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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2009年02月01日

陳腐化するモノ価値と価格

ヒット商品応援団日記No337(毎週2回更新)  2009.2.1.

前回の「不況を切り拓く鍵」には1日で約500件近くのアクセスをいただいた。いかに切実な課題であるか、私自身も実感するものである。恐らく、前号の「誰を顧客とすべきか」というテーマと共に、やはりデフレ下での価格をどうすべきか、顧客との関係で価格以外で何が有効であるのかが次なる大テーマであろうと思う。最終価格決定は顧客である、あるいは価格弾力性といった一般論を言ってもまるで意味をなさない。今回の金融破綻から世界レベルでデフレが進行しており、日本もデフレは今以上に加速すると思う。そんな価格市場下で、私たちは価格をはさみ顧客とどう向き合っていくべきか、更に考えてみたい。

ところで、都心の百貨店では正月の初売りからいきなりバーゲンへ突入し、ほとんど投げ売り状態にあるとブログにも書いた。そして、とうとう札幌の老舗百貨店である丸井今井が破綻した。また先週末上場企業の決算が発表されているが、その多くが赤字もしくは業績の大幅な下方修正である。ところが消費を反映する百貨店の低迷を尻目に、元気なのがSPAもしくはSPA的方法を取り入れた商品やブランドだ。1990年代後半、価格破壊、デフレの旗手といわれたユニクロを始めとした企業の多くはSPA(製造小売業)を採用し、今日に至る。一言でいうと、自ら作り自ら販売するサービスするという一貫したシステムであるが、そのポイントの一番は価格決定を自らのリスクのもとに行えるということにつきる。その価格決定は、顧客に対し競争力のある小売り価格を決めプライスリーダーになれること、自らの営業利益を決められること、この2つの決定を行えることである。このSPAの延長線上には、大手流通が開発するPB商品(プライベートブランド)がポジションされる。最近ではアパレルや食品だけでなく、急成長するニトリのようなインテリア・家具などもSPA的手法を取り入れ、その裾野は更に広がりつつある。そして、SPAによる価格がモノ価値の標準になってきつつある。結果、旧来のモノ価値商品の陳腐化が促進されることとなる。

ところで、従来の売価決定は、仕入原価や製造コスト、物流・販売コストなどを積み上げる方法であった。SPAの場合は市場価格、売価を決め、そして得る利益を決め、製品化する。大量生産、大量販売によって得られる利益は大きいが、目標とする量が販売できなかった場合のリスクもまた大きい。今回の自動車産業のように、販売台数が下がると、いきなり赤字になるように、損益分岐点の高い一種の装置産業、システム産業である。対象とする市場が成長している場合は得られる利益は大きくなるが、市場が収縮する場合は赤字、リストラ、閉鎖、撤退といったこととなる。今、日本はこうしたSPA的ビジネスと旧来ビジネスという2つの価格市場が混在し、両極化しつつある。

さて、こうしたことを前提に不況下・デフレ下で価格を下げること以外で、収縮する市場にどう対応すべきか私見を述べてみたい。まず、前提となる認識として量的な市場収縮と共に、収縮しているのは顧客の気持ち、心理であるということだ。以前、生半可な付加価値など価格に反映できないとブログに書いてきた。それでは生半可ではない価値、価格として通用する価値とは何かである。当時、私はその価値観を確か「ピュアコンセプト」と名付けたと思う。削ぎ落とし更に削ぎ落とし、最後に残る価値という意味からで、もっと分かりやすく言うと、シンプル・イズ・ベスト、商品の本質といってもかまわない。そのピュアコンセプトの延長線上に「安全・安心」がある。もう少し広げると生命を守るもの育むものといっても良い。こうした価値観の背景には、中国冷凍餃子事件は1年経っても解決に至らない、最近では筍の原産地偽装として生産者の顔写真まで偽装するといった悪質な事件が起きる、こうしたことを背景にモノ消費における信用収縮が起こりつつある。今、価格もさることながら最も重要としなければならないことはこの収縮しつつある信用を回復することにある。そのことは、逆に「安心・安全」とは遠くかけ離れた他のモノ価値は急速に陳腐化しているということだ。それはインポートブランドがいかに売れなくなっているか、買うのはアウトレットへと消費移動が始まっていることを見れば分かる。更に、家電製品がいかに売れなくなっているか、家電量販店ではなくリサイクルショップで買われている現状を見れば、モノ価値の変質が起きつつあることを感じるであろう。あるいは低迷するPCや携帯電話市場にあって、売れるのは5万円パソコンのような単機能、シンプル・イズ・ベスト商品である。

こうした従来のモノ価値が収縮する市場にあって、対象とする市場に「安全・安心」あるいは「シンプル・イズ・ベスト」をタグのようにつけてみると、そこにピンポイント市場の可能性を見出すことと思う。例えば、子供の安全・安心、家族の安全・安心、住まいの安全・安心、食の安全・安心、衣料の安全・安心、遊びの安全・安心・・・・・・安全・安心という着眼で社会を生活を見回してみることだ。消防法の改正ということもあるが、住宅用火災警報機はヒット商品になると思う。勿論、絶対的な安全・安心などないが、信用回復のために「顔の見える」程度の情報公開だけでなく、「心の見える、感じ取れる」情報公開へと進んでいくであろう。既に、トレーサビリティどころか、中国冷凍餃子事件以降生協では昨年9月からフードディフェンスという他者からの混入を防ぐ試みすら始まっている。
「シンプル・イズ・ベスト」=ロングライフ志向についてはこのブログでも何回か書いているので繰り返し書かないが、少々高くても永く使える物、カタログハウス「通販生活」的商品に顧客支持が集まっていく。

ところで消費における信用回復の仕方であるが、まず「わけあり消費」のようにその「訳」を正直に誠実に表現することから始めることだ。あのエブリデーロープライスのOKストアに顧客支持が集まるのも単に価格が安いことだけではない。何故安いのか、何故高いのか、明確に店頭表現するオネスト(正直)コンセプトに共感・納得するからだ。信用は、提供する企業・店が顧客を信じることからしか始まらない。その努力の結果が信用への入り口となる。顔が見える関係から、心が見える関係へと1歩踏み出すことである。そして、以前取り上げた京都の上田米穀店のように、生産者、流通、顧客、3者の「安全・安心」である訳・理由の相互理解の元に適正価格を決めていく。特に、主食となるお米のような場合、3者が「得」ばかりを主張するのではなく、少しづつ得を減らしてでも「安全・安心」を確保できる関係を創ることだ。これは私の推測の域を出ないが、モノ価値の陳腐化を押しとどめる日本固有の文化を持つ市場がまだ残っている、あるいはそうした文化を再認識する潮流が生まれつつあると考えるからである。

ところで、不況期には老舗が頑張り生き残ると言われている。それは価格競争を含め多くの困難さをくぐり抜けてきた経営理念・風土が伝承されてきたからに他ならない。その経営理念・風土とは、儲ける前に、お役に立つというごく当たり前のことである。そして、更に言うならば、お役に立つということは顧客の後ろにある社会につながっているということだ。ピュアコンセプトには他にもう一つある。それは社会が必要とする価値を持つ企業であるか否かだ。以前、世界最古の会社宮大工の金剛組について書いたことがある。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている会社である。金剛組の最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。恐らく、これから起きるであろう不況どころではない困難さであったと思う。更に試練は以降も続き、昭和恐慌の頃破綻寸前となり、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。また、数年前にも経営危機があり、同じ大阪の高松建設が支援に動き再建中と聞いている。

何故、こうした支援が可能になり、1400年も存続てきたのであろうか。それは金剛組の仕事そのものにあると思う。宮大工という仕事はその表面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたと思う。見えない技をプロの技と置き換えてもかまわない。もっと身じかに、「あの人がいるから」と言ってもかまわない。顧客から必要とされる、そうした顧客が集まれば社会とつながる。先日、小型人工衛星「まいど1号」を作り成功させた東大阪の町工場にもつながる話だ。

ピュアコンセプトとはビジネスの原点であり、生活の原点でもある。更に、顧客との関係の原点、日本文化の原点としてある。近江商人の商売の心得である「三方よし」を思い起こせば良い。売り手よし、買い手よし、世間よしであるが、世間という社会を広げ世界と置き換えてもその本質は変わらない。従来のモノ価値が陳腐化し、従来価格に顧客支持が得られない時代が来ていることは事実であろう。不況とするもしないも、私たち自身にある。正解のない時代であればこそ、私たち自身が変わることから始めることだ。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:43│Comments(0)新市場創造
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