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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2010年01月10日

時間という視座ー思い出消費の背景

ヒット商品応援団日記No434(毎週2回更新)  2010.1.10.

昨年のヒット商品における大きな傾向、「戦後の工業化・近代化(都市化)によって失われたものを過去に遡って取り戻す、回帰傾向が顕著に出た一年であった」とブログに書いた。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」、現代版ベーゴマの「ベイブレード」、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラ、売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。更に、2009年の特徴の一つが「歴史回帰」である。国宝阿修羅像展、歴女ブームの火付け役となったのが「戦国BASARA」。
年齢問わずこうした過去へと遡る消費は一つの時代特徴として存在する。それは何故なのか、今回は私の考えを書いてみたい。

仮説はこうである。戦後、特に1980年代以降、都市生活者は圧倒的なスピードによる時間を生きてきた。つまり、圧倒的な変化の連続であったということである。しかも、24時間化という言葉に象徴されるように、昼夜の境目、更には季節感すらをも無くした、時間生活であった。その病変は、1990年代半ば以降、特にIT技術の進化と共に「不眠」、更には精神的な「鬱」という形で現れてきた。「不眠」を単純化して言えば、眠りのリズムをコントロールする体内時計が、社会(ビジネス)時間のスピードについていけなくなったことによる。この反作用としてライフスタイルに現れてきたのが、スローフードであり、スローライフである。
一方、こうした時間感覚、スピード感覚についていけない、いわば置き去りにされていく心理的解決として、「過去(歴史)」という虚構の世界へと向かわせる。思い出は、「何か」によって思い出されることで「思い出」となる。思い出は今の自分の心のありようが投影された、一種の加工された虚構世界である。「あの頃はよかった」「懐かしいあの頃」とは、いわば時間から置き去りにされた癒しの世界ということである。

思い出は人それぞれ固有の世界である。「この味がいいねと君が言ったから7月6日はサラダ記念日」と歌ったのは歌人俵万智であるが、個人体験は固有の世界であり、戦争といった極限体験を持ち出すまでもなくそれらを商品化することはできない。過去の自分を置き換えられる商品化可能な「何か」、それはサブカルチャーや遊び、共通する「時代性」によって思い出される。私がプチ思い出消費と名付けたコンビニのヒット商品「揚げパン」は、学校給食という共通した時代の思い出であり、「ドラクエ9」や「ベイブレード」「機動戦士ガンダム」はまさに時代性を想起させるサブカルチャー、遊びである。最近では、パチスロや広告CMに多用されている少年マガジンの「明日のジョー」も同じである。2年半ほど前の日本アカデミー賞を受賞した「ALWAYS三丁目の夕日」はその典型である。

さて、こうした「時間感覚」という視座で市場を見ていくと、例えばスピードへの「反」として現出したスローフードやスローライフは家庭経済としてはどうであるかである。勿論、雑誌などで特集され一種のトレンドとなった上澄み的市場は既に消滅している。その象徴が「癒しの島沖縄」である。周知のように、そうしたライフスタイルを追求していく経済的基盤を喪失しており、今やスローフードではなくB級グルメであり、癒しの時間は週末だけのひととき農業人といったところに留まっているのが現実である。
つまり、お金をかけずにいかにスローライフ、スローフーズを楽しむか、その答えは地方にある。あり余るほどの資源、財産を持っているのが地方であるが、例えば豊かな自然・景観、今も残る古民家、自給自足できる畑がある、郷土料理もある、・・・・しかし、それら資源をまとめ上げた都市生活者に向けたポリシー&コンセプトがない。過去へと遡る都市生活者の欲求に対し、過去・歴史を今に置き換えるアイディアが無いという意味である。

つまり、「過去へと遡る」とは言葉を変えて言うと、語るべき歴史・過去を持たないということである。静かなブームとなっているのが、自分の家系図を辿るルーツ探し、自分史づくりである。もっと平易に言えば、思い出づくり、語るべき歴史をどう提供していくかである。更に言うと、昨年から注目され始めているのが伝統野菜である。その先駆けは京野菜であるが、全国に埋もれた昔ながらの野菜、安い輸入野菜に押され無くしてしまった野菜が再生産され始めている。いわば伝統野菜の復刻版である。これも語るべき歴史の一つとなる。そして、伝統野菜の先には郷土料理がある。おふくろの味は学校給食とコンビニの中にしか見出せないのが、都市生活者である。語るべき何かとは、故郷であり、家族であり、遊びであり、つまりもう一つの生活ということである。ノスタルジー消費、虚構の生活ではあるが、第二の故郷、第二の家族、第二の遊び、第二の生活をどう提供していくのか、ここに市場着眼しなければならない。今年は平城京遷都1300年であり、奈良や京都に多くの観光客が向かうであろう。そこで見出すのは、日本って何、日本人って何、という日本の歴史であろう。日本史と自分史を重ね合わせた癒しの旅ということだ。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:32│Comments(0)新市場創造
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