プロフィール
ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
インフォメーション
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 16人

2009年06月03日

都市の無縁空間

ヒット商品応援団日記No372(毎週2回更新)  2009.6.3.

先週久しぶりに秋葉原駅周辺の街を1時間半ほど歩いた。あるデベロッパーからの相談で、どんなテナント編集をしたらよいのかサジェッションして欲しいということからであった。ちょうど1年前には17人が死傷した秋葉原無差別殺傷事件が起きたあの秋葉原である。当時を思い起こさせるものは残ってはいないが、私の脳裏には当時のニュース映像がくっくりと残っていた。あと数日で1年を迎え、事件被害に遇われた多くの方々が秋葉原を訪れ、献花されることであろう。

ところで秋葉原を歩いて感じたことだが、都市がもっている2面性が極めて分かりやすく街を構成していることであった。その背景には、東京都とJR東日本による巨大な再開発プロジェクトが進んでいることによる。秋葉原駅の北側は既にいくつかの超高層ビル群が建ち、その入居企業の多くはIT関連企業、携帯電話から情報通信機器やデジタル家電などの各種ソフト開発を行う企業群である。もう一つのプロジェクトが東北、上越、長野、山形、秋田の新幹線を東京駅へと直接乗り入れさせる計画である。そのために御徒町ー秋葉原間の高架工事が既に始まっており、4年後には御徒町ー秋葉原ー神田ー東京駅間が高架化される計画である。つまり、この線路の高架下に巨大商業施設が出現するということである。そして、この計画に沿って、秋葉原駅も大きくリニューアルし、駅上には高層ビルが建つと聞いている。都市がもつ2面性の一つがこうした地球都市とでも呼べるような先端技術ビジネスを行う街並である。既に高層ビルの一階にはオープンカフェがあり、ゆったりとした駅前をネクタイ姿のサラリーマンやOL、更にはアジア系のビジネスマンが行き交う、そんなハイスタイルな空間となっている。

さて、都市が持つもう一つの特徴はと言うと、まさに秋葉原駅北側とは正反対の街並が駅南側及び西側にある。周知の電子部品や電気製品のパーツ、半導体、こうした電機関連商品を販売している専門店街。あるいはオタクの聖地と呼ばれるように、コミック、アニメ、フィギュアといった小さな専門店。数年前話題となったメイド喫茶も、こうしたごみごみとした一種猥雑な街並に溶け込んでいる。まるで地下都市であるかのように、ロースタイルと言ったら怒られるが定番のリュックサックを背負ったオタクやマニア、あるいは学生が行き交う街である。駅北側がオシャレなオープンカフェであるのに対し、この一帯は、おでんの缶詰で話題となったようにユニークな自販機が置かれている。

私は秋葉原の駅北側の再開発街とそれを囲むように広がる南西の旧電気街を、地球都市と地下都市という表現を使った。更に言うと、表と裏、昼と夜、あるいはビジネスマンとオタク、風景(オープンカフェ)と風俗(メイド喫茶)、デジタル世界(最先端技術)とアナログ世界(コミック、アニメ)、更にはカルチャーとサブカルチャーと言ってもかまわないし、あるいは表通り観光都市と路地裏観光都市といってもかまわない。こうした相反する、いや都市、人間が本来的に持つ2つの異質さが交差する街、それが秋葉原の魅力である。

2つの異質さが交差するとは、2つの世界の境界といった方が分かりやすい。境界という概念を教えてくれたのは歴史学者網野善彦さんであるが、結論から言うと、日本商業発展の場である市場(古くは市庭/交易)の原初は荘園と荘園との境界、縁(ふち)で行われていた。平安時代、市の立つ場所・境界には「不善のやから」が往来して困るといった史実が残っている。つまり、場としても精神的にも無縁空間(今で言うと、縁のない人が行き交う多国籍空間)で無法地帯化しやすいということだ。そうした境界の無縁空間は、そこに寺社を立てコントロールしてきた、と網野さんが教えてくれた。まさに、秋葉原はそうした2つの異質さが出会う境界にある街である。

都市市場は必ずこうした異質な2面性を持っている。秋葉原ほど明確ではないが、新宿も同じような2面性がある。例えば西口には都庁を始めとした高層ビル群のオフィス街、東口から更に東には歌舞伎町を始めとした歓楽街が広がっている。更に、北側には新大久保駅周辺には韓国の人達が多く住み、コーリャンタウン化しているように。
こうした異質さが交差する都市の境界、無縁空間に、実は新しい「何か」が生まれてくる。今やオタク文化もサブカルチャーとして社会の表舞台に上がっているが、その芽が出てきた1980年代にはほとんど無視された存在であった。オタクという名前は中森明夫氏がつけたものだが、当時は一種の蔑称で市民権を得たのはここ10年ほど前からである。周知のように、2チャンネルのスレッドから始まった「電車男」の書籍化・映画化、萌え系、メイド喫茶、少し前にはAKB48といったオタクのマスプロダクト化によって広く知られるようになった。

このように、秋葉原は2つの異質さを取り込むことをエネルギーとして、商品を産み、育て、マスプロダクト化させた典型的な街である。同時に、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大被告のような「不善のやから」も残念ながら出てくる。異質さが交差する境界、無縁空間の街だからだ。網野善彦さんの言葉を借りれば、こうした境界・市場の立つ場所を辺界と呼び、市の思想には寺社といった聖なるものが必要であったという。日本人は神仏という聖なるものとの関係、縁にはこうした見えざる世界との関係性がある。今も続いている寺社での縁日は、こうした聖なる神仏が降りてくる有縁の日という意味である。
久しぶりに秋葉原の街を歩き、そのエネルギーを感じながら、有形、無形の縁日が必要だなと思った。(続く)


同じカテゴリー(新市場創造)の記事画像
マーケティングノート(2)後半
マーケティングノート(2)前半
2023年ヒット商品版付を読み解く 
マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」後半
マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」前半 
春雑感  
同じカテゴリー(新市場創造)の記事
 マーケティングノート(2)後半 (2024-04-07 12:53)
 マーケティングノート(2)前半 (2024-04-03 13:42)
 2023年ヒット商品版付を読み解く  (2023-12-23 13:30)
 マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」後半 (2023-07-05 13:15)
 マーケティングの旅(1) 「旅の始まり」前半  (2023-07-02 14:01)
 春雑感   (2023-03-19 13:11)

Posted by ヒット商品応援団 at 13:53│Comments(0)新市場創造
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
都市の無縁空間
    コメント(0)