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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。
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2009年03月15日

未来品質

ヒット商品応援団日記No349(毎週2回更新)  2009.3.15.

前回、”ロマンだけでは飯は食えない。ロマン無しではお客に響かない。価格を超えるもの、それは自らの思いが映し出された商品ということだ”と書いた。顧客への強い思いは必ず商品に映し出される、出来上がった商品は自画像の如くであるという意味である。そして、必ず顧客に届くと。では、果たしてそんな顧客の心に響く商品は、不況下の価格引き下げ競争にあって果たして可能であるかというテーマについて考えてみたい。

以前、女性ならば知っているmina(ミナ)というブランドのデザイナー皆川明氏についてブログに書いたことがあった。若い頃、北欧を旅して出会った1着のコートに魅せられデザイナーを志し、アルバイトをしながら時を経ても着あきない服をつくりたいとブランドminaを創る。私が興味を持ったのは知人の女性がミナフアンであったことからであったが、その頃のminaはまだ皆川氏1人で手作りしていた時代であった。シンプルでかわいい、しかしトレンドに流されない強い個性をもった服である。次第に人気が出て、スタッフが増え専門店へとminaブランドが流通していく。恐らく皆川氏が一番心配したのが、スタッフが増え規模が拡大することによって本当に作りたい服が出来るだろうかという懸念であったと思う。服への思いが顧客に伝わらないのではないか、そんな懸念があった筈である。一般的な表現になってしまうが、手作り時代と比較し、女性達に響くデザイン品質が落ちてしまいはしないかということだ。

顧客が期待する価値、次回もまた使いたい、買いたいと強く動機づけるもの、それは作り手の強い思いである。それは、皆川氏のようなファッションデザイナー固有の世界だけでなく、極論を言えば商店街のお惣菜屋さんも同じである。顧客の役に立ちたい、と思う気持ちは同じだ。しかし、原材料や作り手の人件費、家賃等、そうした原価や経費を考えるとギリギリこの価格でとなる。
一方、例えばトイレットペーパーのような装置産業、量産によってしか利益が望めない商品もある。思いがあっても、競争相手との違い、柔らかさとか香りといった程度では新たな需要を創り得る創造性のある商品ではない。結果、価格競争となる市場もある。顧客にとって、その程度の違いは価格差にはならないという訳だ。勿論、トイレットペーパー市場が全く異なる新たな市場を創りえない訳ではないが、現時点では価格差が一番の競争力であろう。

専門的には価格弾力性が発揮する市場か否かによる。価格の変化と需要の変化について古くからある物差しであるが、一般的にはトイレットペーパーのような生活必需品の場合は価格弾力性は小さく、ファッションのような趣味や嗜好性の高い商品の場合は弾力性が大きいとされる。今、収入は下がりこれからも増えることが期待できない生活経営にあっては、趣味や嗜好性の高い商品から順次家計から外される。1年前の日経MJの調査も買い控えする一番目の商品はファッションと外食であった。そして、今外食から家庭内食へと変化し、その内容ですら「訳あり商品」の安さに着目するようになった。例えば、精肉で言えば牛肉から豚肉へ、更に鶏肉へと変化し、しかもひき肉の需要が増すという結果となっている。つまり、従来の価格弾力性の決定要因として言われてきた「他の何かに替えること」の出来ない生活必需品にまで価格が大きな要因を占めるに至ったということだ。

私はこうした変化を「消費移動」と表現してきた。牛肉から豚肉といったモノ移動もあれば、家族で外食したつもりでホームパーティといった「○○したつもり消費」も生まれてきた。しかも、牛肉のすきやきパーティが豚しゃぶパーティになってきたということである。ファッションで言うと、服を買ったつもりで、柄タイツでオシャレするということとなる。
夢、ロマン、そんな思いを価格としてどう表現すべきかが、必需品・嗜好品を問わずあらゆる商品に突きつけられた課題である。嗜好品としてのブランドも旧来のブランド価値論を変えざるを得ない。

前回、東京で豆腐の引き売りをしている築地野口屋を取り上げたが、スーパーに卸すのではなく、何故引き売りなのかに一つの答えがある。顧客のすぐ近くに出向き、ふれあい、対話するということだ。何故、一丁350円もするのか、そこには精進料理を踏まえた通常の3倍もの大豆を使った濃厚な豆乳によって作られた豆腐。そうしたこだわりを超えた商品づくりであり、野口代表の食への思いが込められた商品だからだ。ある意味、引き売りは伝導活動のようなものである。1年以上前に、オーガニック野菜を使ったスイーツのポタジェを取り上げたが、オーナーシェフの柿沢さんは百貨店への出店に際し食育をテーマにセミナーを開くことを条件にしたと聞いている。これも食育への思いを伝える一種の伝道活動であろう。皆川氏によるminaも流通を広げ拡大への道を選んでいないのも、服への思いが届く範囲にしたいためであろう。

顧客への思いとは、顧客の未来を思い描き、それを商品やサービスを通じて伝えることにある。”ロマンだけでは飯は食えない。ロマン無しではお客に響かない”。そんな時代にあって、価格を超えるもの、私はそれを価格の表裏の意味で「未来品質」と名前をつけてみた。顧客のどんな未来を思い描くかによって、商品コンセプト、業態の在り方、提供すべきサービス、そして価格が決まる。今まで以上に顧客の気持ちに踏み込まなければならない。顧客はそうした思いが込められた未来に対し価格という判断を下す。情報に右往左往する消費体験を経て、やっと成熟した大人の時代に入り始めた。生活経済的には極めて困難な時代であればこそ、顧客の未来を思い描き、ロマン、いや哲学を語らなければならない時代になった。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造