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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2016年06月27日

EU離脱ショック考 

ヒット商品応援団日記No651(毎週更新) 2016.6.27.

6月23日国民投票によって英国のEUからの離脱が決まった。その芽は以前からフランスにも見られたし、ドイツにもあった。「移民」を入り口にEUという国境なき市場統合のあり方に、Noという答えが国民投票によって明らかになった。英国をよく知るアナリストは今回のEU離脱は「経済」と「感情」の選択であったと指摘している。誰の目にもEU残留の方が経済としての恩恵を受けることは明白である。しかし、英国の情報を持たない、マスメディアも報道しない日本にあっては、その経済の恩恵を受けているのは金融立国であるその象徴のシティに働く一部の人達であり、多くのイングランド市民にとっては移民による雇用の喪失であり、公的サービスの低下となって映る。そうしたEUへの不満も「移民」問題の背景をつくっていいるようだ。勿論、キャメロン首相の不人気も含まれることは言うまでもない。
結果、2度の世界大戦の愚を犯したくないとした欧州の統合はその理念を元に拡大してきたが、経済という「グローバル化」ではなく、「ブリティシュファースト」という感情的なスローガンに表れているように、それまでの主権を取り戻す、過去の大英帝国の復活を望むというのが答えであった。保守、いやナショナリズム、復古主義、感情的ではあるがそこには明確な価値観が存在している。目に見える形となったグローバリズムへの逆襲である。そして、その逆襲の中心には中高年世代がいることは言うまでもない。

このEU離脱によってどんな経済・外交に変化を及ぼすのか、円高・株安といった変化については新聞報道などで説明されているので、ここで取り上げるつもりはない。しかも、2008年のリーマンショック、さらには小さいとはいえ株バブルが崩壊したチャイナショックを経験しており、日本の景気に及ぼす影響についてはほぼ想定できる。そして、EU離脱によって、どんな変化が生活者の消費生活に出てくるかは6か月後あたりから取り上げてみたい。
問題なのは、EU加盟各国が感じていることだと思うが、人種も、言語文化も、ライフスタイルといった考えや価値観までもが異なる「統合」の難しさである。
日本の場合、地政学的にも四方を海に囲まれ、自由に行き来してきた国である。ある意味「統合」という概念にはない国である。そして、島国であればこそ、周囲の国々の変化に多大な影響を受ける。例えば、バブル崩壊後の20数年では、安いコストの中国に工場を移転させることによって国内の産業空洞化を生み出したり、数年前からは中国における生産コストが上昇すればベトナムやミャンマーへと移転を考えるといった具合である。
今後の離脱交渉がどのように進んでいくのかわからないが、日本はEUとの貿易協定EPAや、さらにはTPPなど単一国同士の経済圏ではなく、エリア単位での経済圏という新たば統合に向かってきた。しかし、米国大統領予備選においても、民主・共和両党の候補者二人共TPPには反対である。グローバル化という潮流には不確定要素が増し、日本もその不確定の渦の中にあることだけは事実であろう。

ところで、今回のEU離脱のキーワードの一つとなっている「移民」についてであるが、日本の場合は基本的には国策として受け入れてはこなかった。ベトナム戦争による難民を始め少数の政治難民のみを日本は受け入れてきた。しかし、未来塾の「エスニックタウンTOKYO」において指摘したように、多くの国籍を持つ人たちが、特に東京に住み生活をしている。詳しくはお読みいただきたいが、多様な民族のコミュニティが首都圏にいくつも分布し、まさにエスニックタウンと化している。
新宿大久保はコリアンタウンとして有名であるが、韓流ブームの衰退とともにイスラムの国々の人たちが住み、生活をし、そこをイスラム横丁と呼ぶような場所も生まれている。また、池袋西口には新華僑と呼ばれる若い中国人が新しいチャイナタウンをつくり、横浜とは異なる街づくりを進めている。他にも高田馬場・ミャンマー、西葛西・インド、錦糸町・タイ、蒲田・ベトナム、・・・・・・・多くの外国人コミュニティが数千名単位でつくられている。そして、注目すべきは2010年12月末時点では中国・台湾両地域合わせて687,156人が外国人登録されており、これは565,989人の在日韓国・朝鮮人を超える規模となった。そして、在日中国人は東京が最も多く164,201人となっている。東京は観光目的の訪日外国人の街だけでなく、既にエスニックタウンTOKYOとなっているということである。

こうした外国人コミュニティと周辺の日本人住民との間には当然生活の場において衝突も生まれる。それは日常のことからで、ゴミ出しや騒音といった生活上のルールやマナーについてである。しかし、そうしたことも対話の継続によって多くは解消してきている。「寛容」という言葉があるが、日本の場合際立つ形での衝突は表には出てきてはいない。しかし、英国がそうであったように、心の奥底では寛容でありたいとは思うものの、どこかで反発する、あるいは嫌悪する気持ちを残している。そうしたことの中に、一部ではあるが「ヘイトスピーチ」のようなデモも社会問題として表へと出てきている。
しかし、日本の場合総じて外国人の受け入れには寛容である。その寛容さは、やはり東京の誕生、江戸時代からのものであろう。周知のように政治都市江戸の人口構成は、古くから住む人は全体の5%程度で、武士は50%程度であった。他の地域では武士は10%であったことを考えると、江戸に於ける武士がいかに多くいたかがわかる。しかも、単身赴任者がほとんどで今日でいうコンビニのような損料屋というレンタル専門ビジネスが流行っていた。そして、全国から集まる武士は北は津軽から南は薩摩まで、ほとんどの言語が方言であり、会話はボディランゲージまじりといった具合で、ある意味寄せ集め人間の雑居都市・国際都市でもあった。こうした消費都市である江戸の豊かさを求めて、武士以外も江戸へ集まり、最初は40万人ほどの人口は130万人まで膨れ上がる。当時の国際都市パリをしのぐ巨大都市であった。幕府は人返令を定めるが、それでも多くの民衆が江戸にやってくるのだが、江戸の町人達は「来る人拒まず」で、町役人は仕事がなければ世話をし、長屋にも住まわせたと言われている。
こうした互助の精神、寛容さが東京には残っている。以来、いくつもの大きな変化を経て「今」があるのだが、今回のEU離脱に見られた感情的な「移民」感覚とは少し異なる受け止め方であろう。勿論、株式投資や金融関連ビジネスに従事している人たちや企業、あるいはEIとの輸出入ビジネスにとってはショックではあるが、それが多くの日本人の日常の消費生活に及ぶにはまだまだ時間がかかるということだ。(続く)



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Posted by ヒット商品応援団 at 13:03│Comments(0)新市場創造
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