品計画、さらにはIKEAも順調に売り上げを伸ばしている。勿論、デフレ下のビジネスであり、海外での製造輸入(SPA)や郊外型店舗による組み立て持ち帰り業態など工夫が見える経営となっている。それらの結果がリーズナブルな価格、日常消費型のMDなど顧客の興味関心事に沿った経営を行なった結果の成長である。その経営はショールームに表れており、この1年ほど前からキーワードとして使われている「オムニチャネル化」にもトライしている。簡単に言うと、店舗・ショールームとウェブサイトで、サイズやカラーなどの在庫情報検索、受取りを店舗でも自宅でも可能な物流までもを統合したサービスである。スマホという消費行動の必須ツールが家具インテリア分野にも及んでいるということである。古くは有店舗・無店舗というテーマが今やスマホによって、その場で多様な「ショールーム」を検索し、好みが決まれば最安値が選択できる時代にいる。つまり、多様なショールームを渡り歩く時代ということだ。

勿論、以前のIDC大塚家具のように会員制による顧客サービスは高級家具市場として小さなマーケットとしては残ってはいるが、匠大塚の売り上げが低迷しているように限られた市場である。一方、IDC大塚家具はどうかといえば、誰でもが気軽に見られるショールームを目指し、商品もカジュアル化が進められアウトレット商品も取り扱ったようだが、その価格設定とMDは私に言わせれば中途半端であり、顧客にとって生まれ変わったIDC大塚家具には映らない。例えば、良品計画との単純比較にはならないが、スマートフォンアプリ「MUJI passport」をオムニチャネル専用アプリとしてリリースしている。このアプリでは、ニュース配信、在庫検索など6つの機能を搭載しており、その中でも注目されるのがマイレージ型のポイントプログラムで、レジでスキャンするだけでマイルがたまる仕組みになっている。 こうした試み、インテリア小物雑貨という裾野を広げるMDと洗濯しやすさ、それにリーズナブルな価格というバランスのとれた経営がIDC塚家具にはまるでないというのが実情である。

また、このブログでも「価格帯市場」という表現を使っているが、顧客の眼はどんどんシビアになっており、一つの価格帯の中においても熾烈な競争が行われており、そのブランドを引っ張るヒット商品が必要となっている。例えば、上から下まで1万円以下で収まるカジュアルファッション市場で急成長したguもそのスタートは990円ジーンズであり、その勢いを加速させたのが周知のガウチョパンツのヒットであった。つまり、ブランドの牽引には属する価格帯市場の中にあってヒット商品は不可欠であるということである。
良品計画はシンプルデザインというライフスタイルコンセプトとして実績があり、同じデザインに特徴を持たせたIKEAも、ニトリのお値段以上の「何か」を有している。この3社のマーケティングに共通することは、インテリア小物、雑貨という日常消費型の雑貨的商品を入り口に、しかも安価な価格帯の商品の品揃えを充実させ、その実績の上でのインテリア家具商品である。良品計画においては周知のようにホテルが造られ、その室内は勿論自社デザインの商品で埋め尽くされている。さらにはこうしたシンプルデザインコンセプトによるライフスタイルは中国においても多くの支持を得ている。

IDC大塚家具の場合、価格帯としては高級家具市場との中間価格帯、ニトリや良品計画に近い価格帯という裾野を広げることを狙ったと思うが、顧客興味に応えたヒット商品は誕生してはいない。実は家具業界関係者であれば周知のことと思うが、高級家具の製造小売で知られた飛騨産業という会社がある。業界関係者には釈迦に説法であるが、素材である木材には多くの場合多様な「節」があり、節を避けて家具をつくるとなると非効率な高価格商品になってしまう。そんな型通りの高級家具市場から脱皮したブランド「森のことば」という「節を活かした家具」「個性溢れる家具」作りによってバブル崩壊以降低迷する会社を再生する。いわゆる逆転の発想によるヒット商品、今まで使えないと思われていた素材を活かしきる発想への転換である。90年という歴史のある老舗企業であるが、バブル崩壊以降縮小する家具市場にあって、飛騨の木工文化を発展させるにはこうした逆転の発想・アイディアが必要であったということである。IDC大塚家具のHPの冒頭には大塚久美子社長の写真と共に「幸せをレイアウトしよう」とある。なんとも情緒的な表現で、顧客が求めることに応えたものとはなってはいない。飛騨産業が飛騨の森を愛し、匠の技を持って「節」のある木材を使い切るコンセプト「森のことば」というネーミングに、ニトリではないが「お値段以上の何か」が物の見事に商品に表れている。デフレ時代にはこうした思い切ったコンセプトによる転換が必要であるということだ。

デフレ経済が長く続き、消費者の眼は肥えるだけでなく、多くの経験を積んできた。家具市場で言えば市場規模はバブル期までの規模のわずか半分になっている。3年前のIDC大塚家具のお家騒動とその後も、そこには顧客は居なかった。居るのは株主と従業員、そして創業一族であった。つまり、顧客のいないところでの「騒動」である。ニトリも、良品計画も、IKEAも、そして飛騨産業にもデフレをどう克服するか、つまり顧客への新しい価値提案を行って今日がある。極論ではあるが、顧客の居ない企業が身売りされたとしても、困るのは株主と創業者一族と従業員だけで顧客にとってほとんど意味はない。
この「騒動」から学ぶとすればデフレ経済下の戦略を間違えればわずか3年で100億円以上あった現預金を食いつぶし、破綻へと向かってしまうという事実である。新生IDC大塚家具の新しさの一つとしてアウトレット商品の仕組みをテーマとしていたが、売り手は多かったようだが、アウトレット商品の買い手は極めて少なく導入後すぐに撤退したとのこと。家具の中古市場はいわゆるヴィンテージ商品市場があるぐらいで、それも極めて小さな市場である。あるいは個人間の売買であれば周知のメルカリやジモティといった市場となる。どんな商品をどれだけ安い価格で仕組み化したのか定かではないが、家具の流通業であるIDC大塚家具がどんな流通を目指したのか市場の大きさ、つまり顧客が求めるものとの乖離しか見出せない。製造小売業ではないIDC大塚家具はインテリア家具の流通業である。ある意味セレクトショップであり、つまり「価格差」で競争することはできない業態ということである。顧客が求める「セレクト」とは何か、顧客に代わって今一度問い直す、そんな原点に立ち戻ることだ。それは「幸せをレイアウトしよう」というメッセージなどではないことだけは間違いない。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 12:56Comments(0)新市場創造