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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2014年07月20日

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)

ヒット商品応援団日記No587(毎週更新) 2014.7.20. 

今回の未来塾は「商店街から学ぶ」戸越銀座編を公開します。戸越銀座商店街は東京品川区にある東京で一番長い商店街として知られた商店街です。電車に30分も乗れば新宿や渋谷、銀座にも出かけることが出来る、多様な選択肢を満足させることができる、そんな競争環境下にある商店街です。がんばっている商店街の一つですが、同時に町の商店街が抱える問題点も浮かび上がっています。今回はそうした問題点への認識を新たにする良きケースであると言えるでしょう。

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)




「商店街から学ぶ」

時代の観察

戸越銀座商店街


戸越銀座商店街は東京で一番長い商店街として知られ、消費に関する時々のトピックスとして取材され一定程度認知されている商店街である。全国一長い商店街と言えば、周知の大阪天神橋筋商店街で南北2.6キロ、約600もの商店が軒を連ねた商店街であるが、戸越銀座商店街は約半分ほどの長さの商店街である。
ところで久しぶりに何回か戸越銀座を歩いてみたが、「長さ」を商店街の売り物にするには、前回の砂町銀座商店街のように食べ歩きツアーのような「歩く楽しさ」、回遊を促す「何か」が必要となる。戸越銀座の長さ・広さはどうであろうか、そうした視座を持ってスタディしたい。このことはシャッター通り化する商店街脱却の一つの着眼になると感じた。
まず戸越銀座商店街の東京における商業ポジション、どんな人たちが住む町なのか、その商店街の利用内容について調べていくと、前回の砂町銀座商店街において触れた戸越銀座ならではの「生活文化」が見えてきた。砂町銀座商店街ではその商店街のポジションについて次のように書いた。
『ある意味コミュニティの中心の「場」として商店街が存在しているということだ。コミュニティは一般的平均的なものではなく、時間をかけて交流し合う人々によって創られる、つまり固有のものとしてある。砂町銀座には砂町銀座固有の生活文化があるということである。この文化を昭和レトロ、懐かしさ、あるいは人間くささという言葉をもって表現され観光地にもなっている商店街である。』
地方でこのブログを読まれる方にとって戸越とは東京のどんな場所なのか、いや都内に住んでいてもあまり知られてはいないと思う。

山の手の下町

品川区にある戸越はいわゆる武蔵野台地の東南の外れにあるエリアで、その戸越という名前の由来も江戸越し、の戸越からつけられている。戸越銀座商店街の真ん中を南北に通る国道1号線は別名第二京浜国道と呼ぶが、東京の中心部から放射状に伸びる幹線道路の一つである。

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)戦後は砂町銀座商店街のある江東区と同様空襲で区域の多くが焼け野原となりながらも、はやばやと戦後の復興を遂げたエリアである。そして、戦後は京浜工業地帯として発展していくが、その労働に従事する人たちが戸越や荏原地区に住居を構え今日に至る。こうした町の発展の経緯、土地柄こそがこの戸越銀座商店街をつくらせていることがわかる。いわば山の手の下町といった表現がふさわしい町である。

住宅地を走る東急池上線

東急池上線といっても地方はもとより東京の人間にとっても沿線の住民以外はその詳細は知らない。五反田と蒲田を結ぶ鉄道であるがなかなか路線周辺のイメージを浮かべることは難しい。戸越銀座商店街のある戸越銀座は五反田から2つ目の駅でわずか数分で着くという極めて都心に近い場所にある。ちなみに池上線という名前の由来は蒲田の少し手前にある池上駅の池上本門寺参詣客輸送を目的に池上電気鉄道によって開業し、その後東急電鉄に移行したという背景がある。
ところで、駅の写真を見ても分かるように、どこか古い郊外駅の駅舎の風情を醸し出しているが、朝夕のラッシュ時にはその便利さもあって3両編成の電車の混雑は極めて激しい。

品川区2つの顔

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)
品川というと東海道新幹線の発着駅があり、その南側の品川・大崎には大規模開発による高層マンション群やオフィスビルが林立している。実は東京への人口集中の代表的な区で、1990年代の人口減少から一転2000年以降品川区の人口は増え続けている。例えば、分譲マンションについては、平成11(1999)年に前年の7百戸台から一気に倍増し、以後平成13 (2001)年を除けば平成16(2004)年まで1.5千~2千戸弱の高水準の供給が続いている。ちなみに品川区の出生率は他の特別区と同様1.0を下回っており、大規模開発による人口流入の主たる要因となっている。

もう一つの顔が戸越銀座商店街のある荏原、戸越地区である。昭和の初期から町工場が立地し始め、昭和 40 年代にか けて住工共存の市街地が形成される。戦災により荏原、戸越地区ではほとんどが焦土と化したが、 戦前の耕地整理を基にした区画のまま、工場や住宅が混在、密集したため、防災に課題を抱える地区が多い。次のデータは品川区内の人口密集度を表したものである。(ちなみに戸越は荏原地区に含まれている)
地区        人口    人口密度(1キロ平米当り)
品川地区    63,440             14,822
大崎地区    56,706             16,629
大井地区    87,103             18,532
荏原地区  133,860           23,159 
八潮地区    12,393             2,723

上記人口密度のデータを見ても分かるように、小さな家屋が密集している地区である。実はこうした木造密集住宅の真ん中にあるのが戸越銀座商店街である。都内にはこうした防災に弱い住宅密集地区が多数あるが、品川区はその危険度トップに豊町5丁目となっており、上位10町丁目の半分を占めている。
古くからの住居と共に低層階のマンションや木造アパートも数多くある。ちなみに次の賃貸リストは戸越銀座周辺のアパートやマンション物件の1例である。

永く住む地元住民と学生や都心に勤める単身者の町
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)
□戸越銀座ワンルーム/賃料2.6万円・管理費など1500円・専有面積10平米、築50年
□ときわ荘2階/賃料2.7万円・管理費など3000円・専有面積12平米、築50年
□吉田荘/賃料2.7万円・管理費など3000円・専有面積9平米、築50年アパート
■戸越1丁目計画/賃料8.8万円(管理費など含む)・専有面積21.2平米、新築マンション
■グリンデル戸越銀座/賃料7.9万円・管理費など3000円・専有面積24平米、マンション

五反田からわずか数分のところの物件であるが、築50年というアパートのワンルームとはいえその賃料の安さには目を見張るものがある。また、住宅地の低層階マンションについても8万円前後の賃料という、これまた安い物件が多数ある町である。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)



3つの商店街で構成される戸越銀座商店

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)
ところで今回学習する戸越銀座商店街であるが、戸越銀座駅から東西に伸びる商店街で、駅をはさんで西側に商栄会ゾーン、東側に中央街ゾーン、更に東に第2京浜をまたいで続いているのが銀六ゾーン、直線で1.3キロ、約400店舗ほどの商店街である。商店街の通りは2車線となっているが、午後3時以降車両の通行を規制をして、買い物のしやすさをサポートしている。
前回学習した砂町銀座商店街も「銀座」が付いたネーミングであるが、今回の戸越銀座はその命名第一号である。その背景であるが、1923年の関東大震災後、銀座の瓦礫をここ戸越に運び、低地を埋め立てたことから『戸越銀座』と命名されたとのこと。以降、商業のシンボルとしてご当地銀座が次々と生まれることとなる。いわば「ご当地」ブームの先駆けでもあった。砂町銀座もそうであったが、戸越銀座商店街も2009年3月に「新・がんばる商店街77選」に選ばれている。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)

現行行政地名は戸越一丁目から戸越六丁目。2012年2月1日現在の人口は16,120人という商圏である。地元居住者を対象とした商店街でその規模の大小はあるが、暮らしをサポートすることに変わりはない。ただ、東急池上線に乗れば、五反田経由で渋谷・新宿にも、銀座にも30分以内に行くことができる。その消費選択肢は商店街の商店構成に現れている。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)







美容室と飲食店の多い商店街

通りを歩いて気がつくことの第一は、美容院と飲食店の多さである。戸越には2タイプの顧客である住民がいる。一人は戦後長く戸越に住む人たちである。もう一人はワンルームマンションやアパートに象徴されるように学生や都心に勤務先をもつ若い世代の単身者である。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)
この商店街には5店ほどの美容室があるが、その数が多いか少ないかは別としても商店街にあってかなり目立つ存在である。また、ネイルサロンも4軒ほどあり、若い女性顧客向けの専門店も多い。そして、それを裏付けるように戸越銀座駅裏の路地にはイタリアンのミートソース専門店「スペランツア」があり若い女性達で一杯である。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)

ところで吉祥寺の街をレポートした時にも感じたことであるが、ここ戸越銀座にも感じたのがラーメン専門店の多様さとその数の多さである。新横浜のラーメン博物館にはビザ発給の規制が緩和されたこともあってタイの観光客が本場日本のラーメンを食べに必ず訪れるという。更に、ドイツで人気のドイツラーメンがラーメン博物館に逆上陸し行列が絶えないと話題になっている。ところで1990年代外食産業の中で新たに成長した業種というと、回転寿司(約4,800億円)を筆頭にラーメン 専門店(約4,200億円)、更には牛丼 専門店(約3,500億円)と続くが、戸越銀座にも個性的なラーメン専門店が多い。

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)

そのラーメン専門店であるが、駅から徒歩1分ほどの銭湯の隣にある「えにし」を始め、「麺屋月光」「せい家」「博多豚助」・・・・・・・前回のシニア世代を主対象とした砂町銀座とは極めて異なる若い世代に向けた商店街構成の一つとなっている。

また、地元に永く住んでいる人たちに愛されている飲食店も多い。例えば、洋食の「陶花」、あるいはスタミナ焼きで人気の「千徳」。更には未だ食べていないので内容について書くことはできないが、蕎麦好きならば知っている「蕎麦切り 翁」も実はこの戸越銀座商店街にある。
当たり前であるが、全体として感じたのは個店の魅力と顧客支持の結果であった。
未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)











(後半に続きます)


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