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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2013年03月26日

アベノミクス・考

ヒット商品応援団日記No550(毎週更新)   2013.3.26.

3月21日国交省から公示地価が発表された。5年続けて前年より下がったが、大都市圏はリーマンショック以降落ち込んでいた地価がほぼ下げ止まったと。金融緩和による資金が不動産に流れ、更には円安による海外投資家による不動産投資。そして昨年秋以降の消費増税前に住宅購入という3大要因によるものと専門家は分析している。
こうした情況に接し、ITバブル崩壊後の不動産への規制緩和から東京が大きく変わった光景を思い起こさせた。品川の再開発から始まった湾岸エリアの再開発における「高層化」は2004年の六本木ヒルズのオープンに象徴されるように、3Aエリア(赤坂、麻布、青山)の地価を高騰させ、ファンドマネージャーという職種が脚光を浴びた。そうしたなかから「隠れ家」というキーワードと共にその消費の主人公として「ヒトリッチ」という都市固有のライフスタイルが出現した。東京における消費という視座に立てば、ミニバブル的様相を呈していたのである。
さて、今回のアベノミクスがどんな景気、消費をもたらすか、当時と同じように不動産ビジネスが活況を示し始め、美術品マーケットも動き始めたという。

このブログを書き始めた時、米国サーベラス社による西武ホールディングへのTOB発表が報じられた。有価証券報告書の虚偽記載問題で上場廃止になり、2005年経営再建のために西武HDへの資本増強に応じたファンドがサーベラス社である。ちょうど小泉構造改革の頃で、西武HDは昨年中に再上場の予定であったが、株の売り出し価格などをめぐってサーベラスト社と現経営陣と対立し、今もめどがたたないという。そこでサーベラスは株式の3分の1超(議決権ベース)を持って経営への影響力を高めようと今月11日、TOBで西武HD株を最大4%分買い増すと発表したニュースである。現経営陣との対立点は不採算路線の廃止を含め、ホテルサービス料の値上げ等、上場前に株主価値を高め、結果ファンドへのリターン最大化をはかると言われている。
ところが、昨年からの円安、株高、金融緩和、そして地価の上昇と政権交代による変化が進行しているのだが、何故サーベラス社は再上場のチャンス、リターンの最大チャンスを逃したのか不思議である。先を見通せなかったとはファンドとして失格ということになるのだが。ファンドも東日本大震災に対する小口の復興ファンドや古くは長野飯田市のおひさまファンドのような社会的意義の強い価値あるものもあるが、どうも今回のサーベラス社の動きは「禿鷹ファンド」、マネーゲームの再来と言われてもやむおえないと思う。

横道にそれてしまったが、「アベノミクス」がこのまま進展するとして、海外の投資家だけでなく国内投資家も動き始めているので資産デフレはストップしていくものと思われる。しかし、一部の富裕層や特定の金融・不動産関連業種にとっては活況を見せることとなるが、街の八百屋さんやラーメン店といった国民経済全体へとつなげていくには、やはり需給ギャップを解決するための「需要創造」が不可欠である。未だどのマスメディアも取り上げてはいないが、2004年〜2005年当時指摘されていた負の側面、「格差」の拡大という懸念である。勿論、企業規模や雇用形態による所得格差、都市と地方、世代間、あるいは業種間。既に都市東京においては海外投資を含め、マンション・住宅需要が活況を呈している。一方、地方の地価は相変わらず下げ続け、シャッター通りの光景は変わらないままである。あるいは円安は4月からの値上げにつながると同時にその恩恵を受けた北海道や沖縄には海外観光客が押し寄せている。
この複雑にからみあった需給ギャップという問題であるが、供給過剰が言われて10数年経つが、過剰な設備面は別にするとその中心は雇用となる。欧米先進国ではこの供給過剰は失業率という指標によって数値化され不況と共に高くなっていくものであるが、日本の場合、非正規雇用の増大という問題はあるが、いわゆるワークシェアーリングとなって結果として失業率の増加には向かわない方向に進んでいるのではないかと思う。

さて、その需要創造であるが、多くの専門家が注視するのがやはりTPPということになる。このブロック経済圏における完全自由化に対し、政府は関税をかけなかった場合のプラス・マイナスの変化について報じられた。試算の根拠などについては専門家にまかすとして、この市場経済化はどんな変化をもたらすか、一つの事例を思い起こさせた。それは貨幣経済が日本全国、庶民にまで浸透した江戸時代における初めての市場経済化という変化についてである。
私たちは江戸時代を封建社会と呼んでいるが、この「封(ほう)」とは領内という意味で、領内での自給自足経済を原則とした社会の仕組みのことである。こうした村落共同体をベースとした経済も度重なる飢饉と貨幣経済の浸透によって、天保の時代(1800年代)に大きく転換する。その転換を促したのが「問屋株仲間制度」の撤廃であった。今日でいうところの規制緩和で素人も参加できる自由主義経済の推進のようなものである。しかし、幕府は問屋株仲間からの上納金(冥加金)がとれなくなり、10年後に元に戻そうとするのだが、この10年間によって市場経済へと大きく変わっていく。
江戸時代の商人は、いわゆる流通業としての手数料商売であった。しかし、この天保時代から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが既成流通という「中抜き」を行ったSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。

実は、この「封」という閉じられた市場を壊した中心にあったのが「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなった商品が「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、軽工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。
勿論、京紅だけでなく、従来上方で製造されていた清酒も同様に全国へと生産地を広げていくこととなる。醤油、絹織物、こうした物も江戸周辺地域で製造されていく。そして、製造地域も東北へと広がっていく。従来海上交通に限定されていた物も陸上交通も使うようになる。こうして「下り物」としてのブランドが広がっていく。ある意味、産業の構造自体が大きく変わっていくということだ。結果、京都は軽工業都市としての成長・繁栄を享受することなく、今日のような文化観光都市へと変化していくこととなる。

今、私たちはグローバル経済の問題、TPPやEUとのEPAと向き合っている。遡ってみれば、既に江戸時代から消費が市場の在り方、生産、流通、価格を決めてきた。江戸時代、人口40万都市が世界一の120万まで膨れ上がり、過剰消費と思われるほど市場が広がったことによる問題点、一極集中、都市と農村の経済格差も、今日のグローバル経済に酷似している。江戸時代の過剰消費時代を元禄時代と呼んでいるが、今日で言うところの「バブル期」であった。江戸も200年を過ぎると既成は腐敗、堕落し、解決策を見出せない幕府は幕を閉じ明治維新へと向かう。
ところでTPPとも関係するが、2月の貿易収支は7775億円のマイナスで8ヶ月連続になると発表があった。そして、時事通信の試算によるとこの2年間の累計赤字は12兆円を超える計算になると。これは東日本大震災による輸出の減少、尖閣諸島問題による中国への輸出減少、更にここ数ヶ月間の円安が追い打ちをかけたことによると。輸入の増大は周知のように液化天然ガスの拡大であり、これらからエネルギー輸入依存という構造的問題と、最早輸出を国の根底に据えた貿易立国とは言えない情況になったということだ。産業構造のみならず、日本社会、生活の次なるグランドデザインを描くことが求められている。

そのグランドデザインであるが、少し短絡的な見方になるが、日本が江戸時代の江戸となるか、もしくは京都になるのか、大きな岐路に立たされていることは間違いない。前者の江戸を目指す方針は「成長路線」「外需志向」であり、後者の京都を目指す方針は「成熟路線」「内需志向」となる。恐らく前者を採る人はTPPに賛成であり、反対論者は後者となる。いずれにせよ結論を得るにはあまりにも情報が少なすぎる。ただ、1960〜70年代にかけて米国との貿易摩擦に耐え、それこそ国益のために国士の如く戦ったあの大蔵官僚の下村治のような人物が出てきて欲しいものである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 10:55Comments(0)新市場創造