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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2011年02月22日

恋する未来

ヒット商品応援団日記No485(毎週更新)   2011.2.22.

リーマンショック後の大不況は脱したものの、変わらぬデフレ不況、予測通りの食料や資源・エネルギーの高騰、第二次産業空洞化と呼び得るような海外生産拠点への更なる移転、それらを映し出したように第二次就職氷河期、そして、着実に進む高齢化社会、しかも1000兆に及ぼうとする借金・・・・・それら問題を解決すべき政治の無策・混迷。内向き、安定を求めることが何が悪いのか、そんななかにあって未来など考えようがない、今が精一杯である、と叱責されるかもしれない。
ところで、”未来はわからない。しかし、未来を知るには2つ方法がある。既に起こったことの帰結のなかに未来を見る。または、自分で未来を創る”、そう指摘してくれたのはあのP.ドラッカーであった。

既に起こったことの帰結とは、過去のなかや身近なところに未来を見ること、そこに着眼することでここにメガヒット商品が続々と誕生している。その生活者潮流の一つが家族回帰、絆の取り戻しである。
1985年TBSの超人気番組であったドリフターズの「8時だよ!全員集合」という家族で見ていたTV番組が終了した。この背景には夫婦共稼ぎが一般的となり、豊かさは個室という暮らしのスタイルへと変化してきたことにある。つまり、家族一緒という暮らし方が崩れてきたということだ。このお化け番組の終了に象徴されるように、家族という単位が個人単位となり、TV視聴は勿論のことライフスタイルは個人単位となった。つまり、個族の出現である。以降、バラバラとなり家族という居場所を失った個族は、若い世代を中心に都市を漂流することになる。薬物汚染、援助交際、少年犯罪件、リストラ・・・・・・社会の病理とでも呼べるような事件が多発する。そして、もう一人の個族である高齢者は無縁社会へとつながっていく。

話を戻すが、こうした過去、家族との関係や団らんを取り戻す動きは一昨年のヒット商品である電子ベーゴマ 「ベイブレード」や、それ以前の任天堂DSといった家族で楽しむゲームとなって現れていた。ちょうど一年前に取り上げた植村花菜さんの「トイレの神様」も亡きおばあちゃんとの思い出であり、良き関係の取り戻しを歌にしたものである。そして、誰もが驚いたのがメガヒット作「ワンピース」である。周知のように、冒険と絆の物語で、大人も読む少年まんがで最近作は380万部、累計で2億冊を超えた。絆、おばあちゃんや両親、あるいは仲間、縁ある人との関係を今一度考え直すことへと向かっている。
ライフスタイルにおいても、好みとしての個食はあっても、家族単位での食事や遊び行動が増加してきている。いつもは個族、ときどき家族、といった使い分けるライフスタイルである。これからのビジネスが、いつもは日本語(もしくは方言)、ときどき英語、といった使い分けと同じである。「使い分け」というキーワードが時代を象徴するものとなった。

また、昨年末「断捨離」、あるいはシンプル主義といったキーワードでこれからのライフスタイルの傾向を指摘した。削ぎ落とし、更に削ぎ落とした先に未来を見ていこうとする生き方である。こうしたシンプル主義という生き方も、ハレとケという表現をするならば、ケの日は慎ましく、ハレの日は華やかにする、といった具合にこれも使い分けするということだ。私が若い世代を称し、「だよね世代」と言ったが、仲間との関係をとにかくつなぐ、「だよね」という相づちでもつながっていたいとする気持ちも分からない訳ではない。

成熟社会とよく言われるが、こうした懸命さが数年間にわたる巣ごもり生活から生まれた知恵であろう。消費という視点に立てば、単なる節約ではない、費用対効果、費用対満足、という新しい合理的賢明さを手に入れたということである。このブログは政治ブログではないが、愛知、名古屋での知事、市長選挙における減税日本の圧倒的な支持を見ても分かるように、理屈ではなく、実利を選んだということである。名古屋市も他の地方自治体と同様にリーマンショック以降税収減により市債残高が増え、10年度末には1兆8500億円になると言われている。理屈からすると、恒久的減税は難しいと普通は考えるが、名古屋市民は減税日本・河村たかし氏を選び、市政運営の困難さは理解しながらも実利を選んだ。自らの生活実感を踏まえ、理ではなく利を選んだということだ。

消費を通して生活の未来を見ていくと分かるが、新しい合理的賢明さに基づいた「使い分け」が行われている。どんなに困難さはあっても、使い分けることのなかに楽しむことを忘れてはいない。確か3年ほど前の日経MJのヒット商品番付に「もやし」と「ひき肉」が入ったことがあった。勿論、今も売れ続けているが、今や安価で使いやすい添え物的使われ方から、立派なメインディッシュにもなるように工夫され、工夫それ自体を楽しむようになってきた。例えば、もやしといった物もそうであるが、「方法」が売れる時代になったということである。その象徴であるように、cookpadしかり、家電などの使い方教室が流行る時代となっている。つまり、次の時代へと向かうために、軸足を家族や仲間に置き、使い分けをしながら「新しい実利ある生活再編集の時代」に入ったということである。同じようにもやしが売れていても、以前とは異なる料理になっている。政治に未来は感じないが、こうした生活の質的転換が進行しているのも、勿論恋する未来に向けてである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:11Comments(0)新市場創造