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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2020年01月15日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.15.

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   


「不確かな時代の不安と感動」に学ぶ


前回の未来塾では五木寛之の著書「下山の思想」の視点を借りて、登山ではなく、下山から見える消費風景を東京中野と門前仲町を題材に学ぶべき点を描いてみた。今回は今日の日本のライフスタイルの原型が形作られた江戸時代の知恵や工夫を下敷きにして、どれだけの進化を成し遂げてきたかを考えてみた。周知のように江戸は当時のロンドンやパリといった大都市に負けないくらい、いやそれ以上に優れた高度な都市機能を有し、豊かな暮らし、文化が芽生えたライフスタイルが存在していた。
例えば、江戸の市中に水が流れていたのは世界の三大都市て江戸だけであった。今でもその名残が残されているのが多摩川を水源とする玉川上水、井の頭公園の池を水源とする神田上水。東京は坂の多い町で、つまり高低差のある町中を「流れる水」をどうして造ったのか、そんな技術は当時あったのか、不思議に思うほどである。水道の専門家ではないが、高低差のあるところに水を流すには、加圧式と自然流下式があるそうだが、江戸の場合は後者の自然流下式であったとのこと。いかに高低差を考えた水路、その土木技術・測量技術の高度さに驚かされる。そうした技術の表れとして「水道橋」がある。東京にはJR中央線の駅名にもなっているが、これは空中を水が流れる「架樋(かひ)」が造られた名残である。
当時の世界で優れた文明国であった江戸においても、常に「不安」と隣り合わせの生活であった。しかし、極論ではあるが、辛いことがあればそれもまた人生、不安を遊ぶ、かわす、生きている時間を大切にし、お金・モノに囚われない、そんな自由な生き方であった。これは推測ではあるが、未来に対する漠とした「不確かさ」「不透明さ」から生まれる不安など意識することはなかった、つまり「浮世」といった一種の割り切りのある人生観では計り知れない世の中にいるということであった。そうした意味で江戸の不安と今日の不安とは異なる不安の世であったと言えよう。

「不信」という不安

戦後の日本にあって不安が社会へと広く拡散していった最初の出来事は、バブル崩壊後の1990年代後半に起きた拓銀や山一証券の破綻に見られる金融不安であった。このことについては未来塾において「パラダイム転換」あるいは「バブルから学ぶ」にて詳しく書いたので今回は省略することとする。
恐らく「消費」という場面で不安が社会へと広がった最初の記憶に残る事件は2005年に起きた「耐震偽装事件」であろう。次いで2007年12月には中国冷凍餃子事件が起き、社会不安が増幅したことがあった。更に2008年には汚染米を使った事故米不正転売事件が起きる。周知の嘘をついた美少年酒造は潰れ、正直に全ての商品を廃棄し再生を掲げた西酒造(宝山)は、逆に今や人気焼酎ブランドとなった。また同年には“ささやき女将”で記憶に残る高級料亭「船場吉兆」による食品偽装事件。全て見えない世界での事件であり、不安の根底には「不信」があった。後に生まれたのが「見える化」であり、小売業の店頭には生産者の写真が貼られメッセージと共に安心づくりが始まった。こうした「見える化」は後に起こる横浜都筑区の耐震化マンションにおける杭打ちという見えない地下の施工不良による事件であった。デベロッパー三井不動産をはじめとした大手企業の「ブランド」信用力は失わレ始めた事件である。信用の回復を踏まえ、「見える化」は立て直しという思い切った対応がなされたのも耐震偽装事件の教訓を踏まえてであった。ある意味不安の連鎖を断ち切ったということであろう。

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   実は江戸時代にもこの不信を増幅させるような商売もあった。前述した瓦版もそうした側面を持ったメディア・情報源で、江戸の人たちはインチキ・うそも笑ってすませればいいじゃないかと考えていた。「瓦版は話三分」という言葉があって、実感・体験できることを「信用」した。火事などの災害情報については正確な情報であったが、ゴシップどころか競争相手の店の悪口を書いて裏で謝礼をもらうなどなんでもありのメディアもあった。そうした瓦版の作者・販売元はパッと売って逃げる、そんなことも日常的にあったようだ。こうした江戸にあって「信用」を勝ち得た老舗、数百年商いが続けられてきた稀有な国日本であるが、そうした中で信用を得た商売の原型をつくった代表的な店は呉服屋・越後屋(後の三越)であろう。
実は江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、天保時代(1800年代)から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが問屋などっを介した既成流通の「中抜き」を行った言わばSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。江戸時代は封建時代と言われているが、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が実は「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが江戸の女性たちの憧れであった「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。言葉は悪いが、「下り物」を模した偽ブランドと言えなくはない。このように京紅だけでなく、絹製品も清酒も「京都ブランド」として流通していた。ただ江戸時代では盲目的なブランド信仰といったものではなく、遊び心と偽造というより卓越した模倣技術を認める目をもっていたということである。例えば、ランキングという格付けは江戸時代の大相撲を始めなんでもかんでもランキングをつけて遊んでいた。遊んでいたとは、その中身を辛辣なまでに体験熟知していたと言うことである。今日の食べログのような単なる話題という情報だけで消費される時代ではなかったと言うことである。
つまり、偽、うそ、話三分として受け止め、そこには「不信」はなかったということである。そうした意味で不安はなかった時代ということができる。勿論、現在のように不信が生まれ、見える化が必要となるのも、モノも、情報も全てが「過剰」であることによる。過剰が不信を生み、そしてそのまま放置すれば不安もまた生まれ、次第に拡散し社会不安へと向かうということだ。社会心理学ではこの過剰が退行現象を産み「幼児化」が始まるとされている。幼児化の反対後は「大人化」であるが、江戸はptpなの社会であったということである。

「想像」を超える不安とは

こうした辛辣なまでの眼力と遊び心を持った江戸の人たちであったが、それでも遊びには収まらない出来事、前述のような自然災害などが不安を呼び起こしていた。「想定内(外)」というキーワードが流行語大賞になったのは2005年であった。同じ大賞となったのが小泉劇場であった。あ々あの時代であったかと思われるであろう。やはり、記憶に新しいのは2011年,3,11の東日本大震災であり、特に福島の原子力発電所を襲った大津波につけられたキーワードであろう。「想定」とは未来を描く想像力のことである。今回の関東を直撃した台風19号について、周辺の長野県や東北地域の人にとっては「まさか」ここまで河川が氾濫し被害が及ぶとはと、想定外のことと感じる人は多かった。いや、周辺地域だけではなく、都心を流れる多摩川においても浸水被害が出ており、武蔵小杉においては電気設備の冠水により停電となりタワーマンションが機能しなくなるという想定外のことも起こっている。また千曲川の氾濫により北陸新幹線が冠水し、使用不可という被害も想定外であった。つまり、災害被害は想像を超えたものとしてあり、それまでのハザードマップもその都度改定せざるを得ない、つまり不確かな時代を生きているということを実感することとなった。
つまり、想定外から想定外へと想像を超える不安に囲まれて生きているということである。何があっても不思議ではないということだ。
と同時に、江戸の人たちが想定できない事態を常に喚起する河童伝説ではないが、「言い伝え」「伝承」を大切にしてきた。現代に置き換えるとそうした伝承は災害が起こった後初めて気が付くこととなり、防災・減災にはほとんど役に立たないこととなっている。不安を煽ることは間違いではあるが、不安もまた防災・減災への警鐘となることを教育面などで学んでいくことが必要となっている。「伝承」は非科学的であると一笑に付してきたが、そうではなく想像力を働かせてくれるそんな気づきをもたらせてくれるものであると今一度考え直すことが必要であるということだ。

不安を受け止めてくれる身近なお地蔵さんとSNS

平安末期に法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現したと書いたが、戦乱を終え平和な時代の江戸ではより身近な庶民信仰が定着する。それは「お地蔵さん」という仏様であった。お地蔵さんは死者を裁く閻魔様を本尊とする地蔵菩薩であるが、菩薩であり閻魔様でもある。いわば、極楽と地獄とをつなく存在で、慈悲心を持って地獄に落ちた人を裁く、そんな仏様である。

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   東京都心のビルの片隅にもお地蔵様がひっそりと残されているが、未来塾で取り上げた「おばあちゃんの原宿」、巣鴨のとげぬき地蔵尊にはおばあちゃんが行列するお地蔵さん、「洗い観音」が知られている。この観音像に水をかけ、自分の悪いとこを洗うと治るという信仰がいつしか生まれる。これが「洗い観音」の起源と言わ ている。とげや針ばかりか、老いると必ず出てくる体の痛みや具合の悪いところを治してくれる、そ んな我が身を観音様に見立てて洗うことによって、観音様が痛みをとってくれる。そんな健康成就を願う、まさにおばあちゃんにとって身近で必要な神事・パワースポットとして今なお伝承されている 。
しかし、個人化社会と共に育った若い世代にとって、不安を受け止めてくれる「仏様」は存在してはいない。いやバブル崩壊前までの核家族化まではまだ不安を受け止めてくれる「家族」はあった。しかし、バブル崩壊以降若い世代、特に少女たちは街を漂流することとなる。こうした時代背景については何回かブログにも書いたので省略するが、ネット社会が浸透していくに従って不安の相談相手はSNSへと変化していく。そこには良き仲間や相談相手もいれば、相談を口実に近づき性暴力などの被害者になることも起きている。1990年代のプチ家出は友人宅が中心であったが、今やSNS、特にツイッターを通じた出会いによって家出先は見知らむ人間へと変化した。新しい監禁、誘拐という犯罪が生まれることへと行き着くこととなった。こうした犯罪被害は増加し続け、社会問題となっている。隣りにいるのは大家さんやお地蔵さんといった仏様ではなく、不安につけ込んだ犯罪者であるという現実である。

ひととき不安を打ち消してくれたラクビーW杯

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半   浮世という人生観の無い現代にあって「ひととき」不安を解消させてくれるものの一つはスポーツである。2019年春以降、老後2000万円問題を入り口とした社会保障、あるいは10月に導入される消費増税による景況、こうした多くの生活者が抱える不安をひととき打ち消してくれたのは「ラグビーW杯」であった。日経MJにおけるヒット商品番付や新語流行語対象に選ばれたのはラグビーW杯における「ONE TEAM」というスローガンそのものの活躍であった。この熱狂の時代背景について次のようにブログに書いた。

『経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人ひとりが固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。』
ONE TEAMというコンセプト、いやポリシーはほとんどのスポーツが目指すべき理念となっている。例えば、団体スポーツのみならず、マラソンといった個人競技にあっても、コーチやトレーナー、栄養士に至る多くの専門家がチームをつくっている。ONE TEAMは時代のキーワードということである。

夢中になれることの意味

明日はわからないという意味において誰もが不安を持つように宿命づけられている。江戸の浮世もそうした考えのもとでの人生観である。そう認識した時、少しだけこころのなかの不安を横に置くことができる。不安が占めていた場所に「何」を置くのか、それは夢中になれることだけである。いや、夢中になれることを見つけた時、それまでの不安は少しだけその場所を変えてくれる。
ビジネスの師であるP.ドラッカーは未来について著書の中で繰り返し次のように書いている。
“未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法は2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる
つまり、「好き」なれること、夢中になれることを作ることとは、まさに未来の入り口となる。にわかラクビーフアンもまた心の大きなところに「好き」が占めることだ。しかも、この「好き」は江戸の時代でも「今」であっても、「好き」を夢中にさせる共通は何かと言えば、「ライブ感」である。CDなど売れない音楽業界にあっても、ライブ会場は満員状態であるように、夢中の世界へと向かう。それはデジタル世界が進めば進むほど、リアル感が重要になる。例えば、更に進化していくであろうネット通販における有店舗の意味と同じである。

そして、高齢世代にとっても、若い世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出ることは同じである。限定された時間の違いはあっても、自分で創っていく旅であり、未来である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、何にも増して生活者のなかにあるこの「好き」の発見にある。
こうした市場開発を担当するビジネスに活用されることも、また自らの人生の旅を見直す視座として使うのもまた良いかと思う。ラクビーW杯のようなビッグイベントだけでなく、商品やサービスだけでなく、日常の小さな出来事の中にも「好き」はある。それがどんなに小さくても、こころは動く。不確かな時代のキーワードはこうした共感をつくれるか否かである。

成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような人生観が求められている。エンディングテーマである「終活」ブームは勿論のこと、ベストセラーになった「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)や、最近ではTV番組「ポツンと一軒家」のような人生コンセプトに注目が集まるのも現代の「浮世」が求められているからである。つまり、不確かな時代、不安の時代にあっては、世代に関係なく「どう生きたら良いのか」という人生の時代になったということである。そして、個人化社会が進めば進むほど、「生き方」が求められるということだ。(続く)









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