プロフィール
ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
インフォメーション
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 16人

2013年02月25日

昭和と平成、その狭間に見えるもの

ヒット商品応援団日記No546(毎週更新)   2013.2.25.

平成世代と団塊世代の消費観比較について書くとなると、どうしても一般的な世代論になってしまう。そこで消費を含め、その時々の社会事象やその裏側に潜む価値観を対比させることによって、どこまでうまく表現できるか分からないが、新たな市場創造への着眼を点浮かび上がらせてみることにする。
そうしたことから「昭和と平成、その狭間に見えるもの 」とした。実はこの視座の重要性、いや生きざまを変える程の価値観の転換を感じ、後半人生にはその転換故に書くことができなくなったと語ったのがあの作詞家阿久悠さんであった。阿久悠さんは、薄くなってしまった歌謡曲の存在、昭和について次のように書いている。

『昭和と平成の間に歌の違いがあるとするなら、昭和が世間を語ったのに、平成では自分だけを語っているということである。それを私の時代と言うのかもしれないが、ぼくは「私を超えた時代」の昭和の歌の方が面白いし、愛するということである。』(「歌謡曲の時代」阿久悠 新潮社刊より)

◆ブランドとランキング
昭和と平成の商品を買う時の購買指針・方法の違いである。昭和においてはまだまだモノが不足していた時代の差別化手法として、モノの卓越性、名声、贅沢さといったプレステージ感を創造するために「ブランド化」がマーケティングの中心となった。
例えば広告をうまく多用するサントリーでいうと、サラリーマンの飲むウイスキーはまず「トリス」か「サントリーレッド」であった。次に「サントリーホワイト」、そして「角」、目標は「サントリーオールド」。勤続年数と共に所得も増え、次のクラスの目標としてのブランド=自己確認でもあり、社会的な見られ方もまたあった時代である。素直な気持ちで言えば”早くオールドを飲みたいな”という所得=価格=一種のプレステージがあった時代と言えよう。価格もそうしたマーケットポジションを踏まえた価格帯となっていた。阿久悠さんのいうところの世間がそうしたプレステージを認めていたということである。サントリーのウイスキーの例のように、1960年代からの顧客設定は所得&デモグラフィック的属性を踏まえた「マス顧客」であった。
一方、平成においてはモノは溢れ、購買の指針となるべき情報も過剰で、ランキング情報を指針として活用することとなる。ランキングを上位とするための「やらせ」が横行することから、信頼できる口コミやお試し体験などを併用する。
昭和から平成への変化は、「マス(塊)」→「分衆・小衆」→「個人/私」、今や「one to one」マーケティングへと移行してきた。こうした変化の予兆は既に1980年代後半に起っていた。当時、郷ひろみと結婚した二谷百合江の「愛される理由」が100万部を超えるベストセラーになった。そこにはモノ不足への飢餓感は全くなく、あるのは精神的飢餓感が至る所に見られた本であった。一言でいうならば「モノ充足」を終え、「心の充足」へ、次へと移行した時期であり一つの転換点としてあった。そして、その後1990年代後半から本格的なインターネット時代を迎える。過去10年間で流通する情報量は500倍以上と言われているが、昭和と比較したとすれば、恐らく1000倍以上もの過剰情報時代の購買となった。販売手法もマスメディアを主としたブランドマーケティングとネットメディアであるSNSといった人と人とのつながりを活用したマーケティングの違いとなる。
阿久悠さんが言う「私を超えた時代」を別な表現をするとすれば、誰もが同じ時代の雰囲気、空気感のようなものを共有できた時代であったということである。例えば、幼年〜少年少女期に刻み込まれた原風景、心像風景は、「Always三丁目の夕日」に描かれているような集団就職、路面電車、ミゼット、フラフープ、横丁路地裏、他にも月光仮面、力道山、テレビ、メンコやビー玉それら全てを含めた生活風景である。
一方、平成は「私」そのものを第一義とした時代である。渋谷109ではないが、「かわいい〜」は世界のファッションのキーワードとなった。よく使う「かわいい」という表現、”これってかわいい”は「かわいい私よね!」という自己確認であり、他に対する確認であるとは小売業にとって良く知られていることである。10数年前からのマイブームもそうであるが、「私のお気に入りのモノ」「私のお気に入りの場所」「私のお気に入りの時間」・・・・・大仰に言えば、全て「私」の世界へと豊かさを求めてきた戦後60年であり、消費も「私」に沿うようにビジネスされてきた。
その「私」の購買は昭和が世間が認めたブランドとは異なり、過剰な情報社会のなかでランキングという世間化された情報によって指針とする。結果、どういうことが起きるか、昭和の顧客はフアンとして長い付き合い、ロングセラーとなるが、平成の顧客はランキング上位に位置づけされれば急速に集中的に売上を伸ばすベストセラーとなる。しかし、ランキングが落ちれば売上はぱたっと止まることとなる。こうした極端から極端への急激な変化、商品だけでなく、行ってみたいエリア、活用したい情報、あるいは会いたい人物への集中化現象が多発することとなる。

◆2つの思い出消費
思い出は人生時間が長い団塊世代だけのものではない。平成世代にとっても短い時間ではあるが思い出はあり、それらを消費することはある。例えば、平成世代の両親は夫婦共稼ぎが一般標準となり、「おふくろの味」は家庭での手作り食ではなく学校給食とコンビニとなった。10年程前から「食育」が子育ての大きなテーマとなっているが、その中のメニューには郷土食がある。その郷土食とは本来家庭でつくる日常食のことである。それらは家庭ではなく学校給食として提供され、卒業数年後にはコンビニのヒット商品にもなる。平成世代はコンビニで「おふくろの味」を買い求め、思い出を消費するのである。そうした思い出消費のヒット商品の一つが学校給食で出された揚げパンであろう。
もう一つ着眼すべきがOLD NEW、昭和にとっては懐かしい過去であるが、「古(いにしえ)が新しい」と若い世代にとっても新鮮な興味関心を喚起し、新しいマーケットを創造している消費である。その代表的ヒット商品が「角ハイボール」であろう。団塊世代にとっては懐かしいアルコール飲料であるが、今また飲むかと言うと頻度多く飲むことは無い。アルコール離れが進んでいる若い世代にとってすら、まさに「古(いにしえ)が新しい」飲み物として急速に浸透した。
また、最近のこうした事例としては、なんといってもナポリタンであろう。昭和世代ではスパゲッテイ、平成世代にとってはパスタであるが、東京新橋にある洋食の「むさしや」には年齢を問わずサラリーマンが行列をしてでも食べにくる店となっている。このナポリタン人気を含めB級グルメ下町の洋食屋が見直され、更にはナポリタン専門店も新規出店し始めている。
ところで昭和を思い出消費市場としたブログは以下のようなキーワードとしてブログに書いた。

・人生コンセプトへ(2006年6月7日)
・少年少女回帰(2006年7月9日)
・現代隠居文化(2006年8月9日)
・好きは未来の入り口(2006年8月13日)
・団塊世代の心象風景(2006年8月16日)
・ふるさと回帰市場(2006年9月713日)
・世代文化の衝突(2007年3月14日)
・昭和と平成の段差(2007年5月72日)
・時代おくれ(2008年3月13日)
・個族と家族(2008年5月18日)
・「過去」の中の未来(2008年7月30日)
・昭和がまた一人亡くなってしまった(2009年5月6日)
・また君に恋してる(20108年5月27日)
・昭和と平成のアイドル(2011年1月17日)

ブログを書き始めてから約7年半ほどになるが、上記ブログは団塊世代がどんな時代を送ったのか、そしてどんな市場を形成してきたかを、平成世代と比較しながら、時には阿久悠さんの歌謡曲を借りたり、忌野清志郎さんの追悼文のなかに「世代像」や「時代風景」の断片を書いてきたものである。どんな内容かは、タイトルをある程度キーワード化しているので推測され読んでいただきたい。
昭和は「Always 三丁目の夕日」以降、レトロテーマパークから昭和の街並、駄菓子屋、今なお残る下町の商店街、あるいはナポリタンと同じような意味でジャガイモカレー等至る所に商品化されている。
こうした記憶を辿った再商品化、再商店街化する動きは東京のみならず青森の「津軽百年食堂」のように全国へと広がっている。キーワードとして言うならば、おふくろ回帰であり、ふるさと回帰である。そして、それらは、横丁、路地裏、そして食堂に今なお残っている。国民食ラーメンの場合は全国に100カ所ほどテーマパークがあり、そのなかでも横浜のラーメン博物館や東京駅のラーメン横丁が注目されているが、全国の食堂をテーマパーク化した食堂街は未だ無い。食堂こそその土地ならではの食文化の集積場所、平成世代にとってOLD NEWとなる。昭和世代にとっては懐かしいものであるが、平成世代にとっては文化体験楽習する良き場所になるということだ。そして、現在のビジネス課題はいかに初期投資を軽くできるかである。居抜きは店舗だけではない。裏通りにある街並も居抜きとして活用できる。エリア全体としてマーケティングするのであれば、そうした知られていない路地裏食堂を含め「昭和」をテーマに街コンでもやればよいのだ。まだまだ市場はあるということである。

◆消費増税へ、共通する着眼は「Reの発想」
昨年9月のブログに消費増税前に、しかも金利の安いことから住宅購入が盛んになると書いた。TV局を含めマスメディアはやっと最近になって住宅展示場やマンションショールームの来場者急増を報じているが、生活者はいち早く購入予定を早め昨年後半ぐらいから購入へと向かっている。つまり、生活計画を立て、多くの物件や金利動向などの情報を集め、現段階では具体的な検討に入るキョロキョロ消費の最終段階ということである。駆け込み需要としての住宅ビジネスとしては半分以上勝負がついてしまったということだ。
世代を超えた消費心理として、5%と8%の税率の差は買物が大きい順に検討に入り決断していく。これもどれだけ合理的なお得を得るかというコスパ型生活の知恵である。この延長線上にあるのがスマートハウスであり、スマートマンションということだ。そして、昭和世代が頭金を出し、平成世代がその後のローンを支払っていくというパターンが基本となり、家族への再認識と共に2世代住宅、3世代住宅も増えていく。
そして、購入予定ということもあるが、次なる大きな買物は何か、それは自動車ということになる。順次家電等の耐久消費財から日常商品へと移っていく。ちょうど1年後の今頃には食品が買いだめのタイミングとなる。
こうした大きな消費の動きとは別に昭和世代と平成世代の消費増税への向き合い方は異なるものとなる。この向き合い方の背景・根底にあるのが個人化社会の進行である。日本における人口構造上の問題で一言でいえば少子高齢化社会である。平成世代は少子化であり、昭和世代は高齢化である。
多くの問題指摘があるが、ここでは消費という日常での出来事についてどうあるべきか問題提起をしてみたい。2つの異なる世代にとって共通することは「居場所」の在り方である。昭和世代の孤立死を始め買物難民は地方だけでなく都市に於いても同様である。最近では団地内コミュニティに100円カフェをつくったり交流を深める居場所づくりが始まったが、それまではゲームセンターやカラオケがシニア世代の居場所となっていた。
一方、平成の若い世代にとっての居場所であるが、スマートライフというコスパ型生活となる。その代表的な居場所がLINEのような仲間内世界である。また、住居では現代版下宿であるシェアーハウスということになる。
私は年齢を超えてバラバラとなった個人を個族と呼んできた。こうした個族の増加と比例するかのように空家が増加している。少し古い2008年のデータであるが、全国の住宅約5759万戸の中で空家は約756万戸、空家率は13.1%となっている。空家率が最も高いのが山梨県の20%で次いで長野県の19%となっている。首都圏ですら11%にまで上昇してきた。東京では古くなった多摩ニュータウンのような団地再生、新たなコミュニティづくりが始まったが、住宅ローン減税の拡充も必要とは思うが、こうしたコミュニティづくりへの税制を含めた支援も必要だと思う。
こうした世代による消費増税への向かい合い方の違いはあるが、人口構造の変化に伴い「既にあるものを生かし切る」という共通した対応、そうした芽が数年前から出てきている。その象徴であるが、住宅の空家を生かすだけでなく、例えば東京千代田区では少子化から児童数が減り廃校となった学校を若いビジネスアーチストのオフィスへと開放している。過疎地の廃校となった小学校をオフィスに転用するといった発想以外にも、生ハム製造工場や魚の養殖にも活用されている。都市周辺の工場跡地には野菜工場が作られたり、商店街の空き店舗は保育園になったりしているが、全ての発想・アイディアの根底にはReがある。消費増税への対応の基本はキーワードとして言うならば、Reの発想ということになる。既にあるものを、再び、生かし切る、復活、復元、再生、再使用、勿体ない、といった日本文化固有の価値観である。消費価値観の変化にも潮目があるとすれば消費増税であり、その潮目の先にはReの世界があるということだ。そして、企業も、生活者も、見直し着眼の第一はReであり、このメガ潮流は加速する。
より具体的に言うと、リメイク、リデザイン、リサイクル、リフォーム、リノベーション、リコンストラクション、リヴァース、勿論リバイバルもそうである。間違ってはならないのは、それら全て「既にある」元の延長線上にあるReではない。全く別ものとして、新しいコンセプトの下でのReである。(続く)


同じカテゴリー(新市場創造)の記事画像
マーケティングノート(2)後半
マーケティングノート(2)前半
2023年ヒット商品版付を読み解く 
マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」後半
マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」前半 
春雑感  
同じカテゴリー(新市場創造)の記事
 マーケティングノート(2)後半 (2024-04-07 12:53)
 マーケティングノート(2)前半 (2024-04-03 13:42)
 2023年ヒット商品版付を読み解く  (2023-12-23 13:30)
 マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」後半 (2023-07-05 13:15)
 マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」前半  (2023-07-02 14:01)
 春雑感   (2023-03-19 13:11)

Posted by ヒット商品応援団 at 13:43│Comments(0)新市場創造
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
昭和と平成、その狭間に見えるもの
    コメント(0)